岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

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どの産業から再開するか

 新型コロナウイルス感染症対策として実施された経済活動の制限をどのように緩和していくのか、という経済再開(reopen)が、直近の重要な政策課題である。経済活動が活発になれば、感染機会が拡大する。この健康と経済のトレードオフのもとで、経済活動の制限が必要となるならば、一律に制限するよりも、対象を選別して制限する対策をとることで、効率性を高めることができる可能性がある。実効再生産数を下げる手段を別に講じながら、すべての産業を一律に制限するのではなく、一部の産業を制限するとすれば、どの産業を対象とすべきか。この問題について、ハーバード大学の経済学者と公衆衛生学者がチームを組んだ研究の概略を紹介したい(Baqaee et al. 2020)。
 この研究では、人口を5つの年齢階層(0-19、20-44、45-64、65-74、75-)に区分する多次元SIRモデルが用いられている(正確には、潜伏期間、隔離、死亡の状態も加えられたモデルになっている)。POLYMODのデータに基づいて接触回数が設定され、接触場所が家庭、職場、その他の3つに区別される。年齢階層iと年齢階層jの接触回数は、3つの場所の接触回数の合計として、
\[C_{ij}=C_{ij}^{home}+ \sum_k C_{ij,k}^{work} + C_{ij}^{others}\]となる。ここで、職場での接触は66産業(kの添え字で表す)に区別されていて、ある年齢階層の職場での接触は、その年齢階層の産業別の就業者数に比例すると想定する。年齢階層別・産業別の就業者数のデータは、アメリカ地域社会調査(American Community Survey)を使用している。また、各産業の生産は、その産業の就業者の増加関数で表される。このようにして、感染機会と経済活動の関係を産業別に定量化する。
 ある産業の就業者を政策的に抑制すると、接触回数が減少して、感染の拡大が抑制されるが、産業の生産も抑制される。SIRモデルと生産関数をモデルに組み込むことで、このトレードオフが考慮される。じつは、このモデルを使ってどの産業から再開していくかという問題設定をすると、産業の数とタイミングが政策変数となり、政策変数の数が多すぎて、厳密には解けなくなる。そこで、厳密には解ではないものの、就業者の抑制を緩和したときのGDPの増加と基本再生産数の増加の比を考え、比の大きい産業から制限を緩和することが考えられる(多次元SIRモデルでの基本再生産数は、「基本再生産数とターンパイク」を参照)。
 そこでこの研究では、この比(θとする。分子はGDPの対数の変化、分母は基本再生産数の変化をとる)を北米産業分類(NAICS)による産業別に求めている。以下は、その結果の抜粋である(原論文の付表1)。θは中央値をゼロ、75%点と25%点の差が1となるように変換してある(変換前のθは、25%点0.36、50%点0.92、75%点1.50であった)。NAICSの産業名の定訳がないため、原語のまま表記した。
 表1は、感染リスク当たり経済価値が高い、上位10産業を示した。ここには、金融、法律サービス、企業経営・管理、ソフトウェア開発、出版等が入っている。専門技術サービスで付加価値が高いことや、リモートワークが可能なことが、こうした産業が上位に並ぶ理由の一つと考えられる。おおむね米国が強い業種であるが日本では弱い業種なので、この結果はそのまま日本でも当てはまるかどうかはわからない。

表1 感染リスク当たりの経済価値が高い産業

NAICS

産業

θ

55

Mgmt of companies and enterprises

38.636

523

Securities, commodity contracts, and investments

22.516

5411

Legal svcs

22.350

211

Oil and gas extraction

9.175

5415

Computer systems design and related svcs

6.662

524

Insurance carriers and related atvs

4.411

511

Publishing inds, exc internet (includes software)

2.221

541OP

Misc professional, scientific, and technical svcs

1.707

334

Computer and electronic products

1.515

42

Wholesale trade

1.295

(出典)Baqaee et al. (2020)、Appendix Table 1。

 表2は、感染リスク当たり経済価値が低い産業を示したものである。θの値が接近しているので、表1よりも多くの産業を示している。ここには、接触が必要な業態が並んでいるが、なかには医療、福祉、運輸という、止めることができない産業があるのが悩ましい。教育もここに入っていて、止めることの費用が大きい産業だ(実際は大学以外は長期休校にしてしまったが)。他の産業としては、飲食、宿泊、娯楽が入っていて、これらは現に最も制限が課された産業になっている。

表2 感染リスク当たりの経済価値が低い産業

NAICS

産業

θ

721

Accommodation

-0.493

621

Ambulatory health care svcs

-0.524

441

Motor vehicle and parts dealers

-0.541

711AS

Performing arts, sports, museums, and related atvs

-0.560

622

Hospitals

-0.566

23

Construction

-0.583

623

Nursing and residential care facilities

-0.636

713

Amusements, gambling, and recreation inds

-0.672

4A0

Other retail

-0.675

452

General merchandise stores

-0.681

624

Social assistance

-0.683

525

Funds, trusts, and other financial vehicles

-0.686

722

Food svcs and drinking places

-0.697

HS

Housing

-0.706

445

Food and beverage stores

-0.718

485

Transit and ground passenger transportation

-0.735

61

Educational svcs

-0.736

(出典)Baqaee et al. (2020)、Appendix Table 1。

 感染機会と生産活動の関係づけは、今後の研究で改良の余地があるかもしれない。比のごくわずかの差は、推計誤差によるものかもしれず、細かな順位にこだわらず、大きな傾向を見るべきであろう。こうした分析が制限の根拠となった場合には、該当する産業にとっては死活問題になるだけに、分析の精度を高めることは非常に重要である。
 現実の経済活動の制限は、このような研究がないうちに、直観的な推測で実施されていたと思われるが、この推定結果に大きく反するものではなく、大勢としては妥当なものだったと思われる。ただし、産業を選択して制限をおこなうことは一部の産業が大きな負担を負うことになるので、負担を負った産業をどう支援するかが重要な課題である。

