多くの政策と同様に、新型コロナウイルス感染症対策についても、政府は自分のとった政策を肯定的に評価する傾向にある。しかし、未知の感染症への対応であったが故に、情報不足による判断ミス、事前準備の不足のための不本意な対応などがあっても当然である。後から振り返れば誤りであったとしても、その時点では最善の努力をしていれば責められるべきではなく、つぎの危機に備えての改善を考えるべきである。そうした反省をせずに、過去の行動を正当化してしまうことは、判断や行動のミス以上に罪が重い。
 とくに事業者への営業自粛の要請については、きわめて問題がある対応であったにもかかわらず、問題を見据えずに、問題がある対応を固定化しようとしている。

 新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律案に対する附帯決議に基づき、政府が作成した「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の実施状況に関する報告」によれば、施設の使用制限は以下のように実施されたとされている。

24条第9

施設の使用制限等の協力要請

45都道府県

45条第2項・第4

施設の使用制限等の要請及び公表

21都道府県

45条第3項・第4

施設の使用制限等の指示及び公表

5

 関係する条文は以下の通りである。
第24条(都道府県対策本部長の権限)
9 都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。
第45条(感染を防止するための協力要請等)
2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる。
4 特定都道府県知事は、第二項の規定による要請又は前項の規定による指示をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない。
 条文の趣旨を、『逐条解説 新型インフルエンザ等感染症対策特別措置法』(新型インフルエンザ等対策研究会編集、中央法規、2013年、以下『逐条解説』)によって見ていこう。『逐条解説』は、
第1編 新型インフルエンザ等特別措置法の制定とその背景
第2編 逐条解説
第3編 法令
第4編 参考資料
から4編構成になっている。第24条の適用については、本編である第2編と参考資料である第4編で、違ったことが書かれている。
 まず、本編である第2編の内容は以下の通りである。何が問題かがかわるように、第45条第4項の「公表」から考えていきたい。この「公表」という措置は、第24条による協力要請に応じない業者名を発表する、という懲罰的な措置として用いられた。しかし、『逐条解説』では、第4項の趣旨は、「利用者のため、事前に広く周知を行うことが重要であることから、公表することとしたものである」と説明されている。つまり、お店や建物が閉まっていることを利用者が知らなければ不便である、ということである。では、第24条による協力要請によってお店や建物が閉まっているときは、そのことを利用者が知らなくても不便ではないのだろうか。お店や建物が閉まっていることを利用者が知らないと不便なのは、第24条による協力要請でも第45条による要請でも同じではないだろうか。
 公表が利用者のためだとしたら、なぜ第24条による協力要請では公表を義務づけていないのか。
 それは、『逐条解説』第2編によれば、第24条による協力要請は限定的だからである。第2編では、第24項第9項について、以下のように説明している(85-86頁)。
 第九項において、都道府県対策本部長は公私の団体又は個人に必要な協力要請をすることができる旨の規定を置いている。これは、第七条に基づく都道府県行動計画において、都道府県が実施する措置を規定しているが、これらの措置を的確かつ迅速に実施するよう要請を行う必要があるためである。
 例えば、手洗い、うがいなど感染対策の広報活動において、ボランティア団体への協力を要請すること、コールセンターにおけるボランティアの活用(医学生等)や、新型インフルエンザ等緊急事態宣言前においても、学校、社会福祉施設等での文化祭等のイベントを延期することや施設の使用を極力制限することなど、感染対策を実施すること等の協力を要請することを想定している。
 なお、「公私の団体又は個人」とは、おおよそすべての団体又は個人を指す。公私の団体とは、法人格の有無を問わないものであり、「私の団体」は例えばボランティア団体、集会を行う任意団体などがある。
 第45条第2項による要請は、事業者の経済活動を制限する重い措置であり、『逐条解説』には詳細な記述がある(157-169頁)。それらは、第24条第9項の解説には現れない。第24条第9項で、第45条第2項と同様の措置がとれるのなら、第24条第9項の解説で詳しく説明しておかなければならない。
 以上のことから、第2編によれば、第24条第9項には営業自粛の協力要請は含まれないことがわかる。

