岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2008年06月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

グローバルCOE落選

 18日に,今年度のグローバルCOEの選考結果が発表されました。経済学(経営学をのぞく)の分野は,昨年度までの21世紀COEに選ばれていた8つの拠点のサバイバル競争でしたが,一橋大,阪大,慶大,早大の4つが選ばれました。一橋大は2つの21世紀COEを1つにまとめ,京大が阪大,慶大の企画に連携したので,東大と神戸大のCOEが淘汰される形になりました。
 今年度の申請では,私は学際・複合・新領域分野のジェロントロジーのCOE企画の事業推進担当者となっていて(あえなく学内選考で落選),東大の経済学グループのCOE企画には参加していません。しかし,他人事でもないので,少し感じたことをのべます。
 経在学の分野での東大の研究活動は他大学をしのいでいるはずですが,COEの選考基準は別のところにあった,ということがいえると思います。
 第1に,機関の研究実績の評価は所属する個人の業績の合計で見るのが通常ですが,21世紀COE・グローバルCOEでは,メンバーが協同して何をやるのかが重視されているように見えます。分野によるのかもしれませんが,少なくとも経済学の分野では,こういう基準で大きな資金を選択的に配分するのは,研究水準の向上には役立たないと思います。学部・研究所は経済学の幅広い領域を教員で分担してカバーしますが,分担は個人単位であり,組織運営は水平的にする方がうまくいくと私は考えています。COEは無用な協働関係,上下関係を教員組織に持ち込み,運営に歪みが生じます。
 東大では,COEでも個人をしばらないやり方をとりましたが,喩えればソロイストがそれぞれ超絶技巧を披露してもハーモニーが破綻しているような形に見えたのかもしれません。グループとして統率のとれている方が,事業計画書やプレゼンの見栄えはいいし,審査員の印象もいいでしょう。しかし,統率される方は窮屈になりますので,メンバーにとっては,COE獲得競争というのは我慢比べです。21世紀COEの期間の途中で私は一橋大から東大に移籍したので,両方のCOEを体験しましたが,一橋大の方が統率がとれており,中間評価も高評価でしたが,1メンバーとしては窮屈な思いもあり,東大のCOEの方が居心地が良かったです。
 第2に,1つの大学が獲得できるCOEの数に枠がはめられ,東大経済学COEは他大学の経済学COEと競い合うのではなく,東大内の社会科学COE企画との競い合いに負けた,という見方があります。
 COEは少数の機関に重点的に資金を配分するという「選択と集中」の理念から出発しているはずなので,そのような枠があることは矛盾です。審査委員会は公式には認めないかもしれないので,そのように推測している人間が私のみならず複数存在するという言い方にしておきます。

 今回の選考結果によって,東大の経済学は資金面で不利な状況に立たされましたが,今後どういう影響があるでしょうか。
 研究活動は,個々の研究者がきちんと資金を獲得していけば,それほど影響はないと思われます。COEを獲得した大学が東大の教員を引き抜くようなことはあまり考えられません。そうした目的へのCOEの資金の使用は考えてなさそうだからです。
 しかし,博士課程院生の経済的支援(RA,TA経費等)にCOE経費の大きな部分が使われているので,大学院生の待遇に差がつく可能性があります。それによって,東大の院生が他大学のCOE研究員に引き抜かれたり,さらに,今後の入学生が,経済的支援を得られやすいという理由で,東大以外の大学を選択するかもしれません。ただし,東大全体として大学院生の支援を強める取り組みを進めており,COEの有無でそっくり差がつくわけではありません。さらに,幸か不幸か書類審査で早々に落選したため,経済学グループでは,新たな資金獲得の算段に早くからとりかかっています。よい結果が出ればご報告します。

(参考)
「平成20年度グローバルCOEプログラム審査結果」(日本学術振興会)
http://www.jsps.go.jp/j-globalcoe/04_shinsa.html

