岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2009年06月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

【政権選択選挙】民主党マニフェストの財源(読売新聞報道に関して)

 読売新聞が23日に民主党マニフェストの財源について報じているが,内容は本当だろうか。不可思議な点がある。

民主「20兆円捻出」公約、無駄削減で9兆・埋蔵金も活用
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090623-OYT1T00055.htm

「『税金の無駄遣いの根絶』など歳出削減で9・1兆円、埋蔵金の活用や租税特別措置見直しなど歳入増で11・4兆円の計20・5兆円を捻出(ねんしゅつ)するとしている。」
 記事の中の数字は,昨年に解散に備えて準備していたマニフェストの内容だ。これは2008年度当初予算ベースの数字なので,当然に09年度予算の数字に直すともに,内容を見直しして出してこないとおかしいはずだが,どうなっているのか。
 1年前の記事が間違って報道された,というのなら合点がいくのだが。

「削減困難な予算は〈1〉借金返済88兆円〈2〉年金・医療などの保険給付47兆円〈3〉財政融資資金へ繰り入れなど10兆円の計145兆円に過ぎず、残る67兆円のうち9・1兆円は削減可能とした。」
 この問題点については,「【政権選択選挙】民主党マニフェストの財源」でも議論した。
 保険給付47兆円に入らない社会保障費には,国民健康保険,介護保険,生活保護への国庫負担,社会保険庁が徴収した協会けんぽの保険料を全国健康保険協会に渡す分などが含まれる。この内容をそのままマニフェストにすれば,対立する相手から「民主党は医療,介護,生活保護の国庫負担を削り,教会けんぽの保険料をピンハネするつもりだ」と攻撃されることになるが,その覚悟で選挙するつもりなのか。にわかには信じられない。
 報道する側も表面だけをなぞらずに,「民主党が削減可能とした予算のなかには,医療・介護保険への国庫負担,協会けんぽの保険料,生活保護費の国庫負担が含まれる」のような解説をつけるか,民主党の意図をきちんと取材して報道してくれれば,読者に親切だっただろう。