 ところが、2012年4月27日に成立した特措法が2013年4月に施行される前にまとめられた「新型インフルエンザ等対策有識者会議中間とりまとめ」(2013年2月7日)が『逐条解説』第4編に収録されており、ここでは違ったことが書かれている。
「中間とりまとめ」では、第45条による要請・指示の対象となる施設を、
(区分1)これまでの研究により感染リスクが高い施設等(学校、保育所等)
(区分2)社会生活を維持する上で必要な施設
(区分3)それ以外の施設
と分類した。区分2に例示されているのは、食料品店、公共交通機関であり、第45条の対象外とするのが適当であるとされている。区分3については、「最初から特措法第45条の要請を行うのではなく、まず特措法第24条第9項の一般的な要請を行った上で、対応することが考えられる」(498頁)としている。そして、第45条による要請の適用は、第24条による協力要請に応じずに、公衆衛生上の問題が生じると判断される施設に限定されている。以下が、その説明箇所である(500頁)。
 区分3の施設(興行場等)については、第1段階として、特措法第24条第9項による協力の要請を、施設のカテゴリーごとにすべての規模を対象に(A県B地区の映画館等)行う。要請の具体的内容としては、以下が想定される。
・ 入場制限、消毒薬の設置、咳エチケット等の徹底
・ 場合によっては施設の一時的休業(強調引用者)
※ 要請に応じていただけない場合、特措法第45条の要請・公表を行うことがあるということを併せて周知する。
 第2段階として、第24条第9項による協力に応じていただけず、公衆衛生上の問題が生じていると判断された施設(1000㎡超の施設)に対してのみ限定的に特措法第45条による要請を個別に行う(A県B地区のα映画館、β百貨店)。
 なお、対象外となる1000㎡以下の施設については、特措法第24条第9項による任意の協力要請により対応し、特に必要がある場合には、規模に関係なく特措法第45条の対象とする。
この考え方は、政府の行動計画にも取り入れられた。以下は、政府の行動計画での説明である。
・都道府県は、特措法第24条第9項に基づき、学校、保育所等以外の施設について、職場も含め感染対策の徹底の要請を行う。特措法第24条第9項の要請に応じず、公衆衛生上の問題が生じていると判断された施設(特措法施行令第11条に定める施設に限る。)に対し、特措法第45条第2項に基づき、施設の使用制限又は基本的な感染対策の徹底の要請を行う。特措法第45条第2項の要請に応じず、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命・健康の保護、国民生活・国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、特措法第45条第3項に基づき、指示を行う。
 都道府県は、特措法第45条に基づき、要請・指示を行った際には、その施設名を公表する。
 ここでは、第45条による要請は、第24条による協力要請(例えば消毒薬の設置)に応じなかった事業者に限定されていて、第2編の趣旨より制限されている。また、第45条による公表は、第24条による要請に応じなかった場合の罰則の意味合いをもつように変わっている。

 以上が事前に計画されていたことである。しかし、第45条による要請を『逐条解説』第2編よりも限定したことが、裏目に出る。現実には、第24条による協力要請にきちんと応じる事業者にも休業要請したいのに、「中間とりまとめ」に沿った、政府の行動計画(それに沿って作成された地方の行動計画)がその道をふさいでいるのである。そこで利用したのが、上に引用した「中間とりまとめ」で、第24条による協力要請の具体的内容として「場合によっては施設の一時的休業」が書かれていることである。これが、日本全国に適用された。
 行動計画を逸脱しなければ動けなくなった以上、逸脱することは仕方がない。問題は、どこをどう逸脱するかだ。選択肢には、根幹を死守し枝葉を犠牲にするか、枝葉を死守し根幹を犠牲にするか、があった。現実は、後者を選んだ。
 もともとは、特措法での緊急事態措置による私権の制限は大きな問題をはらむものであり、第5条では「国民の自由と権利が尊重されるべきことに鑑み、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない。」と定められている。当然、休業要請も抑制的に運用することが求められる。法律の構造では、根幹とは私権の制限を最小限にするということ、枝葉とは行動計画を遵守すること、である。
 根幹を死守するには、第24条ではなく第49条による要請を出すべきだった。「中間とりまとめ」を捨てて第2編の趣旨に沿い、休業要請は第45条による要請に限定されていると解釈するのだ。しかし、法律条文では第24条と第45条の具体的内容の区別はつきにくい。そして、「中間とりまとめ」に、第24条で休業要請が出せる文章があった。こうして、蟻の一穴から堤防が崩壊した。
 4月には緊急事態宣言後に第24条による協力要請が出されたが、法律上は第24条による措置は緊急事態下に限定されない。今回の政府の報告を是とするなら、緊急事態宣言を出さなくても、事業者の死活問題になる休業要請を出すことができる。特措法制定時に懸念されていた私権の制限の余地が、いつの間にか大幅に拡大されてしまった。
 第5条の背景にあるのは、財産権の保護は高度な経済を営むために欠かすことのできないものであるという認識である。発展途上国が経済発展するためにまず整えるべきことは、財産権を確立して、経済活動を安定的に営めるようにすることである。ところが、感染症への恐怖だろうか、私権を制限する対策を安直に求める意見を散見する。しかし、たやすく休業要請がされる社会では高度な経済は営めない。言い換えれば、感染症を抑止するために安直に私権の制限を求める代償は、先進国をやめることである。
 財産権の保護は先進国にとって空気のようなものであって、普段はそのありがたさに気づきにくい。それが、休業要請の運用の危険性に鈍感な理由だろう。しかし、空気がなくなれば大問題である。

[2020年9月1日追記:24条を29条としていた数か所の誤記を修正しました。]

(参考)
新型インフルエンザ等対策研究会編集『逐条解説 新型インフルエンザ等感染症対策特別措置法』(中央法規、2013年)
新型インフルエンザ等対策政府行動計画」(2013年6月7日、2017年9月17日変更)
新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(2013年6月26日、2018年6月21日一部改定)」

(関係する過去記事)
『自粛要請に関連する補償のあり方』