社会保障国民会議での未納問題の扱い方

 13日の社会保障国民会議所得確保・保障(雇用・年金)分科会で,分科会中間とりまとめ案が明らかになった。税方式か社会保険方式かの議論をどうまとめるのかが注目されるところだが,かなり問題がある。
 中間とりまとめ案の9頁には,「公的年金制度の財政方式として、社会保険方式と税方式にはそれぞれメリット、デメリットがあり、両方についてきちんと議論をした上で国民の選択を仰ぐのが当会議の役割であると考える」とある。きわめて正当な話だが,当のとりまとめ案自体がきちんと議論していない。
 これまでの論争から明らかになったのが,税方式化に移行する最大の利点は未納者の解消であり,未納問題への対応策が議論の焦点であることだ。そこに触れたのは,11頁よりはじまる「(3)公的年金制度の財政方式のありかたについて」のなかの「(ⅳ)いわゆる未納問題」(12頁から始まる)の部分である。ここは,まず下に引用する段落ではじまる。

「いわゆる未納の問題が税方式への転換のメリットにあげられることがある。しかし上でそれを税方式化のメリットとしてあげていないのは、未納問題は少なくとも公的年金制度の財政的持続可能性にはほとんど影響を与えないからである。その意味で、未納問題(納付率が低下すること)が原因で現行制度が財政的に破綻する(している)、という議論は正しくないし、現行制度が財政的に破綻する(している)ことを前提に年金制度の改革を議論することも正しい態度とは言えない。」

 未納問題を税方式のメリットにあげないことは,悪意による論点のすり替えである。「未納問題」には2つの問題(1つは正しく,1つは間違い)がある。間違っている方(いま未納問題Aと呼ぼう)は,「未納者の増加が年金財政を悪化させる」という考え方であり,それが正しくない理由は中間とりまとめ案に書かれている通りである。正しい方(未納問題Bと呼ぶ)は,「現行制度のもとで無年金者を生んでしまう」ことである。
 税方式化では給付の要件がないから,そもそも未納者という概念がない。未納者が減っても年金財政に大きな変化がないことから,未納問題Aを解決しないというのは確かだが,皆が年金を受け取れるので未納問題Bは解決する(現実的な制度設計では過去の未納者は救済できないが,これは社会保険方式の範囲内で改革しても同じこと)。性格の違った2つの問題をあいまいにして,あたかも税方式が未納問題全部を解決しないかのようなまとめ方は不当である。
 上に引用した段落に続く,2つの段落は以下の通りである。

「もちろん未納は、財政的持続可能性に関しては問題がなくても、それ自体大きな問題をはらんでいる。長期にわたって保険料が未納の者は、現在の制度のもとでは老後に無年金となってしまうから、年金以外の所得源がないと厳しい貧困にさらされることになる。社会としては、彼らの所得保障のために、生活保護等の税財源の負担増となることも予想される。
 従って、現行制度を前提にするのであれば、実効ある未納対策、低年金・無年金者対策を講じることが極めて重要である。この場合、国民年金未納者の相当部分が臨時・パートなどの非正規雇用者であることから、先に供宗複押法放堯砲能劼戮身鸚亀雇用者への厚生年金適用拡大は、国民年金の未納対策という観点からも効果的であり、職権免除など低所得者層への免除適用の徹底と併せ、早急に検討するべきである。未納者が無年金者になることを防ぐという意味で税方式は弱者にやさしい制度といえるが、社会保険制度においてこうした納付免除の措置を講じるということは、事実上税財源によって給付を行うことであり、現行制度のもとでも、税方式の持つメリットは一部実現可能であるともいえる。」

 前半の段落は,現行制度がもつ未納の問題(未納問題B)の説明であり,正しい事実の記述である。この未納問題Bを現行方式の改良で解決していくのか,それとも税方式への転換によって解決していくのかが,論争の核心であり,きちんと議論していかなければいけない課題である。
 しかし,後半の段落では,現行制度を前提にして,改善の提言をしている。出だしの「現行制度を前提にするのであれば」という書き方で,税方式の選択肢と並列して考えるかのように見えるが,そのすぐ後で現行方式の未納対策を「早急に検討すべきである」と,現行制度維持が結論になってしまっている。
 現行制度は問題を起こした「実績」をもち,税方式には移行のさまざまな障害という「不安」をもつ。その利点・欠点を丁寧に整理し,選択の判断材料として提示するのが,この報告が果たすべき本来の役割である。
 論旨がほとんど破綻しながら社会保険方式にバイアスをもってまとめるのは,「国民会議」と名乗る組織が出す資料にはふさわしくない。

