岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2008年08月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

今回の経済対策は経済にマイナス

 29日に政府・与党がまとめた「安心実現のための緊急総合対策」は,益よりも害が大きい。私が時間を割くほどの価値もないので,ごく簡単に。
(1) 原油・食料価格高への対応は「資源・食料高対策は民間の仕事」でのべた通り,民間が努力するのが基本であり,政府がうまく対応することは難しい。実際に,対策では補助の対象を場当たり的に選択し,市場での価格調整を助けるどころか,逆に攪乱してしまう。
(2) 景気後退局面に入ったとはいえ,現在は財政出動の時機ではない。「1990年代の財政運営の教訓」(https://iwmtyss.com/Docs/2001/1990NendainoZaiseiUneinoKyokun.pdf)でのべた通り,金融政策が安定化政策の主役を担い,財政政策は景気後退が極めて深刻で,金融政策だけでは対応しがたい事態に限定して用いられるべきである(また齊藤誠一橋大学教授との共著「財政財政・金融,主従関係を断て」https://iwmtyss.com/Docs/2000/Zaisei_Kinyu_ShuzuKankeiwoTate.html も参照)。

(参考)
「安心実現のための緊急総合対策」(2008年8月29日)
http://www5.cao.go.jp/keizai1/2008/080829taisaku.pdf

2006年度の国民医療費はやっぱり33.1兆円だった

 28日に厚生労働省から発表された,2006年度の国民医療費は33兆1276億円となった。その9日前に私が書いた「2006年度の国民医療費は33.1兆円(か)」では,単純な予測では33兆1366億円となると書いたが,誤差は実額で90億円だった。誤差率は3ベーシスポイントと,経済予測の世界ではありえないような正確さだ。
「医療費総額にはニュースとしての価値はほとんどない。他の統計でほぼ予想がつくからだ」とすでに私が書いたのをものともせず,メディアは医療費総額を中心に報道している。国民医療費が減少したのはニュースかもしれないが,2007年度の国民医療費が1兆円以上増加するのがほぼ確かな状況なことがもっと重要なはずなので,このブログ記事を見かけた方だけでも,事態を正しく把握していただきたい。

 それでは早速,1年後に発表される2007年度の国民医療費を予測しておこう。すでに『最近の医療費の動向-MEDIAS-』で,2007年度の保険適用の医療費(算定ベース)が33兆5324億円と発表されている。2006年度のMEDIAS医療費は国民医療費の92.34%だったので,この比率が2007年度も維持されるとすると,2007年度の国民医療費は34兆1484億円と予測される。

(参考)
「平成18年度国民医療費の概況」(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/06/index.html

(関係する過去記事)
2006年度の国民医療費は33.1兆円(か)

【Q&A】健保組合が解散する

 西濃運輸とそのグループ企業が健康保険組合を解散したことが,新聞各紙で大きく取り上げられている。大規模な組合が倒産以外の理由で解散するという稀有の事例なことと,悪評高い後期高齢者医療制度がからんでいるので,不安を煽りそうだ。事態を整理するためのQ&Aをまとめた。


【Q】 何が起こったのか?

【A】 西濃運輸は,健保組合を運営するか,政管健保に加入するか,の2つの選択肢があって,保険料が安くなる後者を選んだ。


【Q】 なぜこんなことが起こったのか?

【A】 医療制度改革で,高齢者の医療費に対する現役世代の支援が,組合健保の方で大きく増加することになった。それによって,健保組合の財政条件が悪くなり,政管健保の保険料の方が安くなるケースが出てきた。


【Q】 今後もこのようなことが起こり得るか?

【A】 上のような事情だから,当然に起こり得る。


【Q】 なぜ健保組合で負担が大きくなったのか?

【A】 明示的に組合健保の負担を重くする改革をしたわけではないが,結果的にそうなった。
 従業員の賃金が高い大企業は,健保組合を作り,自分たちだけで医療保険を運営することで,政管健保よりも保険料を安くできる。恵まれている健保組合に少し重く負担してもらってもいいという考えは,改革の背景に働いたと思われる。


【Q】 よくないことなのか?

【A1】 組合が消滅しても,従業員と家族は政管健保より今まで通り公的医療保険の給付を受けられる。加入者は心配しなくていい。
 組合独自の給付がなくなるが,これは会社の福利厚生の問題として考えるべき。

【A2】 現役世代の保険料負担の考え方によるので,可否は一義的には定まらない。
 かりに負担の格差に着目すると,政管健保とは保険料率の違う組合健保がなくなって負担が平準化されたことになり,格差は縮小した。


【Q】 このままいけば,健保組合がなくなってしまわないか?

