新型インフルエンザ等感染症対策特別措置法(以下、特措法)に基づき、4月7日に宣言された緊急事態は、延長されそうだ。現在は特措法24条に基づいて、個人や事業者に自粛要請がされているが、新型コロナウイルス感染症が特措法の対象となる以前の2月26日から要請は出されていて、長期化している。
「自粛と補償はセット」だという声もあるが、より強力な措置である45条に基づく要請でも、60条に規定する公的金融機関による融資を行うが、補償はしないことになっている。しかし現実は、東京都が要請に応じた事業者に協力金を出すことにして、全国の自治体が追従し、財源に国からの交付金を充てようとしており、特措法の趣旨から外れてきている。
 自粛要請と補償の関係は、何等かの形で整理しておく必要がある。以下は、その私案であるが、危機への対応の基本的な話から始める。
 危機対応には、事前に何も準備せずに危機が生じてから考えて対応するやり方と、事前に対応を考えておくやり方の2種類がある。多くの場合、人間の判断・思考能力の限界を踏まえて後者の方法がとられ、感染症対策もこれに属する。現在の新型コロナウイルス感染症対策の根拠となる特措法では、国、都道府県、市町村は事前に行動計画を策定することを定めている(注1)。

(注1)特措法は当初、感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)に規定する新型インフルエンザ等感染症と新感染症(全国的かつ急速なまん延のおそれのあるものに限る)を対象としていたが、3月13日に改正され、新型コロナウイルス感染症が対象に追加された。

 現実が事前の準備と違う方向に進んだ場合には、①事前の準備を全部忘れて一から考えて行動するか、②それでも事前の準備通りに進むか、③想定外となった原因を見極めて計画に修正を加えながら進むか、の3種類の対応が考えられる。
 事業者への営業自粛要請に関して起こった事態は最初から想定外の展開になっていて、①と②の議論がせめぎあっている状態である。なおざりにされている③も意味があるかもしれないので、ここでは③の方向で考えてみよう。

 特措法で補償が規定されていない趣旨は条文のみでは明らかではないが、『逐条解説 新型インフルエンザ等感染症対策特別措置法』(新型インフルエンザ等対策研究会編集、中央法規、2013年、以下『逐条解説』)では、以下のように解説されている(161-162頁)。

 本条(45条、引用者注)に基づく施設の使用制限等の要請等による施設管理者等に対する公的な補償は規定されていない。
 これは、施設の使用制限等の要請等の措置は、
学校、興行場等の使用が新型インフルエンザ等のまん延の原因となることから実施されるものであること
本来危険な事業等は自粛されるべきものであると考えられること
新型インフルエンザ等緊急事態宣言中に、潜伏期間等を考慮してなされるものであり、その期間は一時的であること
学校、興行場等の使用制限の指示を受けた者は法的義務を負うが、罰則による担保等によって強制的に使用を中止させるものではないこと
から、権利の制約の内容は限定的である。
 さらに、国民の多くも、新型インフルエンザ等の緊急事態においては外出を自粛し、何らかの制約を受けることが考えられる。
 したがって、学校、興行場等の使用の制限等に関する措置は、事業活動に内在する社会的制約であると考えられ、公的な補償は規定されていない。
 しかしながら、国民や事業者が生活や事業を立て直すために資金を必要とすることが想定されるため、本法では、政府関係金融機関等による融資に関する規定(法六十条)を置いているところであり、必要に応じてこうした特別な融資等を活用いただくことが想定される。

 この趣旨説明をすべて忘れて補償する対応が上述の①で、この趣旨説明に沿って補償しない対応が②になる。③の方向は、上述の趣旨説明から現状に合わないところを抽出して、趣旨を修正していくものである。現状に合わないところは、「期間」である。45条の措置の期間については、具体的に想定されていたのは、おおむね1~2週間程度である。これは「新型インフルエンザ等対策有識者会議中間とりまとめ」(2013年2月7日)に現れ、新型インフルエンザ感染症を念頭に置いて、「季節性インフルエンザの潜伏期間が一~五日、発症から治癒までの期間がおおむね七日程度であることを踏まえ、おおむね一~二週間程度(注省略:引用者注)の期間となることを想定することが考えられる。」(『逐条解説』495頁)とされている(注2)。同じ想定が、政府の「新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(2018年6月21日一部改定)に引き継がれている。

(注2)この後に、特別な状況では例外的におおむね1週間を単位として延長の可否を判断することも想定する旨、書かれている。また、引用個所は外出自粛に関する期間の想定であるが、休業要請の期間の考え方も同様であるとされている。

