財政については,研究者として見ていると同時に,国立大学教員として組織の末端の現場で,その実態を見ている。
 今回の記事では,6日に麻生首相が指示を出した2009年度の補正予算に関係して,私の周りで起こった出来事を紹介したい。これから査定がある話なので,細部をぼかした表現としたところはご容赦いただきたい。

 3月に,学内で私が関係する,ある組織から,補正予算向けのアイデアを募るメールが回ってきた。大学本部が素案を募っている段階だが,当日が締切とあわただしいのはいつものことである。補正予算はじっくり議論している暇がなく,立案作業はつねに急かされて進行する。
 結局,その組織から出た案は,柏キャンパスに新しいセンターを設立して,その施設整備を予算要求するものであった。問題なのは,現状の基盤がない状態からセンターを作る構想であって,建物・設備が整備されたとして,その後の人件費と運営費をどう工面するのか,まったく見通しがないことである。「追加経済対策は公共事業か,社会保障か」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/25217820.html )で説明したように,景気対策は一時的な支出である。補正予算は1回限りの支出であって,センター設立後に毎年必要な経費の面倒は見てもらえない。残念ながら,景気対策の性格を理解している人の方が少ないだろうから,こういう種類の提案はあちこちで出てしまうのだろう。
 その後,私が出席した会合で,この案が話題にのぼった。私は,自分の考えに沿って,水を差すようなことをいわざるを得ない。その場では,こういう案は補正予算には向かない,後の経費を考えないと大変なことになる(経費が続かず廃墟になるか,無理に経費を工面することで他の事業に歪みが出る)ことを指摘した。
 大学では,施設整備の需要はいつもあちこちで生じている。私が所属する経済学研究科と公共政策大学院も手狭で困っている。当初予算の施設整備費は限られているので,どこの大学でも長期計画を作って,手狭なところを順番に整備していっている。補正予算が回してもらえるなら,順番待ちのものを繰り上げて整備するのがよいというのが私の意見だ。手狭なのは今の活動が順調なことの表れだから,無駄遣いする危険は抑えられる。
 ところが,補正予算では「目玉」が要求される。単に手狭な部署にスペースを提供するような地味な事業よりも,人々の注目を引く事業を求める力が働いているように,私には見える。上のセンター構想は目玉になる素質がありそうで,少し前に入った情報だと,もしかして実現するかもしれない。かりに予算がついたならば,その後の経費はどうするつもりなのだろうか。

 国の財政事情は厳しいので,当初予算で賄われる恒常的な経費にはずっと削減の圧力がかかっている(文教科学予算はまだ恵まれている方だが)。また,当初予算は1年以上かけて,予算をつけるか否かが議論される。そうした状況で教育研究活動をやりくりしているときに突然,何か大きな事業はないか,すぐに案を出せ,経費は大きいほどいい,ただし1回限り,という調子で話が舞い込むのが補正予算である。大学敷地内に施設を建設するのは,用地を買収しなくていいので,早期に執行できる公共事業として補正予算では重宝される(予算の正確な用語では公共事業費ではなく施設費と呼ばれ,公共投資関係費に含まれる)。そして,どたばたと巨額の使途が決まっていく。
 巨額の補正予算が何年か続くと,当初予算と補正予算の二重基準で現場は大きく撹乱されてしまう。現場で混乱を目撃している人間としては,個人で何とかできる範囲には限界があり,やりきれなさを感じてしまう。
「財政政策のマーフィー式採点法(その1)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/24388010.html ),「財政政策のマーフィー式採点法(その2)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/24401000.html )での議論が示すように,財政出動が有効なものとなるには,財政支出そのものに価値があることが非常に重要である。現在で必要な財政出動の規模を決めるのは,GDPギャップの大きさではなく,有益な使途がどれだけあるかだろう。

(参考)
「公共投資関係予算(1)」(2004年度予算政府案)
http://www.mof.go.jp/seifuan16/yosan009-7_a.pdf
2004年度までは「公共投資関係予算」,2005年度以降は「公共事業関係予算」として資料が作られている。

(関係する過去記事)
追加経済対策は公共事業か,社会保障か
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/25217820.html

財政政策のマーフィー式採点法(その1)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/24388010.html

財政政策のマーフィー式採点法(その2)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/24401000.html