(付記)
Baqaee論文の共著者であるファーリ氏は7月23日に41歳の若さで急逝した。目覚ましい活躍を遂げていたスターを失ったことは、学界にとっては痛恨事であった。哀悼の意を表します。

(参考文献)
Baqaee, David, Emmanuel Farhi, Michael J. Mina and James H. Stock (2020), “Policies for a Second Wave,” forthcoming in Brookings Papers on Economic Activities. 

基本再生産数とターンパイク

 産業別に経済活動を再開する戦略を研究した、ハーバード大学の経済学部と公衆衛生大学院の研究者によるBaqaee et al. (2020)を紹介したいが、その前にこのような共同研究が自然に成立する事情について、(少し数学的な記述になるが)解説しておきたい。

 すべての個人が同質的であると仮定したSIRモデルでは、新型コロナウイルス感染症の罹患率、致死率が年齢によって大きく違う現象を記述できない。こうした本質的に重要な現象を記述するには、個人を年齢階層に分類した多次元SIRモデルが使われる。
 モデルの個人をn個の年齢階層に分類して、年齢階層を添え字iをつけて表そう。ある年齢階層の個人は、各年齢階層の個人と接触することによって感染する。感染者の年齢階層の動学は、
\[\dot{I}_i(t)=\beta_{i1}S_i(t)\frac{I_1(t)}{N_1(t)} + \ldots + \beta_{in}S_i(t)\frac{I_n(t)}{N_n(t)} - \gamma I_i(t) \hspace{1em} (1)\]
と表される。βは感染率を表し、各年齢階層の間での感染のある接触によって感染が決まる。
 感染症のモデルでは、離散時間モデルにして、各期間で感染が一斉に起きて、期間ごとに感染者がすべて入れ替わるという仮定のもとで「次世代行列」を定式化して、基本再生産数を定義する(Diekmann, Heesterbeek and Metz 1990、van den Driessche and Watmough  2002)。この記事では経済学と関係づけるために、次世代行列を用いず、SIRモデルの構造のままで議論を進める。
 感染前の状態(感染者がおらず、全人口が未感染者)で線形近似すると、(1)式右辺のSが感染の無い状態での未感染者(つまり人口)で固定され、ベクトルと行列を使って表すと、
\[\left[\begin{array}{c} \dot{I}_1(t) \\ \vdots \\ \dot{I}_n(t) \end{array} \right] = \left[\begin{array}{ccc} \beta_{11} N_{1}(0)/N_{1}(0) & \ldots & \beta_{1n} N_{1}(0)/N_{n}(0) \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ \beta_{n1} N_{n}(0)/N_{1}(0) & \ldots & \beta_{nn} N_{n}(0)/N_{n}(0) \end{array} \right] \left[\begin{array}{c} I_1(t) \\ \vdots \\ I_n(t) \end{array} \right] - \gamma \left[\begin{array}{c} I_1(t) \\ \vdots \\ I_n(t) \end{array} \right] \hspace{1em} (2)\]
となる。(2)式のベクトルと行列に記号をつけると、
\[\dot{I}(t) = (B-\gamma I)I(t) \hspace{1em} (3)\]
となる。記号が紛らわしいが、(3)式の右辺の括弧内のIは単位行列である。感染が拡大するかどうかは、行列B-γIの固有値によって決まる。
 Bは個人の接触機会を表すので、ある年齢階層とある年齢階層がまったく(感染につながる)接触をもたないということは考えにくい。そこで、Bのすべての要素は正であると仮定しよう。このとき、ペロン=フロベニウスの定理により、Bの固有値のなかで絶対値が最大のものβ0(ペロン=フロベニウス根)は単独解で、正の実数になる。すると、感染者が(3)式に基づいて推移すると想定すると、まもなく各年齢階層の感染者が同じ率(β0-γ)で成長する状態に近づいていく。β0-γ>0であれば、感染は拡大する。β0/γが多次元SIRモデルでの基本再生産数であり、これが1より大きいとき、感染は拡大する。また、このときの感染者の年齢別分布は、ペロン=フロベニウス根に対応する固有ベクトルになる(詳しくは末尾の数学注で解説する)。