(参考)
「第一分科会 所得確保・保障(雇用・年金)中間取りまとめ案」(2008年6月13日)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/kaisai/syotoku/dai06/06siryou1.pdf

(関係する過去記事)
私は,下記の記事に書いた理由により,税方式の是非の議論に積極的に参加しようとは思わないが,あえていえば社会保険方式を支持しています。
公的年金 税方式か社会保険方式か

ミシュキン理事退任

 5月28日に,米国の連邦準備理事会(FRB)のミシュキン理事が8月で退任することが発表された。米国の金融政策を決定するFRB理事は定員7名のところ,現在2名が欠員で,ミシュキン理事の後任がすんなり決まらなければ,はじめて3名の欠員が生じる。そして,おそらくそうなると観測されている。
 じつは理事の1人であるクロスナー氏の任期は今年2月で切れているが,現在も理事にとどまっている。理事の人事は上院で同意を得ることが必要であるが,民主党が多数派となった上院が,昨年5月にブッシュ大統領が提出したクロスナー理事の再任と欠員を埋める新任理事2名の人事案を現在に至るまでたなざらしにしている。
 かりに今年の大統領選挙の結果,民主党が大統領と上院を制することができれば,クロスナー理事再任案も白紙に戻し,一気に民主党寄りの4名の理事を任命することができる。このことを考えると,早期に欠員を埋める利点が民主党にないことがわかる。
 大統領の2期目の任期が終盤に近づき,大統領と議会の同意が難しくなるなかで,理事の欠員が相次ぐという悪条件が重なって,事態は緊迫している。
 このような人事のたなざらしは日本の野党には絶対に真似をしてほしくないが,これまでのところ野党は早い意思決定をしてきた。ところが,ここに来て日本銀行審議議員の人事が野党内の政局でたなざらしになっている。結論を出さないのはまったく意味のないことであり,候補者にも大いに迷惑をかけるので,早く結論を出してもらいたい。

 日米の状況をならべてみたが,両国では事情が違うところもある。
(1) 米国では経済学者も共和党寄り,民主党寄りの色が分かれる(無党派もいるが)。ただし学界のなかでは党派性は薄く,アカデミックな議論が成立する。日本では経済学者の政党色は相当に薄いと思う(マルクス経済学の研究者は経済学者から除外する)。自民党政権の時代が長いから,政府の仕事に協力した経済学者は自民党政権に協力してしまうが,それで自民党寄りと決めつけるのは不適切だろう。
(2) 米国の金融政策を決定する連邦公開市場委員会(FOMC)は理事7名と連邦準備銀行総裁のうち5名で構成される。理事3名の欠員となると欠員率は25%。日本の金融政策決定会合は9名定員のところ現在2名欠員なので,欠員率22%。
(3) 欠員が3名になる事態が見越されるので,2014年まで任期のあるミシュキン理事にもう少し務めてもらった方が市場も安心するだろう。しかし,民間出身の理事は公職への奉仕として給料が半分くらいになってFRBに入っており,ミシュキン氏を無責任だと批判するわけにもいけない。ミシュキン氏にはさらに,巨額の印税をもたらすベストセラーの金融論の教科書の改訂が控えている。
 日本だと,大学教授から日銀審議委員に転身すると給料は倍ぐらいになるだろう。この日米の逆転現象は,日銀審議委員の給料がFRB理事よりも高いのと,米国の大学教授の給料が日本のそれよりもずいぶん高いことで生じている。
(4) 理事会を構成する5名のうち,ワルシュ氏はロースクールの博士号(J.D.)をもつが,残りの4名はいずれも経済学博士。バーナンキ,ミシュキン,クロスナー氏は長らく経済学部かビジネススクールで教鞭をとっており,高名な経済学者。コーン副議長は長く連邦準備制度のエコノミストとして活躍した。ただし,欠員を埋める新任候補は金融,産業界からあがっており,現在の理事の構成が学界に偏っているとはいえる。いまはワルシュ氏の肩身が狭いのかどうかわからないが,FRBサイトのプロフィールには,経済学の授業科目をとっていることがわざわざ書かれている。