 措置の期間は感染症の性質に合わせて設定されるものであり、新型コロナウイルス感染症の潜伏期間等はインフルエンザよりも長いので、今回の措置の期間を上述の想定より長く設定するのは当然である。しかし、事業者が自粛の負担に耐えられるかどうかは、経済的な要因で決まる。措置の期間が医学的に合理的であれば耐えられるわけではなく、休業が長期にわたれば負担に耐えられない事業者が出てくる。長期の措置は法律の趣旨の想定外であると位置づけて補償をするという考え方をとることは、ごく自然だろう。
 また、行動計画では24条、45条2項、45条3項と段階を追って要請(指示)がされることが想定されていたが、実際には新型コロナウイルス感染症が特措法の対象となる以前の2月26日から大規模イベントの自粛要請が出されていて、要請は長期化している。ここが、最初から行動計画の想定外の展開になっているところである。営業を自粛した事業者にとっては、要請が特措法に基づいていようがいまいが、24条だろうか45条だろうが、経済的損失が生じることに変わりはない。要請期間については、45条のみで考えるのではなく、全体で考えるようにすべきである。

 補償するとなれば、補償の手段も考えなければいけない。これについては、特措法で準備されているものを忘れて別に用意するか、特措法で準備されているものを(必要に応じて修正して)使うか、の2つの考え方がある。ここまでの議論の道筋をつけてきた③の趣旨に沿うのは、後者だろう。特措法60条にある融資を、45条との関係にこだわらず活用することである。休業による損失をいったん融資でしのげるように、融資を弾力的におこない、事態が正常化したときに事業が再開できるようにする。事態が正常化したときに、自力で再建できて融資を返済できるならそれでよし。返済が無理であれば、公的金融機関が債権放棄して事業の再出発ができるようにすることで、ある種の事後的補償になる(注3)。なお、借入を躊躇する事業者には融資による支援は届かないので、融資だけで完結するのではなく、給付金も含めた補完的な手段も必要となるだろう。

(注3)ここでは自粛要請に応じた事業者にしぼった議論をしているが、第60条はそのような制限はなく、国民と事業者が広く融資の対象となる。経済活動の制限が長期化して、自粛に応じた事業者だけでなく、関係する事業者にも広く悪影響が及ぶときには、第60条の趣旨は活用すべきである。

 もちろん、他に優れた補償の手段があれば、特措法で用意された手段に固執する理由はなくなる(固執すれば、③ではなく②の考え方になる)。しかし、緊急時に新しい手段を作るよりはすでに準備された手段を使う方が円滑である可能性は高い。また、特措法は新型コロナウイルス感染症を対象にするための改正が最近国会で審議されて、これでよしとなっているので、新規の手段を持ち出すより政治的な合意を得る手続きは楽なはずである。
 実際すでに公的金融機関による融資は行われているが、急激に増加した相談と申込に金融機関が対応し切れていないという問題が生じている。金融機関側が正常に業務を行えても処理しきれないほどの案件があることに加えて、金融機関が感染症対策をとることで業務に影響が出るし、感染者を出して窓口業務を休止した支店もある。その結果、緊急事態なのに、緊急に融資してくれない。医療機関で起こる「医療崩壊」になぞらえると、こちらは「融資崩壊」だ。役割を果たすべきときに業務を行う機能が落ちていても、役割を果たせる政策をどう用意しておくのか。多くのことを事前に準備しておくことが対策であるが、それでは解決しない、難しい課題だ。

 ここまで計画の想定外のことが起こったときの対応を考えてきたが、想定外のことが起こった理由を明らかにすることも重要であり、つぎの感染拡大に備えて行動計画を改良することにも役立つ。まず、感染症の性質が違えば対策も違うので、そのことで現状の行動計画の想定外の事態が生じることは当然ある(そもそも行動計画が念頭に置くインフルエンザと今回の感染症では病原体が異なる)。
 その他に重要な要因は、私権を制限する緊急事態での措置は特措法では抑制的に扱われていたことが、現実の展開に合わなかったことである。特措法の思想は、「国民の自由と権利が尊重されるべきことに鑑み、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない。」(第5条)というものだ。そして行動計画は様々な要請を出す段階を緻密に細かく構成していたが(名称の使い分けも非常に細かい)、その細かなこだわりは、今回の経験ではほとんど意味をなさなかった。特措法が適用されるはるか前から、自粛要請があっさりと出されていて、そのことに市民の抵抗も薄かった。
 しかし、感染症対策における私権の制限については、自粛要請が長期化するほど問題が増してくるだろう。より強力な活動制限が長期化している外国では、市民の抵抗も見られ、日本でも制限が長期化すれば、同様な抵抗が起こるかもしれない。今後の推移は簡単には予測できないが、事後的に検証して、行動計画を大きく見直す必要がありそうである。

(参考)
新型インフルエンザ等対策研究会編集『逐条解説 新型インフルエンザ等感染症対策特別措置法』(中央法規、2013年)
新型インフルエンザ等対策政府行動計画」(2013年6月7日、2017年9月17日変更)
新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(2013年6月26日、2018年6月21日一部改定)」