岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

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医療経済学会・特別セッション「保健医療費統計の課題」

 9月5日に開催された医療経済学会第15回研究大会の特別セッション「保健医療費統計の課題」に登壇しました。司会が池上直己先生(聖路加国際大学客員教授)、シンポジストが私の他に小峰隆夫先生(大正大学教授)、満武巨裕先生(医療経済研究機構研究副部長)でした。
 医療費の統計でよく知られているのは「国民医療費」ですが、これは保険診療の対象となる医療費を推計したもので、(1)予防が重視されるなか予防医療・保健の費用を含まない、(2)日本独自の統計のため国際比較できない、という課題があります。私の報告では、保健医療費統計の国際基準であるSHA(A System of Health Accounts)と日本の国内統計の関係を、経済統計の最近の改革の動向と関係づけて説明しました。
 私の報告スライド(PDF file)をサイトに掲載しています。

不適切な営業自粛要請の代償

 多くの政策と同様に、新型コロナウイルス感染症対策についても、政府は自分のとった政策を肯定的に評価する傾向にある。しかし、未知の感染症への対応であったが故に、情報不足による判断ミス、事前準備の不足のための不本意な対応などがあっても当然である。後から振り返れば誤りであったとしても、その時点では最善の努力をしていれば責められるべきではなく、つぎの危機に備えての改善を考えるべきである。そうした反省をせずに、過去の行動を正当化してしまうことは、判断や行動のミス以上に罪が重い。
 とくに事業者への営業自粛の要請については、きわめて問題がある対応であったにもかかわらず、問題を見据えずに、問題がある対応を固定化しようとしている。

 新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律案に対する附帯決議に基づき、政府が作成した「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の実施状況に関する報告」によれば、施設の使用制限は以下のように実施されたとされている。

24条第9

施設の使用制限等の協力要請

45都道府県

45条第2項・第4

施設の使用制限等の要請及び公表

21都道府県

45条第3項・第4

施設の使用制限等の指示及び公表

5

 関係する条文は以下の通りである。
第24条(都道府県対策本部長の権限)
9 都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。
第45条(感染を防止するための協力要請等)
2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる。
4 特定都道府県知事は、第二項の規定による要請又は前項の規定による指示をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない。
 条文の趣旨を、『逐条解説 新型インフルエンザ等感染症対策特別措置法』(新型インフルエンザ等対策研究会編集、中央法規、2013年、以下『逐条解説』)によって見ていこう。『逐条解説』は、
第1編 新型インフルエンザ等特別措置法の制定とその背景
第2編 逐条解説
第3編 法令
第4編 参考資料
から4編構成になっている。第24条の適用については、本編である第2編と参考資料である第4編で、違ったことが書かれている。
 まず、本編である第2編の内容は以下の通りである。何が問題かがかわるように、第45条第4項の「公表」から考えていきたい。この「公表」という措置は、第24条による協力要請に応じない業者名を発表する、という懲罰的な措置として用いられた。しかし、『逐条解説』では、第4項の趣旨は、「利用者のため、事前に広く周知を行うことが重要であることから、公表することとしたものである」と説明されている。つまり、お店や建物が閉まっていることを利用者が知らなければ不便である、ということである。では、第24条による協力要請によってお店や建物が閉まっているときは、そのことを利用者が知らなくても不便ではないのだろうか。お店や建物が閉まっていることを利用者が知らないと不便なのは、第24条による協力要請でも第45条による要請でも同じではないだろうか。
 公表が利用者のためだとしたら、なぜ第24条による協力要請では公表を義務づけていないのか。
 それは、『逐条解説』第2編によれば、第24条による協力要請は限定的だからである。第2編では、第24項第9項について、以下のように説明している(85-86頁)。
 第九項において、都道府県対策本部長は公私の団体又は個人に必要な協力要請をすることができる旨の規定を置いている。これは、第七条に基づく都道府県行動計画において、都道府県が実施する措置を規定しているが、これらの措置を的確かつ迅速に実施するよう要請を行う必要があるためである。
 例えば、手洗い、うがいなど感染対策の広報活動において、ボランティア団体への協力を要請すること、コールセンターにおけるボランティアの活用(医学生等)や、新型インフルエンザ等緊急事態宣言前においても、学校、社会福祉施設等での文化祭等のイベントを延期することや施設の使用を極力制限することなど、感染対策を実施すること等の協力を要請することを想定している。
 なお、「公私の団体又は個人」とは、おおよそすべての団体又は個人を指す。公私の団体とは、法人格の有無を問わないものであり、「私の団体」は例えばボランティア団体、集会を行う任意団体などがある。
 第45条第2項による要請は、事業者の経済活動を制限する重い措置であり、『逐条解説』には詳細な記述がある(157-169頁)。それらは、第24条第9項の解説には現れない。第24条第9項で、第45条第2項と同様の措置がとれるのなら、第24条第9項の解説で詳しく説明しておかなければならない。
 以上のことから、第2編によれば、第24条第9項には営業自粛の協力要請は含まれないことがわかる。

