岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2009年02月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

新しいG7/G8

 世界的な金融危機を議論する舞台がG7ではなく,G20となっているのは,新興国を抜きに世界経済の動向が語れなくなったことを意味している。しかし,議論を深めるには,20か国という数は多すぎる。そこで,新しい世界経済の構図を反映するようにG7ないしG8を再編成すべきだという意見がある。その例として,昨年11月の金融サミット開催時にCEPR(Center for Economic Policy Research)が編集した経済学者の提言集「What G20 leaders must do to stabilise our economy and fix the financial system」(http://www.voxeu.org/index.php?q=node/2647 よりPDFファイルがダウンロード可能)に収録されたBuiter教授とEichengreen教授の提案を見てみよう。
 改革の出発点は,フランス,ドイツ,イタリア,英国にかわって,EUの参加とすることである。欧州の立場からは,枠は減るものの,米国を上回る経済圏を代表して発言することで,これまで以上の発言力がもてるという判断が働く。
 これで空いた3つの枠で新興国を迎え入れることになるが,どの国が入るかが悩ましい。Buiter教授案は,
  米国,EU,日本,中国,インド,サウジアラビア,ロシアか南アフリカ
Eichengreen教授案は,
  EU,米国,日本,中国,サウジアラビア,南アフリカ,ブラジル
となっている。カナダがさらに外れ,EU,米国,日本の先進国と新興国を組み合わせる案であるが,どの国が入るかで結論を得るのが難しいかもしれない。
 経済規模(IMFの推計による購買力平価で評価したGDP)で見ると,2007年の上位8か国は,
  EU,米国,中国,日本,インド,ロシア,ブラジル,メキシコ
となる。地域性を考慮すると,アジアから3か国が入ることが問題になるかもしれない。今のところ日本を外すという話にはならないだろうが,インドとの関係を考えると,将来はわからない。今後の経済成長率を考えると,インドが日本を上回る日がやがて来るだろう。国際会議で日本が存在感を見せられず,インドの存在感が高まると,日本がG7/G8から外される事態は荒唐無稽な話ではなくなる。
 財務大臣がG7(7か国財務大臣・中央銀行総裁会議)の場で酔っ払っていては,自分から外してくださいというようなものだ。

(注)
 2005年の購買力平価調査でインドのGDP(購買力平価で評価)が大幅に下方修正されたので,現在は日本が上位にある。それ以前の調査では,いったんインドのGDPが日本のそれを上回ったことがある。

(参考)
「List of countries by GDP (PPP)」
http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_countries_by_GDP_(PPP)
IMF,世界銀行,CIAによる世界各国の購買力平価で評価したGDP順位

VoxEU.org
http://www.voxeu.org/

(関係する過去記事)
国際比較プログラム

民主主義を支える統計

 12日に,米国共和党のグレッグ上院議員が,オバマ政権での商務長官の指名を辞退した。その理由のひとつに,商務省が所管する国勢調査(人口センサス)にホワイトハウスがより関与を強める動きに対する反発があることが報道されている。国勢調査が議員の重要な行動に影響する事態は日本ではまず生じないように思うが,背景には民主主義に対する理解の差があるだろう。

