昨年12月26日に『国民経済計算』2006年度確報が公表された。そのなかの資料で,1人当たりGDPをドル換算して国際比較しているが,OECD諸国のなかで日本は18位となっている。2000年に3位だったものが,傾向的に順位が低下している(以前には1993年に2位になったことがある)。
 OECD諸国との比較で,日本はどんどん貧しくなっているのか? いちがいにそうとは言い切れない。為替レートで換算するのは,正確な比較にはならないからである。例えば,2006年の為替レートを用いると,米国のGDP1ドルと日本のGDP116円が同じ価値と考えることになる。しかし,米国で1ドルの商品が日本で124円で売られていれば,為替レートで換算するよりも,日本のGDPの価値は低くなるであろう。各国の「実質」所得を比較するには,同じ商品の各国での価格を調査しなければいけない。こうして各国の商品の価格から構成された換算レートは,「購買力平価」と呼ばれる。
 生活水準の評価としては,購買力平価で比較するのが,より適切である。
 昨年11月21日に,欧州連合統計局(Eurostat)とOECDの共同調査による,2005年を基準年とする新しい購買力平価の推計結果が公表された。EU加盟国は毎年の調査があるが,その他のOECD加盟国は3年ごとの調査であり,中間年はOECDが補間推計する。かつては推計精度に関する問題がいろいろ指摘されたが,先進国のデータが整備されている現在に,内閣府が相変わらずGDPを為替レートで換算して国際比較していることがおかしい。
 この調査に基づき,まず為替レートで評価した日本の1人当たりGDPを見てみると,OECD加盟国平均を100とした,1999年調査以降の基準年の推移は,下記の通り。
  1999年 158
  2002年 135
  2005年 119
 大幅な低下が生じていることがわかり,内閣府の資料での順位低下と同様である。一方,購買力平価で評価した1人当たりGDP(OECD加盟国平均=100)の推移は,下記の通り。
  1999年 110
  2002年 107
  2005年 104
 購買力平価で評価したGDPは,OECD加盟国の平均より少し上にある。低下傾向ではあるが,為替レートで評価した場合よりもはるかに緩やかな低下である。2005年調査で見ると,購買力平価で評価した1人当たりGDPは,アイルランド,ルクセンブルク,ノルウェー,米国が第1集団,日本を含む14か国が第2集団を構成する。第1集団と第2集団,第2集団と第3集団の間には少し開きがあるが,第2集団内にはOECD平均の123%から102%の範囲内で多くの国が集まっており,わずかな動きによって順位が大きく変動する。為替レートでの評価で,日本の経済力が大幅に低下したと断じるのは間違いであり,もともとOECD平均より少し上,近年は若干の低下傾向,という形でとらえることが適当である。為替レートでは,日本の経済力が過大評価されてきて,最近にかなりの部分が修正されてきたと見るのが,内閣府資料の正しい読み方である。
 また,国民の生活水準はGDPではなく,消費で見るべきである。1人当たり現実個人消費(家計最終消費に政府最終消費支出の個別消費支出を加えたもの)を購買力平価で評価すると,日本はかつてOECD平均を超えたことがない。
 日本が「世界第2の経済大国」である理由は人口が多いからである。購買力平価での評価ではすでに中国が世界第2の規模であり,為替レートでの評価でもその地位を中国に奪われることが視野に入ってきている。規模にせよ,1人当たりにせよ,世界第2位というのは虚像であり,日本経済の姿を根本的に,正しくとらえ直す必要があるだろう。

(注)
 購買力平価で評価したGDPと現実消費支出の1970年以降の時系列は,National Accounts of OECD Countries, Vol. I, Main Aggregatesに収録されている。2005年調査を反映させたデータ2008年版は,もうすぐ出版物の形で刊行される。
 上の記事で紹介した数値は,各基準年の調査報告書に示された数値である。購買力平価は原則更新されない(正確には,基準年以降の推計値はつぎの基準年の調査結果をもとに改訂される)が,GDPは遡及して改訂されるため,購買力平価の調査報告と最新のNational Accounts of OECD Countries, Vol. 1, Main Aggregatesでは,GDPや最終消費が関係する数値に違いが生じる。また,OECDに加盟する30か国のデータは1993年以降しか利用可能でないため,データのそろう26か国でOECD合計が計算されている。そのため,今回の記事ではこれを引用していない。

(参考)
「OECD諸国の1人当たり国内総生産(名目GDP)」(内閣府経済社会総合研究所)
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h18-kaku/percapita.pdf

総務省統計局の国際比較プログラムのサイト
http://www.stat.go.jp/info/meetings/icp/index.htm
(1999年と2002年調査の報告書の和訳がある)

OECDの購買力平価のサイト
http://www.oecd.org/std/ppp

2005年調査の発表資料
http://www.oecd.org/dataoecd/53/47/39653689.pdf

2005年調査をもとにした,1980年から2006年までのOECD諸国の購買力平価の時系列データ(SourceOECDでは,1970年からのデータが利用可能である)
http://www.oecd.org/dataoecd/61/56/39653523.xls