日本銀行は5日,政策決定会合で「包括的な金融緩和政策」を決定した。以下は,3つの措置からなる,この新たな金融緩和策の寸評である。

 第1の措置は,政策金利の誘導目標を0.1%から0~0.1%に変更し,「実質ゼロ金利を採用していることを明確化」した。超過準備の利子は0.1%のままにしているので,コールレートが0.1%より大きく下がることはないと予想される。潤沢な資金供給の結果0.1%より低下しそうでも,資金を吸収して0.1%に貼り付けるのではなく,低下を許容するという意味で,より自然体で資金供給することになるだろう。
 主眼は,金利を低下させることではなく,今やっていることを「明確化」することにある。
 最近の円高で米国の金融政策とよく比較されるようになったが,米国とほぼ対応する形になった。米国は政策金利の誘導目標を0~0.25%としているが,超過準備の利子は0.25%で,金利は0.25%付近で推移している。0.25%が0.1%になったのが,日本の今回の追加緩和の姿である。
 今後は,「『市場機能論』は成立するか?」で取り上げたような,超過準備の利子を下げるかどうかの議論が日米両国でされることになるだろう。

 第2の措置は,「中長期的な物価安定の理解」に基づく時間軸の明確化で,「日本銀行は、『中長期的な物価安定の理解』に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく」としている。
飯田泰之氏の『リフレ政策』について(あるいは感想への感想への感想)」で,「中長期的な物価安定の理解」はある種のインフレ・ターゲットであり,デフレのままで利上げすることはないという読みができることを指摘した。そのことを明示的に表現したものだとすれば,コミットメントが強くなったといえば強くなったといえるが,新しい行動が加わったというわけでもない。
 結局,第1と第2の措置は,新しい行動が加わったというよりは,従来からの緩和スタンスの説明を工夫することで,これまで伝わる人にしか伝わっていないことを,もっと広い人に伝える趣旨のものだと理解できる。
 ゼロ金利政策をいつまで続けるかの表現「物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで」は曖昧であり,2000年にゼロ金利を早々に解除することにつながった「デフレ懸念が払拭されるまで」の表現を想起させる。より客観的な条件にして,明確化の明確化を図ることが必要だろう。
 物価の安定については,「委員の大勢は1%程度を中心と考えている」ことから,消費者物価上昇率が1%に達するまでは,ゼロ金利政策が続くという読みができる。これは,「【感想】『日本経済復活 一番かんたんな方法』」,「飯田泰之氏の『リフレ政策』について(あるいは感想への感想への感想)」で,日銀の選択肢として十分に考えられると私が評価していたものに相当する。そういう理解で正しければ,量的緩和政策時よりも強くゼロ金利にコミットすることになるので,今回の措置のなかでは最も重要なものであるといえる。そうであれば,そのことをより明確に表現する方が望ましいだろう。
 日銀がこのようなコミットメントをしたがらなかったのは,物価上昇が起こらずにバブルが起こることを警戒しているのだが,今回は一歩,踏み込んだといえる。一方,バブルの懸念については「ただし、金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、問題が生じていないことを条件とする」とただし書きをつけることで対応している。この部分も一層の明確化が望ましいが,バブルへの対応は意見が分かれるところであり,今後の課題といえる。

 第3の措置は,「国債、CP、社債、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)など多様な金融資産の買入れと固定金利方式・共通担保資金供給オペレーションを行うため、臨時の措置として、バランスシート上に基金を創設することを検討する」ことである。
 まず,銀行券ルールを超える国債の購入については,「財政法第5条(日銀の国債引き受け)について」と同趣旨の理由で,私は反対である。
 前者の「多様な金融資産の買入れ」は国債を除き,「量的緩和から非伝統的金融政策へ」で議論した信用緩和政策になる。「金融政策と財政政策の間(その2)」で説明したが,リスクのある資産を購入することは,財政政策の側面をもつ。基金を創設して,これを区分することは,財政政策と金融政策の境界を明確にすることに役立つだろう。リスクを抱えた基金は場合によって損失を出す。今回の発表では基金は5兆円規模で始まるが,将来の追加緩和で規模が膨らむことも考えられ,場合によっては中央銀行のバランスシートの悪化につながる恐れがある。そのため,中央銀行はリスクのある資産を買う非伝統的政策に踏み込むことに躊躇し,財政政策として国会で判断してくれることを希望する。
 この基金の規模を円滑に拡大するには,基金の資産に政府保証をつけることが考えられる。こうすると,「金融政策と財政政策の間(その2)」で財政政策を実行するとされた部局Aと同等の業務(リスクのある資産を保有し,国債を発行する)を基金がしていることがより明確になる。
 政府がリスク資産の一層の購入を望むなら,今月に編成される補正予算で,政府が必要と考える額の政府保証を盛り込むべきだろう。それが政府と日銀が協調する姿を示すことになる。

(参考)
「『物価の安定』についての考え方」(日本銀行,2006年3月10日)
http://www.boj.or.jp/type/release/zuiji_new/mpo0603a.htm

「『中長期的な物価安定の理解』の明確化」(日本銀行,2009年12月18日)
http://www.boj.or.jp/type/release/adhoc09/un0912c.pdf

「『包括的な金融緩和政策』の実施について」(日本銀行,2010年10月5日)
http://www.boj.or.jp/type/release/adhoc10/k101005.pdf

(関係する過去記事)
【感想】『日本経済復活 一番かんたんな方法』

飯田泰之氏の『リフレ政策』について(あるいは感想への感想への感想)

『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)

量的緩和から非伝統的金融政策へ

財政法第5条(日銀の国債引き受け)について

金融政策と財政政策の間(その1)

金融政策と財政政策の間(その2)

『市場機能論』は成立するか?