4月12日の菅直人首相の記者会見には愕然とした。
 東北地方太平洋沖地震から1か月。指導者が国民にメッセージを発する重要な機会だ。会見は,首相と政府が何をしたのか,についての菅首相の説明から始まった。
「大震災発生直後に、私はまず人命の救済を考え、自衛隊に出動を命じました。」
 そして,救助・救急に当たった自衛隊,警察、消防、海上保安庁,被災者支援に当たった自治体,企業,NPO,国民,外国への感謝の念がのべられる。しかし,その続きが
「いよいよ復旧に入らなければなりません。そして復興に向かわなければなりません。」
には耳を疑った。
 災害が起こったときに政府はたくさんのことを短時間にやらなければいけない。そのために「防災基本計画」から始まるマニュアル群が存在する。防災基本計画では,災害予防,災害応急対策,災害復旧・復興の順に流れ,現在は災害応急対策の時期だ。その活動は,

発災直後の情報の収集・連絡及び通信の確保
活動体制の確立
救助・救急,医療及び消火活動
緊急輸送のための交通の確保・緊急輸送活動
避難収容活動
食料・飲料水及び生活必需品等の調達,供給活動
保健衛生,防疫,遺体の処理等に関する活動
社会秩序の維持,物価の安定等に関する活動
施設,設備等の応急復旧活動
被災者等への的確な情報伝達活動
二次災害の防止活動
自発的支援の受入れ

が列挙されている。避難所へ必要物資を届ける,衛生状態を保つ,仮設住宅を早期に用意する等,今やるべき仕事ははっきりしている。しかし,これだけの規模の災害でそれらを迅速にこなすのは難事である。ロジスティックス(兵站)が最大の課題だ。こうしたときの組織は指揮系統を明確にして,規律をもって機敏に行動しなければいけない。平時を想定した法令・前例がボトルネックになればそれを突破していくのが,政治が本来すべき仕事だ。
 最も重大な災害への応急対策を取り仕切る緊急災害対策本部が今回はじめて設置されたが,その本部長である菅首相は原発に没頭し,すでに報道されている通り官邸が機能不全に陥り,供給活動をはじめとした被災者の生活支援に十分に手が回らず,被災者を苦しめている。
 菅首相が問題の根源であることは,記者との質疑応答のなかでも確認できる。「一体、何のためにその地位にしがみ付いていらっしゃるのか」との厳しい質問に対して,首相は
「先ほど来、申し上げていますように、震災が発生して、即座に自衛隊の出動をお願いし、多くの方を救済いただきました。また原子力事故に対しても、大変な事故でありますから、それに対してしっかりとした態勢を組んで、全力を挙げて取り組んできているところでありまして」
と返答している。演説を補足する機会を与えられながらも,現在やるべきことで滞っている被災者の生活支援が出てこない。「救助・救急」と言わず「人命の救済」と言っているから,防災の基本も頭に入っていない。

 Twitterで,ある方から「復興よりも財政が大事と考えている政治家、著名人、マスコミが被災者を窮地に追い込んでいると思います」という意見をいただいたが,現状では的外れである。(「復興よりも財政が大事」という捉え方自体が的外れだが,それはとりあえず措くとして)復興財源を議論することで,いま被災者を苦しめることは不可能である。復旧・復興の財源調達はつぎの段階ですべきことであって,被災者への応急の支援から速やかにバトンを受け取れるように,いま議論しているのである。がれきを撤去しなければ被災地再建は始められず,このような大震災では一朝一夕には片付かない。だから今月にまとめる予定の補正予算に本格的復興の経費を計上したとしても,執行は無理である。そのため当面すべきことの経費を計上するように準備されているのであり,国債発行をしないために復興予算を抑え込んでいるわけではない。
 復興に手を尽くすのは当然の前提であるが,被害規模の把握もできておらず,再建の構想もまとまってない現状は復興予算全体の規模を固める段階にはない。これは,もう少し時間をかけてもまだ間に合う。ただし,いつ頃までにそれをまとめるのか,応急対策がどう進行していくか,のスケジュールを示すことは重要だ。先が見通せることは,被災者が当面の苦しい生活を耐えることの大きな助けになるからだ。

(参考)
内閣総理大臣記者会見(2011年4月12日)
http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201104/12kaiken.html

防災基本計画(2008年2月,中央防災会議)
http://www.bousai.go.jp/keikaku/090218_basic_plan.pdf