岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2008年08月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

「二重の負担」があるから積立方式に移行できないわけではない

 高齢者向けの社会保障給付の多くは現役世代の負担で賄われているため,少子高齢化が進むと財政状況が悪化する。逆に言うと,社会保険を積立方式に移行して,社会保障給付を自分の現役時の負担で賄えるようにすれば,人口構成が変化しても財政状況に影響を与えない(専門的には,人口構成の変化が経済環境を変えて財政に影響を与えることに注意しなければいけないが,この影響は今回の記事の趣旨ではないので捨象する)。
 積立方式への移行を実現できない障害として指摘されるのが,「二重の負担」の問題である。公的年金を例にとると,現在は積立金が十分ではないので,積立方式に移行するには,今の現役世代は自分の年金給付分を保険料で積み立てるだけでなく,積立金の裏打ちがない給付の財源も負担しなければならず,負担が重くなるというものである。
 福井唯嗣京都産業大学准教授と私が共同開発した医療・介護保険財政モデルの2008年4月版では,医療保険と介護保険を積立方式へ移行した場合の二重の負担の姿を明らかにしている。現行の医療・介護保険制度は中期的に均衡財政となるよう運営されており,将来の高齢化に備えて積立金をもつという発想はない。われわれのモデルでは,約100年かけて高齢者医療(65歳以上)と介護の給付に使われる保険料負担分を現役時に積み立てる制度に移行する政策を考えている。積立金を保有するために,移行期間中は高い保険料を徴収しなければいけない。マクロ的には,将来に急増する給付費を事前に積み立てておく形になる。旧版のシミュレーション期間は積立方式への移行が終了するまでの期間であったため,将来世代の生涯にわたる負担を計算できていなかった。今回の改訂では,シミュレーション計算を十分に延長し,将来世代の生涯にわたる負担を計算できるようにした。

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 その結果が示すのは,二重の負担は積立方式への移行を妨げる要因ではないことである。まず,上の図は各世代の生涯負担率を示したものである。横軸に出生年,縦軸に生涯所得に対する医療・介護給付に使われる税と保険料の生涯負担の比率が示されている。移行過程の保険料が高くなるため,2030年代頃生まれの世代に二重の負担が課されることが観察される。この二重の負担があるから積立方式への移行をしないとなると,現行制度が維持される。焦点は,そのもとでの各世代の負担がどうなるかだ。

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 上の図は,均衡財政方式で運営を続けた場合の生涯負担率を重ねたものである。注目は,二重の負担を被る世代の生涯負担率は,均衡財政方式の方がより高くなることである。その理由は,均衡財政方式のもとでは負担率が年々上昇を続けることで,これらの世代の負担率がもっと高くなるためである。
 このように,二重の負担を被る世代の負担が重くなるから積立方式への移行は困難,という理屈は成立しない。積立方式への移行は,保険料負担を平準化することで,彼らの負担率を引き下げる。そのかわりに,先に生まれた世代(1995年生まれ以前)の負担が上昇することになる。
 積立方式への移行は,現在の保険料を引き上げないといけないため,政治的に実現が難しいともいわれる。確かに,現在のすべての有権者の負担が上昇する。しかしその意味では,現在の有権者間に利害対立はない。われわれが一致して将来の世代に何を残すかの決断である。

(注)
 以上の計算の概要は,下記の文書に示されています。これはモデルの解説を目的とした文書ですので,政策の議論はおこなわれていません。今回のモデルに基づいて政策を議論する原稿を現在執筆中です。
岩本康志・福井唯嗣,「医療・介護保険財政モデル(2008年4月版)について」
https://iwmtyss.com/HLIModel/Manual2008-04Rev.pdf

(関係する過去記事)
『社会保障=世代間扶養』の神話

医療・介護費用の将来推計の考え方

 7月25日に,社会保障国民会議事務局に医療・介護の費用推計についての意見をのべる機会をもった。事務局は,中間報告以降に医療・介護の提供体制に関するシミュレーションをおこなうために,いろいろな研究者と意見交換をしているらしい。私からは,(1)福井唯嗣京都産業大学准教授と共同開発した医療・介護保険財政モデルの紹介,(2)EUにおける2050年までの医療・介護費用の推計作業の紹介,(3)政府がおこなう推計の意義,について話をした。以下は,その際のメモを若干修正したものである。記述が圧縮されて読みづらいと思うが,なにとぞご勘弁を。

