日銀による国債引き受けが相変わらず取りざたされているが,おかしな議論がまかり通っている。今回は高橋洋一・嘉悦大教授の発言をとりあげる。

(1)
 高橋教授は,以下のように言う。

「今年度予算でも予算総則第5条において、「国債整理基金特別会計において、『財政法』第5条ただし書の規定により政府が平成23年度において発行する公債を日本銀行に引き受けさせることができる金額は、同行の保有する公債の借換えのために必要な金額とする」と書かれている。
 つまり、日銀保有国債で今年度償還額の範囲内であれば、通貨膨張がないので、日銀引受が認められているのだ。具体的に今年度償還額は30兆円。今予定されている日銀直接引受額は12兆円なので、あと18兆円の日銀直接引受は既に成立した今年度予算の範囲内で、新たに国会議決する必要はない。」(「日銀総裁講演を徹底検証 国債引き受け否定は越権行為だ!」,http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110601/dms1106011507015-n1.htm

 最初の段落は事実の記述なので間違いはない。予算には,日銀はいくら引き受けるかは書かれていない。日銀が借換債を12兆円直接引き受けること(乗換)は,予算政府案と同時に作成された「平成23年度国債発行計画」に書かれている。
 かりに借換債の日銀引き受けを30兆円に変更するときには,「予算総則の文章を書き換える必要がない」ことは技術的には正しい。しかし,それをもって国会抜きで変更できるとはならない。国会は,国債発行計画に基づいて,日銀引き受けは12兆円であるという認識のもとで予算を成立させている。その国会の意思を尊重すれば,かりに30兆円に変更するならば,あらためて国会に諮るのが適当だろう。
 したがって,以下のような発言こそ,国会無視の越権行為となる。

「今年度の予算に即して誠実にいえば、「30兆円までの日銀引受は既に国会で認められているので、それを実施するかどうかは政府の判断である。それ以上の引受については、インフレの可能性などを考慮して、国会で判断してもらいたい」といったところだろう。
 復興財源としては、既に今年度予算で認められている18兆円の日銀引受で対応可能だが、白川総裁は全面否定している。日銀は国会で議決したことを否定しており、越権行為である。」(同上)

(2)
 つぎに,高橋教授は,復興債の日銀引き受けの変種を提案している。高橋案は,「復興債の日銀引き受けは通貨膨張を招く禁じ手である」という批判をかわすため,通貨膨張のない借換債の日銀引き受けを18兆円増やす。すると民間の消化枠が18兆円減るので,新規の復興債18兆円は市中で消化できる,というものである。高橋教授は,以下のように説明する。

「今年度、日銀の保有国債の償還額は30兆円なので、通貨膨張させない範囲で日銀引受が可能な枠は今年度予算で30兆円になっている。ということは現時点の12兆円との差額18兆円は日銀引受が可能なのだ。
 もし18兆円の建設国債(復興債)を発行しようとするのであれば、発行について赤字国債のような特例法も不要で、現行財政法の範囲内なので予算措置(補正予算)で発行ができる。その上で、市中消化の借換債18兆円を日銀引受として、その空いた18兆円で新たな復興債を市中消化できる。つまり、法改正ではなく衆議院での補正予算で基本的に可能な話だ。」(政府の火事場泥棒的増税に民主党内も反対勢力が結集 復興財源は33兆円捻出可能,http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110524/plt1105241543002-n1.htm

 しかし,本当に通貨膨張は起きていないのか。日銀が保有する国債は,様々な経路で増減する。償還される国債を乗換えなくても,市場から国債を買い入れることで,保有する国債は増える。高橋教授は,保有する国債が償還されるときに借換債を引き受けないと日銀の保有する国債が減少するところだけに着目する。しかし,すべての経路を合わせて日銀の保有する国債がどう変化するのかを見ると,話は変わってくる。復興債を含めた全体の国債発行が18兆円増えて,民間での全体の消化が変わらなければ,日銀の保有する国債は18兆円増える,というのは子どもでもわかる算数である。
 高橋教授の見方とは違って,全体での保有額に着目するのが正しい見方である。例えば, 2009年3月の飯田泰之・駒沢大准教授のブログ記事「米英リフレ政策発動と日本の現状」(http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090321#p1 )での有名な指摘も,全体での保有額を重視している。飯田教授は,当時の日銀が国債買入額を増額しているのだが,全体での国債保有額は減少していることを指摘し,全体での保有額に基づいて緩和姿勢が十分でないと批判した。

 以下は余談であるが,飯田教授はゼロ金利下での追加的金融緩和について,残存期間の長い国債保有を増やすことが必要だと考えているが,筆者は「自己資本制約による将来の金融緩和へのコミットメント」で説明したように,そうした手段よりもゼロ金利の維持にコミットする時間軸政策の方が勝っていると考えており,この点では意見を異にしている。
 長期国債の買入が今ほど争点になる前は,通貨膨張か否かは日銀乗換を中心に考えればよかった。日銀による国債引き受けを禁じる財政法第5条の趣旨も,そういう視点から説明されていた。しかし,長期国債の買入に焦点が当たり始めたことで,借換と保有国債の関係が複雑になってしまったようだ。

(参考)
「日銀総裁講演を徹底検証 国債引き受け否定は越権行為だ!」(高橋洋一)
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110601/dms1106011507015-n1.htm

「政府の火事場泥棒的増税に民主党内も反対勢力が結集 復興財源は33兆円捻出可能」(高橋洋一)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110524/plt1105241543002-n1.htm

「平成23年度国債発行計画」(2010年12月24日)
http://www.mof.go.jp/jgbs/issuance_plan/yoteigaku221224.pdf

「米英リフレ政策発動と日本の現状」(こら!たまには研究しろ!!,2009年3月21日)
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090321#p1

(関係する過去記事)
財政法第5条(日銀の国債引き受け)について

自己資本制約による将来の金融緩和へのコミットメント