民主党のマニフェストの焦点は,新規施策のための財源をどう確保するか,にある。
 民主党サイトによれば(http://www.dpj.or.jp/news/?num=16186 ),9日に開かれた21世紀臨調主催の討論会「民主党のマニフェストを問う」で,直嶋民主党政調会長は「一般会計と特別会計合わせて207兆円の予算のうち、見直しが可能なものが70兆円であるとして、この14%から15%を削減することは、民間企業なら低い目標ではないか」と発言している。

 207兆円という数字は,予算が国会に提出される際に作成される資料「平成21年度予算及び財政投融資計画の説明」(http://www.mof.go.jp/seifuan21/setumei/h21y_g.pdf )の付表10にある。この表には,主要経費別に分類した歳出も掲載されている。
 207兆円のなかには削減が困難なものもある。その筆頭格は,国債費79兆円である。借金の返済を見直すというのは,国家財政の破綻処理と同じことになるので,これを見直すと大変なことになる。
 その他の削減困難なものを除いた後に70兆円が見直し対象になる考え方については,8日の朝日新聞GLOBE記事「民主党は頼れるか?」のなかの一節が参考になる(http://globe.asahi.com/feature/090608/03_1.html )。

「これまで政府が示してきた資料では、一般会計と特別会計を合算した約212兆円の歳出のうち、借金の返済に充てる国債費、社会保障関係費、地方交付税などの費目が8割を占める。いずれも義務的な色合いが濃く、削減は難しいように見える。
 だが、歳出の「性格」に応じて整理された区分表と照らし合わせると、官僚の天下り団体への補助金など、削減しやすい項目が紛れ込んでいることが分かる。これを足し上げると、見直しの対象になる額は約25兆円増え、67兆にもなるという。」

 民主党内部の事情は知らないので,この記事から私が想像した内容は以下のようになる。まず,数字は1年前のものになる。「平成20年度予算及び財政投融資計画の説明」(http://www.mof.go.jp/seifuan20/setumei/h20y_g.pdf 」の付表10によれば,08年度当初予算での一般会計と特別会計の歳出合計は213兆円である。ここから,
 国債費 88兆円
 地方交付税等 17兆円
 社会保障関係費 67兆円
を引くと,41兆円になる。記事にあった,25兆円増えて67兆円になる数字に近い。
 区分表というのは,予算成立時にWebでも利用可能になる資料である(http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h20/sy200401c1.pdf )。予算の項目にはコード番号がつけられているが,その下2桁は目番号と呼ばれ,支出の性格による分類番号になっている。補助金には目番号16がつけられる。一般の人がコード番号を見る機会はあまりないが,予算に添付される予算参照書のなかの歳入歳出予定額科目別表で見ることができる(財務省のサイトでも公開されている)。
 想像するに,民主党は,地方交付税等・社会保障関係費のなかで目番号16がついたものを見直し対象に加えたように見える。区分表の説明を読めばわかるが,目番号16がつくのは,天下り団体への補助金だけではない。
 地方交付税等の方は,もろに
 地方交付税交付金(31021-305-16) 15.4兆円
 地方特例交付金(32021-305-16) 0.5兆円
 地方譲与税譲与金(33021-305-16) 0.7兆円
と,いずれも16がつく。そういうことなら,最初から地方交付税は平均15%削減の見直し対象に入ると説明した方がわかりやすい。地方の歳出も見直して,結果として地方交付税が減るというのならわかるが,上の記事のように,単に天下り団体への補助金と同じだから削減するという風に解釈されると,地方の反発を買いはしまいか。

 社会保障関係費のなかにも天下り団体への補助金が紛れ込んでいるのは事実だ。しかし,目番号16がついていても,そういう性質のものでなく,金額の大きいものがある。年金特別会計健康勘定には,前期高齢者納付金・後期高齢者支援金・退職者給付拠出金・老人保健拠出金(いずれも04081-305-16)の合計で1.2兆円,保険料等交付金(04081-305-16)で4兆円というのがある。この勘定の収入である政管健保(2008年10月から協会けんぽ)の保険料のうち,前者は高齢者の医療給付に回る分,後者は全国健康保険協会を経て加入者の医療給付に回る分である。これらは実質的には保険給付費(目番号21がつく)である。まさか協会けんぽの保険料を15%ピンハネして高速道路を無料化する財源に回すわけにはいかないだろうから,これらは目番号16がついていても,最初から見直し対象から除外しておく方がわかりやすいだろう。
 協会けんぽ関係の5兆円を記事のなかの25兆円から除外すると,社会保障関係費のなかの見直し対象は3兆円を下回るだろう。どういうものが除外されるかの判断は人によって別れるだろうが,精査すれば見直し対象はもっと小さくなるだろう(なお,記事のなかの25兆円の積算根拠がわからないので,もし私の想像と違っていたら,社会保障関係費のなかの妥当な見直し対象は別の数字になるかもしれない)。

 また,削減しても新規施策の財源にならないものがある。一番大きいのが,財政投融資のなかの融資に使われる,財政融資資金へ繰入(95199-006-22)10兆円である。財政投融資に問題があればこれを削減するのは結構なことだが,これは融資なので,後で利子がついて返済されてくる資金である。融資をやめると後の収入もなくなるので,融資をやめて新規施策の財源が産まれるわけではない。銀行が間接経費を減らせば収支はよくなるが,融資を減らしても収支がよくならないと同じ理屈である。金融活動を無理に財政の枠にはめているので,予算では融資が支出に計上されるが,民間銀行の会計だと融資は費用にはならない。
 他にも各種の貸付金が歳出に計上されているが,返済が前提にされている資金については,財投の融資と同じことがいえる。一方,出資金は,返還されることがまず期待されていない。そのため,融資とは違って,これを削減すれば財源は産まれる。

 まとめよう。2008年度当初予算の213兆円のうちで,新規施策の財源のための見直し対象は67兆円ではなく,
 国債費 88兆円
 財政融資資金へ繰入 10兆円
 社会保障関係費 64兆円(見直し対象3兆円をのぞく)
を除いた51兆円が妥当な推計値の上限である。ここから10兆円の財源を捻出するには,地方交付税等も「聖域」としないで,平均して約20%の削減が必要だ。かりに地方交付税等を「聖域」とするならば,見直し対象は34兆円に縮小する。
 財政は確かに複雑でわかりにくいが,削減しやすい項目を25兆円も隠しておけるほど不透明ではない。
 民主党が,しがらみのない立場から無駄を削るというのは結構な話だが,無駄を削るだけでは10兆円の財源は出てこない。予算の優先順位を変えるために必要な事業も削る,という戦略的な取り組みが必要になるだろう。そして,予算の組替えの現実性を高めるには,見直し対象の考え方を理にかなったものにして,財源の目標値を下げることが必要だろう。
 衆院選マニフェストでは,歳出削減の具体策を明確に示して,高速道路を無料化するために,国民は何をあきらめなければいけないかを理解できるようにして欲しい。

(参考)
「政権を担い子ども手当など最優先で実施 直嶋政調会長が21世紀臨調主催の会合で」
http://www.dpj.or.jp/news/?num=16186

「民主党は頼れるか?」(朝日新聞GLOBE)
http://globe.asahi.com/feature/090608/index.html

(関係する過去記事)
民主党は財政再建の財源を明らかにすべき