日本銀行が14日に導入した「中長期の物価安定の目途」で何が変わったのかを整理しよう。今回の政策変更へのコメントも準備しているが,事実関係の整理だけで分量が多くなったので,その部分だけを(その1)として掲載する。
 1月25日の米連邦準備制度理事会(FRB)の発表をめぐって「インフレ目標」の議論がひとしきり起こったこともあり,最初に14日以前に日銀とFRBの何が違っていたかを比較してみる。

 日銀が「中長期の物価安定の理解」(以下「理解」)を導入したのは,2006年3月9日の「金融市場調節方針の変更について」である。そこから,2か所を抜粋する。

「日本銀行法は、金融政策の理念として、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と定めている。日本銀行はこの理念に基づいて適切な金融政策運営に努めている。本日の政策委員会・金融政策決定会合では、新たな金融政策運営の枠組みを導入するとともに、改めて「物価の安定」についての考え方を整理することとした。」
「消費者物価指数の前年比で表現すると、0~2%程度であれば、各委員の「中長期的な物価安定の理解」の範囲と大きくは異ならないとの見方で一致した。また、委員の中心値は、大勢として、概ね1%の前後で分散していた。」

 日銀法により物価の安定を図ることは日銀の責務であって,その「物価の安定」について政策委員の意見分布が「理解」である。この「理解」は,2009年12月18日の「『中長期的な物価安定の理解』の明確化」で,意見分布の表現が以下のように変更された。

「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている。」

この「理解」が時間軸政策として作用することは,「飯田泰之氏の『リフレ政策』について(あるいは感想への感想への感想)」で説明したが,日銀は2010年10月の包括緩和実施時に「理解」をさらに活用している。「『包括的な金融緩和政策』の実施について」では,以下のように書かれている。

「日本銀行は、「中長期的な物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく。」

 つぎに,FRBの1月25日の「Longer-run Goals and Policy Strategy」から,2か所を抜粋する。

「Following careful deliberations at its recent meetings, the Federal Open Market Committee (FOMC) has reached broad agreement on the following principles regarding its longer-run goals and monetary policy strategy.」
「The inflation rate over the longer run is primarily determined by monetary policy, and hence the Committee has the ability to specify a longer-run goal for inflation. The Committee judges that inflation at the rate of 2 percent, as measured by the annual change in the price index for personal consumption expenditures, is most consistent over the longer run with the Federal Reserve's statutory mandate.」

 こちらは,2%の「goal」は連邦公開市場委員会の合意である。
 同日の声明文では,これを活用した時間軸政策が以下のようにのべられている。

「The Committee also anticipates that over coming quarters, inflation will run at levels at or below those consistent with the Committee's dual mandate.」
「To support a stronger economic recovery and to help ensure that inflation, over time, is at levels consistent with the dual mandate, the Committee expects to maintain a highly accommodative stance for monetary policy. In particular, the Committee decided today to keep the target range for the federal funds rate at 0 to 1/4 percent and currently anticipates that economic conditions--including low rates of resource utilization and a subdued outlook for inflation over the medium run--are likely to warrant exceptionally low levels for the federal funds rate at least through late 2014.」

 当面のインフレ率が「goal」よりも低く推移するので,FRBはゼロ金利政策を続け,それは2014年後半まで継続するだろう,とのべている。
 日銀の政策とFRBの政策は同じだ,違う,という議論が争われていたが,同じところと,違っているところがある。同じ,違う,と決めつけるのではなく,何が類似点で何が相違点かを見極めることの方が重要だ。
 整理すると,以下のようになる。

(1)【同】 法律で中央銀行に与えられた責務を,物価上昇率の具体的な数値で表現。
(2)【違】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布
(3)【違】 米国は2%。日本は0~2%の範囲。
(4)【同】 「目標」が達成できるまで,ゼロ金利政策を続ける(時間軸政策の採用)。
(5)【同】 「目標」が達成できない場合の措置は無い。

 同じところは,どちらも中央銀行に法的に与えられた責務を中央銀行が具体的な数値で表現しており,それを時間軸政策に活用していること。また,目標が達成できない場合の措置(責任問題,罰則等)は規定されていない。
 違うところは,日銀は政策委員の意見の分布を示したものであり,政策委員会の決定ではないことと,数値の違いである。
 どこを重視するかで,日銀とFRBは似ているとも,違っているとも言える。
 正式な「インフレ目標」か否か,という点では,制度に関わる(2)と(5)が重要である。(1)はそもそも出発点であり,これが満たされないと始まらない。そこからの「インフレーション・ターゲティング」には幅があって,日米は以前から広い意味では「インフレーション・ターゲティング」であった。そこが,1月のFRBの動きで(2)の違いが注目を浴びることになった。
 さて,14日に発表した「金融政策の強化について」では,「理解」から「目途」に変わることで(2)が以下のように変更された。

「中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率として,「中長期的な物価安定の目途」を示すこととする。日本銀行としては,「中長期的な物価安定の目途」は,消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており,当面は1%を目途とする。」
「当面,消費者物価の前年比上昇率1%を目指して,それが見通せるようになるまで,実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置により,強力に金融緩和を推進していく。」

「理解」は委員の意見分布であるが,「目途」は日本銀行の判断,と変わった。また,「中長期的物価安定の理解」の英語名は「the price stability goal in medium to long term」であり,「goal」が使われている。
 日銀法との関係から見ると,「目途」の方がすっきりしている。日銀法で「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」とされている金融政策の理念について,日銀が具体的な数値を表明しているからだ。これに対して「理解」は,各委員の考えという扱いである。
「理解」から「目途」に変わったことで,日米間の差はなくなったといえるだろう。(2)は,以下のように改められる。

(2)【違】→【同】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布→日本銀行の判断。

 したがって,日米の違いとして残るのは「goal」の数値の違いである。

 金融政策の効果を重視する視点からは,(4)が重要である。日米ともに「インフレ目標」を時間軸政策で活用している点では,同じである(注)。
 このように,日米を同じと見るか,違うと見るかは,視点の違いによることがわかる。

(注)
 金融政策の効果として,(3)を重要であると考える人もいるが,私は違う意見である。これについては,「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」を参照されたい。

(関係する過去記事)
飯田泰之氏の『リフレ政策』について(あるいは感想への感想への感想)

『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)