報告が遅れましたが、4月18日、「感染症対策の厚生経済学:外部性と公衆衛生的介入」を公開しました。「感染症対策の厚生経済学:解説」(英語版はWelfare Economics of Managing an Epidemic: An Exposition)では、経済学の外部性の概念を用いて感染症対策での公衆衛生的介入(NPI、non-pharmaceutical intervention)の根拠を議論しましたが、それを補完する補遺になります。
「解説」では、SIRモデルでの社会的な観点から望ましい感染症対策を、ポントリャーギンの最大値原理を用いて特徴づけましたが、この方法では、民間の自発的な予防行動と政府による公衆衛生的介入が区別されません。「補遺」では、個人の視点から望ましい対策と社会的な観点から望ましい対策のそれぞれを、動的計画法を用いて特徴づけています。両者の差異が、公衆衛生的介入で是正すべき部分であり、民間の予防行動へのピグー補助金(経済活動へのピグー税)として表現できます。
 また、動学モデルを用いていることから、外部性が静学的外部性と動学的外部性の2つに分類されます。感染症の予防では、個人が利己的であると他人に感染させる社会的費用を考慮しなくなるという外部性は以前から認識されていましたが、SIRモデルで動的計画法を用いて分析されたのは新型コロナウイル感染症の発生以降になり、そこで示される動学的外部性は新しい概念になります。動学的外部性では、感染の収束が近いことが予見されると「逆ロックダウン」(inverse lockdown)が望ましくなるという、興味深い(常識に反する)結果が得られています。ただし、将来を完全に予見できないと動学的外部性は正確に把握できないので、政府が動学的外部性を正しく補正できるとは限りません。
「解説」と「補遺」は同じ問題(社会的に最適な対策)を違った手法で解いていることになり、得られる解は同じですが、その解の表現にはそれぞれの利点があります。「補遺」の方法では、外部性と公衆衛生的介入が明示的に示されることが利点です。難点としては数式が長くなって追いかけづらいことがあるので、「補遺」を読む際には、数式は適当に飛ばし読みしてください。一方、「解説」の方法では、動学的外部性の意味を理解しやすいことが利点です。
 経済学での伝統的な外部性には当てはまりませんが、政府と個人が違う目的関数をもつときの問題も、外部性と同じ構造として理解できます。モデル化は簡単すぎるので「補遺」では省略して、政策的含意のみ議論していますが、感染症に関する情報の差異、感染症の影響の異質性、利益集団の存在等で目的関数が異なることの問題は、新型コロナウイルス感染症対策を考える上で非常に重要です。政府の目的関数が歪んでいるときに政府が私権を制限できると、社会的に大きな悲劇を生みます。

参考文献
「感染症対策の厚生経済学:解説」

「Welfare Economics of Managing an Epidemic: An Exposition」

「感染症対策の厚生経済学:外部性と公衆衛生的介入」