 国勢調査はもっとも重要な統計調査である。国内の人口をくまなく数え上げるために,統計調査のなかでもとびきり膨大な経費がかかっているので,批判の目が向けられることもある。しかし,巨額の経費がかかっても国勢調査は必要である。それがなければ民主主義政治が成立しないからである。民主主義の基盤となる投票では,投票者は平等に扱われなければならない。1票の価値を平等にするためには,選挙区の人口を正確に数える必要がある。米国も日本もその他の国も,その役目を国勢調査に委ねている。
 可能な限り1票の格差を小さくしようとする米国の制度では,2010年に予定される国勢調査は,その後の下院の各州の議員定数の配分を左右する重要な意味をもつ。これが,今回のような政治問題になる背景である。
 ひるがえって日本では,国勢調査の結果が無視ないし軽視される。衆議院への小選挙区制導入以前には,人口の変化に十分に対応しなかったため,1票の格差が大きく広がっていった。小選挙区の都道府県への定数配分では,まず各都道府県に1議席を与えた後,人口に応じた配分とするために,まだ1票の格差が大きい。二院制をとる日本では,地域代表としての配慮は参議院ですればよく,優越院は完全に人口に応じた定数配分とすることが,そもそも民主主義の基本中の基本である。
 定数配分は国会議員の命運を左右するので,民主主義の理念が理解されている国の議員は国勢調査の重要性を痛切に感じる。もちろん,選挙区の設定がゲリマンダーになったり,政治が国勢調査の執行に不当に介入しようとする危険性はある。しかし,国勢調査を正しく使おうともしない日本は,それ以前の問題だ。日本に民主主義が定着する道のりはまだ遠い。

(参考)
「統計事業予算の推移」(総務省統計局)
http://www.stat.go.jp/index/seido/zuhyou/3-3.xls
国勢調査年に国の統計予算が大きく膨れ上がることが示されている。

米国商務省センサス局
http://www.census.gov/

財政政策のマーフィー式採点法(その3,公的資金の限界費用)

 今回は,マクロ経済学というよりは,財政学の専門的な話になる。
 おさらいすると,Murphy教授によれば,財政出動が純便益をもたらす条件は,
  f(1-λ)>α+d
となる。左辺は便益,右辺は費用である。
 d(支出の財源を調達するときの税が効率を阻害する損失)については,
Murphy 0.8
DeLong 1/3
小野論文(岩本による解釈) 0
岩本 0
と見解が割れている。

 租税のもっとも大きな部分は労働所得から調達されるので,労働供給の賃金弾力性の大きさがdを決める。
 歴史的には,税が経済効率を損なう影響は,「超過負担」の概念で計測されてきた。これは,税収を個人に戻して,税がない状態と同じ効用水準にするような,仮想的な政策変更を考える(くわしくは,公共経済学の教科書を参照されたい)。そのため,同じ効用水準のもとでの労働供給の変化を見るので,補償された弾力性が問題になる。補償された弾性値が大きくなると,超過負担が大きくなる。労働供給が比較的非弾力的な男性中核労働者の補償弾力性について,Pencavel (1986)が英米の労働者に関する研究を展望して,0.1を妥当な推定値とした。女性,低所得者の労働供給はもっと弾力的だと考えられている。より現実的に近い税体系でのシミュレーションもおこなわれているが,DeLong教授のd=1/3は,それらの研究成果を念頭に置いたものと考えられる。
 しかし,租税を財政支出の財源とする場合には,効用水準が同じときの比較ではなく,政策が実行されて,効用が変化したときの労働供給の反応,すなわち補償されない弾力性を見ないといけない。こちらが新しい議論のため,1988年の時点で多くの専門家ですら,補償されない弾性値で考えなければいけないところを,補償された弾性値で考えていたことが,Ballard and Fullerton (1992)に報告されている。
 1ドルの財政支出のための財源を調達するときに失われる民間部門の所得が「公的資金の限界費用」(marginal cost of public funds)と呼ばれ,d+1に対応する。代表的個人が比例税に直面する状況では,補償されない労働供給の弾性値が正(負)だと,dは正(負)になる。Pencavel (1986)によれば,所得効果が負なので,男性中核労働者の補償されない弾性値は-0.1とされている。労働者全体では,弾性値は0か,わずかに負であると考えられており,弾性値0,すなわちd=0はあながち悪い近似ではない。また,Kaplow (1996)等の研究で,異質な個人が存在する状況でも,税制が適切に設計されていれば,dが0になることが知られている。
 高所得者の場合,労働供給の反応だけではなく,租税回避の手段をとることで,課税所得が税率に大きく反応するという議論が,Lindsey (1987), Feldstein (1995)によってされている。これは,「課税所得の弾力性」(elasticity of taxable income)の議論として,知られている。Murphy教授のd=0.8は,これを根拠にしたものと考えられる。財政政策の財源が高所得者への課税に限定されていない場合は,課税所得の弾力性に依拠するのはそぐわない。


(参考文献)
John Pencavel (1986), “Labor Supply of Men: A Survey,” in Orley Aschenfelter and Richard Layard eds., Handbook of Labor Economics, Vol. 1, Amsterdam: North-Holland, pp. 3-102.