 ところが、2012年4月27日に成立した特措法が2013年4月に施行される前にまとめられた「新型インフルエンザ等対策有識者会議中間とりまとめ」(2013年2月7日)が『逐条解説』第4編に収録されており、ここでは違ったことが書かれている。
「中間とりまとめ」では、第45条による要請・指示の対象となる施設を、
(区分1)これまでの研究により感染リスクが高い施設等(学校、保育所等)
(区分2)社会生活を維持する上で必要な施設
(区分3)それ以外の施設
と分類した。区分2に例示されているのは、食料品店、公共交通機関であり、第45条の対象外とするのが適当であるとされている。区分3については、「最初から特措法第45条の要請を行うのではなく、まず特措法第24条第9項の一般的な要請を行った上で、対応することが考えられる」(498頁)としている。そして、第45条による要請の適用は、第24条による協力要請に応じずに、公衆衛生上の問題が生じると判断される施設に限定されている。以下が、その説明箇所である(500頁)。
 区分3の施設(興行場等)については、第1段階として、特措法第24条第9項による協力の要請を、施設のカテゴリーごとにすべての規模を対象に(A県B地区の映画館等)行う。要請の具体的内容としては、以下が想定される。
・ 入場制限、消毒薬の設置、咳エチケット等の徹底
・ 場合によっては施設の一時的休業(強調引用者)
※ 要請に応じていただけない場合、特措法第45条の要請・公表を行うことがあるということを併せて周知する。
 第2段階として、第24条第9項による協力に応じていただけず、公衆衛生上の問題が生じていると判断された施設(1000㎡超の施設)に対してのみ限定的に特措法第45条による要請を個別に行う(A県B地区のα映画館、β百貨店)。
 なお、対象外となる1000㎡以下の施設については、特措法第24条第9項による任意の協力要請により対応し、特に必要がある場合には、規模に関係なく特措法第45条の対象とする。
この考え方は、政府の行動計画にも取り入れられた。以下は、政府の行動計画での説明である。
・都道府県は、特措法第24条第9項に基づき、学校、保育所等以外の施設について、職場も含め感染対策の徹底の要請を行う。特措法第24条第9項の要請に応じず、公衆衛生上の問題が生じていると判断された施設(特措法施行令第11条に定める施設に限る。)に対し、特措法第45条第2項に基づき、施設の使用制限又は基本的な感染対策の徹底の要請を行う。特措法第45条第2項の要請に応じず、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命・健康の保護、国民生活・国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、特措法第45条第3項に基づき、指示を行う。
 都道府県は、特措法第45条に基づき、要請・指示を行った際には、その施設名を公表する。
 ここでは、第45条による要請は、第24条による協力要請(例えば消毒薬の設置)に応じなかった事業者に限定されていて、第2編の趣旨より制限されている。また、第45条による公表は、第24条による要請に応じなかった場合の罰則の意味合いをもつように変わっている。

