岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

Yahoo! ブログから引っ越しました。

(続き)不正行為とは行動規範からの逸脱

 7月20日のブログ記事で,早稲田大学に注文をつけた形になったが,個人的な独り言である。個人的見解の続きとして,あと少し大事なこと(調査委員会の研究不正に対する考え方)を追記する。
 日本学術会議法により政府の特別機関として設置された日本学術会議による「科学者の行動規範-改訂版-」(2013年1月,以下「行動規範」)の第7[誤記訂正:2014年7月23日]条は,
科学者は、自らの研究の立案・計画・申請・実施・報告などの過程において、本規範の趣旨に沿って誠実に行動する。科学者は研究成果を論文などで公表することで、各自が果たした役割に応じて功績の認知を得るとともに責任を負わなければならない。研究・調査データの記録保存や厳正な取扱いを徹底し、ねつ造、改ざん、盗用などの不正行為を為さず、また加担しない。(強調筆者)
のように,不正行為を禁じている。日本学術会議は,行動規範の策定以前から不正行為に関する意思の表出をしているが,近年問題が大きくなっていることから,取り組みを強めている。最近では「研究活動における不正の防止策と事後措置-科学の健全性向上のために-」(2013年12月)を提言した。その冒頭は,不正行為を禁じる行動規範の趣旨を以下のように要約している。
科学と科学研究は社会と共に、そして社会のためにある。したがって、科学の自由と研究者の主体的な判断に基づく研究活動は、社会からの信頼と負託を前提として、初めて社会的に機能しうる。それゆえ、科学がその健全な発達・発展によってより豊かな人間社会の実現に寄与するためには、研究者がその行動を自ら厳正に律するための倫理規範を確立する必要がある。このため、研究者は、常に正直、誠実に判断、行動し、自らの専門知識・能力・技芸の維持向上に努め、科学研究によって生み出される知の正確さや正当性を科学的に示す最善の努力を払わなければならない。
 その他に「我が国の研究者主導臨床試験に係る問題点と今後の対応策」(2014年3月)も最近の取り組みだ。
 これらが科学者コミュニティにおける不正行為の考え方だ。早稲田大学も,これに即した憲章・行動規範をもつ。一方,調査委員会報告書は独自の考え方をとる。
上記規則第23条第1項に定められた「不正の方法」の定義に関する早稲田大学の規則等は存在しない。そのため、「不正の方法」とは何かについては、解釈に委ねられることになる。 この点、不正の方法にあたるには、まず不正(行為)がなければならないが、会社法等、「不正」の用語を含む法令の条文の解釈等に照らすと、不正(行為)とは、違法(行為)、すなわち「具体的な法規に反する」、「社会的相当の範囲を逸脱して、実質的に法秩序に反する」行為、及び「信義則に反する」行為をいうと解釈できる。 (報告書III.2.(3)a,48頁)
 いきなり会社法が出てきて驚くが(早稲田大学は株式会社で行動規範の範囲外でしたっけ?),文部科学省のガイドラインは難癖をつけるために脚注で言及されているのみであり,行動規範への言及はない。「ねつ造」,「改ざん」,「盗用」の用語はガイドラインとの関係で脚注に現れるだけで,本文には一切,現れない。
 不正行為を行動規範からの逸脱行為と位置づければよいところ,報告書は違法行為と信義則に反する行為と解釈するので,隔たりが大きい。
 まず,違法行為について,「研究活動における不正の防止策と事後措置-科学の健全性向上のために-」は以下のように説明している。
日本学術会議では、以前より不法行為ではなく不正行為という表現を用いてきた。その理由は、不法行為という表現を用いて法的規制の対象となる不法性、違法性を連想させることを避けるためであり、不正行為という表現が科学における様々な逸脱行為を射程に収めていることによる。(2頁)
 行動規範は科学者が「社会からの信頼と負託」を得ることを要求するが,報告書における信義則は,審査員との関係だけで議論されている。行動規範に即した早稲田大学の規則も無視することと合わせれば,報告書は行動規範を下敷きにしているが言及していないということではなく,まったく別の考え方に立脚していると考えられる。学位授与とは,学位請求者の生活の基盤および社会的関係を築く前提となる術を提供する商取引だと考えているかのようだ。その側面は含まれていようが,それだけでは,何か大事なものを見失っていないだろうか。
 報告書の論理を改変して,科学者コミュニティの考え方にある程度近づけることはできるだろうが,報告書はすでに提出されてしまったので,それはあるがままで処理しないといけない。大学がこれをそのまま採用することは,科学者がしたがうべきとされる行動規範を無視することになる。
 早稲田大学が大学であり続けるためには,科学者コミュニティの理解とは相容れない論理をもった調査委員会の学位取り消し要件の解釈は退けるべきだろう。