(参考)
米連邦準備理事会のサイト
http://www.federalreserve.gov/

ミシュキン理事退任の報道発表資料
http://www.federalreserve.gov/newsevents/press/other/20080528a.htm

完全民営化までの危険な期間

 今年10月から日本政策投資銀行と商工組合中央金庫が民営化され,特殊会社(設置法がある株式会社)となる。両機関は5~7年後に完全民営化(株式はすべて民間に売却され,設置法がなくなる)される予定である。現在,民間銀行としてのビジネスモデルの構築を進めているところだ。
 昨年10月に民営化された郵便貯金銀行,郵便保険会社も10年のうちに完全民営化されることになるが,こちらもどうビジネスモデルを構築するのか関心を集めている。
 新規事業の展開も考えられるが,その際には「xxは,xxの事業を計画している。民業圧迫との批判の声が出そうだ」と報道されることが予想される。民業圧迫の声が出るのは事実だろうが,問題はその批判の是非だ。民間企業なのだから,他企業と競争するのは普通のことであり,圧迫ではない。どんな事業をするのかは民間企業の判断だから,もはや公共性の視点から論じるべきものではない。不得手なビジネスで失敗しても,私企業の責任である。
 ただし,政府が関与することによって,民間よりも有利な条件で競争してしまうと,批判は正当なものになる。これは避けなければいけない。例えば日本政策投資銀行は財政投融資からの資金調達を5年間かけて段階的になくしていく予定であるが,裏返すと5年間は政府の関与による有利な条件が残る。ただちに財政投融資による資金提供をやめるべきだ。
 完全民営化までの移行期間は,政府の関与が残りながら,民間企業として動いていくことを考えるという矛盾した状態である。移行期間はできるだけ短い方がよい。
 移行期間で政府が考えるべきことは,民間企業としてきちんと経営し,企業価値を高め,株式売却収入の最大化を目指すことである。株主として口を出すことは,政府の関与が悪い方向に働くおそれがあり,物言わぬ株主が望ましい。そうすると,トップの人事が非常に重要で,株主が口を出さなくても民間企業への転換という大きな仕事をきちんとやれる経営者を据えなければいけない。
 こうなってほしくないときの話だが,かりに移行期間または完全民営化後に経営がおかしくなったとして,それで民営化したのは失敗だったと評価してしまうのは間違いだ。公的機関として必要ないと判断した組織が民間企業として存続できなかったとしても,それはその組織が公的機関でなければいけない理由にはならない。民営化後に経営破たんすれば,民間企業として処理されることになり,公的機関に戻る話にはならない。

 最後に,どのくらいの人が認識しているかわからないが,私が気になるのは,日本政策投資銀行は,民営化されても日本「政策」投資銀行を名乗ることである。

(参考)
「政策金融改革の経緯」
http://www.mof.go.jp/jouhou/seisakukinyu/kaikakukeii.htm

「郵政民営化関連法律の概要」
http://www.yuseimineika.go.jp/houan/050926_pdf/sankou/sankou_02.pdf

「民営化後の新DBJは何を目指すのか-新DBJの目標像について-」
http://www.dbj.go.jp/japanese/privatization/index.html

「新体制移行・完全民営化に向けた取組み」
http://www.shokochukin.go.jp/outline/torikumi.html

国際コンファレンス「人口減少社会における財政・社会保障制度と世代間問題」

 3日は,アジア開発銀行研究所で開催された国際コンファレンス「人口減少社会における財政・社会保障制度と世代間問題」で報告をしました。主催者は,財務省財務総合政策研究所,アジア開発銀行研究所,一橋大学世代間問題研究機構です。
 が,まだ声を出せないので,座長のスーザン・スコットさん(アジア開発銀行研究所)に報告と討論者の麻生良文先生(慶応大学)へのリプライの原稿を代読して頂きました。会場から質問を頂きましたが,十分にお答えできなくて残念でした。
 報告の内容は,日本の社会保障財政の問題点の整理と,福井唯嗣先生(京都産業大学)と研究している,医療保険と介護保険を積立方式に移行する政策のシミュレーションです。これと似た報告を,9月26日に日本学術会議で開催されるシンポジウムでもおこなう予定です。

(参考)
アジア開発銀行のサイトでのコンファレンスの案内
http://www.adbi.org/event/2538.depopulation.conference/
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