 この議論の背景にある数理は、フォン・ノイマン・モデル(von Neuman 1937)を嚆矢とする経済成長論での議論に共通するところがあって、経済学者にはなじみやすい(経済学にくわしくない読者のために説明しておくと、フォン・ノイマンとは、あのジョン・フォン・ノイマンである)。フォン・ノイマン・モデルでは、n種類の財を投入し、n種類の財を産出する生産活動を考える。利潤率の最大化が図られると、経済の成長率(すべての財の生産が同じ率で成長する)が最大となる経路(フォン・ノイマン経路von Neuman rayと呼ばれる)をたどることを、フォン・ノイマンは示した。その後、フォン・ノイマン・モデルの変種を使うことで、数理マルクス経済学や動学的産業連関分析のような研究分野が発展した。
 動学的産業連関分析では、最適成長経路がフォン・ノイマン経路に近づくことが明らかにされ、ターンパイク定理と呼ばれている。ターンパイクとは高速道路のことである。自動車で目的地まで最短時間で行くには、出発地の近くの高速道路に乗り、目的地の近くで降りるとよいという性質との類推で、フォン・ノイマン経路をターンパイクに見立てたものである。日本の高度成長期には、現在の内閣府経済社会総合研究所の前身である経済企画庁経済研究所でターンパイク理論に基づく最適成長経路の研究がされていたりもした(村上他、1970)。
 このターンパイクを特徴づける議論にはペロン=フロベニウス定理も使われ、上述した多次元SIRモデルでの基本再生産数と共通した数理がある。このため、経済学者にとっては、感染症が基本再生産数で流行する様子は、ターンパイクを突っ走るイメージを思い起こさせる。感染症のモデルと違うところは、経済成長モデルでは経済主体の行動によって、ターンパイクが選ばれていることである。

 感染症のモデルに戻ろう。行列Bを定量化するには、以下のような方法がある。
 感染機会は接触機会に比例すると考え、年齢階層iの1人が年齢階層jと接触する回数をCij、感染のしやすさをpijとすると、Bは、
\[\left[\begin{array}{ccc} C_{11} p_{11} N_{1}(0)/N_{1}(0) & \ldots & C_{1n} p_{1n} N_{1}(0)/N_{n}(0) \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ C_{n1} p_{n1} N_{n}(0)/N_{1}(0) & \ldots & C_{nn} p_{nn} N_{n}(0)/N_{n}(0) \end{array} \right]\]
と書くことができる。pijはすべて異なる値をとることができるように定式化したが、実際にデータを扱う際には、パラメータの数を減らす仮定をいれざるを得ない。それらには、
すべて同じ値である、
感染のしやすさは同じだが、感染のさせやすさは年齢階層で異なる(pij=pj)、
感染のさせやすさは同じだが、感染のしやすさは年齢階層で異なる(pij=pi)、
感染のしやすさ、させやすさはそれぞれの年齢階層の違いだけで生じる(pij=pi pj)
のような定式化が考えられる。
 年齢階層iと年齢階層jとの接触は、どちらの階層から見ても同じで、
\[C_{ij} N_{i}(0) = C_{ji} N_{j}(0)\]
が理論的には成立しているはずであるが、おそらく調査データでは満たされてないので、これを満たすような接触回数を推定することになる。これを満たす場合、Bは
\[\left[\begin{array}{ccc} C_{11} p_{11} & \ldots & C_{n1} p_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ C_{1n} p_{n1} & \ldots & C_{nn} p_{nn} \end{array} \right]\]
となる。
 また、接触回数は接触の場所ごとに分類する。例えば、家庭、学校、職場、その他に分類すると、
\[C_{ij}=C_{ij}^{home}+ C_{ij}^{school} + C_{ij}^{work} + C_{ij}^{others}\]
のようになる。
 欧州で社会階層間の接触回数を調査した研究にPOLYMODがあり、同様の調査が日本でもIbuka et al. (2016)、Munasinghe, Asai and Mishiura (2019)によって行われている。
「外出8割自粛」のような、一律の接触削減は、この行列の要素を一律に低下させようとするものである。しかし、このように集団ごとの詳細なデータがあると、対象をしぼった接触回数の削減の効果を推測することができる。例えば、インフルエンザによる学級閉鎖を児童の年齢階層での接触回数の削減として、実効再生産数への影響を見るようなことができる(注)。

(注)ただし、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はこの年齢階層には感染しにくい(「小児の新型コロナウイルス感染症の診療に関連した論文」公益社団法人日本小児科学会)ので、インフルエンザと同じように考えることはできない。

 経済学でも同様に、生産技術に影響を与える政策がペロン=フロベニウス根を変化させて経済成長率に影響を与えることを考えることができる。こちらは成長率を小さくするのではなく、大きくすることを考えるが、背景の数理は共有している。こうして、多次元SIRモデルによる分析で、経済学者と疫学者の共同研究が生まれてくるのは自然な流れになる。
 そこで、つぎの記事で、そうした共同研究であるBaqaee et al. (2020)の内容を紹介しよう。

(参考文献)
Baqaee, David, Emmanuel Farhi, Michael J. Mina and James H. Stock (2020), “Policies for a Second Wave,” forthcoming in Brookings Papers on Economic Activities. 

Diekmann, O., J. A. P. Heesterbeek and J. A. J. Metz (1990), “On the Definition and the Computation of the Basic Reproduction Ratio R0 in Models for Infectious Diseases in Heterogeneous Populations,” Journal of Mathematical Biology, Vol. 28, pp. 365–382.

van den Driessche, P., and James Watmough (2002), “Reproduction Numbers and Sub-threshold Endemic Equilibria for Compartmental Models of Disease Transmission,” Mathematical Biosciences, Vol. 180, Issues 1–2, November–December, pp. 29-48.

Ibuka, Yoko, et al. (2016), “Social Contacts, Vaccination Decisions and Influenza in Japan,” 
Journal of Epidemiology & Community Health, Vol. 70, Issue 2, pp.162-167.