1.医療・介護保険財政モデル
・ Fukui and Iwamoto (2006),岩本・福井(2007)等で使用。現在は2008年4月版。
・ 社会保障の財源調達政策を考えるために,将来の医療・介護給付費をできるだけ透明な手法で長期推計している。
・ 医療・介護費用の水準の是非は評価していない。客観的な便益評価はマクロの次元では困難である。
・ 適正化策の是非も評価していない。政策効果が不確定であるため。財源調達の観点からは費用総額が問題になるので,費用の増減シミュレーションは技術的には些末な問題になる。
・ 人口・費用について複数のシナリオを分析する。
・ 前提条件と推計手順の概要は以下の通り。
 - 現在の年齢階層別の医療・介護費用のパターンが,原則将来も維持される。これは,平均余命の上昇が健康寿命の増加につながらないという設定となる。
 - 2025年までは公式推計の推計にできるだけ合致するように,1人当たり費用伸び率の調整をおこなう。
 - 年齢別費用を計算するため,公式推計と異なる推計手法となるところがある。
 - 医療では,医療制度改革による医療費適正化策の影響を独自の手法で織り込む。
 - 介護では,施設・在宅を区別しないなど,公式推計よりも粗い設定をなっている部分がある。

2.EU長期推計
・ 2006年に,EU加盟国を対象に共通の枠組みで,2050年までの人口構造に依存する財政支出(医療・介護・失業給付・教育)の推計がおこなわれた。人口・労働・経済成長についても同様に共通の枠組みによる将来推計が先行しておこなわれて,財政の持続可能性の分析がこの後におこなわれた。
・ 推計手法について,長期間の検討をおこない,EU内外の多くの学識経験者から意見を聴取している。
・ 医療は,3つの変数の仮定の違いで,6つのシナリオを想定している。
 (1) 年齢階層別医療費
   現状維持,平均余命の伸びに合わせて高年齢層にシフト,前2者の中間(基準ケース),生存者と死亡者に分割
 (2) 1人当たり費用の伸び率
   人口1人当たりGDP成長率(基準ケース),労働者1人当たりGDP成長率
 (3) 所得弾力性
   1,1.1から1に収束(基準ケース)
・ 介護は,3つの変数の仮定の違いで,6つのシナリオを想定
 (1) 年齢階層別要介護率
    現状維持,死亡率に連動,両者の中間(基準ケース)
 (2) 利用率
    現状維持(基準ケース),利用率が2020年まで年1%上昇
 (3) 1人当たり費用の伸び率
   人口1人当たりGDP成長率,労働者1人当たりGDP成長率(基準ケース)

3.費用推計の考え方
・ 個別適正化政策の効果の検証については,学界の知見を整理し,必要であれば新たな研究を促すこと。政府の役割は良質のデータを提供すること。
・ 長期推計の目的は,予測の正確性にあるのではなく,将来の困難に向けてどのように対処しなければいけないかの国民的合意を形成するための材料を提供すること。したがって,推計にあたっては,不確定な要素は現状維持を想定し,確からしいとの合意が得られそうなものは取り入れる。
・ 推計にあたって,足元の情報の整備が重要。
 医療は,高年齢層まで5歳ごとのデータを整備・公開すること。
 生存者と死亡者に分けた医療費のデータを整備・公開すること。


(注)
 今回の記事は,次回記事への伏線です。

(参考)
 鈴木亘学習院大学准教授も事務局に意見をのべたようで,下記のブログ記事でその内容を紹介している。私もほぼ同感なので,できるだけ重複を避けるような話をした次第である。
http://blogs.yahoo.co.jp/kqsmr859/12880779.html

(参考文献)
Economic Policy Committee and the European Commission (DG ECFIN) (2006), “The Impact of Ageing on Public Expenditure Projections for the EU25 Member States on Pensions, Health Care, Long-term Care, Education and Unemployment Transfers (2004-2050),” European Economy, Special Report No. 1/2006.

Fukui, Tadashi and Yasushi Iwamoto (2006), “Policy Options for Financing the Future Health and Long-term Care Costs in Japan,” in Takatoshi Ito and Andrew Rose eds, Fiscal Policy and Management in East Asia, Chicago: University of Chicago Press, pp. 415-442.