Charles L. Ballard and Don Fullerton (1992), “Distortionary Taxes and the Provision of Public Goods,” Journal of Economic Perspectives, Vol. 6, No. 3, Summer, pp. 117-131.

Louis Kaplow (1996), “The Optimal Supply of Public Goods and the Distortionary Cost of Taxation,” National Tax Journal, Vol. 49, No. 4, December, pp. 513-533.

Lawrence B. Lindsey (1987), “Individual Taxpayer Response to Tax Cuts: 1982-1984 with Implications for the Revenue maximizing Tax Rate,” Journal of Public Economics, Vol. 33, No. 2, July, pp. 173-206.

Martin Feldstein (1995), “The Effect of Marginal Tax Rates on Taxable Income: A Panel Study of the 1986 Tax Reform Act,” Journal of Political Economy, Vol. 103, No. 3, June, pp. 551-572.


(関係する過去記事)
財政政策のマーフィー式採点法(その1)

財政政策のマーフィー式採点法(その2)

財政政策のマーフィー式採点法(その2)

 5000字を超える記事を投稿できないようなので,「財政政策のマーフィー式採点法」は3部構成となります。

 「その1」をおさらいすると,Murphy教授によれば,財政出動が純便益をもたらす条件は,
  f(1-λ)>α+d
となる。左辺は便益,右辺は費用である。4つのパラメータの意味は以下の通り。
f(Keynes効果) 財政支出のなかで遊休資源が用いられる割合
λ(家事効果) 遊休資源の相対価値
α(Galbraith効果) 政府支出が産み出す非効率
d(Feldstein効果) 支出の財源を調達するときの税が効率を阻害する損失

 以下は,Murphy教授の整理に沿った,私の考え方である。
(1) モデルを使うことで,政策に関する意見の違いを透明な形で整理することができ,論争が生産的なものになる。自然言語だけの議論では,論点をかみ合わせるだけで多大な労力がかかったりする。その労力を大幅に節約できるのが,モデルの威力である。
 単純なモデルでは現実を十分に説明できない,という批判がよくあるが,単純であるからこそ,現実の問題の論点を明確にできるところにモデルの利点がある。もちろん,モデルに含まれない重要な論点が存在すれば,それは別に議論するか,それを組み込んだモデルを用意する必要がある。

(2) 財政赤字で資金調達する政策でも均衡予算乗数を考える,という私の立場は少数派である。リカードの等価命題が成立するときは,財政赤字による支出拡大の効果は均衡予算乗数となる。等価命題が成立しないときでも,政策全体の効果を考える場合には,将来に増税で財源調達するときの負の経済効果を考慮に入れるべき,したがって,財政乗数から減税乗数を差し引くべきというのが,私の考え方である。同調する研究者がこれまで見られなかったが,小野論文で同趣旨のことがのべられているのは,うれしい。

(3) 私の乗数の想定は,Romer氏とBernstein氏の分析(http://otrans.3cdn.net/ee40602f9a7d8172b8_ozm6bt5oi.pdf )が既存研究の展望から,財政乗数を約1.5,減税乗数を約1とみなしたことにならった。
 「IS-LMモデルでの財政政策」で説明したように,金利一定の金融政策のもとでは,IS-LMモデルでの均衡予算乗数は1になる。IS-LMモデルにかわって,そのような金融政策のもとでのクラウディングアウトを説明できる簡明なモデルがない。そのため,IS-LMモデルの理論値にしたがい,1と想定する立場とどちらをとるかが悩ましい。

