岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2009年08月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

1945年のGDP

 GDPの歴史統計とその接続方法について。

 わが国のGDPの公式推計値は1930年までさかのぼることができ,4つの世代からなる。
(第1世代:1952~1965年度に作成)
 暦年データが1930~1944年,1951~1964年,年度データが1946~1964年度,四半期データが1951~1964年度にかけて推計されている。
 最終の報告書は,『国民所得白書』1964年度版になり,1960年価格と1934-1936年価格の実質系列がある。一連の報告書が,内閣府のサイト(http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/archive/historical/sna/menu.html )に掲載されている。
(第2世代:1966~1977年度に作成)旧SNA
 1952~1976年のデータがある。
(第3世代:1978~1999年度に作成)68SNA
 1955~1998年度のデータがある。最終の実質系列は1990年価格である。内閣府のサイト(http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h12-nenpou/12annual-report-j.html )に計数が掲載されている。
(第4世代:2000年度から作成)93SNA
 1980年以降のデータがある。先月に1980年までの遡及系列が公表され,データが使いやすくなった。現在の実質系列は,2000年価格である。最新の計数はhttp://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/toukei.html に掲載される。

 1930年以前は学術研究の領域だが,大川一司・高松信清・山本有造氏による『長期経済統計』(東洋経済新報社,1974年)での1885~1940年の推計が代表的である。これと公式統計を接続すれば連続した系列ができる。しかし,第1世代は現在のSNAとは概念と推計手法が違うので,単純に接続するのは専門的には問題がある。『長期経済統計』自体もその接続はおこなっていない。
 溝口敏行・野島教之氏による「1940-1955年における国民経済計算の吟味」(『日本統計学会誌』第23巻第1号,1993年,91-107ページ)は,『長期経済統計』系列は第3世代の68SNAとほぼ同等の推計がされていると考え,同じ次元で両者の架け橋となる系列を作成している。名目GNIが,1940~1944年は第1世代での所得接近法による推計値を修正する形で,1946~1955年については支出接近法による推計値を修正する形で求められる。名目GNIと名目GDPは等しいと想定されている。また,1940~1955年の実質GDP(1955年価格)を生産接近法によって独自に推計している。
景気との戦争」で使用した名目GDPは,『長期経済統計』,溝口・野島系列,68SNA,93SNAを接続したものだが,あとは1945年のGDPデフレータが必要である。この時期の物価を正確に測定するのは困難な課題であるが,これで論文を書くつもりではないので,ごく単純な方法で推計した。
 1945年をまたぐ代表的な物価指数である『卸売物価指数』(日本銀行)の戦前物価基準の系列と溝口・野島系列の名目・実質値から計算されるGDPデフレータの対数を1940年で重ねてみると,下の図のようになる。

イメージ 1


 1955年に両者はほぼ同じ水準になり,途中では溝口・野島系列のGDPデフレータが先行して上昇している。そこで,1945年の両者の比が1944年と1946年の比の中間になるように,1945年のGDPデフレータを求めた。具体的には,1944年の比を1に基準化すると,1946年の比は1.54になるので,1945年の比が1.27になるようにGDPデフレータを求めた。図はすでにその結果を先取りしているが,違和感のない動きに見える。このデフレータと溝口・野島系列の1945年の実質GDPから,名目GDPを求めた。

 接続は,新しい年代の系列を遡れるところまで利用し,そこで古い時代の系列が新しい系列と一致するように,古い時代の系列を比例的に調整する。『長期経済統計』はGNPが中心になっているのでGNP系列がよく使用されているが,海外からの所得の受取と支払も推計されているので,そこからGDPを計算することが可能である。
 暦年のGDPは,名目・実質値ともに,
 『長期経済統計』(1885-1940年)
 溝口・野島系列(1940-1955年)
 68SNA(1955-1980年)
 93SNA(1980年以降)
を接続する。68SNA以前の系列はいずれも68SNA概念に近いものとして,名目値は溝口・野島系列の1940年と1955年の計数を使わず,とくに調整をせずに接続する。1980年では68SNAの計数が93SNAの計数より小さいが,両者が一致するように68SNA以前の系列に一律の調整係数を乗じる。実質GDPは,新しい年代の系列の始期で古い年代の系列が新しい年代の系列に一致するように,古い年代の系列に一律の調整係数を乗じて,接続していく。
 年度のGDPは,名目値が1946年度以降に得られるが,それ以前は線形補間(当暦年の4分の3と翌暦年の4分の1)で推計する。実質値は1955年度以降に得られるが,それ以前は線形補間による。違う系列の接続は暦年と同じ方法をとった。