(続き)調査委員会報告書本文について

 小保方晴子氏の博士論文の調査委員会の報告書概要を読んでブログ記事を書いている最中に,報告書本文が公開されたようだ。どうやら,「にわかに信じがたい」と書いた論法が使われているようだ。
 報告書本文を読んだ私の感想だが,大学は,学位取り消し要件に関わる報告書の論理を採用するべきではないだろう。もともと,調査委員会の目的は,報告書の記述通り,学位取り消しの判断は含まれていない。
本調査の目的は、以下のとおりである。 
・ 本件博士論文の作成過程における問題点の検証 
・ 本件博士論文の内容の信憑性及び妥当性の検証 
・ 本件博士論文作成の指導過程における問題点の検証 
・ 小保方氏に対する博士学位授与に係る審査過程における問題点の検証
 報告書の論理は弁護士の仕事なので,それを覆すには弁護士が必要だが,攻め口の概略を予想すると,以下のようなところだろうか。
 まず,報告書末尾で,当該論文のコピペについて,
研究に携わる者が作成する論文等においては、決して許される行為でないと改めて肝に銘じるべきであるという点である。
 本件博士論文は、このような決して許されない行為により作成されたものである。
と断じている箇所である。では,決して許されない行為により作成された博士論文は,博士論文として許されるのだろうか。
「博士論文として許されない」なら,それが結論である。報告書の珍妙な因果関係論を崩すのも,その延長線上で簡単である。
 つぎに,不正の影響が小さいように見せるための,様々なテクニックを崩していくことだ。
 第1に,不適切な行為(意味不明な記載,論旨が不明瞭な記載,Tissue 誌論文の記載内容との整合性がない,論文の形式上の不備)と不正行為を問題箇所としてまとめて,前者に焦点を当てた論理を展開することで,後者を同列に置こうとしているところ。
 第2に,学位授与の実質的な意思決定が博士論文完成前におこなわれ,小保方氏が筆頭著者である論文が査読雑誌に掲載されたことが重視されていることを指摘し,学位授与への影響をこの時点での意思決定への影響として見ようとしているところ。

「先進理工学研究科における博士学位論文に関する調査委員会」調査報告について

 早稲田大学学位規則(第23条)にある学位取り消し要件「不正の方法により学位の授与を受けた事実が判明したとき」は,東京大学学位規則(第17条)のそれと同じである。というか,同じ要件をもたない大学を探す方が難しい。学位審査に関わる者は,この要件の運用には関心をもたざるを得ない。
 小保方晴子氏の博士論文に対する早稲田大学の調査委員会が,なぜ学位取り消しに当たらないと判断したのか。その論理構成は不可思議である。
 報告書概要の論理構成を3つのステップにまとめよう。

 まず,博士論文の問題箇所を認定する。 
(1) 著作権侵害行為であり、かつ創作者誤認惹起行為といえる箇所 --- 11箇所 
<主な箇所> 
・ 序章 
・ リファレンス(但し、過失) 
・ Fig. 10(但し、過失) 
(2) 意味不明な記載といえる箇所---2箇所 
(3) 論旨が不明瞭な記載といえる箇所---5箇所 
(4) Tissue誌論文の記載内容と整合性がない箇所---5箇所 
(5) 論文の形式上の不備がある箇所---3 箇所
 つぎに,論文の内容を検証する。 
「本件博士論文には,上記のとおり多数の問題箇所があり,内容の信憑性及び妥当性は著しく低い。そのため、仮に博士論文の審査体制等に重大な欠陥、不備がなければ、本件博士論文が博士論文として合格し、小保方氏に対して博士学位が授与されることは到底考えられなかった。」と認定する。
 そのつぎに,規定の学位取り消し要件に該当するかどうかを判断する。
「不正の方法」に該当する問題箇所は、序章の著作権侵害行為及び創作者誤認惹起行為など、6箇所と認定した。
「不正の方法」と「学位の授与」との間に因果関係(重大な影響を与えたこと)が必要と解釈すべきであるところ、本研究科・本専攻における学位授与及び博士論文合格決定にいたる過程の実態等を詳細に検討した上で、「上記問題箇所は学位授与へ一定の影響を与えているものの、重要な影響を与えたとはいえないため、因果関係がない。」と認定した。 

