23日に発表された4月の「月例経済報告」は、景気判断を「急速に悪化」へと変更した。今月末には3月分の労働統計、生産統計が発表され(28日に『労働力調査』、30日に『鉱工業指数』)、来月18日には1~3月期のGDP速報が発表される。ここまでも悪い数字だろうが、来月末には緊急事態宣言の出た4月の統計が発表される。どこまで落ち込むだろうか。

 感染症の経済的影響をどのように考えるか。一つの手段は、過去の経験を見ることだ。新型コロナウイルス感染症は、1918年から大流行したスペイン風邪以来の世界的に大きな人的被害をもたらしている。しかし、日本でのスペイン風邪に関する当時の記録である『流行性感冒』(内務省衛生局編、東洋文庫版)の解説で、西村秀一氏は、「このパンデミック(スペイン風邪:引用者注)は長い間『忘れられた』存在であった。」と述べている。
 経済的被害をあらためて確認するために、『長期経済統計』(大川一司・篠原三代平・梅村又次監修,東洋経済新報社)から、流行の前後をやや長めにとって、1910~1930年までの実質国内総生産(GDP)をとったのが、下図である。スペイン風邪は1918年後半から、冬をピークにした3波が見舞ったので、影響があるとすれば1918~1921年に表れるはずである。実際、1919年に成長は鈍化し、1920年にマイナス成長になっているが、この時期の経済循環に影響を与えた最も大きな要因は第一次世界大戦とされている。日本では1915年から1920年まで大戦景気が続き、その反動で1920年に戦後恐慌が生じ、その後は低成長が続いた。その間には、1923年の関東大震災、1927年の昭和金融恐慌があった。

感染症の経済的被害

 GDPを追うと、第一次世界大戦の大きな影響のなかで、スペイン風邪の影響を見ることは困難だ。スペイン風邪は、日本では人的被害でも経済的被害でも忘れられた存在である。では、世界的に見ればどうか。
 Barro and Ursua (2008)は、世界の経験では、1918年から大流行したスペイン風邪が与えた経済的被害は、1870年以降での事象のうちで、2つの世界大戦と大恐慌に次ぐものとしている。Barro, Ursua and Weng (2020a)は、第一次世界大戦とスペイン風邪の影響を分離しようとした研究であり、Barro, Ursua and Weng (2020b)は、それを踏まえた新型コロナウイルス感染症への含意を解説している。分析の詳細は省略して、結果だけ示すと、スペイン風邪によって、GDPは6%、消費は8%減少したと推計した。スペイン風邪による死者も独自に推計しており、当時の人口の2%(世界で3,900万人)と見積もられている。
 この死者と経済的損失の関係を当時の日本(バロー教授らの推計では死者数は人口の0.96%で、『流行性感冒』で報告される0.68%よりも若干高い)に当てはめると、GDPへの影響は3%程度となる。上図ではGDPへの影響ははっきりしなかったが、その理由は2つ考えられる。1つは、本当はそれだけの影響があったのに他の影響が相殺して、実際に影響がなかった可能性。もう1つは、世界全体の関係から推計された影響よりも低めの影響が日本に表れた可能性。どちらが妥当するのかは、はっきりとしない。

