1996年に日本経済新聞の「やさしい経済学」で「隠れ借金」(https://iwmtyss.com/Docs/1999/KakureShakkin.html )というシリーズを執筆した。
 Twitterで黒木玄・東北大学助教が4月24日に,この拙稿を引用し,

【経済】1996年に岩本康志さん曰く「定率繰り入れの停止は,ストックの隠れ借金には積み上がらない」 http://bit.ly/ejVshq はい、国債整理基金特別会計への定率繰り入れの停止に御墨付が出てますよぉ(笑)。
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/62065130468409344

とツイートされ,高橋洋一・嘉悦大学教授は25日に,

当時の担当者は私で話を聞いてくれたのにRT @genkuroki: 【経済】1996年に岩本康志さん曰く「定率繰入の停止は,ストックの隠れ借金には積み上がらない」 http://bit.ly/ejVshq はい、国債整理基金特別会計への定率繰入の停止に御墨付が出てますよぉ(笑)
http://twitter.com/#!/YoichiTakahashi/status/62372981711712256

とツイートされている。いずれにも間違いが含まれている。
 まず,国債整理基金特別会計への定率繰入停止に私が賛成しているというのは誤りである。
 1995年まで続けられた隠れ借金の評価を翌年にまとめたのが拙稿であるが,その最終節にあるように,私の評価は,

「会計の透明性を失われたこともさることながら,隠れ借金の最大の問題は,財政運営の目標を混乱させたことにある」

と否定的である。このような手法をとるべきではない,という私の考えは当時も今も変わっていない。黒木助教が引用した個所は,単に事実関係をのべているだけである。引用された文章の周辺は,隠れ借金の現れ方が複雑で,当時の議論で錯綜していたものを整理することを目的としている。
 つぎに高橋教授の書き振りは,私が高橋氏の説明を受けて拙稿を書いたかのようであるが,これは事実ではない。高橋教授と私の出会いは,氏が大蔵省理財局在職中の1998年1月のことであり,1996年の拙稿が高橋教授の説明の影響を受けるわけがない。

 ついでというわけではないが,震災復興財源として国債整理基金の定率繰入停止(ないし余剰金の取り崩し)が利用できるか,を簡単に論じておこう。
 定率繰入停止がストックとしての隠れ借金にならないというのは,粗債務が変化しないという意味である。一方,定率繰入停止分を支出すると,国債整理基金の資産が減少し,純債務は増加する。つまり,財政赤字が発生する。当然,財政赤字は財源ではない。ならば,そのことが明確にわかるように国債発行するのが,現行会計制度でのもとで透明性を高めるやり方だ。
 現在の公債償還ルールでは償還資金を国債整理基金に積み立てていくので,国は国債を発行し,国債を保有する形になる。こういう両建てが馬鹿馬鹿しいという意見には一理ある。しかし,この資産が財政支出に回せる財源と見なすのは不適当だ。「『霞が関埋蔵金』の使い方」でのべたように,国債を買入消却することで,資産と負債の両方を減らすのが望ましい。
 定率繰入停止は,現行の公債償還ルールを放棄することになる。放棄するならば,それに変わる財政規律ルールと政府会計の改革が必要である。それが同時になされなければ,単に財政規律の放棄になる。これは財政運営の作成と予算制度改革のなかで考えていくべき課題であり,上記の拙稿はそのひとつの提言である。
 復興財源を考える場に予算制度改革を持ち出しては混乱するだけである。その場では現在の公債償還ルールを所与して枠組みをまとめればよい。公債償還ルールを改革するなら,適当な別の場で進めるべきだろう。

(参考)
隠れ借金
https://iwmtyss.com/Docs/1999/KakureShakkin.html

(関係する過去記事)
『霞が関埋蔵金』の使い方