【A】 なくなったとして,具体的に何が悪い?


【Q】 政管健保の財政は悪化するのか?

【A】 むしろよくなる。健保組合として財政が苦しくても,政管健保よりは良好である。既存の政管健保加入者から見れば,条件のいい人たちが加入してくるので,財政的には改善になる。


【Q】 公費負担は増えるのか?

【A】 健保組合の解散だけをみれば,公費が投入される政管健保加入者が増えるので,公費負担が増えている。
 しかし,解散を引き起こした原因は公費負担を減らす改革にあるので,それを合わせて考えると,公費負担は減っている。つまり,公費負担を減らす改革に対して,公費負担を一部増やす反応がこのように現れた。しかし,金額的には前者の減少額の方がずっと大きい。


(2008年8月23日追記)
 大事なところを過不足なく押さえたかったが,とっさの書き物なので説明不足だった点を補足する。
 政管健保には加入者の給付費の13%,高齢者への支援分の16.4%の国庫補助があるが,健保組合にはこれがない。健保組合の保険料が政管健保のそれを若干上回っていても,政管健保へ移行して国庫補助が入ると,もっと低い保険料でやっていける。こうした組合が解散して政管健保に加入すると,政管健保の財政が(わずかであるが)改善する。

【Q】 組合健保の9割が赤字になるというが,これらの組合が政管健保に移行してくるのか?

【A】 赤字になることと,政管健保に移行することは,まったく別の話。例えば保険料が6%(労使合計)の健保組合が赤字になったとすると,保険料7%にして黒字にできるならば,政管健保に移行して保険料を8.2%にしたりはしない。政管健保への移行は,保険料が高い組合だけで生じてくる。

資源・食料高対策は民間の仕事

 資源・食料価格が高騰すると,これらを輸入するわが国の実質所得が外国に移転する。その分,日本が貧しくなるが,それを避けたいならば対策は2つ。第1は,輸出財の価格を上げて,原材料価格の高騰分を転嫁する。第2は,生産性を上げて,所得を増やすことで相殺する。いずれも政府の仕事ではなく,民間で努力すべきことである。しかし,これらの努力でも完全な相殺は無理で,わが国の所得の低下が避けられないことは過去の経験が教えるところ。
 こうして原材料価格の高騰は国内の誰かが負担をしなければならない。それを避けるために,生産物の価格を上げて転嫁するか,資源・食料の使用を節約するか,技術進歩で費用増加を吸収するかの努力を皆でしている。そして,これができなかったところに負担が帰着することになる。
 資源・食料高対策の名の下に政府がここに補助を与えるのは,その負担を今度は納税者に転嫁することであり,日本全体を見て負担が解消するわけではない。国内で負担の帰着先を移動させるだけである。
 特定の箇所に負担が集中するよりは,税を使って国民で広く薄く分散させた方がいいように思うかもしれないが,ほとんどすべての日本人が関わっている価格変化に対して,補助の対象をきちんと選別するのは政府の能力を超えている。高々思いつき程度の理由で,目立ったところに補助が回るだけである。補助を受けられない者との格差が生じて,むしろ混乱を招く。また民間が政府の補助をあてにして効率化の努力を怠ると,避けられた負担も背負い込んでしまう。
 新興国の発展による需要増で生じた価格上昇は,より希少になった資源をどこに配分するのかを市場で決めるメカニズムが働いた結果である。政府が下手に介入するよりは,市場にまかせるのが得策だ。

(注) 価格が伸縮的に調整されないと国内生産が落ち込むので,安定化政策の役割が生じてくる。しかし,マクロ経済学の教科書に書かれている通り,価格上昇と生産減少が同時に生じるスタグフレーションの状況では,両方の問題は解決できない。所得を重視して拡張政策をとり一層のインフレを甘受するか,インフレを重視して引き締め政策をとり所得低下を許容するかの選択を迫られる。

2006年度の国民医療費は33.1兆円(か)

