長妻厚生労働相は20日,2006年の相対的貧困率が15.7%だったと発表した。

 これまではきわめて限られた統計によって所得分配の状況の国際比較がおこなわれてきたが,昨年に,経済協力開発機構(OECD)が主導した所得分配に関する国際比較研究の報告書が発表されたことで,所得分配の研究は新次元に入った。
 貧困率をどう定義するか,をめぐっては長い研究の歴史があるが,今回のOECDの調査で「相対的貧困率」指標が事実上の標準の座を固めたと見ていいだろう。OECDの研究には,わが国は国立社会保障・人口問題研究所で『国民生活基礎調査』の個票データを再集計して,データを提供していた。このタイミングで,政府から公式にこの計数が発表されるようになったのは大いに評価できる。

 わが国ではジニ係数を含む格差指標は世帯単位で計算されることが多いが,国際標準は個人単位の所得分配に関心を寄せる。まず,世帯の可処分所得合計を世帯人員数の平方根で割ったものを,その世帯の各個人の「等価可処分所得」(equivalent disposable income)とする。人数で割って1人当たりにするのではなく,平方根で割るのは,世帯の消費に規模の経済が働くことを考慮している。つまり,世帯人員が倍になったときに同じ生活水準を維持するのに,所得が2倍以下で済むということである。どのような調整方法がいいかもずいぶんと研究されたが,結局,この単純な方法でもうまく近似できていると考えられるようになり,簡便さが評価されたという実務上の理由で,この方法が定着した。
「相対的貧困率」は,等価可処分所得がその中央値の50%以下である個人が総人口に占める割合として求めたものである。貧困線を40%や60%に置くこともあるが,国際比較の上で大きくは違わない。

 貧困率調査が脚光を浴びたところで,貧困率の計算だけでなく,追加して考えてもらいたいことがある。
 OECD調査でわが国の貧困率が高かったことに不満がある人が政府のなかでもいるようで,今はなき経済財政諮問会議の4月22日の資料(http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0422/item3.pdf )で,もうひとつの大規模な世帯調査である『全国消費実態調査』で計算された貧困率は小さくなることが示されている。
 2つの調査で世帯の所得分布を比較してみると,『国民生活基礎調査』の方で低所得の世帯が多くなっている。両調査の分布が違っていることは,どちらかの(あるいは両方の)標本に偏りがあるということである。
 真の所得分布がわからないので,どちらの調査が正しいのかはすぐには決着がつかない。所得は,回答を拒否する世帯も多く,調査するのがなかなか難しい。それでも,2つの調査の回答世帯の属性の差や回答傾向の差を調べるなどして,乖離を説明していくことが必要である。
 実態を明確にさせておかないと,適切な貧困対策を講じることはできない。

(注) 消費の不平等指標の推移についても,両調査で違った結果が出ている。大竹文雄大阪大学教授と齊藤誠一橋大学教授が『全国消費実態調査』を用いた研究では,消費の不平等の進展は主として格差の大きい高齢者の人口比率が増えたことで生じて,同じ年齢階層内の不平等はそれほど拡大していないとしている。一方,私が『国民生活基礎調査』を用いた研究では,同じ年齢階層内の不平等の拡大も大きいという結果が出ている。

(参考)
[2009年10月22日追記]「相対的貧困率の公表について」(厚生労働省,2009年10月20日)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/10/h1020-3.html

「報告書”格差は拡大しているか?":大半のOECD諸国で所得格差と貧困が増大」(OECD東京センター)
http://www.oecdtokyo.org/theme/social/2008/20081021uneaqual.html

「(別紙)所得格差の現状について」(経済財政諮問会議有識者議員資料・2009年4月22日)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0422/item3.pdf

(参考文献)
岩本康志(2000),「ライフサイクルから見た不平等度」,国立社会保障・人口問題研究所編『家族・世帯の変容と生活保障機能』,東京大学出版会, 75-94頁

岩本康志(2006),「書評 大竹文雄著『日本の不平等』」,『季刊社会保障研究』,第42巻第1号,6月,98-101頁
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18053315.pdf

大竹文雄・斉藤誠(1996),「人口高齢化と消費の不平等度」,『日本経済研究』,第33号,11月,11-37頁