(4) 失業者の余暇の機会費用(λ)については,拙稿「財政政策の理論的整理」(http://www.mof.go.jp/f-review/r63/r_63_008_028.pdf )のIII.2節で検討したことがある。残念ながら,合意のとれた推計値を得るのに十分な研究の蓄積がないため,1より若干小さいという定性的な結論としている。
 以下にその部分を引用する。

「費用便益分析の最近の教科書であるBoardman et al. (2001)では,失業者の社会的費用をゼロと計算することは,失業者の余暇がまったく価値をもたないことを意味しており,このような推計は失業者の社会的費用を過小推計してしまうことが指摘されている。もし失業者の余暇の価値がゼロであるならば,失業者は公共事業の賃金がゼロでも働くだろう。これがありえないことだとすれば,失業者の機会費用はゼロではない。
 失業者であっても,留保賃金が市場賃金にきわめて近い水準にある者もいるかもしれない。かりに公共事業で提示される賃金が必要な労働力を集める最低限の水準であったとすると,支払賃金は留保賃金を反映して,これは社会的費用に等しくなる。失業者の余暇の価値は市場賃金よりも低いと考えられるが,どの程度の水準であるかは正確にはわからない。
 財政支出が失業者のみを雇用できない場合には,政策前の雇用者のクラウディングアウトの可能性を考慮にいれた推計をすることが必要である。このような要素を考慮にいれ,失業が存在するもとで労働費用がどれだけ逓減するかは,確定的な結果を得ることが困難である。このような計測をおこなった研究として知られているHaveman and Kruilla (1968)では,失業率が8ないし9%と高く,失業者が雇用される確率が高いときにも,機会費用は10%から15%程度低下するだけであるという推計結果を報告している。
 標準的な財政学の教科書の1つであるRosen (2001, p. 232)では失業の発生メカニズムに合意が存在しないもとでは,失業者の雇用にかかる費用の計測方法はまだ合意がないままのこされているとしているが,以下の2つの理由から,深刻な不況期を除いては,失業者を雇用した場合にも支払賃金を費用と計上するのが妥当であるとのべている。第1に,政府が安定化政策により失業率を一定に保とうとしているときには,失業者を雇用することは他の部門での雇用と所得の減少につながるので,機会費用は支払賃金となる。第2に,かりに事業が開始したときに非自発的に失業していたとしても,事業の期間中に継続して雇用機会にめぐまれないことは保証されていない。」

 DeLong教授とMurhphy教授がλ=0.5で一致しているので,ここでは0.5と1の間と考えることにする。
5兆円財政出動すると何が起こるか」で,私は,

「財政出動の考えは人によって違うが,私は,
(1)財政による経済安定化政策の役割はまずは自動安定化装置にまかせる
(2)(GDP)ギャップが小さい場合には効果が弱まり,弊害が生じることも考慮して,裁量的財政出動には最低でも2%以上の幅のギャップが確認されることを前提とするべき
と考える。ただし,2%という数字は科学よりも芸術の領域である。」

とのべたが,fとλが景気の状態で変化するものと考えている。GDPギャップの幅が小さい状態ではfが小さく(クラウディングアウトが生じる),λが大きい(就職の機会もあり,留保賃金がまだ高い)ので財政出動の必要性が小さいが,ギャップが大きくなるとfとλが変化して,財政政策の機会費用が下がる。fとλとGDPギャップの関係がよりくわしくわかれば,判断基準が精緻なものになる。現状では,上でのべたように,芸術の領域である。
 もちろん,GDPギャップの幅が2%を超えればいくらでも財政出動してもいいわけではなく,費用を上回る便益をもつ事業に絞られるべきである。