Munasinghe, Lankeshwara, Yusuke Asai and Hiroshi Nishiura (2019), “Quantifying Heterogeneous Contact Patterns in Japan: A Social Contact Survey,” Theoretical Biology and Medical Modelling, 16:6.

村上泰亮・時子山和彦・西藤冲・時子山ひろみ・日水俊夫(1970)、「日本経済の最適成長径路-EPAターンパイク・モデルによる分析-」、『経済分析』第30号、7月、1-87頁

von Neumann, John (1937), “Über ein ökonomisches Gleichungssystem und eine Verallgemeinerung des Brouwerschen Fixpunktsatzes,” in K. Menger, ed., Ergebnisse eines Mathematischen Kolloquiums (English translation, “A Model of General Economic Equilibrium,” Review of Economic Studies, 1945, Vol. 13 (1), pp.1-9).

(数学注)
 Bの固有値βは、|B-βI|=0を満たすので、|B-γI-(β-γ)I|=0である。したがって、β-γは、B-γIの固有値である。β0はBの固有値で実数部が最大のものであるから、β0-γはB-γIの固有値の実数部で最大のものであり、これが正のとき、感染前の状態は不安定な均衡なので、感染が拡大する。これは、β0/γ>1となるときである。
 βに対応する固有ベクトルxはBx=βxを満たすベクトルなので、同時に(B-γI)x=(β-γ)xを満たす。

連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」④経済

 6月26日にオンラインで開催された、東京大学国際高等研究所東京カレッジ主催の連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」④経済、に登壇しました。コーディネーターが星岳雄先生(経済学研究科教授+東京カレッジ特任教授)、登壇者が私の他に、渡辺努先生(経済学研究科長)、川田恵介先生(社会科学研究所准教授、経済学研究科CREPE)、宮川大介先生(一橋大学准教授、経済学研究科CREPE)です。
 シンポジウムはYouTubeでライブ配信されましたが、録画が公開されています。


 以下は、最初と最後の発言のために準備した原稿です(そのため、話し言葉に近くなっています)。最後の発言はシンポジウムの流れに合わせたため、準備原稿の一部は使われてないで、終わりました。[2020年6月27日追記。準備原稿に対する直前の修正が反映されていなかったので、微修正しました。]


 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、90年前の大恐慌以降で最大の不況になると予想されている(OECD 2020、IMF 2020)。過去100年あまりでこれに並ぶ大きな経済ショックは、2つの世界大戦、世界的金融危機、100年前のスペイン風邪とごく限られた数しかない。
 これらの大きな経済ショックと、もう少し小さなショックまで含めたなかで、戦争と疫病は、別の目的のために自らの意思で経済を犠牲にするところが他の経済ショックと違うところである。このため、不況にどう対応するかは、起こってほしくないショックが起こったときに、どのようにそのショックを緩和していくかを考えていくのに対し、新型コロナウイルス感染症の場合は、健康と経済のトレードオフのもとで、相当の経済の犠牲を払うことを選択した。
 新型コロナウイルス感染症での日本や世界の選択が妥当なものであったかどうかは、まだ確定しているわけではなく研究途上だが、少なくとも日本は健康を過剰に重くみたのではないか、というのが、私が現在持っている感触である。
 日本では2月14日に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が設置され、疫学の専門家の分析と助言が対策の立案に大きく影響した。疫学には感染症の流行を記述するモデルや、対策の効果を検証するモデルはあっても、感染症対策の経済的な費用を勘案するモデルはない。感染症の専門家が専門的見地に忠実であろうとすれば、経済度外視の助言が出てくることになる。
 そこで、健康と経済のトレードオフについては経済学の知見が必要となる。
 私は日本の対策の評価をしているが、専門的にまだ詰めるところがあるので、幹にあたる部分だけブログ(岩本 2020)で発表したが、現在落ち着いているところまででわれわれが対策で得たものを金銭評価すると、大きく見積もってもGDPの約0.5%で、もっと小さいことも十分にあり得る。経済損失に関わる数値はこれから明らかになってくるので、現在は正確にはわからないが、それでも0.5%で収まることはなくて、ひと桁違う5%になっても全然不思議はないし、それ以上になるかもしれない。新型コロナウイルス感染症にはわからないことが多いので、いま出した数字は幅を持って見なければいけないが、おそらく得たものの価値とはけた違いの経済損失をもたらしている。
 しかし、4月7日に出された緊急事態宣言は、おおむね一般市民から支持されて実施されている。世界を見るともっと強力な活動制限措置もとられたが、当時はおおむね支持されている。そうなる理由の1つとして、この感染症では肺炎が急速に進行したり、集中治療室(ICU)を長期間占有してしまうという、医療従事者にとってはきわめて脅威となる病状があって、軽症や無症状の感染者の情報がつかみにくいこともあいまって、最初は医療従事者から情報が発信されるときに、正確な評価よりも深刻な脅威ととらえた情報が広まったことが考えられる。そして、流行期の一般市民の受け止め方も、健康を重視する方向に偏ったことが考えられる。流行の最盛期に英国と米国を対象にして健康と経済のトレードオフに関する意識調査をした研究によれば、このときの調査対象者が健康に置いた価値は従来の研究で妥当と考えられている範囲よりも1桁大きい金額になったと報告している(Hargreaves Heap et al. 2020)。一般市民のトレードオフの選択が与えられた情報によって変化する現象が起こっている。

