公衆衛生的対策の効果を分析するために、感染の発生場所を詳細に記述するモデルが使われている。Ferguson et al. (2006)によるインフルエンザ対策の分析では、米国でのインフルエンザウイルス感染が、30%は家庭内、33%は地域(general community)、37%は学校と職場で起こると想定していた。Ferguson et al. (2020)は、この仮定を新型コロナウイルス感染にも当てはめ、公衆衛生対策がこれらの場所での接触頻度を削減して、実効再生産数を減少させる効果をシミュレーション分析した。その対策の設定は、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年5月1日)の「参考2」資料に訳されているが、家庭外の機会削減と家庭内の機会「増加」に分けて整理すると、以下のようになる。外出を控えると家庭内の接触が増える、というごく当たり前のことを想定していることがわかる。

 

家庭外接触減少

家庭内接触増加

遵守率

有症状者の自宅隔離

家庭外75%(有症状者)

 

70

自発的な家庭隔離

地域75%(有症状者の家族)

100%

50

70歳以上の社会的距離戦略

職場50%、その他75

25%

75

全国民の社会的距離戦略

地域75%、職場25

25%

 

学校と大学の閉鎖

大学以外100%、大学75%、地域-25%(生徒)

50%(生徒)

 

(出典)新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年5月1日)参考2より筆者作成。

 感染対策とその経済的被害とのトレードオフを分析したEichenbaum, Rebelo and Trabandt (2020a, b)、Jones, Philippon and Venkateswaran (2020)は、このFerguson et al. (2020)の設定に沿いながら、経済活動と感染機会を関係づけている。Eichenbaum, Rebelo and Trabandt (2020a, b)は、感染機会を家庭内、地域、学校・職場で1/3ずつとし、地域での接触の半分が消費と関係し、学校・職場での接触の半分が労働供給と関係していると設定した。合計すると、最大限の抑制で(経済活動全停止なので非現実的だが)接触機会を1/3削減ができることになる。家庭内の接触は増えも減りもしないと想定したので、これによって実効再生産数が1/3減少する。消費と労働供給が比例関係にあると、経済活動をcの割合だけ抑制すると、減少した感染機会は元の感染機会と比較して、
\[\frac{2}{3}+\frac{1}{3}(1-c)^2\]
になるという関係が想定される。接触する者同士が活動を制限するので、抑制効果は自乗で働く。
 一方、Jones, Philippon and Venkateswaran (2020)は、消費の抑制で地域の接触を最大ですべて、労働供給の抑制で学校・職場での接触を最大ですべて削減できると想定した。経済活動の抑制で家庭内の接触は変化しない。両方を合わせると最大限の抑制で接触機会の2/3の削減ができるという想定になる。これは、減少した感染機会は元の感染機会の
\[\frac{1}{3}+\frac{2}{3}(1-c)^2\]
となる。以上の想定は、公衆衛生的対策で実効再生産数を抑制するにしても、(定数項で示された)「岩盤」が存在して、いくらでも小さくすることはできないということだ。
 実効再生産数に関係する他の変数に大きな動きがなければ、実効再生産数とcをこれと同じ関係で結び付けることができる。人々の外出状況を見るために、日次の人流データに注目が集まったが、それをcの代理変数と考えると、3月下旬からの両者の低下は関係がありそうにみえる。ただし、因果関係があるかどうかは、きちんとした検証が必要だ。

 4月7日の緊急事態宣言以降、人と人との接触機会を8割削減することが目指された。同日の記者会見で、安倍首相は「人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減する」ことに言及した。
 以下のTwitterにある動画の西浦博教授の説明では、実効再生産数を2.5から1.0まで6割削減したいが、削減できない部分があるため、人口全体に接触機会の8割削減を要請することが必要としている。遵守率が75%で、80%×75%で60%の削減が達成される、という勘定だ。


 上の動画のホワイトボードに示されているように、接触削減によって減少した実効再生産数は元の実効再生産数の、
\[1-c\]
となると想定している(注)。ここでは、「岩盤」がなく、接触機会を削減できると考えている。

(注)ここでは抑制効果が自乗にならないのは、接触機会に別の想定を置いているからで、どちらの想定もあり得る。

 なお、4月22日の専門家会議の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」では、接触機会の8割削減で実効再生産数が8割減少(2.5から0.5になる)する図(3頁)が示されており、遵守率が100%に変更されたようだ。

接触8割削減の不整合

 この続きの動画では、一般国民は例えばこれまで1日で10人に会っていたら2人に減らせないだろうか、と呼びかけている。この動画を見ると、外出して会う人数が10人だと思わないだろうか。家族も勘定に入れると、4人家族なら、最低でも家族のうちの1人とは会わないようにしないといけない。

 緊急事態宣言を受けて改定された「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を見ると、以前の版にもあった文章であるが「外出自粛の要請等の接触機会の低減を組み合わせて実施する」(1頁)と書かれている。霞が関用語では、「等」があれば何でも含まれるのだが、接触削減の手段には外出自粛に注目が集まった。
 4月22日提言に合わせて専門家会議から出された「人との接触を8割減らす、10のポイント」を見ても、家庭内の接触には触れられていない。人流データが注目されたこともあり、一般の関心もほぼ外出自粛に集まった。しかし、Ferguson et al. (2020)等の設定では、外出の自粛は家庭内接触を増やすので、外出が8割自粛されても接触機会は8割まで削減されない。
 結局、4月22日提言の目論見(接触8割削減で実効再生産数が8割低下する)通りにはならない理由が、5月1日提言の「参考2」に書かれていることになる。何をしたかったのだろう。

(参考文献)
Eichenbaum, Martin S., Sergio Rebelo and Mathias Trabandt (2020a), "The Macroeconomics of Epidemics," NBER Working Paper No. 26882.

Eichenbaum, Martin S., Sergio Rebelo and Mathias Trabandt (2020b), “The Macroeconomics of Testing and Quarantining,” NBER Working Paper No. 27104.

Ferguson, Neil M., et al. (2006). "Strategies for Mitigating an Influenza Pandemic." Nature, 442: 448-452.

Ferguson, Neil M. et al. (2020), “Impact of Non-pharmaceutical Interventions (NPIs) to Reduce COVID-19 Mortality and Healthcare Demand.”

Jones, Callum J., Thomas Philippon and Venky Venkateswaran (2020), "Optimal Mitigation Policies in a Pandemic: Social Distancing and Working from Home." NBER Working Paper Series No. 26984.

(参考)
「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」(2020年3月28日(2020年4月7日変更)、新型コロナウイルス感染症対策本部決定)

「新型コロナウイルス感染症に関する安倍内閣総理大臣記者会見」(2020年4月7日)

「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議、2020年4月22日)

「人との接触を8割減らす、10のポイント」(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議、2020年4月22日)

「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議、2020年5月1日)