(関係する過去記事)
【政権選択選挙】民主党マニフェストの財源

民主党は財政再建の財源を明らかにすべき

遺伝子と経済学

(今回の記事は専門的な内容を含みます)
 今年1月にサンフランシスコで開催された米国経済学会大会に出席していたが,「遺伝子と経済学」(Genes and Economics)というセッションでは,遺伝子情報を経済分析に活用するという,経済学の新しい展開が議論されていた。4本の報告論文のうち,Fletcher and Lehrer論文とNorton and Han論文を紹介したい。
 これらの論文では,健康が教育に与える影響を個人別のデータから明らかにしようとしている。どちらも個人の経済厚生にとって重要な要因であり,すでに多くの研究が蓄積されている。しかし,健康から教育への因果関係をとらえるために個人の健康状態を違える実験をおこなうことは困難であり,実社会から無作為抽出された個人のデータをもとに分析をおこなうのが普通である。このとき研究者は「内生性バイアス」に悩まされることになる。かりに健康から教育への因果関係がない(個人の健康状態がその人の教育の成果に影響を与えない)状態であっても,健康状態の悪い人が教育の成果が悪いという関係がデータから導かれる可能性がある。その第1の可能性は,教育の成果が悪いので健康状態が悪くなるという,逆の因果関係があること。例えば,学校の成績が悪いことがストレスになり,健康への悪影響が出るかもしれない。第2の可能性は,健康と教育の両方に影響を与える要因が考慮されていないこと。例えば,健康と教育を良くする努力は将来への投資になるので,将来のことを軽視する(割引率が高い)個人は健康と教育の両方で悪い結果をもつかもしれない。
 健康状態を外生的に変える実験ができれば,こうした「内生性バイアス」を避けることができる。しかし,薬物使用が学業成績にどう影響するかを調べるために,被験者となる学生にくじ引きで薬物を使用してもらうような実験計画は倫理的に許されない。実験が難しい状況では,経済学者は「操作変数法」と呼ばれる方法を使ってきた。これは以下のようなものである。ある要因が教育とは無関係だが,薬物使用に大きな影響を与えるものとしよう。生のデータが示す薬物使用の個人差は,健康から教育への因果関係以外の理由で教育と関係してしまっているため,そのままでは分析に適しない。しかし,回帰分析という手法によって,そのなかから「ある要因」の影響で生じる個人差だけを抽出することができる。ある要因が教育とは無関係であれば,こうして抽出された個人差は,教育にとって外生的なものになる。これを使えば,外生的な健康の個人差が教育に与える影響,すなわち因果関係をとらえることができる。
 このように,結果となるべき変数と無関係で,原因となるべき変数と密接に関係する要因を「操作変数」と呼ぶ。操作変数が結果となる変数と無関係であることは,データで検証されるものではなく,先験的に仮定しなければいけないので,操作変数の妥当性が研究の焦点となる。そのため,うまい操作変数を見つけるために,研究者は多大な苦労を積み重ねている。
 最近は,統計調査のなかで遺伝子マーカーの情報を集めることがある。社会経済的要因と遺伝子情報が同時に利用できるデータを使って,遺伝子情報を操作変数としようというのが,上の論文のねらいである。健康に影響を与える遺伝子は数多く見つかっている。教育によって遺伝子が変わるとは考えられないから,教育から遺伝子への影響は心配する必要はない。遺伝子から教育への影響は若干微妙であるが,教育の成果に影響がないと考えられる遺伝子があれば,両者は独立の関係になるので操作変数として使うことができる(つまり,学校の成績が良くなる遺伝子を探している「のではない」ことに注意されたい)。
 両論文が使用したデータは,National Longitudinal Study of Adolescent Health (Add Health)であり,1994年に米国の7年生から12年生(日本の学制では中学・高校生にあたる)であった約2万人を追跡調査したもので,2001年の3回目の調査で約2500人の遺伝子マーカーの情報が集められた。
 Norton and Han論文は,BMI,喫煙量,薬物の経験の3つの要因が学歴(高校を卒業するか否か)に与える影響を分析している。内生性バイアスを含むかもしれない推定方法では,BMIは影響ない,喫煙量は負の影響をもつ(中退を増やす)。そして,薬物使用の経験は高校中退を減らす,という物議を醸しそうな結果になる。しかし操作変数法による推定によって,健康の個人差のうち遺伝子の違いで説明できる部分だけを抽出して,それと教育の成果との関係を見ると,いずれの健康要因も高校卒業に有意な影響をもたないという結果が得られる。このことから,内生性バイアスによって結論が変わってしまうことが示唆される。
 Fletcher and Lehrer論文は主にメンタルヘルスの影響に着目しており,注意欠陥(AD),多動性障害(HD),うつ,肥満が言語テストの成績に与える影響を分析している。操作変数法の推定では,ADが大きな負の影響をもつことと,内生性バイアスで結論が変わることが報告されている。

 遺伝子の個人差は個人の行動や育った環境に影響を受けないことから,操作変数が本当に外生的であるかという悩みの大きな部分が解消されていることは,研究者にとって朗報だ。今後は,いろいろな研究課題への応用が期待できる。
 一方で,セッションでの討論者のLaibson教授は,経済学者による従来の手続きでは,操作変数として適切ではない遺伝子情報が間違って操作変数に選ばれてしまう可能性を指摘していた。彼が紹介した仮想例は以下の通りである。かりに10種類の遺伝子マーカーの情報があって,その2つを組み合わせた100通りの組を操作変数の候補と考えよう。ところが10種類の遺伝子マーカーが,原因となる変数に対する説明力をまったくもたない場合には,操作変数の資格を満たさない。しかし,経済学者は通常,原因となる変数に説明力を有するという帰無仮説をそれぞれの組について検定するのだが,そもそも帰無仮説が正しくないのに間違って正しいと判断してしまう誤りがこの手続きには含まれている。有意水準を5%にとると,5組は操作変数の資格があると間違って判断されてしまう計算になる。こうした場合,経済学以外の分野では「多重検定」(multiple testing)という手法を用いるのが常識になっているが,経済学ではこの手法が広まっていない。これまで操作変数を探すのが大変な苦労だったのに,今度は,操作変数が多すぎるという,まったく新しい問題が出てきた。それにまだ対応ができていないのである。遺伝子情報の利用は,操作変数法の手続きの根本的な見直しにつながるものであり,Laibson教授曰く,パンドラの箱を開けることになるかもしれない。

 同じセッションに出席していた吉田あつし筑波大教授と,日本での研究の可能性についてセッション後に立ち話をしたが,すぐには不可能だという認識は共通だった。わが国ではデータの構築から始めなければいけない遠大な作業であるが,何も努力をしなければ日本の研究は取り残されてしまう。