 1945年のGDPが公式統計から欠落していることから,ここでデータが分断されることが多い。1945年の経済活動を高い精度で推計するのは困難であり,どう推計しても学術的には批判があるだろう。しかし,正確さに欠けても,この年を含んで連続した姿を描くことは大事だと思う。この年を欠いた図表を作成すると,戦前と戦後が断絶したイメージがもたれたり,1945年が軽視されたりしてしまう。しかし,当時の日本人はこの年を含めて,この時代に必死に生きてきたのである。
 下の図は,溝口・野島系列の実質GDP(1944年=100)である。1945年の指数は75.8,1946年は58.1となる。

イメージ 2


(注)
 『長期経済統計』は大川一司・篠原三代平・梅村又次氏の監修により明治以降の経済統計を集成したものであり,東洋経済新報社から全14巻が刊行されている。
 1885年以前については,山田雄三氏によって,1875年からの推計がされている。

(参考)
「歴史的資料 - 国民経済計算関係」(内閣府経済社会総合研究所)
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/archive/historical/sna/menu.html

「調べ方案内|長期統計(分野別-国民経済計算・人口・貿易・金融・物価・財政・商業・企業・運輸・郵政)」(国立国会図書館)
http://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-102101.php

(参考文献)
溝口敏行・野島教之(1993),「1940-1955年における国民経済計算の吟味」,『日本統計学会誌』,第23巻第1号,91-107ページ

大川一司・高松信清・山本有造(1974),『国民所得(長期経済統計1)』,東洋経済新報社

山田雄三(1951),『日本国民所得推計資料』,東洋経済新報社

(関係する過去記事)
景気との戦争

[2009年10月3日・追記]
(関係する記事)
1人当たりGDPの長期的推移

債務残高の指標(2009年更新版)

 政府の債務残高について2007年の記事で整理していたが,その後の資料に変化があったので,あらためて整理し直す。構成も少し変更した。

(A 国債及び借入金並びに政府保証債務残高)
 国の債務をもっとも広くとらえているのは,財務省から3か月に1度発表されている「国債及び借入金並びに政府保証債務残高」(http://www.mof.go.jp/1c020.htm に掲載)である。2009年6月末では,国債及び借入金が860兆円,政府保証債務残高が46兆円となっている。
「『国債及び借入金並びに政府保証債務現在高』に関する補足説明」(http://www.mof.go.jp/gbb/2106hosoku.pdf )に,後述の「国と地方の長期債務残高」との相違が説明されている。

(B 総政府債務残高)
 (A)から政府保証債務を除いた,国債と借入金合計が,国の債務残高の代表的指標になる。国際通貨基金(IMF)の基準によって公表される債務残高指標である。同時に,OECDの発行する統計集『Central Government Debt』に総政府債務(total government debt)として公表される。また,1872年からの長期時系列が総務省統計局の「日本の長期統計系列」(http://www.stat.go.jp/data/chouki/index.htm )から利用できる。昨日のブログ記事「景気との戦争(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/30210307.html )でも,この指標を用いた。
 さらにその内訳は,財務省から「国債・借入金残高の種類別内訳」(http://www.mof.go.jp/jouhou/kokusai/siryou/index.htm に掲載)として公表される。2009年度補正予算を前提とすると,2009年度末で924兆円になる見込みである。

