「何もしなかったら死亡したであろうX万人の余命を平均Y年延ばした。その価値は国内総生産(GDP)のZ%である」の「Y」について。
 まず、死亡者の平均余命を求める。死亡者は大きく高齢者に偏っているので、年齢別の情報が必要だが、厚生労働省が発表する全国の集計値(注)は高齢者が80歳以上でまとめられていることと男女別でないため、平均余命の計算には向いていない。ここでは、より詳細な東京都の感染者の情報を活用して、全国の数値を細分化して、平均余命の計算に生じる誤差を小さくすることを試みる(他にも方法はあるかもしれない)。

(注)集計方法が異なるため、厚生労働省が毎日発表する死亡者の総数とは一致しない。

 70代までは、全国の死亡者を男女別に配分するため、

(全国の男性の死亡者/全国の男性の人口)=a(東京都の男性の感染者/東京都の男性の人口)
(全国の女性の死亡者/全国の女性の人口)=a(東京都の女性の感染者/東京都の女性の人口)

が成立するものとして、

全国の死亡者=a×東京都の男性の感染者×(全国の男性の人口/東京都の男性の人口)+a×東京都の女性の感染者×(全国の女性の人口/東京都の女性の人口)

の関係式によって、データからaを求める。このaを使って、男女別の死亡者を求める。
 80歳以上は、同様の方法で、80代、90代、100歳以上の男女別に配分する。以上の手順で計算された死亡者数(6月3日18時時点)は以下のようになる。合計は、厚生労働省の発表した数値で、右の2列は上記の手順による推計値である。推計値は整数でないが、推計なのでとくに整数にする処理はしていない。

合計

10歳未満

0

0.0

0.0

10

0

0.0

0.0

20

0

0.0

0.0

30

4

2.3

1.7

40

9

6.1

2.9

50

19

11.8

7.2

60

68

43.4

24.6

70

172

104.1

67.9

80

354

103.3

123.9

90

31.8

92.4

100歳以上

0.7

1.9


 つぎに、2018年の『簡易生命表』と2018年10月1日現在の年齢別人口(『簡易生命表』が日本人のもののため、総数ではなく日本人を使う)を用いて、各年齢階層の平均余命を求める。これを用いて、死亡者の平均余命を計算すると、12.0年になる。費用便益分析で使われている社会的割引率4%で割り引くと、8.7年である。これ以降、将来の数値を割り引かないで単純合計した数値と4%で割り引いた数値の2つを説明していく。最終的には割り引いた数値に準拠するが、割り引かない単純な計算を先に説明する。
 東京都の細分化された情報を使わないで、厚生労働省資料に基づいて計算した場合の平均余命は12.7年、4%で割り引いた場合は9.1年と過大推計になることがわかる。Yについては、的確な情報さえあれば推計値の幅はあまり出ないものである。厚生労働省の発表する資料で誤差が出るとすれば、高齢者については、より細分化された情報が公表されることが重要である。

 以上で計算した平均余命がYになるのは、流行全体で死亡者が減少するときである。その1つは、ワクチンが開発されて、新型コロナウイルス感染症による死亡者が減少したときである。つまり、ワクチンが開発されて、感染症で死亡する心配をしなくていいときである。もう1つは、被害緩和対策(mitigation)によって、流行のピークを抑えて、医療資源の制約を超えたために救えなかった死者を減少させたときである。
 日本の場合は、第1波を乗り越えただけであり、これから何もしなければ第2波に見舞われるものと考える必要がある。下の表は、何もしない場合(上の行)と第1波を被害なしで乗り越えた場合(下の行)の違いを比較したものである。第1波で何もしなければX万人が死ぬが、流行が終わったのでそれで終わる(第2波は考えなくていい)。感染症対策によって第1波をほぼ被害なし(ここでは簡単な例とするため死者ゼロとしておく)で乗り越えた場合、その対策だけを考えるのなら、第2波は何もしない、という形にして比較しなければいけない。したがって、第2波でX万人死ぬ。つまり、これまでの対策の効果とは、死亡者を先送りしたことである。現実の第1波では残念ながら本稿執筆時点で900人超の死者が出ているが、X=42万人の根拠も怪しげで、幅を持って見るべき数値なので、42万人から第1波での死者を控除することなく、そのままX=42万人の想定を置くことにする。

1波(対策、死者)

第2波以降(対策、死者)

何もしない

X万人

(考える必要なし)

0

対策を打つ

0

何もしない

X万人


 第2波を乗り越えることで得るものは、第2波の到来時に新たな対策で対応することの成果であり、第1波の対策の効果に加えるべきものではない。それぞれの波ごとに対策と効果を対応付けるべきだろう。ここまでの対策によって生じた経済的被害と対策の成果を比べたい場合には、これからの対策による成果を加えて、それから生じる経済的被害を無視するような考え方は適当ではない。
 第2波の到来は、流行に季節がある場合に寒くなってきたときか、入国制限が緩和されたが検疫が不十分な時が考えられるが、しばらく小康期があるとしても、半年~1年程度の猶予を得たものと考えられる。確実に得たものを固く見積もると、「Yは半年」となるだろう。
 年4%で割り引いている場合には、半年先送りされた平均余命の現在価値は当初の平均余命の価値よりも約2%(≈1-1/1.02)小さくなる。8.7年の約2%なので、約2か月である。厳密にはこの部分を差し引かなければいけないが、元の半年の見積もりも幅を持ってみるべき数値なので、そのまま「Yは半年」としておく。
 ワクチンが早期に開発されれば、流行をほとんど先送りにしたことの利益は大きい。「Yは12年(あるいは9年弱)」の利益が得られるだろう。しかし、ワクチンが開発されるかどうかはわからないので、これは賭けが当たれば得られるものである。

 まとめ。「Y」の大きな部分はワクチンが開発されるまで、感染を先送りすることである。ただし、これは振り幅の大きな賭けである。確実に得たものは「半年」である。

(「そのZ」へ続きます。)

(参考)
「新型コロナウイルス感染症の国内発生動向」(令和2年6月3日18時時点)

東京都_新型コロナウイルス陽性患者発表詳細

(関係する過去記事)
『感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのX)』