岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2008年09月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

日本学術会議シンポジウム

 26日は,日本学術会議経済学委員会「人口変動と経済分科会」主催の学術シンポジウム「人口減少と日本経済-労働・年金・医療制度のゆくえ」で,「医療・介護保険制度の課題と展望」と題した報告をしました。報告は,福井唯嗣先生(京都産業大学)との共同論文に基づいています。シンポジウムの会議録は,いずれ出版される予定です。
 報告スライドは,私のホームページ(https://iwmtyss.com/Docs/2008/IryoKaigoHokenSeidonoKadaitoTenboSlides.pdf)に掲載しています(2008年10月14日追記)。論文は,しばらくして公開する予定です。
 私たちの報告の内容は医療・介護保険財政モデル(2008年4月版)に基づいており,下記のブログ記事でも,関連する内容を紹介しています。

(関係する過去記事)
『社会保障=世代間扶養』の神話

『二重の負担』があるから積立方式に移行できないわけではない

医療・介護費用の将来推計の考え方


(参考文献)
岩本康志・福井唯嗣 (2008),「医療・介護保険財政モデル(2008年4月版)について」
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~iwamoto/HLIModel/Manual2008-04Rev.pdf


(シンポジウムのプログラム)
Ⅰ.セッション1:人口減少の背景と将来展望(10:00~12:00)
 1)「人口減少の背景と要因」津谷典子(慶應義塾大学教授、日本学術会議会員)
 2)「人口変動の将来展望」金子隆一(国立社会保障・人口問題研究所人口動向部長)
 3) 討論:阿藤 誠(早稲田大学教授、日本学術会議連携会員)
 4) 討論:猪木武徳(国際日本文化研究センター教授、日本学術会議会員)

Ⅱ. セッション2:社会保障制度の仮題と展望(13:00~15:00)
 1)「年金制度の課題と展望」高山憲之(一橋大学教授、日本学術会議連携会員)
 2)「医療・介護保険制度の課題と展望」岩本康志(東京大学教授、日本学術会議連携会員)、福井唯嗣(京都産業大学教授)
 3) 討論:翁 百合(日本総合研究所理事、日本学術会議会員)
 4) 討論:土居丈朗(慶應義塾大学准教授、日本学術会議連携会員)

Ⅲ. セッション3:労働市場とマクロ経済への影響(15:15~17:15)
 1)「技術革新と労働の質への影響」二神孝一(大阪大学教授、日本学術会議連携会員)
 2)「家計とマクロ経済への影響」大竹文雄(大阪大学教授、日本学術会議連携会員)
 3) 討論:樋口美雄(慶應義塾大学教授、日本学術会議会員)
 4) 討論:廣松 毅(東京大学教授、日本学術会議特任連携会員)

総括と展望:岩井克人(東京大学教授、日本学術会議会員、経済学委員会委員長)

東京大学公開講座

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 20日は,東京大学安田講堂で開催された公開講座「成熟」で,「経済の成熟と社会保障」と題した講演をおこないました。

 以下は,講義要項の内容です。

1 人口変動の経済成長への影響
 戦後最初の国勢調査がおこなわれた1950年の日本の総人口は8,320万人であった。1967年には人口1億人を突破し,1970年代までは年率1%程度の増加が続いた。2007年の推計人口は1億2,777万人で,現在は横ばい状態である。少子化の進展により,今後は人口減少に転じ,国立社会保障・人口問題研究所の中位推計では2055年には9,000万人を割るとされている。平均年齢は2005年の43.3歳から,2027年に50歳を超え,2055年には55歳となる。日本の人口構造は成熟化していくのだが,経済や社会に与える影響は多くの人に関心をもたれている。
 労働力人口の減少は経済成長率を引き下げる。長期的な傾向線として,経済成長率は賃金上昇率と労働力人口成長率の和となると考えられる。また,1人当たり所得の成長率は,賃金上昇率と労働力率成長率の和となると考えることができる。
 厚生労働省の研究会による労働力人口の推計では,かりに2006年の年齢階層別労働力率が将来も続くとすると,2030年までに1,030万人の労働力人口が減少するとされている。高齢者と女性の労働市場への参加が進むと想定したシナリオでも,480万人の減少が起こる。労働力人口減少率は前者の悲観的な場合で,年当たり0.7%となる。これを上回る賃金成長がないと,経済はマイナス成長になる。
 将来の技術進歩率の予測は難しいので,最近の経験をもとに外挿する方法が一般的にとられている。経済の低迷が長く続いたので,最近の技術進歩率は低くなっているが,それでも1~2%台の賃金成長率は期待していい。これは,労働力人口の減少率を上回る。したがって,技術進歩の大幅な低迷がない限り,経済はマイナス成長にならないし,1人当たり所得も増加するだろう。