 以上はこれまでを振り返る話だったが、つぎに将来のことに目を向けたい。
 ウィズコロナ社会では、経済と感染予防を両立させることが要求される。経済活動が活発にすれば感染機会が拡大する。この健康と経済のトレードオフによって、経済活動の制限が必要となれば、一律制限よりも効果の大きい制限にしぼった選択的な制限をとるべきである。
 直近の課題は医療体制を立て直した上で経済を回していく経済再開(reopen)である。ここでは、ある程度のリスクをとって制限を緩和していくことになる。そのときに、制限を緩和することで生まれる経済的価値と感染拡大の比率を考え、比の大きい産業を動かしていくという考え方が、選択的な制限である。実際にどの産業から制限を緩和していくべきかについては、ハーバード大学の経済学者と公衆衛生学者がチームを組んだ研究の結果を紹介したい(Baqaee et al. 2020)。じつは、どの産業から再開していくかという問題設定をすると、産業の数とタイミングが政策変数となり、数が多すぎて、厳密には解けなくなる。そこでこの研究では、先ほど述べた経済的価値と感染拡大の比を産業別に求めることをしている。感染リスク当たり経済価値が高い産業としては、金融、法律サービス、企業経営・管理、コンピューターシステム開発、出版が挙げられている。専門技術サービスで付加価値が高いことや、リモートワークが可能なことが、こうした産業が上位に並ぶ理由のように思える。おおむね米国が強い業種であり、日本では弱い業種なので、そのまま日本でも当てはまるかどうかはわからない。
 逆に、感染リスク当たり経済価値が低い産業には、接触が必要な業態が並んでいるが、なかには医療、福祉、運輸という、止めることができない産業があるのが悩ましいところだ。教育もここに入っていて、長期間休校にしてしまったが、止めることの費用は大きい産業だ。他の産業としては、飲食、宿泊、娯楽が入っていて、これらは現に最も制限が課された産業になっている。実際の経済活動の制限は、こうした研究がないうちに、直観的な推測でされていたと思われるが、大勢としては妥当なものだったろう。ただし、一部の産業が大きな負担を負うことが、ショックとその後の回復に共通して発生するので、負担を負った産業をどう支援するかが大切になる。効率を重視すると格差が拡大する、という経済ではよく語られる現象がここにも現れている。望ましい対応は、感染症対策によって経済にかけられた負荷は、できる限り全体で平等に負担することだろう。

 新型コロナウイルス感染症はパンデミックになったが、健康と経済のトレードオフでどういう選択をしたかは、国によって分かれた。これはウイルスとの戦いに様々な選択肢があったことを意味するが、実際に各国の選択の背景を詳しく見ていくと、さまざまな選択肢のなかから選び取ったというよりは、それを選ばざるを得なかったという事情が浮かび上がってくる。例えば、経済活動を制限せずに対応したスウェーデンは、欧米諸国のなかではかなり異質の対応をとったが、スウェーデンの憲法上の制約や人々がお互いの行動を信頼して尊重するという文化的理由などによって、むしろ必然的に制限をかけない道を選ぶことになったというのが、スウェーデンの研究者の見解である(Karlson, Stern and Klein 2020、Jonung 2020)。
 日本を見ると、欧米で感染が進んだ国よりはるかに感染者が少ない状態で、都市封鎖ほど強制的でないにしても、かなり厳しい水準の行動制限の目標が課されて、経済が大きく落ち込んでいる。日本は抑え込みに向かわざるを得なかったのは、日本の医療体制が欧米が直面した規模の感染症の流行に対応できなかったという事情がある。イタリアをはじめ、欧米で「医療崩壊」を招いたが、それよりもけた違いに少ない患者数で日本が医療崩壊の瀬戸際まで追い込まれたことは、「日本モデル」の負の側面として認識しておかなければいけない。
 他の負の側面には検査体制が脆弱であったことが挙げられるが、検査体制を強化することも重要であるとしても、一律ではなく、選択的な検査と隔離が有効である。その手段である、積極的疫学調査(contact tracing)によって、感染の疑いが濃い者を検査することで、一律に検査するよりも圧倒的に費用が安いだけではなく、より多くの感染者を隔離することができることが示されている(Chari, Kirpalani and Phelan 2020)。
 ただし、積極的疫学調査が機能している状態に、一律検査を上乗せすることが有効かどうか、についてはよくわかっていない。検査の拡充を求める声は強いが、感染者を効率的に隔離するという検査の目的を踏まえて、適切な規模までの拡大を行うべきである。
 また、積極的疫学調査については、韓国やシンガポールのような先端的な手法が世界的に注目されていて、一見したところ時代遅れの日本の積極的疫学調査は効果がなさそうに見えるが、新規感染者が少ないときには有効に機能する。これは、長らく結核の蔓延と戦ってきた、日本の保健所体制が支えたものであり、そうした土台がない国では、積極的疫学調査を効率的に進めることができない。このように、経済学の色々な分野で言えることであるが、その国で長い歴史をかけて形成されてきた「制度」の役割は非常に大きい。したがって、色々な政策の対応をフリーハンドで選べるわけではない。これは、ウィズコロナの社会と経済の様式を考えるうえでも重要であって、思いつきで新しい日常の姿を考えても、制度と親和性がないものはうまく定着しないのではないかと考えられる。

 ウィズコロナ社会では健康と経済のトレードオフを日常の選択として考えていかなければいけない。その際には、すでに上で述べたような、以下の2点が重要である。第1に、選択肢はその国で長く培われた制度に縛られていて、制度的要因を無視して自由に選ばれるわけではない。第2に、トレードオフをできるだけ深刻にしないために、効果の高い対策に集中するという、選択的な対策をとるべきである。

参考文献
Baqaee, David, Emmanuel Farhi, Michael J. Mina and James H. Stock (2020). "Reopening Scenarios." NBER Working Paper No. 27244.