(C 国と地方の長期債務残高)
 (B)から財政投融資特別会計債(財投債),政府短期証券をのぞいたものは,財務省から「国の長期債務残高」として公表される。
 総務省は,地方債残高,公営企業債残高(普通会計負担分),国の交付税特別会計借入金残高(地方負担分)の合計を「地方財政の借入金残高」(http://www.soumu.go.jp/iken/zaisei.html に掲載)として公表している。
 両者を合計したものが,財務省が公表している「国と地方の長期債務残高」となる。ただし,地方の負担で返済することになる交付税特別会計借入金は重複計上とならないように,ここでの国の長期債務からは除外される。2009年度補正予算を前提とすると,2009年度末で国と地方を合わせた長期債務残高は816兆円になる見込みである。国の長期債務は619兆円で,うち普通国債が592兆円である。地方の債務は197兆円である。
「国の長期債務残高」,「国と地方の長期債務残高」,「国債・借入金残高の種類別内訳」は,財務省のサイト(http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/siryou/sy_new.htm )に掲載される。

(D 公債等残高)
 経済財政諮問会議において財政運営の指標とされている債務残高は「公債等残高」と呼ばれ,(C)から交付国債,出資国債等,交付税特別会計以外の特別会計借入金,公営企業債がのぞかれる。
 公債等残高は,毎年初に公表される中期方針の参考資料(内閣府作成)に掲載される。今年のものは「経済財政の中長期方針と10年展望進路と戦略」(2009年1月16日,
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0116/item2.pdf )である。

 以上の関係を表にまとめると以下のようになる。色のついたものが,各指標に含まれることを示す。2009年度当初予算を前提にした2009年度末の見込み値も示している(政府保証債務は2009年6月末値)。

イメージ 1


 債務残高について,よく似た概念が複数流通することは混乱を招く。以前に比べるとだいぶ整理されてきたが,諮問会議は「国と地方の長期債務残高」を使うようにして,もっと整理するべきであろう。(D)がなくなれば,上の表は一段と簡素化される。その後は,データの利用者の方で,国と地方,長期債務と総債務との区別を意識しながらデータを見ることが必要だ。
 その先には『国民経済計算』との調和という課題があるが,機会があればあらためて論じたい。


(参考)
「衆議院議員滝実君提出経済モデルによるシミュレーションに関する質問に対する答弁書」
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166062.htm

(関係する過去記事)
景気との戦争

債務残高の指標
(今回の記事は,この記事を更新するものです)

景気との戦争

 政府債務の長期的な推移を作図する機会があったので,ここで紹介したい。下の図がそれである。

イメージ 1


 戦前の債務残高対GDP比(以下,債務比率と呼ぶ)の動きに大きな影響を与えたのは戦争であった。まず債務比率が大きく上昇したのは,日露戦争期である。この戦費調達には大変な苦労をし,戦争も早期収拾に向かう。第1次世界大戦期の好況で債務比率は下がったが,その後はまた上昇に転じる。
 高橋是清が積極財政政策をとったとされる1932年度予算では前年度から債務比率は3.5ポイント上昇するが,翌年から緊縮財政に転じ,1937年にかけて債務比率は安定する。債務比率で見る限り,この時期は健全財政の時代である。軍事費抑制論者であった高橋是清が1936年に暗殺されて,軍部の意向が強く働くようになり,債務比率は膨張を続け,1944年度末に約200%のピークに達する。
 戦後のインフレによって国債は事実上償還され,債務比率は急速に低下する。石油ショック以降は再び上昇に転じ,最近の動きは第2次世界大戦期の動きを彷彿させる。債務比率の動きだけを見れば,日本は石油ショック以降,度重なり戦争をしているみたいだ。やや煽情的な言い回しとなるが,私は,近年の債務残高の動きを説明するときに「日本は景気を相手に戦争を始めた」という表現を使うことがある。
 第2次大戦後は日本以外でも平時に債務の累増が見られるので,こういう喩えは正確ではないし,注意して使わなければいけない。しかし,上の図を見ると,誰でも第2次大戦時と比べたくなるだろう。リアルな戦争にこれだけの戦費をつぎ込めば厭戦感が支配的になるところだが,現在のわが国では一層の景気対策を求める主戦論者がまだ優勢のように見える。
 歴史は繰り返して,第2次世界大戦後のような急速なインフレが到来するのか。戦争で実質GDPが2年間で半分近くまで落ち込んだ当時と,平時の経済では状況が大きく違うので,インフレの到来は必然ではない。
 これから先はどうなるのか。というよりは,どういう財政運営をするのか,というわれわれの選択の問題である。

