菅首相が中部電力に浜岡原発の停止を要請するまでの経緯を追うことで,どうやって浜岡原発を止めれば,「誰が中部電力を所有しているか」で指摘した問題を避けられたのかを見ていこう。

 原子力安全・保安院は3月30日,福島第一原発事故を踏まえて緊急安全対策を講じることを発表した。そのために,省令等を改正して、すべての原発に安全対策の強化を求めた。規則改正は,

「実用発電用原子炉施設保安規定の審査について(内規)の改正について」
http://www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2011/230330-6.html
「「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則」及び「研究開発段階にある発電の用に供する原子炉の設置、運転に関する規則」の一部を改正する省令について」
http://www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2011/230330-7.html
「発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令の解釈についての一部改正について」
http://www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2011/230330-8.html

として公表されている通り,各所に及んでいる。
 この手続きの法的根拠は,同日改正された「実用発電用原子炉施設保安規定の審査について(内規)」では,以下のように説明されている。

「原子炉設置者は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」という。)第37条第1項の規定に基づき、発電所ごとに保安規定を定め、経済産業大臣の認可を受けることが義務付けられている。
 これを受け、認可を受けようとする原子炉設置者は、実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(以下「実用炉規則」という。)第16条第1項において規定されている各項目について定め、申請書を提出することが求められている。
 申請書を受理した原子力安全・保安院は、原子炉設置者から申請された保安規定について、原子炉等規制法第37条第2項に定める認可要件である「核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上十分でないと認められない」ことを確認するための審査を行うこととしている。
 したがって、保安規定の審査における基準を明確にする観点から、保安規定の認可の審査に当たって確認すべき事項等を内規として定める。」

 原子炉等規制法第37条第1,2項は,
「1 原子炉設置者は、主務省令で定めるところにより、保安規定(原子炉の運転に関する保安教育についての規定を含む。以下この条において同じ。)を定め、原子炉の運転開始前に、主務大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。
2  主務大臣は、保安規定が核燃料物質、核燃料物質によつて汚染された物又は原子炉による災害の防止上十分でないと認めるときは、前項の認可をしてはならない。」

と定めている。
 そして,原子力安全・保安院は5月6日,各電力会社から出された保安規定を「災害の防止上十分でないとは認められないため」認可した。これは,「津波に対する原子炉施設の保全のための活動を行う体制の整備に関する保安規定変更の認可について」(http://www.meti.go.jp/press/2011/05/20110506005/20110506005.html )として公表されている。
 ここまで,浜岡原発の運転を続ける路線が敷かれている。それをひっくり返したのが,5月6日の経済産業大臣談話「緊急安全対策の実施状況の確認と浜岡原子力発電所について」(http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed110506aaaj.html)である。これは,まれにみる,そしてずさんなちゃぶ台返しだ。
 談話の重要点を抜粋すると以下の通り。

「1.東京電力福島第一原子力発電所の事故を踏まえ、3月30日、全国の原子力発電所について、緊急安全対策の実施を各電力会社に指示した。
2.各電力会社からの報告を踏まえ、確認・評価を行った結果、報告を受けた全ての原子力発電所について、緊急安全対策として直ちに講ずることとされている全交流電源喪失等対策が適切に措置されていることを確認した。
(略)
5.中部電力浜岡原子力発電所についても、中部電力が短期の緊急安全対策に全力をあげて取り組んでおられる姿に敬意を表す。しかしながら、文部科学省の地震調査研究推進本部の評価によれば、30年以内にマグニチュード8程度の想定東海地震が発生する可能性が87%と極めて切迫している。こうした浜岡原子力発電所を巡る特別な事情を考慮する必要があり、苦渋の決断として、同発電所については、想定東海地震に十分耐えられる防潮堤設置等の中長期対策を確実に実施する必要があり、この中長期対策を終えるまでの間、定期検査停止中の3号機のみならず、運転中のものも含め、全ての号機の運転を停止すべきと判断した。本日、中部電力に対して、中長期対策の確実な実施と浜岡原子力発電所全号機の運転停止を求めた。
6.なお、浜岡原子力発電所が運転停止した場合の中部電力管内の電力需給バランスに支障が生じないよう、政府としても必要な対策を講じていく。」

 1から4までは,浜岡原発も対策は適切であるとして,運転を認める路線で書かれている。それを5でひっくり返しているわけだが,ひっくり返し方が拙い。「想定東海地震に十分耐えられる防潮堤設置等の中長期対策を確実に実施する必要があ(る)」という判断が浜岡原発を止めるほど重大なものなら,なぜそれは法規に基づく判断基準に入らないのだろうか。法規に基づく規制の妥当性が損なわれることになる。

 意見が分かれ,誰も正解をもたない原発事故リスクの評価を政治が判断することは間違いではない。しかし,政治判断を法規に基づく規制のなかにきちんと落とし込むように官僚を指揮するのが,政治家の仕事である。
 運転停止を命じるとすれば,経産相談話にあった趣旨を最初から緊急安全対策が満たすべき要件に加えればよかった。大地震に見舞われる確率が高い地域では津波に対するさらに厳重な対応を求めるよう,法規に則って,基準をつくる。具体的には,防潮堤設置である。そうすると,浜岡原発が現在できる対策は「防災上十分ではない」ことになって,保安規定は認可されない。すると,原子炉等規制法第37条第1項に違反する。そして,第33条第2項

「2 主務大臣は、原子炉設置者が次の各号のいずれかに該当するときは、第23条第1項の許可を取り消し、又は1年以内の期間を定めて原子炉の運転の停止を命ずることができる。
(略)
四  第37条第1項若しくは第4項の規定に違反し、又は同条第3項の規定による命令に違反したとき。」

に基づいて,対策がなされるまでの期間の運転停止を命じる方針とし,まずは1年間の運転停止の命令を出せばよい。
 このように進めていれば,浜岡原発運転停止の是非は,原発事故リスクの評価とエネルギー政策の観点からの議論ができたはずである。私も,この記事も「誰が中部電力を所有しているか」も書く必要がなかった。

(参考)
「福島第一・第二原子力発電所事故を踏まえた他の発電所の緊急安全対策の実施について」(原子力安全・保安院,2011年3月30日)
http://www.meti.go.jp/press/20110330004/20110330004.html


(関係する過去記事)
誰が中部電力を所有しているか