Chari, Varadarajan V., Rishabh Kirpalani and Christopher Phelan (2020). "The Hammer and the Scalpel: On the Economics of Indiscriminate versus Targeted Isolation Policies during Pandemics." NBER Working Paper No. 27232.
https://doi.org/10.3386/w27232

Hargreaves Heap, Shaun P., Christel Koop, Konstantinos Matakos, Asli Unan and Nina Weber (2020), “Valuating Health vs Wealth: The Effect of Information and How This Matters for COVID-19 Policymaking,” VoxEU, June 6.

International Monetary Fund (2020), World Economic Outlook Update, June 2020

岩本康志(2020),「感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのZ)」

Jonung, Lars (2020), “Sweden’s Constitution Decides Its Exceptional Covid-19 Policy,” VoxEU, June 18.

Karlson, Nils, Charlotta Stern and Daniel Klein (2020), “The Underpinnings of Sweden’s Permissive COVID Regime,” VoxEU, April 20.

OECD (2020), OECD Economic Outlook, June 2020

感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのZ)

「何もしなかったら死亡したであろうX万人の余命を平均Y年延ばした。その価値は国内総生産(GDP)のZ%である」の「Z」について。
 これは、『感染症対策の評価に用いる統計的生命価値』で解説した統計的生命価値を用いて、延ばした余命を貨幣価値化することになる。これは誰かが天の声で命に値段をつけたわけではなく、われわれが日常生活のなかで、十分に小さいがゼロではないリスクを軽減するためにどれだけの対価を払っているかを計測して、そうした行動と違和感のない政策決定をするために、用いる概念である。
 自動車の安全装備を例にとろう。2019年の日本の交通事故の死者数は、3,215人である。2019年の年央人口は1億2,626.5万人であるので、日本では1年間で交通事故で死亡する確率は平均で10万分の2.5である。われわれの社会は、この交通事故で死ぬ確率をほぼゼロにするために、自動車を使わないようにしようとはしない。自動車を使う便益が大きいので、このリスクを受け入れて、交通安全に気を付けて自動車を運転している。ただし、いくばくかの費用を負担して、いくらかは交通事故による死者を減らしたいと思えば、自動車に安全装備をつける。こうした日常生活での意思決定に近い形で判断を行えば、国民の意識から離れた政策にはならないだろう。これが、統計的生命価値で妥当な推計値を求めようとするときの根底にある考え方である。
 統計的生命価値として日本で広く使われているのは、内閣府が推計した2億2,600万円(2004年度価格)である。この推計は、10万分の6から10万分の3に死亡リスクが低下する安全グッズにいくら支払ってもよいか、を人々に尋ねる仮想評価法(CVM)に基づいている。同年度の1人当たり消費が267.1万円(家計現実消費支出341兆3,567年億円、年央人口1億2,778.7万人)なので、消費の85年分となる。『感染症対策の評価に用いる統計的生命価値』で紹介した、EPAの設定値の43%である。
 対消費比が一定として2018年度の価値に換算しよう。同年度の1人当たり消費は293.7万円であり(2018年度の家計現実消費支出は371兆3,081億円、年央人口は1億2,644.3万人)、2004年度より9.9%増である。1年当たりの価値は、2004年の『簡易生命表』による日本人全体の平均余命41.9歳を用いると593万円、費用便益分析で標準的に用いられている4%の割引率で割り引いた平均余命18.6年を用いると1,333万円になる(2004年の『人口推計』では90歳以上がまとめられているため、2005年の『国勢調査』の年齢別人口の比率で90歳以上の人口を『簡易生命表』の年齢区分に合わせるように補正した)。消費の2.0年分となる(4%で割り引いた場合は4.5年分)。
 その他の推定値としては、例えば大日・菅原(2006)は、延命効果がある新しい治療法に対する支払意思額を尋ねる調査から、1年当たりの価値を635~670万円(2005年度価格)と推計している。
『感染症対策の評価に用いる統計的生命価値』で紹介したように、致死率の高い感染症のような大きなリスクに対しては、非常に小さいリスクについて推計された統計的生命価値が過大評価になっている可能性がある。しかし、まだ評価が定まっているわけではないので、ここでは過大推計の可能性に注意しながら、内閣府推計値を用いる。

