5月23日の月例経済報告等に関する関係閣僚会議で了承され,公表された月例経済報告は,「世界の景気は、弱さがみられるものの、全体としては緩やかに回復している。」としている。ところが,安倍首相は26日,サミットにおいて各国首脳に,現在はリーマンショック前の状況に似ていると訴え,記者会見では「世界経済は大きなリスクに直面をしているという認識については、一致することができた」と発言した。大きなサプライズなのだが,27日の市場は平穏だった。サミットに出席した各国首脳含め,世界の大勢は,世界経済はリーマンショックに相当する危機にはないと見ており,安倍首相の独りよがりを無視した格好だ。
 安倍首相が「現状はリーマンショック前に似ている」とした根拠は相当に無理があるので,きわめて当然の反応だろう。阿部首相が会議で使った資料は非常におかしなデータの使い方がされているが,注目を集めてデータの間違った使い方が広まらないように,どのようにおかしいのか説明しておこう。本当はここで資料へのリンクを貼りたいのだが,伊勢志摩サミットの公式サイトに見当たらない。リーマンショック前に似ているとする,3つの根拠については,27日の安倍首長の議長国会見で言及されているものの,データの使われ方については,読者にはご不便をおかけするが,報道された図表でご確認いただきたい。

1.「商品価格が2014年以降,下落している」
 現状がリーマンショック前の状況に似ていると主張したいのであれば,現状とリーマンショック(2008年9月)前の比較をする必要がある。効果的なやり方は,最近のどこかを2008年9月と重ねて,商品価格指数の動きを2つの折れ線(現状[最近より以前],リーマン前)で表し,両者の動きが似ていることを示すことである。最近のどこを2008年9月と重ねるかは議論の余地はあるが,まずは利用可能で最近の2016年4月を2008年9月と重ねると,下の図のようになる(IMFのAll Commodity Price Indexを使用)。横軸は,現状を示す折れ線の時期を示している。

商品価格指数

 これを見て,2つの折れ線の動きが似ていると言うのは無理だ。重ね方を少々ずらしても無理だ。

2.「新興国の経済指標がリーマンショック以降,最悪である」
 これはその通りであっても,「経済指標がリーマンショック以降最悪である」ことは,「リーマンショック前と似ている」ことに論理的につながらない。

3.「成長率予測が下方修正されている」
 予測が下方修正されることは,リーマンショック前ではない時期にでも起こっている。新しい情勢によって,予測は書き換えられるものであり,めずらしいことではない。最近では,2013年の成長率で起こっている。資料は,IMFの世界経済見通し(WEC,World Economic Outlook)の実質経済成長率の予測値を引用しているが,これもタイミングを合わせて比較する必要がある。そこで,資料にある2009年と2016年に2013年を加えて,前年1月,4月,10月,当年4月時の世界経済の実質成長率の予測値を折れ線で示したのが下の図である。横軸には2016年の成長率を予測した時期を示してある。2016年の成長率予測の動きが似ているのは,リーマンショックではない2013年の方である。
 
世界の実質経済成長率予測


 予測を下方修正した今年4月のWEOでは現下の世界経済の下振れリスクが言及されており,その評価と対応を考えることは重要である。しかし,この資料は,その評価作業としてはずいぶんと杜撰である。ある程度のリテラシーがある組織で作業されたとすれば,チェックが入って表に出てこない代物である。
 問題なのは,このようなとても表には出せないような杜撰な資料が,サミットという重要な場で披露され,日本が恥をかいていることだ。資料の経緯が詳らかではないが,政府内で何かおかしなことになってはいないかと心配される。
 安倍首相は消費税増税の延期を政府・与党幹部と調整する予定だと報道されているが,現状がリーマンショック前に似ていることが延期の根拠になるなら,恥の上塗りだ。