筆者なりの考えはあったのだが、流行の最中に専門外の人間が発言することは抑えていたところ、専門家である関西大学の高鳥毛敏雄教授が、その核心を説明してくれた。同感の至りであり、非常に示唆に富む記事なので、ぜひご一読いただきたい。
「新型コロナ、日本独自戦略の背景に結核との闘い」(47NEWS)
高鳥毛教授の説明の後には蛇足のようになってしまうが、流行を抑え込めた理由の筆者なりの考えは、①日本の基本再生産数(何もしなかったら感染が拡大する速度の指標)は1を超えるものの感染爆発を起こした国に比較して低かったこと、②積極的疫学調査(contact tracing)が実効再生産数を1以下にすることに成功した、の2つである。前者は、文化的・社会的・生物学的要因なのか、特定は難しい。色々なことが複合しているのかもしれない。後者は、高鳥毛教授の解説する通り、結核が蔓延する日本で形成された保健所の体制によって、流行の最初期から積極的疫学調査を進められた運も手伝って、抑え込むことができたといえる。細かいところでは、3月の欧州の帰国者による感染の拡大で状況が悪化したり、3月下旬からの外出自粛(緊急事態宣言に先立つ動き)に助けられたり、という動きはあったが、根幹は上の2つである。
ただし、保健所の体制は手放しには褒められず、一般からの批判は強かった。電話してもつながらない、PCR検査してもらえない、検査しても結果がなかなか届かない、という状況や、手書き、ファックス、電話が主体という昭和の香りが漂う手法だ。確かに、負荷をこなせない資源制約と古い技術は問題であり、改善を図らなければいけない。しかし、現行の体制でも抑え込むことができたのは、積極的疫学調査は有効な方法であるからだ。感染は、感染者と未感染者の接触で生じる。感染者を迅速に探し出して、感染機会を減らすことの効果は大きい。
大部分が免疫のない状況では、流行の第2波を警戒する必要がある。すでに感染症対策による経済的被害が大きく、経済に負担をかける感染症対策を取り続けることは不可能だ。もし流行に季節性があるならば、今度の冬は第1波よりもずっと長い期間、流行を抑え込まないといけない。したがって、医療側への負荷は第1波より大きい。『新型コロナウイルス感染症による医療崩壊』で述べたような、現在の医療資源の使い方の問題を改善しないと対応できない。保健所の能力増強と医療機関の感染症対応能力の向上が何よりも優先課題である。
「日本モデル」あるいは、より改善された「日本モデル」は輸出できるかというと、それは難しい。上述した両方の理由は、ともに時間をかけて日本で形成された「制度」であり、一朝一夕で他の国に移植できるものではない。逆に、外国のモデルを安直に日本に移植しようとすることも注意しなければいけない。
ここまでの経験は、危機対応では事前に積み重ねられてきた体制が重要である、という危機管理の本質をあらためて確認することだった。危機が起こって慌てて考え出した対策には良くて効果がないか、悪くて混乱を招くものが多い。アベノマスクが典型例であるが、その他にも、そうした対策は新たな経済対策のなかにあふれている。そうした対策の末路は見えている。ルーチン外の業務で動く10万円給付金も雇用調整助成金も持続化給付金も滞っているが、ルーチンの業務である自動車税の納付書は例年通りに届く。国も地方も感染防止策で機能が低下しているなか、巨大な業務を迅速にこなさなければいけないとなれば、事務処理能力がボトルネックになることは明白であり、危機対応も事前に整備され、ルーチン化されていることが望ましい。実際、そのために新型インフルエンザ等対策特別措置法が整備されているのであり、『自粛要請に関連する補償のあり方』で述べたように、その補償の枠組みをまずは十分に機能させるべきだった。
第2波に備える基本は、地道な王道を強化し、見栄えだけのスタンドプレーを排除することだ。