 では、「Z」を計算しよう。まず、「X万人の余命を平均Y年延ばした」については、X=42万人、Y=0.5年/人として、21万年分が、確かに得られたものとなる。ワクチンが開発されれば、最大でY=12.2年/人となるが、これは賭けである。上述の統計的生命価値の推計に基づくと、21万年分の延命の価値は日本の消費総額の0.34%となる。GDP比に換算すると0.22%となる(家計現実消費とGDPの両方の計数が得られる2018年度の数値に基づく)。費用便益分析で使われる割引率4%で割り引いた場合には消費の0.76%、GDPの0.51%となる。割り引いた値を用いると、「Z」は0.51%である。
 すべてをまとめると「何もしなかったら死亡したであろう42万人の余命を平均半年延ばした。その価値は国内総生産(GDP)の0.5%である」。これが第1波を乗り越えたことで得たものである(ただし、依拠する前提の数値次第で変わり得る)。ワクチンが開発されれば、得られるものはGDPの4.5%になる。なお、ここで考えている対策とは政府によるものだけではなく、民間が自主的に行う予防・自衛も含まれる。
 GDPの0.5%とは、ずいぶんと小さい、そんなはずはない、と感じただろうか。このことに関連した興味深い研究がある。Hargreaves Heap et al. (2020)[2020年6月20日追記。著者名の誤記を修正]は、新型コロナウイルス感染症の流行最盛期の4月に米英の市民を対象に、仮想評価法で統計的生命価値を推計したところ、通常の推計値の約10倍のものになったと報告している。そして、都市封鎖の経済損失の予測を知らせた上で繰り返し同じ調査をすると、人々の回答は統計的生命価値の推計値を下げる方向に変わった。このことから、命を守ることへの支払意思額は状況に左右されて、感染症流行期に特殊な状態にあることが推測される。生命重視で経済活動を制限する対策が最初は政治的に支持されても、後で生命と経済の比重が変わって、制限緩和の要求が高まることも示唆される。
 そして、意思決定をした選好と十分な情報が与えられての選好が異なる場合、政策評価は後者の選好に基づいて行われる(岩本 2009、Boardman et al. 2018, pp. 137-139)。
 通常期の判断を、別の角度から考えてみよう。『社会保障費用統計』(国立社会保障・人口問題研究所)によれば、2017年度の「保健」への支出は、41兆8,713億円(GDPの7.7%)である。医療がなければ救われない命を、日本の医療は毎年たくさん救っている。われわれは医療にGDPの7.7%をかけて、1億2,600万人の命を預けていると言える。これが通常期の医療へのお金の使われ方である。それと比較して、新型コロナウイルス感染症から救うために(人間一度は死ぬので、他の理由で死ぬために)いくら使おうと思うだろうか。

 ここまで感染症対策の効果を見てきたが、一方で感染症対策で失ったもの(費用)は何だろうか。費用とは、政府が感染症対策と経済対策で計上している経費ではない。定額給付金、雇用調整助成金、持続化給付金等の現金給付は所得再分配であり、感染症と感染症対策で生じた被害を別の場所に移す働きをするものだ。根源の被害を見なければならず、それは、政府による対策だけでなく民間による自主的な予防・自衛も含めての対策による経済活動の収縮分であり、まずGDPの収縮分がある。つぎに、事業継続できなかったことで清算された資産がある。ただし、これらは感染症自体がもたらした被害と一緒に現れるので、その実額は直ちにはわからない。
 感染症対策で得たものは他にもあるだろうか。1つは、有症感染者は有症期間に経済活動に従事できなくなることや生活の質が損なわれる損失があって、これを半年先延ばしにできたことだろう。『感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのY)』で触れた通り、損失を半年先送りすることの便益は、損失の約2%である。このため、上で計算した人的被害の推計誤差の範囲に入るくらいのわずかなものになるだろう。
 他に得たものもさほど大きくなく、ワクチンも開発されないならば、GDPの0.5%分の価値を得たとしても、かりにGDPの5%でも失ったとしたらおそらく桁違いの大損害だろう。

(参考文献)
Boardman, Anthony E., David H. Greenberg, Aidan R. Vining and David L. Weimer (2018), Cost-benefit Analysis, 5th ed., Cambridge University Press. 

Hargreaves Heap, Shaun P., Christel Koop, Konstantinos Matakos, Asli Unan and Nina Weber (2020), “Valuating Health vs Wealth: The Effect of Information and How This Matters for COVID-19 Policymaking,” VoxEU, 06 June.

岩本康志(2009)「行動経済学は政策をどう変えるのか」池田新介・市村英彦・伊藤秀史編『現代経済学の潮流2009』,東洋経済新報社,61-91頁

大日康史・菅原民枝(2006)「1QALY獲得に対する最大支払い意思額に関する研究」『医療と社会』16巻2号, p. 157-165.

(参考)
内閣府政策統括官(共生社会政策担当)『交通事故の被害・損失の経済的分析に関する調査研究報告書』2007年3月

日本の統計的生命価値のその他の推計については、下記報告書の「参考資料5」で展望されている。
内閣府政策統括官(共生社会政策担当)『平成23年度交通事故の被害・損失の経済的分析に関する調査報告書』2012年3月

(関連する過去記事)
『感染症対策の評価に用いる統計的生命価値』

『感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのX)』

『感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのY)』

感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのY)

「何もしなかったら死亡したであろうX万人の余命を平均Y年延ばした。その価値は国内総生産(GDP)のZ%である」の「Y」について。
 まず、死亡者の平均余命を求める。死亡者は大きく高齢者に偏っているので、年齢別の情報が必要だが、厚生労働省が発表する全国の集計値(注)は高齢者が80歳以上でまとめられていることと男女別でないため、平均余命の計算には向いていない。ここでは、より詳細な東京都の感染者の情報を活用して、全国の数値を細分化して、平均余命の計算に生じる誤差を小さくすることを試みる(他にも方法はあるかもしれない)。

