もし道路特定財源が一般財源化されて,道路整備以外に充てられるようになれば,なぜ高い税率が課せられるのかがきちんと説明される必要がある。有力なのは,自動車利用にともなう外部費用(利用者が費用を払わないが,社会的な観点からは経済損失となるもの)の負担を利用者に求める,ピグー税の考え方である。また,ピグー税は一般財源と考えるべきものであり,その税収をすべて道路建設に使うことを示唆しない。
 3月24日の日本経済新聞・経済教室欄に,金本良嗣東大教授が,自動車利用の外部費用を計測して,ピグー税を課す場合の税率を示している。計算の詳細が示された原論文「道路特定財源制度の経済分析」は,金本教授のWebサイトからダウンロード可能(http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~kanemoto/bc/NKK2006.pdf)である。
 この計算の枠組みは,Parry and Small (2005),Parry, Walls and Harrington (2007)に沿っており,国際的に認知された手法である。現在の道路延長が固定された短期の状況を考えて,自動車利用で生じる外部費用のうち代表的なものをリストアップし,文献調査で妥当な推計値を求めて,積算していく。Parry and Small (2005)が米国と英国について計算し,Parry, Walls and Harrington (2007)が米国についての後続研究となっている。
 これらの推計を比較してみよう。幅をもたせた推計がされ,低位値,中位値,高位値が設定されているが,ここでは中位値のみを比較する。いずれも2000年価格で表示されているので,2000年の購買力平価1ドル=152円,1バレル=3.785リットルを使って換算した。米国は,Parry, Walls and Harrington (2007)の結果による。
 望ましいガソリン税の負担は,
 日本 124円/リットル
 米国  45円/リットル (111セント/ガロン)
 英国  54円/リットル (134セント/ガロン)
となっている。
 金本教授の求めた日本のガソリン税率が高いので,その理由を調べていこう。

 外部費用として積算されたものは,以下の通りである。外部費用は,燃料消費に関係する費用と走行距離に関係する費用がある(括弧内は,低位値と高位値の範囲。単位は省略)。

燃料消費に関係する費用
 地球温暖化の費用
  日本 19円/リットル(3-32)
  米国,英国 2.4円/リットル,6セント/ガロン(0.2-24)
 原油依存の費用
  日本,米国 4.8円/リットル,12セント/ガロン
走行距離に関係する費用(各国の燃費データをもとに燃料消費当たり費用に換算)
 大気汚染の費用
  日本 10円/リットル,1.1円/km(0.1-3.2)
  米国,英国 16.9円/リットル,2セント/マイル(0.4-10)
 混雑の費用
  日本 65.8円/リットル,7円/km(0-36)
  米国 42.2円/リットル,5セント/マイル(1.5-9)
  英国 72円/リットル,7セント/マイル(3-15)
 交通事故の費用
  日本 23.5円/リットル,2.5円/km(0.7-4.8)
  米国 25.3円/リットル,3セント/マイル(中位値の1/2.5-中位値の2.5倍)
  英国 24.7円/リットル,2セント/マイル(中位値の1/2.5-中位値の2.5倍)
 道路損傷の費用
  日本 0.9円/リットル

