拙稿「Welfare economics of managing an epidemic: an exposition」がJapanese Economic Review誌にオンライン出版されました。DOIは、10.1007/s42973-021-00096-6です。
 Vol.72 Issue 4の特集号「SIR Model and Macroeconomics of COVID-19」に収録されます。日本経済学会新型コロナウイルス感染症ワーキンググループ(以下、WG)が編集した特集ですが、特集の論文選定では、利益相反を避けて、WGメンバーの自薦はおこなっていません。光栄なことに他薦で選ばれました。
 拙稿は、日本語の「感染症対策の厚生経済学:解説」を土台に、加筆しています。大きな加筆は、「動学的外部性」(5.2節)と「都市封鎖の事後評価」(6節)の追加です。後者の加筆箇所は、その日本語版「感染症対策の厚生経済学:都市封鎖の事後評価」を私のサイトで公開しています。「感染症対策の厚生経済学:解説」の数式の展開は一般の学術論文よりも丁寧に書いていますが、英語版は学術論文なみに簡略化してあります。日本人読者には、日本語版の「解説」「都市封鎖の事後評価」を読んでいただくのが、わかりやすいのではないかと思います。

「都市封鎖の事後評価」では、昨年の英国のlockdown、米国のstay-at-home orderの費用と便益を推計した6つの研究を紹介しています。Miles, Stedman and Heald (2020, 2021)を「簡易計算」と名づけて出発点としていますが、手法は私が昨年のブログ記事「感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのZ)」で書いた方法と同種のものです。費用が便益を上回るという結論は、私が日本を対象にした計算と同じです。
 そこから「精緻化」を図ったのが他の5編ですが、今度は逆に、便益が費用を上回るという結果で一致しています。精緻化すれば研究の質は上がり、そちらの結論を採用するのが当然にように見えますが、精緻化の内容を見てみると首をかしげることがいろいろあり、その問題が結論に影響を与えています。ただし、問題点を理解するには、いったん各研究を比較可能な形に整理して、どのような方法や数字が使われているのかを明らかにしておく必要があります。今回の加筆は紙数と時間の制約から、そこまでの作業と問題点(費用の過小推計、便益の過大推計)の簡単な指摘にとどめ、感染症対策の費用便益分析についてのまとまった論考は別の機会に回すことにしました。

(参考文献)
Miles, David, Mike Stedman and Adrian Heald (2020), “Living with COVID-19: Balancing Costs Against Benefits in The Face of the Virus,” National Institute Economic Review, Vol. 253, August, R60-R76.
https://doi.org/10.1017/nie.2020.30

Miles, David K., Michael Stedman and Adrian H. Heald (2021), ““Stay at Home, Protect the National Health Service, Save Lives”: A Cost Benefit Analysis of the Lockdown in the United Kingdom,” International Journal of Clinical Practice, Vol. 75, Issue 3, March, e13674.
(関係する過去記事)
「感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのZ)」

「Introduction to the special issue “SIR Model and Macroeconomics of COVID-19”」