(4月22日追記 後半で,厚生労働省推計での2030年の20~24歳男性の労働率の数値を間違って用いたため,記述が間違っていました。該当箇所を示して,訂正しています)

 社会保障財政の長期推計を研究していることから,労働力人口の将来予測には,かねてから関心をもっている。昨年12月の雇用政策研究会(厚生労働省職業安定局長の研究会)報告書のなかで,2030年までの労働力人口の見通しが発表された。約2年に1回ごとに同種の見通しがこれまで発表されており,その最新版となる。研究会の報告書となっているが,年金の財政再計算の前提に用いられるなど,事実上の公式推計と見なしてよい。ここでは単に,厚生労働省推計と呼ぶことにする。これによれば,2006年の労働力率と同水準で推移した場合,2030年の労働力人口が2006年にくらべて1070万人減少し,経済成長の大きな制約要因となることが懸念される。一方,高齢者の雇用確保策や仕事と生活の両立支援等の施策によって労働市場への参加が進むと,全体で約600万人の労働力人口の増加が見込まれる,としている。
 2月の経済財政諮問会議に,民間議員から提出された「新雇用戦略」の全体像では,女性に対して「新待機児童ゼロ作戦」の策定等,若者に対して「ジョブ・カードの全国展開」,高齢者に対して「70歳現役社会」の実現,という対策を講じるものとして,10年後の就業率の数値目標を盛り込んでいる。

(1)
 少子化で労働力人口が減少するなか,非労働力人口を労働市場に呼び込むことで経済成長への負の影響をやわらげたいという考え方は,両者で共通である。諮問会議では,役所が受け入れがたい「高めのボール球」が民間議員から投げられ,激しいやりとりのなかで改革が進んでいくという印象がもたれているが,新雇用戦略はどうだったのか。昨年12月の厚生労働省推計は労働力率で示されたので,直接の比較はできなかった。
 厚生労働省推計の作業は,労働政策研究・研修機構でおこなわれており,その詳細が,4月2日に機構から発表された。そこには就業率の見通しも公表されているので,それをもとに,厚生労働省推計の労働市場参加が進むケースにおける2017年の就業率と,新雇用戦略での10年後の就業率目標を比較してみた。年齢階層の集計の仕方が違うので,『将来推計人口』(出生中位・死亡中位)の2017年の推計人口をもとに,新雇用戦略と比較可能な形に厚生労働省推計を集計し直してみた。結果は,以下の通り。左が厚生労働省推計,右が新雇用戦略の目標値(範囲で示されている)である。

 (女性,25~44歳) 72.6% 69~72%
 (男性,25~34歳) 94.3% 93~94%
 (男女,60~64歳) 61.3% 60~61%
 (男女,65~69歳) 38.8% 38~39%

 新雇用戦略の目標値を小数点第1位切り捨てと考えると,厚生労働省推計をその範囲内に含む。高めのボール球ではなく,ストライクである。65~69歳層をのぞいては,厚生労働省推計が新雇用戦略の範囲の高い方に位置するので,厚生労働省が強気,諮問会議が慎重,とも考えられる。
 方向性も数値目標もおおむね同じならば,雇用戦略は厚生労働省にまかせておいて,人的・物的資源の限られている諮問会議は,省庁にまかせておけない課題に集中することも考えられたのではないか。もし厚生労働省の強気な見通しに懸念があるのなら,誰も気がつかないように低めの範囲に数値目標を広げるのではなく,推計の是非をめぐって厚生労働省とやりあうことも考えられたのではないか。新雇用戦略については,諮問会議は期待されている役割を果たしていないように見受けられる。

(2)
 厚生労働省推計での労働参加が進むケースは,強気の見通しであるといえる。個人的な利害とかかわるところで気になったものとして,20~24歳男性の労働力率がある。これは,2006年の69.1%から2030年には
[以下,4月22日訂正]
81.3%に上昇するとされている。2006年の『労働力調査』によれば,この階層の382万人の27.7%にあたる106万人が,通学のための非労働力人口になっている。つまり,かりに2006年の時点で通学以外の非労働力人口がすべて労働力人口になっても,労働力率は72.3%までしか上昇しない。労働力率が81.3%まで上昇するには,さらに通学理由の非労働力人口の33%にあたる35万人が労働力人口に転じなければいけない。なお,労働政策研究・研修機構の報告書には,労働力率の上昇がより穏やかなケースも示されており,その場合には2030年に76.2%に上昇するとされている。この場合でも,通学理由の非労働力人口の14%にあたる15万人が非労働力人口に転じなければいけない。
[以上,4月22日訂正。訂正箇所終了]
 大学進学率ないし大学院進学率の低下が国家戦略になれば,大学関係者にとっては深刻な事態である。若年者人口が減少するなかで,大学院生を増やすことは大学の生き残り策のひとつだった。複雑化する社会では大卒以上の学歴が必要となってくるという考えは,社会の理解が得られると私は思っていたが,国家戦略との関係は緊張したものになっている。雇用政策研究会の委員には12名の大学教授が名を連ねているので,もう大学が同意した話だということになるのかもしれないが,この国家戦略はおかしい,という声が起こってくるかもしれない。
 働きながら学ぶパートタイムの学生が増えれば,労働力人口の増加とも両立はできるかもしれない。私の勤務先はフルタイムの学生を念頭に置いているが,やがては対応を迫られることになるかもしれない(しかし,ここしばらくの時間的範囲では,パートタイムの学生への対応はとらないと思う)。
 もうひとつの策は,大学受験での浪人生を減らすことである。受験生の志望と大学定員のマッチングをより高める仕組みができれば,若者がより早く社会に出ることができ,学歴と労働力率の向上が同時に図れるかもしれない。マッチングはゲーム理論の一分野として研究されているが,研究者には,政府の雇用政策と大学経営(ないし自分自身の雇用)を両立させる解について,知恵をしぼってもらいたい。

(参考)
「雇用政策研究会報告の取りまとめについて」(厚生労働省職業安定局,2006年12月25日)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/12/h1225-3.html

「成長戦略機А愎係柩兩鑪』の全体像」(経済財政諮問会議有識者議員提出資料,2007年2月15日)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/0215/item1.pdf

「労働力需給の推計:労働力需給モデル(2007年版)による将来推計」(JILPT資料シリーズNo.34,2008年3月)
http://www.jil.go.jp/institute/chosa/2008/08-034.htm

『労働力調査』基本集計・年平均・2006年
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000000110173