 例年通りだと,今月下旬に厚生労働省から2006年度の「国民医療費」が発表される(一昨年度であることに注意。この記事は年度に気をつけて読んでください)。昨年は8月24日に公表された。
 福井唯嗣京都産業大学准教授と共同開発した医療・介護保険財政モデルでは,この国民医療費を予測している。方法は簡単である。じつは厚生労働省は医療費総額の統計を3種類作成している。その1つである「最近の医療費の動向-MEDIAS-」でまとめられる医療費(ここでMEDIAS医療費と呼ぶことにする)が2006年度で30兆5898億円であった。2005年度のMEDIAS医療費は同年度の国民医療費の92.31%であった。この比率が2006年度も保たれるとすると,2006年度の国民医療費は33兆1366億円と予測できる。先月に発表された2007年度のMEDIAS医療費は31兆5324億円となったので,同じ方法を使えば,来年に公表される2007年度の国民医療費は34兆1577億円(2008年8月26日追記・当初の記事にあった34兆1514億円は概算医療費をもとにした数字でした。訂正します)と予測される。
 もうひとつの統計は,「概算医療費」と呼ばれるもので,MEDIAS医療費と同時に発表される。厚生労働省はこちらの統計の方を重視しているようで,MEDIAS医療費は影にかくれて固有名詞もついていないので,私がここで命名せざるを得ない状態である。2007年度の概算医療費は先月に発表され,33.4兆円と前年から3.4%増になったと報道された。概算医療費は医療保険適用と公費負担の医療費(算定ベース)が対象であり,MEDIAS医療費は保険適用の医療費(確定ベース)が対象である。算定ベースは,審査支払機関が審査をして算定した医療費。確定ベースは,その後に保険者・医療機関による再審査等で調整がされ,実際に支払われる医療費である。確定ベースは算定ベースより若干小さい金額になる。また,公費負担医療を含む分,概算医療費の方が大きくなる。財源調達に関心をもつ医療・介護保険財政モデルでは,確定ベースであるMEDIAS医療費を支払う想定としている。顧客がその価値を認めなかったものは,そのサービスが顧客に提供されたとは見なさないのが自然な考え方であり,実際の医療費として適当なのは確定ベースである。
 算定ベースの医療費が大きく報道される事態はおかしいと感じるが,これは厚生労働省の統計の公表の仕方がおかしい。現状では,算定・確定ベースの月次医療費を同時に公表,年度医療費も同時に公表し,算定ベースに力点を置いている。望ましくは,算定ベースの医療費をより早く月次で公表,遅れて確定ベースの医療費を月次で公表,年度医療費は確定ベースに重点を置く,という形にするべきだ。
 算定ベースの利点は再審査前に集計できるという速報性にある。医療費の動向を早期に大づかみしたいとニーズに合わせて,月次の速報値として公表されると利用価値が高まるだろう。例えば,GDPの速報推計や第3次産業活動指数での貴重な資料となる。場合によっては,医療機関から審査支払機関に請求された点数をベースに,審査前の計数をさらに早く速報することも考えられる。
 「国民医療費」はこれら医療費より1年遅れて公表されるが,医療費総額にはニュースとしての価値はほとんどない。他の統計でほぼ予想がつくからだ。この統計の価値は,制度別,財源別,傷病別,年齢階層別など,専門的な分析のための詳細な情報が得られることである。そのために時間をかけているといっていい。
 国民医療費は伝統ある統計なので,今年の公表の際も報道されると思われるが,見出しをどうつけるかでセンスが問われる。「医療費総額が33.1兆円」という見出しなら,2007年度に国民医療費が増加することが明白なときに2006年度の医療費が横ばいだったことを強調する見当はずれのものだ。もし33.1兆円から大きく違っていたら,それはニュースとして見出しになる。「国民医療費」の統計としての価値を反映した記事を誰が書けるのかに注目。報道しないというのもひとつの見識だ。

(参考)
「最近の医療費の動向(月次版)」(厚生労働省)
MEDIAS医療費(確定ベース)と概算医療費(算定ベース)の月次データ
http://www.mhlw.go.jp/topics/medias/month/index.html

「最近の医療費の動向 平成20年3月号」(厚生労働省)
現在の最新データ。このなかの「最新の医療費の動向[概要]」が算定ベース,「最新の医療費の動向-MEDIAS-」が確定ベース。確定ベースの年度データはこのなかに含まれる。
http://www.mhlw.go.jp/topics/medias/month/08/03.html

「医療費の動向(年度版)」(厚生労働省)
算定ベースの年度データ
http://www.mhlw.go.jp/topics/medias/year/index.html

(関係する過去記事)
医療費統計の体制転換に向けて

医療・介護費用の将来推計の考え方
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