字数制限により,昨日の記事「日本型信用緩和の副作用」に納まらなかった,日本型信用緩和の効果について説明する。

 効果の根拠については,「『市場機能論』は成立するか?」の注2で簡単に触れているが,それを敷衍してみよう。そのために,金融政策がそもそも何をやっているかにまで遡ることにする。

 まず,伝統的金融政策について。
 決済システムの安定を図るため,中央銀行はインターバンク市場に資金を供給することで短期金利に影響を与えることができる。そして,市場の裁定を通じて,名目短期金利はすべての市場の名目金利に影響を与える。この事実を利用して,中央銀行は「付帯業務」として金融政策をおこなう。
 具体的には,名目金利を,価格が伸縮的な経済で実現するであろう実質金利(これを「自然利子率」と呼ぶ。「中立金利」もほぼ同義)に等しくなるようにする。すると,価格が変化しなくても,価格が伸縮的な経済と同じ実質金利が実現しているので,価格が伸縮的な場合の資源配分が実現できる。この意味で物価の安定と所得の安定が実現する。
 ところが,投資の収益機会が非常に悪くなって,自然利子率が負になってしまったときには,名目金利を負にできないため,実質金利が自然利子率より高くなってしまい,金融が図らずも引き締まってしまう。
 実質金利が本来あるべき姿より高くなっているというのは,将来の財が現在の財より割安になっており(現在の財の消費をあきらめて貯蓄すると,金利が高いので,より多くの将来の財を買うことができる),現在の財への需要が過小になってしまうことである。

 ここからは,信用緩和について。
 ここまでは,「現在の財」をあたかもひとつの財のようにまとめていたが,信用緩和を検討するため,ここからは現在の財が多数の財で構成されていると考えることにする。
 金融資産の金利は安全資産の金利にリスクプレミアムを上乗せしたものになる。名目金利のゼロ制約のもとで,安全資産の金利がおしなべて引き上げられている問題をリスクプレミアムの低下で相殺しようとするのが,「『市場機能論』は成立するか?」で説明した,信用緩和のねらいである。
 信用緩和は,特定の種類の金融資産のリスクプレミアムを引き下げようとする。ただし,投資家がリスクとリターンのみを見て金融資産間の裁定をしている場合には,そもそも中央銀行が金融資産を売買することではリスクプレミアムに影響を与えることができない(リスクがない状態に簡単化して,長期債と短期債の売買を用いた説明が「通貨発行益」にある)。今回の記事では,信用緩和の対象となる資産では裁定が完全に働かないのでリスクプレミアムに影響があるものと考える。影響を与えられると,リスクプレミアムが低下した金融資産を資金調達の原資としている投資の費用が安くなり,その投資が増える。つまり,自然利子率が負であることがもたらした,現在の財への過小需要の問題が緩和される。これが信用緩和の「効果」の部分である。

 ここからは,信用緩和の問題点について。
 しかし,信用緩和の対象にならなかった資産は,相対的に割高になって,その需要が減少する。需要が減少する財がもともと過大になっている将来の財であったなら,信用緩和の「効果」が出たことになる。しかし,現在の投資の資金調達手段となっている金融資産への需要が減少すると,現在の財のなかでの需要の代替が生じてしまって,過小な需要を刺激する効果が弱くなる。現在の他の財の需要の減少の度合いが大きいほど,効果は小さくなる。どの財の需要に影響が出るかがよくわからないと,効果が不確実な(信用緩和の波及経路がはっきりしない)ことになる。
 さらに,この現象は「副作用」を作り出す。つまり過小であった財の需要をさらに減少させることになって,過小需要の問題を増幅させる。

(関係する過去記事)
通貨発行益

『市場機能論』は成立するか?

日本型信用緩和の副作用