 以上から「本件博士論文に関して小保方氏が行った行為は、学位取り消しを定めた学位規則第23条の規定に該当しないと判断した。」というのが,報告書の結論である。
 審査体制に不備がなければ学位が授与されることはなかったと認定しながら,不正の存在が学位授与の結果に重要な影響を与えていない,というのが意味がわからない。因果関係は,原因の有無で結果が変わることで推定する。不正がなければ合格で,不正があれば不合格なら,因果関係がある。冒頭の20頁もの米国立衛生研究所のWebサイトからのコピペは相当なもので,それでも不合格にならないのか,というのが首をかしげるところである。

 しかし,別の読み方がある。「不正がなかったとしても不合格だった」ということなら,報告書の文章はすっきり読める。つまり,

審査体制に重大な欠陥,不備がなければ
 不正がなくても,他の問題箇所があるので不合格
 不正があれば,なおさら不合格
審査体制に重大な欠陥,不備があれば
 不正があってもなくても,合格

ということだったら,本来不合格となるべき論文が合格してしまったのは,審査体制の問題となる。そして,審査体制の問題を理由に学位を取り消す規定がない。
 報告書は,指導教員と論文審査の主査,(早稲田大学内の)副査に義務違反があるとして,その責任を追及している。コピペを人力ですべて発見するのは無理であり,教員に過大な義務を課しているようにも見えるが,コピペではない部分の審査を問題視しているのなら,それなりの理はある。

 このように文章はすっきり読めるのだが,それが調査委員会の考えだというのも,にわかに信じがたい。「不正がなかったとしても博士論文に値しない」と認定したかどうか明記されていないので,真意はつかめない。公開されているのは報告書概要なので,本体にはもう少し書いているのだろうか。追加の説明が欲しいところだ。
 かりにこのような論理構成をとったのだとしたら,それはそれで大きな問題をはらむが,真意がわからないところで敷衍してどれだけ意味があるかわからないので,これで措く。

『現代経済学の潮流2014』はしがき

 日本経済学会の日本語機関誌『現代経済学の潮流』のはしがき冒頭には,定型文が使われています。2014年版では,出版社からの提案によって,定型文を若干,変更しました。

 第1は,学会を紹介した冒頭部分です。長文で読みにくいので,文章を分けて記述するようにしました。

(2005~2013年版)
「日本経済学会(1997年に理論・計量経済学会から名称変更)は,1968年4月に理論経済学会(1934年に日本経済学会として発足,1949年に名称変更)と日本計量経済学会(1950年に発足)を統合し新会則のもとで発足し,現在では日本を代表する経済学の総合学会になっている
(2014年版)
「日本経済学会は,日本を代表する経済学の総合学会である。前身になったのは,理論経済学会(1934年に日本経済学会として発足,1949年に名称変更)と日本計量経済学会(1950年発足)という2つの学会である両学会は1968年に統合され,新会則のもとで理論・計量経済学会が発足した。1997年に日本経済学会と改称され,現在に至っている。」

 なぜ古い文章が2005年から始まることを知っているのかといえば,私が編者のときに当該箇所を変えたからです。それ以前は,以下のようになっていました。

「理論・計量経済学会は,1934年に創立された日本経済学会(1949年に理論経済学会と名称を変える)と,1950年に創立された日本計量経済学会を統合して,1968年の4月に新会則をもって発足したものである。それまで一部の日本の経済学者によって発行されていた学術雑誌『理論経済学』は,1959年に理論経済学会と日本計量経済学会の学会誌とすることが決定され,『季刊 理論経済学』と名称を改め1994年度まで発行されてきた。(中略)理論経済学会は,1997年度から日本経済学会と名称を改め,名実ともに日本を代表する経済学の学会となった。」