岩本康志・福井唯嗣 (2007),「医療・介護保険への積立方式の導入」,『フィナンシャル・レビュー』,第87号,9月,44-73頁

岩本康志・福井唯嗣 (2008),「医療・介護保険財政モデル(2008年4月版)について」
https://iwmtyss.com/HLIModel/Manual2008-04Rev.pdf

「社会保障=世代間扶養」の神話

 6月24日に財務省財務総合政策研究所は,「人口動態の変化と財政・社会保障制度のあり方に関する研究会」の報告書をとりまとめた。私は,5月にこの研究会の論文合評会に招かれて,金子隆一国立社会保障・人口問題研究所人口動向部長の論文「将来推計人口が描くこれからの日本」と麻生良文慶応大学教授の論文「公的年金純債務から考える年金制度改革の方向性」に対してコメントした。
 金子氏の論文には今後の社会保障制度を考える上で非常に重要と思われる事実が含まれているので,報告書がWeb上で公開されたら紹介しようと思っていたが,現在も公開されていないので,しびれを切らして今回取り上げる。
 金子氏の論文には,国立社会保障・人口問題研究所が今年3月にまとめた「日本の将来推計人口-平成18年12月推計の解説および参考推計(条件付推計)-」をもとに,子どもをもたない女性の割合が出生年別に示されている。この数字が実に考えさせられるものである。1960年生まれの女性のうちで,子どもをもたない女性の割合は20.8%になると推計されている。1970年生まれでは,この割合は31.4%に上昇,1980年生まれでは36.4%,1990年生まれでは38.1%になる。

 ここまでは金子氏の論文の内容。ここからは,この事実に関する私の意見である。

 推計の構造上,女性についての数値となっているが,子どもをもたない男性の割合もほぼ同程度といえるだろう。つまり,将来の日本人の約4割は子どもをもたない。
 社会保障は世代間扶養のシステムだといわれるが,社会保障の受益者の4割が,負担する世代と親子関係をもたない世界で,世代間扶養の考えを維持できるだろうか。以下は,厚生労働省のサイトにある,公的年金がもつ世代間扶養の役割を説明した文章である。日本人の4割は子どもをもたなくなる事実を踏まえて,なお,この文章に共感を覚えることができるだろうか。

「今日、公的年金は、基本的には現役世代の保険料負担で高齢者世代を支えるという世代間扶養の考え方で運営されています。これは、1人1人で私的に行っていた老親の扶養・仕送りを、社会全体の仕組みに広げたものです。現役世代が全員でルールに従って保険料を納付し、そのときそのときの高齢者全体を支える仕組みは、私的な扶養の不安定性やそれをめぐる気兼ね・トラブルなどを避けるというメリットがあります。また、現役世代が生み出す富の一定割合をそのときそのときの高齢者世代に再分配するという仕組みをとることにより、物価スライドによって実質的価値を維持した年金を一生涯にわたって保障するという、安定的な老後の所得保障を可能にしているのです。
 年金は、高齢者世代にとってはもちろんのこと、若い世代にとっても、自分の親の私的な扶養や自分自身の老後の心配を取り除く役割を果たしています。年金は、個人個人の自立を高め、社会の発展、安定に貢献している側面があります。」

 日本人が新しいライフスタイルを選択した以上,社会保障を世代間扶養と見る考え方は捨てるしかない。現役世代の貯蓄によって,個人が自分の老後にまずは責任をもつ,足りないところを政府がどう補うか,というように考え方の根本的な転換が必要である。

(参考)
「『人口動態の変化と財政・社会保障制度のあり方に関する研究会』(財務総合政策研究所)が、報告書を取りまとめました。」(財務省)
http://www.mof.go.jp/jouhou/soken/kenkyu/zk081/zk081_06.htm

「わが国の公的年金の特徴」(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/topics/nenkin/zaisei/01/01-02.html

