民主党マニフェストの主要政策で最大の財源を必要とするのが,義務教育終了時まで1人2万6千円を支給する「子ども手当」である。この政策には,評価できる点と疑問符がつく点がある。
(1)
 まず,現在の扶養控除を廃止し,それを財源に児童手当を充実させることには賛成である。
 現行制度の所得税と住民税の扶養控除は児童手当以上に大きな経済的支援になっている。扶養する子がいると,所得税の課税所得が38万円減少し,限界税率10%だと年間3.8万円税金が安くなる。住民税の課税所得は33万円減少し,限界税率10%だと年間3.3万円税金が安くなる。両者を合わせると,月額で5917円の実質的な「手当」をもらっていることになる。児童手当は小学生までが対象だが,扶養控除は年齢制限はない。
 扶養控除の問題は,所得が低くて税金を払っていないと,その恩恵がなくなることである。失職等で生活が苦しくなっても子育ては続くが,そのときに扶養控除による支援は消えてしまうのである。所得にかかわらず支給される手当にすれば,苦しいときも支援は継続する。ここが,「子ども手当」が単なるバラマキではない意義である。
 また,扶養控除による支援は,高所得者に手厚くなる。所得税の限界税率が33%の家庭では,子供1人当たり年間12万5400円税金が安くなる。景気が最近の出生率の動向に影響を与えているといわれており,低所得者への支援が重要と考えられる。所得を問わず一律支給の児童手当の方が,同じ財源総額でも子育て支援の効果は大きくなるだろう。
(2)
 それ以上の財源をつけて,児童手当を充実させることは,政府支出をめぐる価値観の問題になる。ある程度の充実には賛同する国民は多いと思われる。しかし,中学生まで1人2万6千円を支給するためには5兆円近い新規財源を必要とするので,その財源のために削られた歳出とつりあいがとれるかどうか。歳出削減の具体的内容が判明しないと評価はできないが,過ぎたるは及ばざるがごとし,になるかもしれない。
(3)
 財源確保のために扶養控除と配偶者控除を廃止した場合,[2009年7月17日追記:当初はここに「子ども手当の対象とならない高校生をもつ家庭には,扶養控除の廃止の増税のみが来る。」と書きましたが,0~15歳のみの扶養控除を廃止するようなので,この記述は削除します]増税とはっきりいわずに「控除の見直し」という言い方を民主党はしているが,実際に実行するにあたって,すんなり受け入れられるかどうかは未知数だ。
(4)
 民主党案の制度設計の詳細に関して,私なら絶対に避けたいことが2つある。
 第1は,スケジュールの問題。民主党は,最初の2年間は半額(1万3千円)支給,その後に全額支給の2段階で実施するとしている。後で支援を充実することを決めるのは,そのときまで産むのを控えようという行動を誘発するので,少子化対策としては疑問符がつく。とくに現在は第2次ベビーブーム世代が出産適齢期を終えつつある段階であり,出産の先送りが結局は出産の断念につながるおそれもある。子育て支援は一気に充実,が鉄則である。
 なお,スケジュールは税制と連動して考えないといけない。諸控除の廃止を2010年度税制改正に盛り込んでも,不利益遡及を避けると,適用は2011年1月からになるだろう。控除の廃止と手当の充実の時期をうまく一致させて,家計の可処分所得が乱高下するのを避けるべきだ。税制と社会保障にまたがっての制度設計が必要であり,総合調整力を発揮できるかどうかの試金石になる。
(5)
 第2は,支給間隔の問題。現行の児童手当は4か月ごとに年3回の支給である。民主党は何度か「子ども手当法案」を国会に提出しているが,この支給回数は変更しない。すると,子ども2人が対象となる家庭が満額の子ども手当を受給すると,4か月に1度,20万8千円が口座に振り込まれることになる。ミルクやおしめ代に使ってもらうには,適当なお金の渡し方とはいえない。対象と金額を充実させるなら,毎月支給か,少なくとも隔月支給に改めるべきだろう。
 これは,民主党政権が誕生した場合の構造的な課題を端的に示す例である。官僚に頼らず立案された民主党の政策には,このように詰めが甘い部分が随所にある。政治家が大きな部分を決め,官僚が細部を詰めるのは健全な分業であり,詰めの甘さ自体を責める気はない。注目すべきなのは,民主党が政権に就いたとき,事務方が「子ども手当法案」に支給回数の変更を加えるように進言したときにどういう対応をとるかである。民主党の政策に賛成しない役人はクビにする方針のようだが,政策を骨抜きにする抵抗と改善する提案を正しく識別できないと,事務方が「物言えば唇寒し」と感じて消極的になって,詰めが甘いところで足元をすくわれるような事態も起こりかねない。

(参考)
民主党「子ども手当法案」(2008年12月に第170回国会に提出)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g17002003.htm