(注)
 図は,1872~1912年末の政府債務残高の当該年の名目GDP比と1913~2009年度末の同残高の当該年度の名目GDP比を示したものである。
 日本では,1872(明治5)年から現在まで連続した,国の債務残高の統計がある。総務省統計局のサイトの『日本の長期統計系列』(http://www.stat.go.jp/data/chouki/zuhyou/05-09.xls )に1872~1912年,1913~2002年度のデータが,財務省のサイトの「最近10年間の年度末の国債・借入金残高の種類別内訳の推移」(http://www.mof.go.jp/jouhou/kokusai/siryou/zandaka03.pdf )に2008年度までの実績値と2009年度補正予算による見込みのデータがある。
 公式統計では1930年以降のGDPのデータがあるが,大川一司氏等による『長期経済統計』(東洋経済新報社)で1885年~1940年の推計がされている。これらを用いて,1885年から2009年度までの債務残高対GDP比を作図した。公式統計では1945年のデータが存在しないため,これまで1945年が欠落した形で描かれていたが,1945年のGDPを別途推計して,連続した折れ線で描いてみた。2008年度は2009年第1四半期・2次速報値,2009年度は経済動向試算(2009年7月1日)[2009年8月12日追記:4月27日の経済見通し暫定試算と誤記していたのを修正しました]の成長率に基づき推計した。GDPデータの詳細は後日,このブログで説明する[2009年8月13日追記:「1945年のGDP」で説明しています]。

[2009年8月12・13日追記]
(関係する記事)
債務残高の指標(2009年更新版)

【政権選択選挙】自民党と民主党のマニフェスト比較・総論

 自民党と民主党のマニフェストの骨格について,3つの視点から比較してみたい。

(1)「形」
 自民党側に問題が目立つ。自民党のマニフェストの項目には衆議院任期をはみ出したものがあったり,数字が入っていなかったりで,マニフェストの基本を理解しているのかどうかが疑わしい。マニフェスト選挙のねらいは,与党の実績をマニフェストに基づいて後で検証することである。そのためには,マニフェストは政権期間中に何をするかが具体的に書かれていなければいけない。それを超える長期的な課題は,民主党がマニフェストとは別に「政策集」をまとめたように,マニフェストとは別の形にまとめればよい。
 マニフェストの「形」については,民主党に一日の長があり,民主党に軍配があがる。