 以上が事前に計画されていたことである。しかし、第45条による要請を『逐条解説』第2編よりも限定したことが、裏目に出る。現実には、第24条による協力要請にきちんと応じる事業者にも休業要請したいのに、「中間とりまとめ」に沿った、政府の行動計画(それに沿って作成された地方の行動計画)がその道をふさいでいるのである。そこで利用したのが、上に引用した「中間とりまとめ」で、第24条による協力要請の具体的内容として「場合によっては施設の一時的休業」が書かれていることである。これが、日本全国に適用された。
 行動計画を逸脱しなければ動けなくなった以上、逸脱することは仕方がない。問題は、どこをどう逸脱するかだ。選択肢には、根幹を死守し枝葉を犠牲にするか、枝葉を死守し根幹を犠牲にするか、があった。現実は、後者を選んだ。
 もともとは、特措法での緊急事態措置による私権の制限は大きな問題をはらむものであり、第5条では「国民の自由と権利が尊重されるべきことに鑑み、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない。」と定められている。当然、休業要請も抑制的に運用することが求められる。法律の構造では、根幹とは私権の制限を最小限にするということ、枝葉とは行動計画を遵守すること、である。
 根幹を死守するには、第24条ではなく第49条による要請を出すべきだった。「中間とりまとめ」を捨てて第2編の趣旨に沿い、休業要請は第45条による要請に限定されていると解釈するのだ。しかし、法律条文では第24条と第45条の具体的内容の区別はつきにくい。そして、「中間とりまとめ」に、第24条で休業要請が出せる文章があった。こうして、蟻の一穴から堤防が崩壊した。
 4月には緊急事態宣言後に第24条による協力要請が出されたが、法律上は第24条による措置は緊急事態下に限定されない。今回の政府の報告を是とするなら、緊急事態宣言を出さなくても、事業者の死活問題になる休業要請を出すことができる。特措法制定時に懸念されていた私権の制限の余地が、いつの間にか大幅に拡大されてしまった。
 第5条の背景にあるのは、財産権の保護は高度な経済を営むために欠かすことのできないものであるという認識である。発展途上国が経済発展するためにまず整えるべきことは、財産権を確立して、経済活動を安定的に営めるようにすることである。ところが、感染症への恐怖だろうか、私権を制限する対策を安直に求める意見を散見する。しかし、たやすく休業要請がされる社会では高度な経済は営めない。言い換えれば、感染症を抑止するために安直に私権の制限を求める代償は、先進国をやめることである。
 財産権の保護は先進国にとって空気のようなものであって、普段はそのありがたさに気づきにくい。それが、休業要請の運用の危険性に鈍感な理由だろう。しかし、空気がなくなれば大問題である。

[2020年9月1日追記:24条を29条としていた数か所の誤記を修正しました。]

(参考)
新型インフルエンザ等対策研究会編集『逐条解説 新型インフルエンザ等感染症対策特別措置法』(中央法規、2013年)
新型インフルエンザ等対策政府行動計画」(2013年6月7日、2017年9月17日変更)
新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(2013年6月26日、2018年6月21日一部改定)」

(関係する過去記事)
『自粛要請に関連する補償のあり方』

『雇用と賃金を考える―労働市場とEBPM(証拠に基づく政策形成)― 令和元年度国際政策セミナー報告書』

 国立国会図書館出向中に関与した『雇用と賃金を考える―労働市場とEBPM(証拠に基づく政策形成)― 令和元年度国際政策セミナー報告書』が27日、発表されました。これは、2019年11月15日に行われたシンポジウム(国立国会図書館と東京大学大学院経済学研究科付属政策評価研究教育センターの共催)の記録です。
 私は開会挨拶、趣旨説明とパネルディスカッションのコーディネーターを務めています。
 シンポジウムの構成は、

基調講演「最低賃金引上げは格差と貧困を是正するか?」
 デイヴィッド・ニューマーク教授(カリフォルニア大学アーバイン校)
テーマに関する報告(1)「最低賃金は有効な貧困対策か?」
 川口大司教授(東京大学)
テーマに関する報告(2)「日本の貧困の現状と最低賃金について」
 大石亜希子教授(千葉大学)
パネルディスカッション

