岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2008年11月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

100年に1度の危機に対応するための恒久的組織の創設?

 10月30日に発表された追加経済対策「生活対策」のなかの,地方公共団体支援策の一つである「地方自治体(一般会計)に長期・低利の資金を融通できる、地方共同の金融機構の創設について検討する」話は,相当に疑問である。
 金融危機のあおりで地方債の発行見送りが生じたことから,何らかの対策を考えることは否定しない。しかし,現状が100年に1度の危機との見立てなら,それに対応する組織を新しく創設したとして,平時の90数年間はこの組織は何をするのだろうか。
 金融危機とは別の理由で地方一般会計の資金調達を助けるのだとすれば,財政投融資からの融資も現におこなわれているし,10月に改組された公営企業等金融支援機構の業務を拡大する手段も考えられる。政策手段の選択として,新組織が必要な根拠が不明確だ。
 また,地方財政の健全化のために地方債に市場規律を働かせることが重視される現状のもと,地方の資金調達を国が助けることについての賛否両論がある。
 国の介入の是非を棚上げしたとしても,政策手段の選択のところで批判にあって行き詰まるような話だ。政府内で意見が割れているので,「検討する」と書かれたと思われる。が,そもそも検討するに値しない案がここに書き込まれていることが驚きだ。

(参考)
現下の経済情勢への緊急対応
http://www.kantei.go.jp/jp/keizai/

生活対策
http://www.kantei.go.jp/jp/keizai/images/taisaku.pdf

(関係する過去記事)
ほぼ余計な追加的経済対策

埋蔵金探訪(4):公営企業金融公庫

「租税・社会保障制度による再分配の構造の評価」

 東京大学大学院の濱秋純哉氏との共著論文「租税・社会保障制度による再分配の構造の評価」を,私のWebサイトで公開しました(https://iwmtyss.com/Docs/2008/SozeiShakaiHoshoSeidoniyoruSaibunpainoKozonoHyoka.pdf)。『季刊社会保障研究』第44巻第3号(12月刊行予定)に掲載されます。
 以下は拙稿の概要です。

 最適所得税理論を用いて,実際の再分配政策を議論する場合には,税制のみを対象にすることが通例である。しかし現実には,租税制度と社会保障制度がともに所得再分配をおこなっており,社会保障制度も含めて考察することがより適切と考えられる。このような視点から,本稿では,わが国の租税・社会保障制度がどのような所得再分配機能をもっているのかを検討する。
 現行の税と社会保障で形成される限界税・保険料率を見ると,生活保護を受ける低所得世帯は非常に高い実効限界税率に直面する。それ以上の収入のある世帯の限界税・保険料率は40%未満に低下した後,収入が約900万円になるまで段階的に上昇していく。それ以降は医療保険と公的年金の報酬上限を超える度に限界保険料率がゼロとなるので,限界税・保険料率の水準は比較的平坦となる。所得上昇にともない,限界税・保険料率が低下する現象が生じる。税制だけを見れば,累進的構造になっているが,社会保険料を含めると累進的とはいえず,限界税・保険料率はほぼ一定,一部の所得階層がやや大きくなるという構造をもっている。
 つぎに,このような現状を最適所得税理論に基づいて評価した。社会保険に報酬上限が存在することで,限界税率が逆転することを正当化することは難しい。以前と比較して,社会保険料が上昇してきた現在では,この問題はより深刻になっている。報酬上限と所得税の税率表を調整することで,限界税率を平準化することが必要であろう。
 平準化が図られれば,単身世帯では約420万円以上,夫婦・子一人世帯では約540万円以上で40%台前半の水準でほぼ水平となる。この水準が妥当か否かは,望ましい税率を規定するパラメータの知識が十分でないなかで明確な結論は下せない。現状の知識から望ましい税率の姿を幅をもって考えたときに,そこから明確に乖離しているとはいえない状況である。
 所得税の最高税率が適用される所得階層では,労働保険を加えると限界税・保険料率は50%を若干超える水準となる。最適所得税の最近の議論を基にすると,最高税率は50%をかなり超えると考えられるので,所得税の最高税率が適用される所得階層の限界税率は少し高める余地があるかもしれない。

消費税率はどこまで上がるか

 10月31日の経済財政諮問会議に示された社会保障国民会議による試算では,2025年度までの社会保障・少子化対策のための追加所要額は消費税率換算で6%程度とされた(基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げるが税方式化しない場合)。2006年10月17日の諮問会議では,「給付と負担の選択肢について」(民間議員提出資料)で2025年度に至る財政運営の議論がされた。両者を比較すると,「給付と負担の選択肢について」では社会保障の国庫負担の増加分を消費税率換算すると,給付維持・負担増加ケースで4%程度,給付削減・負担維持ケースで2%程度と見積もられる(注)。それと比較して,社会保障国民会議の試算は給付増加・負担増加の方向に転換した。
 社会保障費用増加に加えて,財政収支改善も消費税増税に頼れば,必要な消費税率はもっと高くなる。私のこれまでの見積もりは,歳出歳入一体改革の路線のもとで3%程度だったが,麻生政権で歳出拡大があると,もっと増税が必要になるかもしれない。暫定的にこれを4%と置くと,消費税率は2015年度で12%程度,2025年度で15%程度がひとつの目安になる。
 2025年度以降も高齢化は進展するので,2025~2050年度の間の医療・介護費用の公費負担増加も非常に重要である。拙稿「社会保障財源としての税と保険料」(http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/08j034.pdf )では,高齢化要因のみを考慮した場合,消費税率換算で4%程度(GDP比で約2%)と見積もっている。(2009年2月19日追記:別論文と勘違いして,拙稿を福井唯嗣京都産業大学准教授との共著論文と紹介していましたので,訂正しました。)
 以上は,散在する政府のシナリオを再構成することを意図したもので,私が望ましいと考えるシナリオではないことに注意されたい。また,実際には経済前提や医療費の動向次第で変化するものであり,幅をもって考える必要があり,数値はひとつの目安にすぎない。

 社会保障国民会議の試算は中長期的な財政運営の課題の一部を取り出したものである。諮問会議では,財政収支全体の予測を早期に発表し,国民の判断を仰いでもらいたい。

(注)
「給付と負担の選択肢について」では,2011年度から2025年度までの医療・介護費用の公費負担の伸びをGDPの1.4~1.5%と見積もっていた。これは,消費税換算で3%程度になる。2011年度までには基礎年金の国庫負担割合の2分の1への引き上げ,その他の公費負担の増加が見込まれる。これを消費税率換算1%程度と見積もると,2025年度までの費用増加は消費税率換算4%程度になる。

(参考)
「『社会保障の機能強化のための追加所要額(試算)』について」(2008年10月31日・吉川洋社会保障国民会議座長提出資料)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/1031/item3.pdf

「給付と負担の選択肢について」(2006年10月17日,有識者議員提出資料)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2007/1017/item2.pdf

「社会保障財源としての税と保険料」(岩本康志)(2009年2月19日:著者名を訂正しました)
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/08j034.pdf
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