新型コロナウイルス感染症対策として実施された経済活動の制限をどのように緩和していくのか、という経済再開(reopen)が、直近の重要な政策課題である。経済活動が活発になれば、感染機会が拡大する。この健康と経済のトレードオフのもとで、経済活動の制限が必要となるならば、一律に制限するよりも、対象を選別して制限する対策をとることで、効率性を高めることができる可能性がある。実効再生産数を下げる手段を別に講じながら、すべての産業を一律に制限するのではなく、一部の産業を制限するとすれば、どの産業を対象とすべきか。この問題について、ハーバード大学の経済学者と公衆衛生学者がチームを組んだ研究の概略を紹介したい(Baqaee et al. 2020)。
 この研究では、人口を5つの年齢階層(0-19、20-44、45-64、65-74、75-)に区分する多次元SIRモデルが用いられている(正確には、潜伏期間、隔離、死亡の状態も加えられたモデルになっている)。POLYMODのデータに基づいて接触回数が設定され、接触場所が家庭、職場、その他の3つに区別される。年齢階層iと年齢階層jの接触回数は、3つの場所の接触回数の合計として、
\[C_{ij}=C_{ij}^{home}+ \sum_k C_{ij,k}^{work} + C_{ij}^{others}\]となる。ここで、職場での接触は66産業(kの添え字で表す)に区別されていて、ある年齢階層の職場での接触は、その年齢階層の産業別の就業者数に比例すると想定する。年齢階層別・産業別の就業者数のデータは、アメリカ地域社会調査(American Community Survey)を使用している。また、各産業の生産は、その産業の就業者の増加関数で表される。このようにして、感染機会と経済活動の関係を産業別に定量化する。
 ある産業の就業者を政策的に抑制すると、接触回数が減少して、感染の拡大が抑制されるが、産業の生産も抑制される。SIRモデルと生産関数をモデルに組み込むことで、このトレードオフが考慮される。じつは、このモデルを使ってどの産業から再開していくかという問題設定をすると、産業の数とタイミングが政策変数となり、政策変数の数が多すぎて、厳密には解けなくなる。そこで、厳密には解ではないものの、就業者の抑制を緩和したときのGDPの増加と基本再生産数の増加の比を考え、比の大きい産業から制限を緩和することが考えられる(多次元SIRモデルでの基本再生産数は、「基本再生産数とターンパイク」を参照)。
 そこでこの研究では、この比(θとする。分子はGDPの対数の変化、分母は基本再生産数の変化をとる)を北米産業分類(NAICS)による産業別に求めている。以下は、その結果の抜粋である(原論文の付表1)。θは中央値をゼロ、75%点と25%点の差が1となるように変換してある(変換前のθは、25%点0.36、50%点0.92、75%点1.50であった)。NAICSの産業名の定訳がないため、原語のまま表記した。
 表1は、感染リスク当たり経済価値が高い、上位10産業を示した。ここには、金融、法律サービス、企業経営・管理、ソフトウェア開発、出版等が入っている。専門技術サービスで付加価値が高いことや、リモートワークが可能なことが、こうした産業が上位に並ぶ理由の一つと考えられる。おおむね米国が強い業種であるが日本では弱い業種なので、この結果はそのまま日本でも当てはまるかどうかはわからない。

表1 感染リスク当たりの経済価値が高い産業

NAICS

産業

θ

55

Mgmt of companies and enterprises

38.636

523

Securities, commodity contracts, and investments

22.516

5411

Legal svcs

22.350

211

Oil and gas extraction

9.175

5415

Computer systems design and related svcs

6.662

524

Insurance carriers and related atvs

4.411

511

Publishing inds, exc internet (includes software)

2.221

541OP

Misc professional, scientific, and technical svcs

1.707

334

Computer and electronic products

1.515

42

Wholesale trade

1.295

(出典)Baqaee et al. (2020)、Appendix Table 1。

 表2は、感染リスク当たり経済価値が低い産業を示したものである。θの値が接近しているので、表1よりも多くの産業を示している。ここには、接触が必要な業態が並んでいるが、なかには医療、福祉、運輸という、止めることができない産業があるのが悩ましい。教育もここに入っていて、止めることの費用が大きい産業だ(実際は大学以外は長期休校にしてしまったが)。他の産業としては、飲食、宿泊、娯楽が入っていて、これらは現に最も制限が課された産業になっている。

表2 感染リスク当たりの経済価値が低い産業

NAICS

産業

θ

721

Accommodation

-0.493

621

Ambulatory health care svcs

-0.524

441

Motor vehicle and parts dealers

-0.541

711AS

Performing arts, sports, museums, and related atvs

-0.560

622

Hospitals

-0.566

23

Construction

-0.583

623

Nursing and residential care facilities

-0.636

713

Amusements, gambling, and recreation inds

-0.672

4A0

Other retail

-0.675

452

General merchandise stores

-0.681

624

Social assistance

-0.683

525

Funds, trusts, and other financial vehicles

-0.686

722

Food svcs and drinking places

-0.697

HS

Housing

-0.706

445

Food and beverage stores

-0.718

485

Transit and ground passenger transportation

-0.735

61

Educational svcs

-0.736

(出典)Baqaee et al. (2020)、Appendix Table 1。

 感染機会と生産活動の関係づけは、今後の研究で改良の余地があるかもしれない。比のごくわずかの差は、推計誤差によるものかもしれず、細かな順位にこだわらず、大きな傾向を見るべきであろう。こうした分析が制限の根拠となった場合には、該当する産業にとっては死活問題になるだけに、分析の精度を高めることは非常に重要である。
 現実の経済活動の制限は、このような研究がないうちに、直観的な推測で実施されていたと思われるが、この推定結果に大きく反するものではなく、大勢としては妥当なものだったと思われる。ただし、産業を選択して制限をおこなうことは一部の産業が大きな負担を負うことになるので、負担を負った産業をどう支援するかが重要な課題である。

(付記)
Baqaee論文の共著者であるファーリ氏は7月23日に41歳の若さで急逝した。目覚ましい活躍を遂げていたスターを失ったことは、学界にとっては痛恨事であった。哀悼の意を表します。

(参考文献)
Baqaee, David, Emmanuel Farhi, Michael J. Mina and James H. Stock (2020), “Policies for a Second Wave,” forthcoming in Brookings Papers on Economic Activities.