となっており、最低賃金を主軸に、雇用と賃金に関する現在の課題を議論しています。報告書にはその他に参考資料として、国立国会図書館が作成した「米国の諸地域(州、市等)における最低賃金引上げの状況」、「「勤労所得税額控除(EITC)」について」が収録されています。
 EBPMが副題となっているように、どのように科学的な知見が積み重ねられ、政策的な含意が形成されていくかにも焦点が当てられていますが、一般公開のシンポジウムとして、わかりやすく説明していただいています。

(参考)
 これと関係して、私がプロジェクトリーダーを務めたプロジェクトである『EBPM(証拠に基づく政策形成)の取組と課題 総合調査報告書』も3月に発表されています。

「感染症拡大モデルにおける行動制限政策と検査隔離政策の比較」へのコメント

 新型インフルエンザ等対策有識者会議の基本的対処方針等諮問委員会と新型コロナウイルス感染症対策分科会の委員である小林慶一郎氏が、奴田原健悟教授との共同論文「感染症拡大モデルにおける行動制限政策と検査隔離政策の比較」を20日、発表している。要旨には「検査隔離は検査強度を最大にして1年間継続することが望ましい」とあり、小林氏がかねての主張している検査強化を根拠づけるかのように見える。しかし、私が一読した感想では、この論文からこのような結論を導くことはできないと思う。

1.政策の選択について
 論文の核心部分は、以下の2つの政策の比較である。

(A)「検査をせず、接触8割削減を360日おこなう」政策では、GDPの損失が20.69%、死者数が0.2829%。
(B)「全員に毎日検査をおこない、接触5割削減を90日おこなう」政策では、GDPの損失が7.25%、死者数が0.2777%。

 政策のシミュレーションでは、(A)を比較の基準となる政策として、これよりも死者数を上回らない範囲で、GDPの損失が小さくなる政策を探している。接触一律削減だけでなく、検査を併用することで、死者数も経済損失も小さくなる政策の組み合わせがいくつも見つかることを示している。このこと自体は、多くの先行研究で見出されてきたこととも符合する。そして、検査回数は「全員に毎日」が最大限という条件のもとで、最大限の検査をおこなう政策が最もGDPの損失が小さくなった。
 毎日検査の具体的イメージは、朝に検査して、夕方には結果がわかり、陽性者は隔離されて感染が減る、というものだろうか。「陽性=他人に感染させる可能性あり」とモデル化されているので、他人に感染させる機会があるのは、前日に検査を受けた後(結果は陰性)から今日の検査結果(陽性)を知らされるまでの期間になる。
 ただし、政策を選択するという観点から見ると、そもそも(A)が実行に値しない下策であれば、(B)はそれよりはましな下策に過ぎず、やはり実行に値しない、という可能性が否定できていない。(A)は、接触8割削減の自粛を1年間続けて、多大の経済損失を甘受するというものであるが、現実にはどの国でも採用しようとしない政策が正当化できるか、という問題は論文では棚上げしている。したがって、この分析は、(B)を選択すべき、という根拠にはならない。

2.検査費用について
 シミュレーションが実際の政策の選択に役立つには、検査費用が合理的に見積もられている必要がある。論文の基本ケースでは、国民が毎日1回検査を受ける費用がGDPの10%である、と仮定している。新型コロナウイルス感染症の影響を受けない2019年の名目GDPが554兆円であり、1億2,600万人(年央人口)が年間365回検査を受けるとすると、1回あたり費用は約1,200円である。現在のPCR検査費用を安く見積もっても、その10分の1以下の費用である(例えば、保険適用の費用は検査機関による検査で19,500円)。規模の経済が働き費用が下がることを想定し、検体をまとめて検査する「グループ検査」方式を採用するにしても、この費用の設定は低いのではないだろうか。
 論文では、この3倍の費用の場合の政策シミュレーションもおこなっていて、こちらはもう少し現実味を帯びた設定である。その結果(論文・表3)は、興味深いものとなっている。検査上限を1日当たり1、0.25、0.1回としたシミュレーションをしているのだが、いずれのケースも検査上限よりも低い検査水準が望ましいという結果になっている。つまり、「検査費用が現実の水準のように高いと、検査をいくらでも増やすことは得策とならない」という結果が得られている。これは政策立案にも示唆深い知見ではないだろうか。
 なお、ある上限制約で内点解が求められても、上限を上げると別の内点解が求められていることから、検査水準とGDP損失が単調な関係になっていないことが窺われる。どのような関係にあるのかの考察はされていないが、検査と経済の関係を理解する上でも重要な課題なので、何等かの考察が望まれる。

