岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2008年01月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

社会保障基金の財政収支が不思議な動き

『国民経済計算』2006年度確報での社会保障基金の財政収支が不思議な動きをしている。フロー編・付表6では,財政収支の計数が,所得支出勘定・資本調達勘定から導かれる純貸出/純借入(項目26)と『資金循環統計』から推計される資金過不足(項目28)の2つ現れる。2006年度の計数は,項目26が-3819億円,項目28が-23兆310億円と,22.6兆円もの差異がある。
  貯蓄-投資=金融資産の増加-金融負債の増加
の関係から,両者は概念的に同じものである。2つの推計方法での推計誤差が違うことで計数の差異が生じるが,これほど大きくなるのは尋常ではない。
 少なくともどちらかの手法に巨大な推計誤差があることになる。現在のところ,原因がわからず調査中。

 私は,財政健全化の指標にはできるだけ国民経済計算を用いるのがよいと考えている。予算・決算からの指標は政府の一部分しかカバーできず,例えば一般会計に目標を課すと特別会計につけを回して一般会計だけきれいにする,特別会計を含めた目標にすると独立行政法人等につけ付回しをするなど,尻抜けになってしまうおそれがある(拙稿『隠れ借金』(https://iwmtyss.com/Docs/1999/KakureShakkin.html )を参照)。それを防ぐには,国民経済計算を利用して,一般政府全体に網をかけるのがよい。このときの指標が大きな誤差を含むと,この目論見もうまく働かない。このため,こうした誤差には敏感になってしまうのである。

埋蔵金と財政収支の関係についての補足説明

 昨日投稿した「2006年度に基礎的財政収支黒字化達成?」と以前の「『霞が関埋蔵金』の使い方」を続けて読むと,趣旨が混乱しているように受け取られるかもしれないので,補足説明します。

「『霞が関埋蔵金』の使い方」では,現金主義である政府会計のもとでの財政収支を対象にしている。政府会計の世界では,特別会計からの繰入は一般会計の収入になるのはどうにも動かすことができないので,「収支改善」であることを前提にして議論せざるを得ない。ただし,真の収支改善ではないことを,一時的な収支改善だという根拠でもって主張している。
「2006年度に基礎的財政収支黒字化達成?」では,特別会計と一般会計を一体化して見ると収支改善になっていないという,別の根拠でもって,真の収支改善ではないことを訴えている。また,発生主義である国民経済計算の世界では,その取引の経済的意味を適切に表現することが趣旨なので,財政収支の改善とならない取り扱いの方法があることを指摘しているのである。

2006年度に基礎的財政収支黒字化達成?

 昨年12月26日に,『国民経済計算』の2006年度確報(フロー編)が公表されたが,年が明けて1月7日に計数の訂正があった。これによって,2006年度の国と地方(社会保障基金をのぞく一般政府)の基礎的財政収支が黒字になった。
 その事情を以下で説明するが,技術的な議論が入るので,わかりにくくなるかもしれない。押さえていただきたいのは,財政収支は定義をするものだ,ということである。

 2006年度に,財政融資資金特別会計の積立金12兆円が国債整理基金特別会計に繰り入れられた。いわゆる霞が関埋蔵金の上納である。国民経済計算では,財政融資資金特別会計は公的企業に,国債整理基金特別会計は一般政府に属する。今回の訂正は,この取引を資本移転として一般政府の収入に計上した。簿記を模して,一般政府の取引を書くと,

 (借)現金 12兆 (貸)資本移転(受取) 12兆

となる(簿記の教科書ではありえない,大きな取引である)。これにより,国・地方の基礎的財政収支が改善し,8.5兆円の赤字から3.5兆円の黒字に変更になった(フロー編・付表6の項目27)。その結果,2011年度までに確実に黒字化することを政府が目指す指標が,国民経済計算の上では目標を達成してしまったのである。
 埋蔵金が収支改善に貢献する処理には異論もあり得る(私もその立場)。公的企業の積立金を一般政府に移しても,両者を一体とした公的部門の純資産が変わるわけではない。霞が関埋蔵金を債務返済に充てても,資産と債務が両建てで減少して,純債務は変化しない。それが収支改善となるのは適当だろうか。
 実際,経済財政諮問会議で議論されている財政収支の計算では,これを収入と見なさないため,財政収支に影響しない(2006年1月の「改革と展望2005」参考資料(内閣府)の11ページの注4)。

 国民経済計算での解釈を変更すれば,諮問会議の考え方に合わせることはできる。わが国の国民経済計算が準拠するSNA(System of National Accounts)の国際基準の現行マニュアル7.118によれば,準法人企業(quasi-corporation,財政融資資金特別会計はこれに当たる)から政府への例外的な支払いは,出資の引き揚げ(withdrawals from equity)として記録する。資本移転ではなく,こちらを適用して,

 (借)現金 12兆 (貸)出資 12兆

と仕訳すれば,金融取引になって,収支には影響しない。
 現行マニュアルでは,法人格をもつ企業からの例外的支払は違う扱いになっているなどの問題があり,SNAの改訂過程で,公的企業と一般政府間の資金の動きの取り扱いも課題のひとつとなった。その際の議論では,公的企業所得をいつどれだけ政府に上納するかによって,恣意的に政府の財政収支が操作されてしまうことの弊害が重視され,来月に国連統計委員会で承認されるSNAの改訂では,このような資金の移転が財政収支の改善として現れない方向への取り扱いの整備がされる運びである。
 こうした精神を踏まえると,訂正前の処理の仕方がよかったのではないか,というのが私の感想である。