(参考文献)
Jason M. Fletcher and Steven F. Lehrer, ”Using Genetic Lotteries within Families to Examine the Causal Impact of Poor Health on Academic Achievement.”
http://www.aeaweb.org/annual_mtg_papers/2009/retrieve.php?pdfid=117

Edward C. Norton and Euna Han, “How Smoking, Drugs, and Obesity Affect Education, Using Genes as Instruments.”
http://www.aeaweb.org/annual_mtg_papers/2009/retrieve.php?pdfid=160

【政権選択選挙】民主党マニフェストの財源

 民主党のマニフェストの焦点は,新規施策のための財源をどう確保するか,にある。
 民主党サイトによれば(http://www.dpj.or.jp/news/?num=16186 ),9日に開かれた21世紀臨調主催の討論会「民主党のマニフェストを問う」で,直嶋民主党政調会長は「一般会計と特別会計合わせて207兆円の予算のうち、見直しが可能なものが70兆円であるとして、この14%から15%を削減することは、民間企業なら低い目標ではないか」と発言している。

 207兆円という数字は,予算が国会に提出される際に作成される資料「平成21年度予算及び財政投融資計画の説明」(http://www.mof.go.jp/seifuan21/setumei/h21y_g.pdf )の付表10にある。この表には,主要経費別に分類した歳出も掲載されている。
 207兆円のなかには削減が困難なものもある。その筆頭格は,国債費79兆円である。借金の返済を見直すというのは,国家財政の破綻処理と同じことになるので,これを見直すと大変なことになる。
 その他の削減困難なものを除いた後に70兆円が見直し対象になる考え方については,8日の朝日新聞GLOBE記事「民主党は頼れるか?」のなかの一節が参考になる(http://globe.asahi.com/feature/090608/03_1.html )。

「これまで政府が示してきた資料では、一般会計と特別会計を合算した約212兆円の歳出のうち、借金の返済に充てる国債費、社会保障関係費、地方交付税などの費目が8割を占める。いずれも義務的な色合いが濃く、削減は難しいように見える。
 だが、歳出の「性格」に応じて整理された区分表と照らし合わせると、官僚の天下り団体への補助金など、削減しやすい項目が紛れ込んでいることが分かる。これを足し上げると、見直しの対象になる額は約25兆円増え、67兆にもなるという。」

 民主党内部の事情は知らないので,この記事から私が想像した内容は以下のようになる。まず,数字は1年前のものになる。「平成20年度予算及び財政投融資計画の説明」(http://www.mof.go.jp/seifuan20/setumei/h20y_g.pdf 」の付表10によれば,08年度当初予算での一般会計と特別会計の歳出合計は213兆円である。ここから,
 国債費 88兆円
 地方交付税等 17兆円
 社会保障関係費 67兆円
を引くと,41兆円になる。記事にあった,25兆円増えて67兆円になる数字に近い。
 区分表というのは,予算成立時にWebでも利用可能になる資料である(http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h20/sy200401c1.pdf )。予算の項目にはコード番号がつけられているが,その下2桁は目番号と呼ばれ,支出の性格による分類番号になっている。補助金には目番号16がつけられる。一般の人がコード番号を見る機会はあまりないが,予算に添付される予算参照書のなかの歳入歳出予定額科目別表で見ることができる(財務省のサイトでも公開されている)。
 想像するに,民主党は,地方交付税等・社会保障関係費のなかで目番号16がついたものを見直し対象に加えたように見える。区分表の説明を読めばわかるが,目番号16がつくのは,天下り団体への補助金だけではない。
 地方交付税等の方は,もろに
 地方交付税交付金(31021-305-16) 15.4兆円
 地方特例交付金(32021-305-16) 0.5兆円
 地方譲与税譲与金(33021-305-16) 0.7兆円
と,いずれも16がつく。そういうことなら,最初から地方交付税は平均15%削減の見直し対象に入ると説明した方がわかりやすい。地方の歳出も見直して,結果として地方交付税が減るというのならわかるが,上の記事のように,単に天下り団体への補助金と同じだから削減するという風に解釈されると,地方の反発を買いはしまいか。