(5) 「穴を掘って埋め直す」政策はα=1なので,λ=0,d=0のときは,乗数効果が働く(f>1)場合には意味がある。乗数効果が働かない(f=1)場合には,穴を掘って埋め直す政策ではだめで,少しでも価値のある政策をやらないといけない(α<1)。いいかえれば,機会費用はゼロだから,少しでも正の便益のある事業なら意味がある。f<1やλ>0のもとでは,財政支出の機会費用が高まるので,便益のハードルはもっと高くなる。小野論文と私の右辺の想定は同じだが,左辺の考え方が大きく違うので,どのような財政支出が正当化されるかの判断がかなり違ってくる。小野論文ではα<1であれば条件が満たされるが,私の場合はα≪0.5でないといけない。

(6) dは,財政学での研究課題である。おそらくMurphy教授は「課税所得の弾力性」,DeLong教授は「超過負担」,小野論文は定額税を念頭に置いていると思われる。私は,「公的資金の限界費用」を念頭に置き,d=0としている。これ以上は財政学の専門的な話になり,5000字を超えるので(その3)で。


(参考文献)
Christina Romer and Jared Bernstein (2009), “The Job Impact of the American Recovery and Reinvestment Plan,” January 9
http://otrans.3cdn.net/ee40602f9a7d8172b8_ozm6bt5oi.pdf

岩本康志(2002),「財政政策の役割に関する理論的整理」,『フィナンシャル・レビュー』,第63号,7月,8-28頁
http://www.mof.go.jp/f-review/r63/r_63_008_028.pdf

Anthony E. Bordman, David H. Greenberg, Aidan R. Vining and David L. Weimer (2001), Cost-Benefit Analysis: Concepts and Practice, 2nd Edition, Upper Saddle River, NJ: Prentice Hall.

Robert H. Haveman and John V. Krutilla (1968), Unemployment, Idle Capacity, and the Evaluation of Public Expenditures, Baltimore: Johns Hopkins University Press.

Harvey S. Rosen (2002), Public Finance, 6th Edition, New York: McGraw-Hill Irwin.


(関係する過去記事)
財政政策のマーフィー式採点法(その1)

IS-LMモデルでの財政政策

5兆円財政出動すると何が起こるか

財政政策のマーフィー式採点法(その1)

 景気対策としての財政支出の拡大には賛否両論がある。政治の場ではイデオロギー的対立も含まれるが,経済学的にもいろいろな論点がある。
 財政支出は,その便益が費用を上回る場合になされるべき,というのが,経済学的原則である。1月20日のシカゴ大学でのフォーラム(http://www.igmchicago.org/2009/01/20/faculty-panel-evaluating-obamas-stimulus-package/ )において,Murphy教授は,財政政策が正当化される条件を4つのパラメータを使って,表現する簡単なモデルを提示している(http://faculty.chicagogsb.edu/brian.barry/igm/Evaluating_the_fiscal_stimulus.pdf
)。Murphy教授は,米国での財政出動に懐疑的である。ブログでMurphy教授のモデルを紹介したDeLong教授は逆の意見であるが(http://delong.typepad.com/sdj/2009/01/best-anti-stimulus-argument-from-kevin-murphy.html ),その意見の違いは,4つのパラメータをどう考えているかの違いから生じている。
 わが国では,小野善康阪大教授が財政政策の効果に対する論文を最近発表している(http://www.iser.osaka-u.ac.jp/library/dp/2009/DP0730.pdf )が,私の解釈で,小野論文の想定するパラメータをMurphy教授の整理に当てはめてみる(私が論文を解釈したものであって,小野教授の政策に対する意見とは違うかもしれない)。また,私も1996年にMurphy教授の整理に近い趣旨のことを書いている(https://iwmtyss.com/Docs/1999/ShigenHaibunKinowoJushiseyo.html)ので,今回,パラメータに関する私の想定をつけて,一緒にならべてみた。