 中略以前の文章は『現代経済学の潮流』創刊時からの定型文です。日本経済学会に改称後もしばらくは,「理論・計量経済学会は・・・」ではしがきが始まっていたことになります。「日本経済学会は・・・」で始まるべきだろうと,私が編集権を握ったときに書き換えました。
 当学会は沿革を1934年の日本経済学会発足から始めていますが,「日本経済学会→理論経済学会→理論・計量経済学会→日本経済学会」のように書いてしまうと,日本計量経済学会が傍流として扱われてしまいます。1968年の理論・計量経済学会の発足を対等合併とするように書くには,文章が複雑になることが避けられません。

 第2は,機関誌の位置づけです。

(2005~2013年版)
「1959年に理論経済学会と日本計量経済学会は,それまで一部の日本の経済学者によって発行されていた学術雑誌『理論経済学』を学会誌とし,『季刊 理論経済学』と名称を改めて,東洋経済新報社から発行を続けてきた。」
(2014年版)
「1950年以来,理論経済学会によって発行されていた学術雑誌『季刊理論経済学』は,1960年より理論経済学会と日本計量経済学会の合同学会誌とされ,査読制度が導入された。1968年の両学会統合にともない,同誌は,理論・計量経済学会の学会誌となった。」

 2005年の変更は第1の変更に合わせて文章を調整したものでしたが,内容は創刊時のものをそのまま引き継いでいます。2014年の変更は,合同学会誌とする以前の内容を変えています。これは,『日本経済学会75年史』(有斐閣刊,2010年)の記述に合わせたものです。

 定型文が大きく変わった2回の場面にたまたま居合わすことになったので,ささいなことですが記録に残しておきます。

『現代経済学の潮流2014』

 告知が遅れましたが,私が共編者となった『現代経済学の潮流2014』が東洋経済新報社から刊行されました。日本経済学会の日本語版機関誌として,1996年から毎年出版されています。出版社の案内から,目次を引用します。

第1章 非伝統的金融政策の効果:日本の場合──本多佑三
第2章 法とマクロ経済──柳川範之
第3章 景気循環における異質性と再配分ショック──小林慶一郎
第4章 学校選択問題のマッチング理論分析──安田洋祐
第5章 高年齢者雇用安定法の影響分析──近藤絢子
第6章 日本の経済学術誌の将来性:編集長の視点(パネル討論1 )
     ──芹澤成弘・伊藤秀史・大垣昌夫・福田慎一・矢野 誠
第7章 日本国債(パネル討論2)
     ──北村行伸・井堀利宏・岡崎哲二・齊藤 誠・二神孝一

 過去,2005,2006,2007年版では学会から指名される編集委員として編者になりましたが,今回は2013年度秋季大会プログラム委員長としての参加になります。編者は原稿のチェック,はしがき執筆等の周辺で本を支えるのが仕事ですが,今回の役割では第1章(会長講演),第2章(石川賞講演)以外の内容の決定に携わります。第3章から第5章に収録される特別報告はプログラム委員長と学会担当理事で決め,第6章・第7章に収録されるパネル討論はプログラム委員会で決める慣例です。
 学会の一般報告は11会場同時開催でしたが,特別報告の時間帯は3会場のみ,パネル討論の時間帯は2会場のみでの開催です。そのため,できるだけ多くの会員がどれかの会場に足を運びたいと思うように,内容を選ばないといけません。特別報告はミクロ,マクロ,実証分析という色分け,パネル討論は学界の課題,政策の課題という色分けで,学会員の多様な関心に応えるようにしました。
 同時に,書籍としてまとまったときに,学会員以外にも買っていただける内容にするという使命もあります。私もそうでしたが,おそらく歴代のプログラム委員長も苦労されたことと思います。
 ひとつのテーマに集中した本ではないですが,研究者がいま関心をもっている分野を俯瞰できるので,経済学の先端に触れたい学生・社会人にとっても有益だと思います。また,学会員への配布で確実に部数がさばけているため,本体価格2,400円と,専門書としてはお買い得です。
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