 社会保障関係費のなかにも天下り団体への補助金が紛れ込んでいるのは事実だ。しかし,目番号16がついていても,そういう性質のものでなく,金額の大きいものがある。年金特別会計健康勘定には,前期高齢者納付金・後期高齢者支援金・退職者給付拠出金・老人保健拠出金(いずれも04081-305-16)の合計で1.2兆円,保険料等交付金(04081-305-16)で4兆円というのがある。この勘定の収入である政管健保(2008年10月から協会けんぽ)の保険料のうち,前者は高齢者の医療給付に回る分,後者は全国健康保険協会を経て加入者の医療給付に回る分である。これらは実質的には保険給付費(目番号21がつく)である。まさか協会けんぽの保険料を15%ピンハネして高速道路を無料化する財源に回すわけにはいかないだろうから,これらは目番号16がついていても,最初から見直し対象から除外しておく方がわかりやすいだろう。
 協会けんぽ関係の5兆円を記事のなかの25兆円から除外すると,社会保障関係費のなかの見直し対象は3兆円を下回るだろう。どういうものが除外されるかの判断は人によって別れるだろうが,精査すれば見直し対象はもっと小さくなるだろう(なお,記事のなかの25兆円の積算根拠がわからないので,もし私の想像と違っていたら,社会保障関係費のなかの妥当な見直し対象は別の数字になるかもしれない)。

 また,削減しても新規施策の財源にならないものがある。一番大きいのが,財政投融資のなかの融資に使われる,財政融資資金へ繰入(95199-006-22)10兆円である。財政投融資に問題があればこれを削減するのは結構なことだが,これは融資なので,後で利子がついて返済されてくる資金である。融資をやめると後の収入もなくなるので,融資をやめて新規施策の財源が産まれるわけではない。銀行が間接経費を減らせば収支はよくなるが,融資を減らしても収支がよくならないと同じ理屈である。金融活動を無理に財政の枠にはめているので,予算では融資が支出に計上されるが,民間銀行の会計だと融資は費用にはならない。
 他にも各種の貸付金が歳出に計上されているが,返済が前提にされている資金については,財投の融資と同じことがいえる。一方,出資金は,返還されることがまず期待されていない。そのため,融資とは違って,これを削減すれば財源は産まれる。

 まとめよう。2008年度当初予算の213兆円のうちで,新規施策の財源のための見直し対象は67兆円ではなく,
 国債費 88兆円
 財政融資資金へ繰入 10兆円
 社会保障関係費 64兆円(見直し対象3兆円をのぞく)
を除いた51兆円が妥当な推計値の上限である。ここから10兆円の財源を捻出するには,地方交付税等も「聖域」としないで,平均して約20%の削減が必要だ。かりに地方交付税等を「聖域」とするならば,見直し対象は34兆円に縮小する。
 財政は確かに複雑でわかりにくいが,削減しやすい項目を25兆円も隠しておけるほど不透明ではない。
 民主党が,しがらみのない立場から無駄を削るというのは結構な話だが,無駄を削るだけでは10兆円の財源は出てこない。予算の優先順位を変えるために必要な事業も削る,という戦略的な取り組みが必要になるだろう。そして,予算の組替えの現実性を高めるには,見直し対象の考え方を理にかなったものにして,財源の目標値を下げることが必要だろう。
 衆院選マニフェストでは,歳出削減の具体策を明確に示して,高速道路を無料化するために,国民は何をあきらめなければいけないかを理解できるようにして欲しい。

(参考)
「政権を担い子ども手当など最優先で実施 直嶋政調会長が21世紀臨調主催の会合で」
http://www.dpj.or.jp/news/?num=16186

「民主党は頼れるか?」(朝日新聞GLOBE)
http://globe.asahi.com/feature/090608/index.html

(関係する過去記事)
民主党は財政再建の財源を明らかにすべき

日本経済新聞・経済教室「インフレ目標 容易ならず」

 6月1日の日本経済新聞朝刊の経済教室欄に拙稿「インフレ目標 容易ならず」が掲載されました。
 見出しは字数が制限されて意を尽くしにくいですが,すべての状況でのインフレ目標に反対しているのではありません。流動性の罠の状況ではとりわけ難しいことを,インフレ目標が必要とされる基本原理に立ち戻って解説しています。
 また,インフレ目標とは,インフレを起こすことを目標とするのではなく,物価の安定を図ることを目標とするものです。

「日経ネットPLUS」に,拙稿に関連した追加記事を書いており,岡野進,永浜利広,山田久氏によるコメントが寄せられています。また,会員のコメント欄も設けられています。日経ネットPLUSは,新聞媒体と連動して,より付加価値の高い情報を提供するサイトだそうです。会員登録が必要ですが,無料です。

(参考)
日経ネットPLUS
http://netplus.nikkei.co.jp/
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