 Murphy教授は,
  f(1-λ)>α+d
が満たされると,財政出動が純便益をもたらすとしている。左辺は便益,右辺は費用である。Kling博士は,4つのパラメータに名前をつけている(http://business.theatlantic.com/2009/01/how_economists_analyze_the_stimulus.php )ので,ここでもそれを紹介している(学界で確立したものではないので,使用には注意が必要)。

f(Keynes効果) 財政支出のなかで遊休資源が用いられる割合
 乗数効果と考えられる。
 例えば,経費分の新規雇用が創出された場合は1。経費が新規雇用を生み出さず,すでに雇われている者を雇うために使われる場合は0。
Murphy 0.5。すでに雇用されている資源が回されたり,リカードの等価命題が働けば,乗数が小さくなる。
DeLong 1.5。財政乗数(財政赤字で調達された財政支出の乗数)の経験値。
小野論文(岩本による解釈) 1。均衡予算乗数(増税で調達された財政支出の乗数)の理論値。また,政策によって乗数は変わり得る(負になることもある)ことも指摘している。
岩本 0.5。均衡予算乗数の経験値。

λ(家事効果) 遊休資源の相対価値
 例えば,雇われた失業者がもし失業したままであるときの時間価値が何もなければ0。雇われた失業者が失業したままであるときの余暇の価値が賃金と同じであれば1,賃金よりも低ければ0と1の間。
Murphy 0.5。失業者の時間価値はある。失業者の時間が職探しに充てられていれば,価値がある。
DeLong 0.5
小野論文(岩本による解釈) 0
岩本 0.5と1の間。

α(Galbraith効果) 政府支出が産み出す非効率
 例えば,穴を掘って埋め直すような,何も価値がない支出の場合は1。費用よりも低い便益がある場合は0と1の間。費用と同じだけの(金銭評価した)便益がある場合は0。費用よりも高い便益をもつ場合は負値。
 これは,具体的な政策の便益を評価して値を考える場合もあれば,他のパラメータの条件のもとで,どれだけの非効率性ならば許容できるか,という閾値として考える場合もある。
Murphy 大きい。政府は一般的に非効率
Murphy(DeLongによる解釈) 0.5
DeLong 0
小野論文(岩本による解釈) 特定の案を対象にしていないので,不定。
岩本 特定の案を対象にしていないので,不定。

d(Feldstein効果) 支出の財源を調達するときの税が効率を阻害する損失
 例えば,効率性を阻害しないならば0。税収1ドル当たりdドルの損失があれば,d。
Murphy 0.8。課税所得の弾力性の実証研究に依拠。
Murphy(DeLongによる解釈) 0.5
DeLong 1/3
小野論文(岩本による解釈) 0
岩本 0

 Murphy教授の整理に沿った,私の考え方は(その2)で。

(参考文献)
Kevin M. Murphy (2009), “Evaluating the Fiscal Stimulus,” January 16.
http://faculty.chicagogsb.edu/brian.barry/igm/Evaluating_the_fiscal_stimulus.pdf
(フォーラムの動画)
http://gsbmedia.chicagogsb.edu/GSBMediaSite/Viewer/?peid=439a24a984fa449a8833412955afac45

J. Bradford DeLong (2009), “Best Anti-Stimulus Argument: from Kevin Murphy,” January 25.
http://delong.typepad.com/sdj/2009/01/best-anti-stimulus-argument-from-kevin-murphy.html

Yoshiyasu Ono (2009), “The Keynesian Multiplier Effect Reconsidered,” Osaka University, ISER Discussion Paper No. 730, January.
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/library/dp/2009/DP0730.pdf

岩本康志(1996),「資源配分機能を重視せよ」
https://iwmtyss.com/Docs/1999/ShigenHaibunKinowoJushiseyo.html

Arnold Kling (2009), “How economists analyze the stimulus,” January 26.
http://business.theatlantic.com/2009/01/how_economists_analyze_the_stimulus.php
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