(2)財政再建
 国が厳しい財政状況にあるなか,財源をどう確保するのかという問題がマニフェストのすべてに関わる。そしてそもそもの財政状況をどうするのかという問題が,その根底に横たわる。
 これまでは,財政再建の必要性には合意した上で,その手段が歳出削減か,増税か,という路線の選択で議論された。増税する前に無駄を削れ,は正論なので,歳出削減が先で,それが限界に達すると増税で,という順番でも合意があった。争点は,もはや歳出削減は限界で増税すべき時が来たと見るのか,まだ歳出削減できると見るのか,の違いであった。現時点での自民党のスタンスは,前者である。
 対して民主党は,4年間は消費税は増税しない,とする。同時に9.1兆円の無駄遣いの削減に取り組むが,この歳出削減は新規施策の財源に充てられる。ということは,財政再建の財源は増税でおこなわざるを得ない。したがって,増税による財政再建,という点で自民党と民主党は一致していると解釈できる。歳出削減による財政再建という選択肢は有権者には与えられていない。
 財政再建についての選択肢が,もはや歳出削減の余地はないので増税します,と,まだ無駄遣いがあるのでそれを削減することで財政再建を進めます,というのであれば,とりあえず後者の可能性に賭けてみようか,という有権者も多いかもしれない。しかし,無駄遣いの根絶と財政再建の話が切り離されてしまうと,財政再建を遅らせる理由が不明確である。なぜ民主党は財政再建を4年後(ないしは次々回の衆院選後)に遅らせるのか。
 一方,政府は,今年6月に改訂された「中期プログラム」で「2008年度を含む3年以内の景気回復に向けた集中的な取組により経済状況を好転させることを前提に、消費税を含む税制抜本改革を2011 年度より実施できるよう、必要な法制上の措置をあらかじめ講じ、2010 年代半ばまでに段階的に行って持続可能な財政構造を確立する」としており,自民党は民主党より早期に取り組む姿勢を見せている。
 財政再建に対する自民党と民主党の姿勢はこのように違うが,政権に就いた場合に実際にどうなるかには,あまり違いが生じそうにない。かりに消費税増税を実行する場合,年末の予算編成に合わせて方針を決め,翌年の通常国会で法案を通しても,実施は早くてそのつぎの年の4月からである。
 自民党が考える最も早いスケジュールである2011年4月からの増税だと,今年末には税制改革の方針を決めないといけない。現在の景気の見通しからみて,非現実的なスケジュールである。民主党が政権獲得後4年間は消費税増税しなかったとしても,それ以上引き延ばすのは無理であるならば2014年度には増税が必要である。もしもっと引き延ばすならば,恒久的財源となっていない埋蔵金5兆円分をさらに埋蔵金で調達する必要があるが,かなり無理である。
 ということで,方針決定と増税のスケユールの可能性を列挙してみると,

 今年(2009)末に方針決定 早くて2011年4月増税(このスケジュールは非現実的)
 2010年末に方針決定 早くて2012年4月増税
 2011年末に方針決定 早くて2013年4月増税
 2012年末に方針 早くて2014年4月増税(民主党が4年間増税しなかった場合)

のようになる。
 来年に強い景気回復が見られなければ,自民党が2011年4月に消費税増税するのは無理。民主党のマニフェストの財源確保が行き詰まれば,もっと早く増税しなければいけなくなる。すると,実際に増税される時期はもっと接近する。しかも,自民党の前提である景気回復が,民主党の財源確保が行き詰るよりも遅くなる可能性すらある。不確定要素が多いので断定的なことはいえないが,両党が実際に選ばざるをえない財政再建のシナリオは大きくは違ってこない。自民党が財源に責任をもち,民主党は無責任,という言い方がされることがあるが,財政再建への取り組みについては,実際にはそれほどの違いは生じない。

(3)財政・総論
 つぎの判断基準は,マニフェストを実現するための予算が組めるか,である。野党と与党の違いは,与党は予算を組まなければいけないことであり,それができるマニフェストであることが,政策の中身を議論する前の前提条件になる。
 この点で問題になるのが,「【政権選択選挙】民主党マニフェストに隠れる消費税2%相当の増税」で議論したように,民主党マニフェストで一時的財源と恒久的財源の区別がついておらず,恒久的支出に一時的財源を充てていることである。自民党は財政の原則(恒久的支出には恒久的財源)を理解しているようなので,こうした乱暴な議論はしない。財政の骨格については,自民党に軍配があがる。

 以上,マニフェストの骨格部分では,おたがいに問題があり,明白な優劣はつかない。自民党の問題点を修正していくのは相当に大変である。民主党が埋蔵金での5兆円での財源調達を取り下げ,それに見合う施策を外せば,形式は整うので,以上3要件に基づくマニフェストの骨格としては,民主党の勝ち,と結論が出るところである。
 両者が修正しない場合は,個別の政策の評価を加えての判断となるだろう。その場合の判断は,評価する側の人間の視点・関心・利害に依存する。

(参考)
「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた「中期プログラム」(一部改正)」(2009年6月23日・閣議決定)
http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2009/0623tyuuki.pdf

(関係する過去記事)
【政権選択選挙】民主党マニフェストに隠れる消費税2%相当の増税
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