(注)集計方法が異なるため、厚生労働省が毎日発表する死亡者の総数とは一致しない。

 70代までは、全国の死亡者を男女別に配分するため、

(全国の男性の死亡者/全国の男性の人口)=a(東京都の男性の感染者/東京都の男性の人口)
(全国の女性の死亡者/全国の女性の人口)=a(東京都の女性の感染者/東京都の女性の人口)

が成立するものとして、

全国の死亡者=a×東京都の男性の感染者×(全国の男性の人口/東京都の男性の人口)+a×東京都の女性の感染者×(全国の女性の人口/東京都の女性の人口)

の関係式によって、データからaを求める。このaを使って、男女別の死亡者を求める。
 80歳以上は、同様の方法で、80代、90代、100歳以上の男女別に配分する。以上の手順で計算された死亡者数(6月3日18時時点)は以下のようになる。合計は、厚生労働省の発表した数値で、右の2列は上記の手順による推計値である。推計値は整数でないが、推計なのでとくに整数にする処理はしていない。

合計

10歳未満

0

0.0

0.0

10

0

0.0

0.0

20

0

0.0

0.0

30

4

2.3

1.7

40

9

6.1

2.9

50

19

11.8

7.2

60

68

43.4

24.6

70

172

104.1

67.9

80

354

103.3

123.9

90

31.8

92.4

100歳以上

0.7

1.9


 つぎに、2018年の『簡易生命表』と2018年10月1日現在の年齢別人口(『簡易生命表』が日本人のもののため、総数ではなく日本人を使う)を用いて、各年齢階層の平均余命を求める。これを用いて、死亡者の平均余命を計算すると、12.0年になる。費用便益分析で使われている社会的割引率4%で割り引くと、8.7年である。これ以降、将来の数値を割り引かないで単純合計した数値と4%で割り引いた数値の2つを説明していく。最終的には割り引いた数値に準拠するが、割り引かない単純な計算を先に説明する。
 東京都の細分化された情報を使わないで、厚生労働省資料に基づいて計算した場合の平均余命は12.7年、4%で割り引いた場合は9.1年と過大推計になることがわかる。Yについては、的確な情報さえあれば推計値の幅はあまり出ないものである。厚生労働省の発表する資料で誤差が出るとすれば、高齢者については、より細分化された情報が公表されることが重要である。

 以上で計算した平均余命がYになるのは、流行全体で死亡者が減少するときである。その1つは、ワクチンが開発されて、新型コロナウイルス感染症による死亡者が減少したときである。つまり、ワクチンが開発されて、感染症で死亡する心配をしなくていいときである。もう1つは、被害緩和対策(mitigation)によって、流行のピークを抑えて、医療資源の制約を超えたために救えなかった死者を減少させたときである。
 日本の場合は、第1波を乗り越えただけであり、これから何もしなければ第2波に見舞われるものと考える必要がある。下の表は、何もしない場合(上の行)と第1波を被害なしで乗り越えた場合(下の行)の違いを比較したものである。第1波で何もしなければX万人が死ぬが、流行が終わったのでそれで終わる(第2波は考えなくていい)。感染症対策によって第1波をほぼ被害なし(ここでは簡単な例とするため死者ゼロとしておく)で乗り越えた場合、その対策だけを考えるのなら、第2波は何もしない、という形にして比較しなければいけない。したがって、第2波でX万人死ぬ。つまり、これまでの対策の効果とは、死亡者を先送りしたことである。現実の第1波では残念ながら本稿執筆時点で900人超の死者が出ているが、X=42万人の根拠も怪しげで、幅を持って見るべき数値なので、42万人から第1波での死者を控除することなく、そのままX=42万人の想定を置くことにする。

1波(対策、死者)

第2波以降(対策、死者)

何もしない

X万人

(考える必要なし)

0

対策を打つ

0

何もしない

X万人


 第2波を乗り越えることで得るものは、第2波の到来時に新たな対策で対応することの成果であり、第1波の対策の効果に加えるべきものではない。それぞれの波ごとに対策と効果を対応付けるべきだろう。ここまでの対策によって生じた経済的被害と対策の成果を比べたい場合には、これからの対策による成果を加えて、それから生じる経済的被害を無視するような考え方は適当ではない。
 第2波の到来は、流行に季節がある場合に寒くなってきたときか、入国制限が緩和されたが検疫が不十分な時が考えられるが、しばらく小康期があるとしても、半年~1年程度の猶予を得たものと考えられる。確実に得たものを固く見積もると、「Yは半年」となるだろう。
 年4%で割り引いている場合には、半年先送りされた平均余命の現在価値は当初の平均余命の価値よりも約2%(≈1-1/1.02)小さくなる。8.7年の約2%なので、約2か月である。厳密にはこの部分を差し引かなければいけないが、元の半年の見積もりも幅を持ってみるべき数値なので、そのまま「Yは半年」としておく。
 ワクチンが早期に開発されれば、流行をほとんど先送りにしたことの利益は大きい。「Yは12年(あるいは9年弱)」の利益が得られるだろう。しかし、ワクチンが開発されるかどうかはわからないので、これは賭けが当たれば得られるものである。

 まとめ。「Y」の大きな部分はワクチンが開発されるまで、感染を先送りすることである。ただし、これは振り幅の大きな賭けである。確実に得たものは「半年」である。

(「そのZ」へ続きます。)

(参考)
「新型コロナウイルス感染症の国内発生動向」(令和2年6月3日18時時点)

東京都_新型コロナウイルス陽性患者発表詳細

(関係する過去記事)
『感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのX)』

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