日本銀行総裁が空席になった。これまでの経緯で,関係者(メディアも含めて)に経済学のリテラシーがないことが非常に残念だ。
(1)
 最大の痛恨事は,伊藤隆敏教授の副総裁案が不同意になったこと。民主党が,伊藤教授が提唱しているインフレターゲット論がふさわしくないとしたのは,不合理。国会での所信(http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~tito/20080311.pdf,マーカーを引いた部分)で伊藤教授が説明しているように,これはインフレを起こすことを目的としたものではなく,インフレを低位で安定させようとするものである。学界でも真剣に研究がされている議論であり,トンデモ経済学ではない。実際に導入するか否かは長らく議論があるが,伊藤教授が副総裁になれば日本銀行内での議論がより深まっただろう。世界に令名とどろく伊藤教授の見識が金融政策の現場に活かされないことは,大きな損失だ。
(2)
 総裁人事の争点が,「財務省出身者が総裁に就任すると,日銀の独立性が損なわれる」かどうかになったのは的外れ。もっと重要なのは,日本銀行総裁には金融の専門的知識と経験が必要とされ,財政は強くても金融が弱い人はふさわしくない,ことだ。
 「財務省出身者だから駄目だというのはおかしい」というのは正論だが,財務省(大蔵省)事務次官のほとんどは主計局畑で,国内での政治家との応対には長けていても,金融は専門外であり,国際経験も少ない(国内から一歩も出ていない経歴が彼らの世界のステータスであったりする)。一方で,財務官経験者はまったく違うキャリアパスを歩み,国際金融の現場で仕事をし,国際経験も豊富である。
 「外国では財務省出身者が中央銀行総裁になっている」のもその通りだが,その場合は経済,金融の知識と経験が評価されてのこと。外国ではその要求水準が高く,多くの人は経済学の大学院教育を受けて,現場で長く研鑽を積む。なお,米国の財務省は,日本の財務省から主計局が抜けたような役所で,金融,マクロ経済が所管。予算編成は行政管理予算局の仕事である。

(参考)
米国財務省のホームページ
http://www.ustreas.gov/

行政管理予算局のホームページ
http://www.whitehouse.gov/omb/

(関係する過去記事)
中央銀行総裁と経済学博士