 なお,SNA改訂の議論では,一歩踏み込んだ取り扱いも検討され,将来的にはさらに変更が加わる可能性がある。それは,政府が100%の株式をもつ企業については,企業所得を政府の所得として認識して,それが企業に再投資されたかのように処理する方法である(現在,海外直接投資でこの方法が採られている)。これにより,企業の収支はただちに政府の収支に反映される。わが国で,地方の一般会計の財政収支が健全でも,公営企業が巨額の赤字を抱えているような状況が多々生じているが,その際にも適切な情報が得られる方法である。
 国際的な議論に先駆けて,わが国での採用を検討するに値する方法である。

(注)
 「国民経済計算」で作成基準と実際に作成された統計の両者を指すことが多いが,2つは別のものである。今回の記事では,国連による国際基準をSNA,わが国の実際の統計を国民経済計算と使い分けてみた。

(関係する過去記事)
『霞が関埋蔵金』の使い方

(参考)
国民経済計算確報 計数訂正情報
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/teisei/kakuho.html

「国民経済計算」平成18年度確報
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h18-kaku/20annual-report-j.html

「改革と展望2005」
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2006/0118/item1.pdf

93SNA改訂での課題34のページ
http://unstats.un.org/unsd/sna1993/description.asp?ID=85
(この記事で紹介した課題の議論がまとめられている)

1人当たりGDP 日本は18位に後退(図解)

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 1月17日に開催された経済財政諮問会議の議事要旨によれば,「なぜ購買力平価を使わない?」で取り上げた甘利経済産業相提出資料について,町村官房長官が以下のように発言している(下記のURLにある文書の16ページ)。

http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/0117/shimon-s.pdf

「(町村議員)甘利議員の言われた1人当たりGDPについては、為替レートの関係が随分あるのではないか。これを見ると絶望的な気分になってしまう。事実絶望的になる部分があるが、対ドルではユーロはみんな上がっているから、ある意味でEU諸国は当然上がる。その部分を考慮した数字で出さないと、錯覚を与える数字になる。大田議員に今度数字を出していただきたい。」

 的確な指摘だと思う。為替レートではなく,購買力平価で換算して比較すべきである(くわしくは,「1人当たりGDP 日本は18位に後退」を参照)。そこで,資料を作成してみた。
 上図は,日本の1人当たりGDPを為替レートで換算したものと購買力平価で換算したものを1984年から示したもの(各年ごとにOECD全体の計数を100として指数化)。
 購買力平価で換算した1人当たりGDPは,(OECD平均との比較で)1980年代は上昇傾向,1992年以降は下降傾向,そのなかでも96年から99年にかけての下降が目立つ。バブル崩壊以降の日本経済の低迷が反映されていると解釈できる。為替レート換算のGDPの変動よりも納得のいく動きをしているのではないだろうか。

(注)
 図のデータの出所は,OECD Annual National Accounts Database(「もはや経済は一流ではない?」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/1455958.html )で,出所をSourceOECDと書いたが,より適切な表現に改めます)。データは1970年から利用可能である。

もはや経済は一流ではない?

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 本当は「もはやデフレではない」と言いたかったところかもしれない。そのかわりに危機感を伝えたかったのかもしれない。1月18日の大田経済財政相の経済演説での「もはや日本は『経済は一流』と呼ばれるような状況ではな(い)」という一節が波紋を広げている。
1人当たりGDP 日本は18位に後退」で指摘したように,購買力平価で評価すれば,日本のGDPは「もはや」ではなく,かつて一流であったことはない。虚像を追いかけてもしかたがない。現状が実力に近いのである。
 また国民の視点に立つのが福田政権の路線ならば,消費水準を見るべきである。上図は,購買力平価で評価した1人当たり現実個人消費(民間最終消費支出と政府の個別消費支出の和,OECD平均=100)を示したものであり,ピークの1996年でもOECD平均を下回っているのである。
 GDPよりも消費の指数水準が低いのは,投資がGDPに占める割合が大きいため。その割に成長率が高くないのは,投資が効率的でない用途に使われている可能性が示唆される。非効率な投資の可能性は,故アルバート・安藤氏,林文夫東大教授,齊藤誠一橋大教授の研究によって,最近注目されている話題である。

(注)
 図のデータの出所は,SourceOECD。おそらくNational Accounts of OECD Countries, Vol. I: Main Aggregates 2008 Editionに収録の時系列と同じになると思うが,2008年版の印刷物は2月13日刊行のようなので,確認できていない。
 OECD全体は,1993年以前のデータが利用可能でない,チェコ,ハンガリー,ポーランド,スロバキアをのぞいた26か国でデータを集計している。

(参考)
第169回国会における大田大臣の経済演説
http://www5.cao.go.jp/keizai1/2008/0118keizaienzetsu.pdf

Ando, Albert (2002), “Missing Household Saving and Valuation of Corporations,” Journal of the Japanese and International Economies, Vol. 16, No. 2, June, pp. 147-176.
Ando, Albert, Dimitris Christelis, and Tsutomu Miyagawa (2003), “Inefficiency of Corporate Investment and Distortion of Savings Behavior in Japan,” in Magnus Blomstrom et al. eds., Structural Impediments to Growth in Japan, Chicago: University of Chicago Press, pp. 155-190.
Hayashi, Fumio (2006), “The Over-Investment Hypothesis,” in Lawrence R. Klein, ed., Long-Run Growth and Short-Run Stabilization: Essays in Memory of Albert Ando, Edward Elgar.
齊藤誠(2008),「家計消費と設備投資の代替性について:最近の日本経済の資本蓄積を踏まえて」,『現代経済学の潮流 2008』,東洋経済新報社,近刊,
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