3.その他
 その他に、分析の改善を期待したい点に、以下のようなものがある。
 論文では、検査結果が100%正しい、と仮定している。しかし、偽陰性が(よく言われる)70%であれば、検査しても30%は隔離し損ねる。したがって、感染抑止効果は過大評価されていると考えられる。この修正は比較的容易と思われる。
 シミュレーションでは、何も対策を講じなければ総人口の2%以上の死亡者が出るとされている(論文・図2)が、1憶2,600万人の2%だと252万人であり、論文執筆時点の世界全体の死亡者の3倍を上回る。これは過大推計ではないだろうか。このことは、死亡者数を抑制する政策の価値も過大推計することにつながる。
 最適解の探索では、接触機会の削減率は実施期間中一定であると仮定されているが、実際には期間中に変化させることが可能であり、必要以上に厳しい制約を課している。先行研究の主流は、行動制限の水準を時間によって変化させる政策の分析であるので、この仮定は緩めた方が望ましいのではないか。
 無検査感染者の動学を示す(17)、(19)式は正しいのだろうか。無検査感染者は、回復、入院、検査の3つの経路で減少するが、検査を受ける者は同時に回復、入院することもあるので、流出数が二重計算になってはいないだろうか。

4.論文から何が言えるか
 まとめると、この論文からは、国民全員を毎日検査して陽性者の隔離する政策が望ましいとは言えない。検査費用が高額であることを考慮すると、注意深く、費用に見合う効果をあげる形で検査能力を拡大していくことが重要であろう。

(参考文献)
小林慶一郎・奴田原健悟(2020)「感染症拡大モデルにおける行動制限政策と検査隔離政策の比較」CIGS Working Paper Series No. 20-005J

日本経済新聞・経済教室「予算編成見直し 臨機応変に」

 8月14日の日本経済新聞朝刊の経済教室欄に拙稿「予算編成見直し 臨機応変に」が掲載されました。2018年から国立国会図書館に出向していた期間は国会職員の身分であり、個人の意見による発言を控えていましたので、久しぶりの日本経済新聞への寄稿になります。
 拙稿は、「財政をどうするのか」シリーズの第2回になります。7月31日に「中長期の経済財政に関する試算」がまとめられたことを受けて、中長期視点から財政運営を考えるという趣旨の依頼でした。
 第1波の流行が深刻な時期には、感染症対策と感染症の影響への対応のため大幅な財政出動が必要とされましたが、この依頼を受けた時期は新規感染者も重症者も落ち着いてきて、感染症を抑え込んで経済も財政も通常に戻る見通しでの課題を論じることが想定されていたのですが、感染の再拡大によって問題設定が変わりました。将来を見通すことが不透明ななかで、どのように中長期の戦略を描くか、どのように来年度予算と今年度補正予算を編成していくか、を主題にしています。
 理論的支柱となる「リアルオプション」は物理的に不可逆的な意思決定(ある用途に投資した設備は他用途に転用できない)を想定していますが、予算を政治的に不可逆的な意思決定に見立てて、意思決定を遅らせることの価値を予算編成の議論に導入しています。行政の計画は時間をかけて準備した方がいいので、早めの準備と遅めの決定を組み合わせることは実は非常に難しい作業になります。予算編成の関係者には大きな苦労が生じますが、ウイズ・コロナ時代の避けて通れない課題です。
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