2.社会保障財政の課題
 少子高齢化社会の最大の経済問題は,社会保障財政にある。現行の社会保障の財政方式は,現役世代の負担で高齢者の給付の多くを財源調達している。現役世代に対して高齢者の人口比率が高まると,財政状況が悪化する。増大する社会保障費用への危機感から,最近に立て続けにおこなわれた社会保障制度改革では,将来の社会保障給付費の抑制が図られている。2004年の年金改正ではマクロ経済スライドを導入し,給付の伸びを抑制した。2005年の介護保険改革,2006年の医療制度改革では,保険給付の範囲の縮小,診療報酬・介護報酬の引き下げ,予防の重視による将来の費用の抑制等の施策が講じられた。
 厚生労働省は2006年5月に,一連の制度改革による給付費の抑制を織り込んだ将来推計をおこなっている。2025年度の社会保障給付費は国民所得の26.1%に達すると予測され,2006年度から2.2ポイントの上昇となる。制度改革前の2002年5月推計では,2025年度の社会保障給付費は国民所得の33.5%になると見通されていたので,新しい推計で7.4ポイントの低下,変化率では2割強の低下となっている。
 給付費(対国民所得比)の内訳を見ると,年金は2006年度の12.6%から2025年度の12%へと若干の低下が生じる。これは,マクロ経済スライドの導入で給付費総額がマクロの経済成長の範囲内に抑えられることになったからである。医療・介護給付費も制度改革で抑制されたが,それでも医療は7.3%から8.8%へと1.5ポイントの上昇,介護も1.8%から3.1%へと1.3ポイントの上昇と予測されている。高齢化の進展でこの程度の給付費の伸びで抑えられれば上出来という見方もあれば,それでも医療・介護給付費が伸びることを問題視する見方もあり,改革の評価は個人の価値観に委ねられる。
 現在の社会保障財政の議論は2025年までを視野に入れているが,2025年以降も高齢化が進展することが視野に入っていない。少子化が顕在化する以前は,2025年頃が高齢化のピークといわれてきたが,少子化が進行したことで高齢化は2025年では終わらない。かりに2025年までの財政問題を解決したとしても,2025年以降にどうするのか,というもっと大きな問題が存在する。

3.問題解決の選択肢
 社会保障の財政問題の根本的な構造は,「社会保障財政は,高齢者人口の現役世代人口に対する比率の上昇で悪化する」という命題にまとめることができる。これを乗り越える道を探すとすれば,それは3つしかない。
 第1は,社会保障財政に影響する分数の分母を増やす方法。政府は少子化対策に取り組んでいる。しかし,これまでのところ効果をあげられず,出生率の低下が進んでいる。第2は,分子を減らす方法。予防に重点を置くことで健康な高齢者をつくり,医療・介護サービスの需要を減らすことである。この施策も最近重視されているが,その効果は不確定である。どちらの施策も重要ではあるが,わが国の人口構成の変化によって生じる財政問題を完全に解決するだけの力をもつものではない。
 第3の道は,社会保障財政を人口構造に依存させないものに転換することである。具体的には,医療・介護保険への積立方式の(部分的)導入である。個人の目線で医療・介護費用の問題を考えてみれば,生命に直結するこれらのサービスは何を差し置いても確保しなければいけないものである。だからこそ,政府がそれを担保する責任をもつのが社会保障の出発点である。しかし,現在は政府がこれを抑制することに躍起になっている。これは,少子化でやせ細る現役世代の財布で費用を賄おうとしているからである。かりに個人の老後の医療・介護に必要な費用をきちんと現役時に自分で積み立てておくならば,給付の抑制を図る必要はない。
 現在のところ,積立型医療・介護保険の導入を主張する声は小さい。積立方式への移行には,現在に保険料の負担を大きく上昇させる必要がある。原油高,食料高など国民生活の現状が厳しいなか,負担増は受け入れられないという国民の声があがるだろう。しかし,今後50年の社会保障財政の状況を考えて,他の道が厳しいことを悟れば,積立方式の導入も選択肢として真剣に考慮しなければいけないだろう。


(関係する過去記事)
『社会保障=世代間扶養』の神話

医療・介護費用の将来推計の考え方

『二重の負担』があるから積立方式に移行できないわけではない

日本経済学会・石川賞講演

 光栄にも今年度の日本経済学会石川賞を受賞し,9月15日の日本経済学会秋季大会(近畿大学)で「行動経済学は政策をどう変えるのか」と題する講演をおこないました。講演のスライドを私のホームページの方に公開しています(https://iwmtyss.com/Docs/2008/IshikawaLectureSlides.pdf)。
 学会の後には,大学院時代からの親しい方が中心となって祝賀会を開いてくれました。感謝です。
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