 ここから,いろいろと重要な事実が読み取れる。税率の水準に関して,大事なものを4つあげる。

(1)
 日本の温暖化費用が高めに設定されているが,ピグー税の推計結果の違いを説明できる大きさではない。日本のガソリン税が高く計算されているのは,燃料課税が燃費に与える影響の想定が違うことが主たる理由である。
 ピグー税を課すならば,燃料消費に関係する費用をガソリン税で徴収し,走行距離に関係する費用は何らかの走行距離課税で徴収する。ただし,走行距離課税は実務上困難であり,これをガソリン税で代替しているのが,上記の計算である。燃費(燃料消費と走行距離の関係)が税の影響を受けないならば,走行距離当たり費用を燃費固定の仮定のもとで燃料消費当たり費用に換算して,その分のガソリン税を課せばよい。
 しかし,ガソリン価格が上がることで,燃費が向上して,同じ燃料で走行距離が2.5倍に伸びるのであれば,燃料当たり費用の2.5分の1の税をかけることで,走行距離当たり費用の分の課税が達成される。米国・英国の研究は,このような想定を置いて,走行距離当たり費用の40%を課税するように考えている。
 ガソリン消費の価格弾性値は短期で-0.2程度,長期で-0.6程度である。ただし,最近は弾性値がこれより下がっているという見方も聞かれる。長期の弾性値が大きくなる理由のひとつには,短期では燃費は変化しないが,新しい自動車の燃費が改善して,長期的にはガソリン消費が抑制されることがある。Parry and Small(2005)は長期の弾性値を-0.55と置いた。燃費の反応は,長期と短期の弾性値の違いをほぼ説明する形になっている。
 日本の推計では,二村(2000)による,ガソリン消費と走行距離のガソリン価格に対する弾性値はともに-0.2であると推定結果に基礎を置いている。すなわち,ガソリン価格の変化は燃費に影響を与えないという想定になっているので,ピグー税の計算でも,税率が高くなる。同じ走行距離当たりの外部費用について,燃費の反応の違いによって,日本でのピグー税は2.5倍大きくなるというのである。
 ガソリン消費の価格弾力性は,現在もっとも重要な政策議論において,もっとも重要なパラメータである。長期弾性値が低ければ,燃費はあまりガソリン価格に反応しないだろう。弾性値の妥当な範囲が定まるまでに外国では数多くの研究が蓄積されてきたが,日本ではその研究の蓄積が薄く,燃費が反応しないという想定は,もしかすると真の姿とはかけ離れているかもしれない。もし,外国と同様の燃費の反応だとすれば,ピグー税は大きく低下する。
 別の角度から見ると,民主党が道路特定財源制度改革で主張するように,ガソリン消費の価格弾力性が低いのが本当だとすると,ガソリン税は高くなければいけない。

(2)
 上の議論は,道路延長が固定されているという前提である。まだ道路が足りないといって,道路を整備する場合には,建設費用の負担分にピグー税が上乗せされるものと考える(ただし,混雑の外部費用のいくらかは建設費用の負担に重なって,上乗せにならない可能性がある)。したがって,まず道路事業の適正な意思決定が重要である。その手順を踏んだ上で道路建設が必要ならば,暫定税率を含めたガソリン税を引き下げるのが正しい選択肢となる可能性は低いだろう。たとえピグー税の水準が英米での研究並みに低くても,同じである。
 真に必要な道路建設が大幅に少なくならなければ,ガソリン税の引き下げは政策の選択肢にはならないだろう。

(3)
 温暖化費用に対するピグー税は,他の費用に比べて小さい。温暖化による経済損失には諸説あるが,かなり大きな推計値をもってきても,揮発油税の暫定税率分を温暖化費用のピグー税と解釈することは難しそうだ。
 ピグー税を構成する種々のパラメータの推定値の信頼性を高めるように研究者は努力してきているが,まだまだ不安定なところがある。この場合には,温室効果ガスの削減目標が与件とされており,それを達成するための税(ボーモル=オーツ税)として,ガソリン税をとらえる方が適切だろう。その場合,かりに二村(2000)の弾性値をもとにしても,弾力性は低いがゼロではないので,ガソリン減税はわが国の温暖化対策とは逆方向の動きになるといえるだろう。

(4・やや専門的)
 Parry and Small (2005)の計算では,労働所得税がもたらす資源配分の歪みを考慮している。定性的には,ピグー税が税収をもたらすことで,労働所得税を減税して資源配分の歪みを減らすことができるので,ガソリンへの課税をより強めた方がいいことが示される。逆に言えば,ガソリン税減税の穴埋めを所得税増税でおこなうと,経済厚生が低下する(消費税増税で穴埋めするとどうなるかを調べた文献があるかどうかは,調査中です。もしなければ論文が1本書けます)。
 これは最近の専門的研究で注目されている議論であるが,定量的な評価には不確定な部分があり,政策現場で使うにはもう少し研究を積んだ方が良いように思う。金本(2007),Parry, Walls and Harrington (2007)が考慮の対象外としているので,ここでもそれに準じる。

(参考文献)
金本良嗣(2007),「道路特定財源制度の経済分析」,『道路特定財源制度の経済分析』,日本交通政策研究会
Parry, Ian W. H., and Kenneth A. Small (2005), “Does Britain or the United States Have the Right Gasoline Tax?” American Economic Review, Vol. 95, No. 4, September, pp. 1276-1289.
Parry, Ian W. H., Margaret Walls and Winston Harrington (2007), “Automobile Externalities and Policies,” Journal of Economic Literature, Vol. 45, No. 2, June, pp. 373-399.
二村真理子(2000),「地球温暖化問題と自動車交通:税制のグリーン化と二酸化炭素排出削減」,『交通学研究』1999年研究年報,137-146頁
「道路特定財源制度の改革について」(民主党)
http://www.dpj.or.jp/special/douro_tokutei/pdf/20080202seido_kaikaku.pdf