(参考文献)
金子隆一(2008),「将来推計人口が描くこれからの日本」,『「人口動態の変化と財政・社会保障制度のあり方に関する研究会」報告書』

国立社会保障・人口問題研究所(2008),『日本の将来推計人口-平成18年12月推計の解説および参考推計(条件付推計)-』,厚生統計協会

統計,パリ,ルクセンブルク

 欧州連合統計局(Eurostat)は日本人にとってはなじみがない機関だと思うが,実は間接的ながら,わが国の統計に大きな影響を与えている。
 OECDの30の加盟国のうち,19か国がEUに加盟している。EU非加盟のアイスランド,ノルウェー,スイスも統計では協力関係にあるので,22か国がEurostatと関係がある。OECDが加盟国の統計データを収集するときには,Eurostatが必然的にからんでくる。OECDとEUで大同小異の調査が別々におこなわれると,OECDの欧州加盟国は二度手間だと感じる。このため,OECDとEurostatは調査票を共通化して,回答負担を減らすのが自然な流れになる。
 加盟国との関係ではEUの方が権限が強いので,EUの調査ニーズにOECDが追従する形になることが多い。例えば,SNAの共通質問票はEU基準であるESA(European System of Accounts)に準拠しているので,日本のSNA統計はESAとは関係ないはずが,ESAの調査票に答えていることになる。また,OECDの社会保障費統計であるSOCX(Social Expenditure Database)は,22か国のデータをEurostatが作成するESSPROS(European System of integrated Social Protection Statistics)から提供してもらうために,ESSPROSからの変換で作成できるように定義されている。
 OECDの統計データの利用者は,Eurostatの同種の統計を見てみると,新しい発見があるかもしれない。

(注)
EUの本部はご存知の通り,ブリュッセルにあるが,Eurostatはルクセンブルクにある。

(参考)
Eurostatのホームページ
http://ec.europa.eu/eurostat/

OECD統計局のホームページ
http://www.oecd.org/std

(関係する過去記事)
社会保障費統計の交通整理

先進国の医療費の伸びが鈍化

 6月26日にOECDは,ヘルスデータ(Health Data)2008年版を発表した。データが利用可能な最新年の2006年は,加盟国の医療費の実質成長率が3.1%で,1997年以来の低水準となった。また,GDP成長率をわずかに下回り,医療費の対GDP比は8.9%と前年並みとなった。OECD全体を集計してしまうと成長の鈍化の原因は特定しにくいが,興味深い現象である。
 この医療費データは,SHAに基づいて作成されている。SHAについては,「医療費統計の体制転換に向けて」で紹介した。
 日本でよく使われるのは総医療費と呼ばれるものであり,公衆衛生への支出や医療施設への投資も含まれ,厚生労働省の作成する「国民医療費」よりも範囲が広い。2005年度の総医療費(total expenditure on health, THE)は41兆円,国民医療費は33.1兆円である。国民医療費に近い概念である個別的医療費(expenditure on personal health care, TPHE)は38.3兆円であるので,国民医療費は国際基準よりもカバーする範囲が狭い。総医療費と個別的医療費の関係は,以下のようになっている。

総医療費
 経常医療費(current expenditure on health, TCHE)
  個別的医療費
  集団的医療費(expenditure on collective health care)
 医療設備への投資(investment on medical facilities)

 個別的医療費に,集団的医療サービス(公衆衛生や管理経費)に相当する集団的医療費1.7兆円を加えると,経常医療費40兆円になる。これに医療設備への投資0.9兆円を加えると,総医療費になる。個別的医療費,集団的医療費にはさらに細分化した項目がある。
 SHAの利点として国際比較が可能なことを「医療費統計の体制転換に向けて」で指摘したが,別の利点は,SNAの概念と調和するように設計されていることである。個別的医療費は医療に関係する個別消費支出,集団的医療費は医療に関係する集団消費支出となり,医療設備への投資は医療産業の資本形成にほぼ対応している。SNAのなかの医療関係の情報を詳細にしたものに相当し,医療と経済の関係を分析したいときに重宝する。
 日本のデータの問題点は,Health Data 2008年版での最新データは2005年と,他国から1年遅れていることである。SHAはさまざまな基礎資料を組み合わせて作成される「加工統計」であるが,基礎資料が集計・公表されるのに時間を要していることが理由である。医療政策でもPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルが重要である。Checkまで時間がかかると,政策が間違った方向へ向かったときに軌道修正が遅れる。生命に直接かかわることだけに,統計作成の早期化に敏感になるべきだ。統計委員会でも統計の早期化は医療に限らずに各方面の課題であり,多くの委員に指摘されていることだが,改善ははかばかしくない。もっと多くの人に関心をもってもらって,関係者に重い腰をあげてもらうことができればいいのだが。

(参考)
「OECDヘルスデータ2008 多くのOECD諸国で保健医療関連支出の伸びが鈍化」(OECD東京センター)
http://www.oecdtokyo.org/theme/hea/2008/20080627healthdata.html

(関係する過去記事)
医療費統計の体制転換に向けて
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