 やや乱暴な計算になるが、スペイン風邪での死者と経済的被害の関係をもしも現在の日本に当てはめるとすると、ここまでの死者数は人口比でほぼゼロなので、GDPへの影響を理論的に計算したとしても、実務上ほとんど計測できないものとなる。死者数が多い国であっても、スペイン風邪に比較すると圧倒的に人口比率が低いので、GDPへの影響はごく小さく推計されてしまう。スペイン風邪の流行全体の関係をとらえたものであり、まだ進行中の現在にそのまま当てはめることには慎重でなければならないものの、経済への影響については、スペイン風邪とはまったく違うことが起こっている可能性が高い。この違いが生じる説明としては、経済学でよく見かける議論が、ここでも妥当なものとなり得る。1つは「外的妥当性」であり、経済の構造が100年前とは違い、現代では感染症の影響が大きくなるというものである。どのように構造が違うかは、様々な仮説が考えられる。もう1つは、以下にのべる「内生性バイアス」であり、感染症対策の存在である。
 感染症による経済的損失には、感染症自体がもたらす損失と感染症対策がもたらす損失がある。感染症対策が国によって違っていると、上で引用したバロー教授たちの分析結果に重要な影響を与える。この分析結果は、感染症による死者数とGDPの相関関係を、死者数が独立であるとの仮定のもとで、死者数からGDPへの因果関係として解釈したものである。しかし、人的被害を軽減する代わりに経済活動を制限する感染症対策がとられると、観察される死者数とGDPの相関関係は、死者数からGDPへの因果関係としての効果に加えて、感染症対策によって生じた相関関係が合わさったものになる。感染症対策として経済活動を強く制限した国(あるいは時代)では、死者数が少なくてもGDPへの負の影響は大きく出ることになる。

 以上は、観察されたデータから何が起こったのかを解釈したものだが、観察されたデータを評価してどのような政策的対応をするのか、も重要である。繰り返しになるが、感染症の経済への影響には、感染症自体がもたらす悪影響と感染症対策がもたらす悪影響がある。前者は感染症の「被害」であるが、後者は感染症の人的被害及び長期的経済被害を防止するための「代償」であり、対策の「成果」でもある。被害と成果は、政策を考える上で本来は逆方向の評価を与えるべきであるが、それが経済活動の低下という同じ方向に表れていることが、注意を要する。
 今後の対応を考えるためには、両者は区別して観察したい。生産活動の低下で見ると、感染症自体による影響は、従業員の感染による操業停止や、サプライチェーンの川上や川下で生じた同様の操業停止に巻き込まれた操業停止である。感染症対策の影響は、個人や企業が自発的にとる対策による需要減(例えば旅行や会食を控える)(注)、政府の要請に応じた営業自粛になる。いまの政府の統計調査ではこの区別はできないので、基礎統計での区別はほぼ期待できない。そうすると、もしも感染症対策がとられなかったとしたら経済はどのように動いていたのかをモデル化して、感染症自体の影響を特定していくことになるが、相当な誤差を含む分析になりそうである。精緻に研究しようとすれば時間がかかり、それまでに感染症が終息してしまうかもしれない。

(注)マスクや消毒液を通常以上に必要とする需要増が若干需要減を相殺するが、総量としては需要減が大きいだろう。

 被害と成果が同じ方向に表れるので、従来型の経済へのショック(戦争、自然災害、大恐慌、リーマンショックなど)とは、別の考え方をとらなければいけない。経済の悪い数字を見て、いつものように「大変な事態だ。対策が必要だ」と考えると、おかしな議論になる。感染症対策による経済的被害は政策当局が自分で起こしたものだ。
 経済の悪い数字を見て何とかしなければと考えるのではなく、この代償を払うことによって何を得たのか、を考えるべきである。得たものや得ようとするもの(感染症拡大防止の目的)が揺るがないならば、できることは対策のなかで少しでも経済的被害を軽減できる手段を見つけるしかない。すでにそのことに配慮して対策の手段が選ばれているはずなので、劇的な改善は難しい。もし代償を払う成果に疑問があるなら、感染症自体による被害と対策による経済的被害のバランスをとる方向に舵を切ることが選択肢となる。

(参考文献)
Barro, Robert J., and Jose Ursua (2008), "Macroeconomic Crises since 1870", Brookings Papers on Economic Activity, 39:1, 255-350.

Barro, Robert J, Jose F. Ursua and Joanna Weng (2020a), "The Coronavirus and the Great Influenza Pandemic: Lessons from the “Spanish Flu” for the Coronavirus’s Potential Effects on Mortality and Economic Activity", NBER working paper 26866.

Barro, Robert, Jose Ursua, Joanna Weng (2020b), “Coronavirus Meets the Great Influenza Pandemic,” VoxEU, 20 March.