岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2009年10月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

鳩山政権の勝負所

 27日の読売新聞朝刊に,鳩山首相の所信表明演説を受けた私のコメントが掲載されています。
 しがらみに絡み取られて動かなかったことを政権交代を機に動かしてほしいという期待と同時に,経験不足と自信過剰で足元をすくわれないかという不安もあって,政権の全体については簡単な評価はできません。懸念の方は抑えて,期待を表に出したコメントとなったのは,つぎのような理由からです。

 鳩山政権は高い支持率を維持している。よく見れば,不慣れな政権運営によるごたごたはいろいろ出ているし,マニフェストの実行にもほころびが出ているところがある。首相もスキャンダルを抱えている。自公政権で同じことをすれば,大きな批判が出て政権運営は大変だっただろう。選挙で政権交代した事実が,国民に政権の動きを見守らせるように働いていると考えられる。
 米国では政権発足後の百日間は政権とのハネムーン期間と呼ばれるが,政権交代で誕生した鳩山政権にも同様の現象があてはまるかもしれない。この百日間はちょうど予算編成の時期にあたっている。ハネムーンが終わって,期待が現実に着地するときには,予算政府案が政権の評価材料になる。予算編成が,その後の政権運営を左右する勝負所である。仕事で評価することになるのは,政権にとっても国民にとっても絶好のタイミングだといえる。
 私も,どのような予算が組まれるのかを見守り,それをもとに政権の評価をするつもりである。

(参考)
「第173回国会における鳩山内閣総理大臣所信表明演説」(2009年10月26日)
http://www.kantei.go.jp/jp/hatoyama/statement/200910/26syosin.html

不平等度と貧困率の国際比較

 かつて,わが国は所得の不平等度が小さい国だといわれていた。これは,1976年に経済協力開発機構(OECD)でジニ係数を国際比較した報告で,日本はジニ係数が低い国のグループに属することが示されたためである。しかし,日本のデータとなった『家計調査』(1969年)は単身世帯,農家世帯を含まないことから,ジニ係数が小さく出る。今では,他の統計を用いれば不平等度が中位のグループに属することが知られており,日本が所得の平等な国だったというのは虚像だとされている。
 1998年に橘木俊詔教授が『日本の経済格差』で,日本の不平等度は国際的に見ても高い,と主張して,格差論争が巻き起こった。この時期の議論では,利用できる統計の制約から不明確な部分もあり,一部は推測にもとづかざるを得なかった。
 時間とともにわが国のジニ係数が拡大しているのは事実であるが,他の先進国でも拡大傾向にあり,OECD諸国のなかでの相対的な位置はほぼ変化していない。昨年にOECDが発表した報告書『格差は拡大しているか(Growing Unequal?)』では,1985年頃(1985年に近い各国のデータ)と2005年頃のジニ係数の比較ができ,この事実が明確になった。報告書第1.2図のバックデータでは,日本のジニ係数(『国民生活基礎調査』によって推計)は1985年の0.304から2003年の0.321に0.017上昇した。両時点の統計がある24か国のジニ係数の平均は0.293から0.313に0.020上昇した。『小泉政権で格差は縮小した?』で指摘したように,2003年の国内公表のジニ係数(計算方法が少し異なる)は前後の年より小さく出ているので,実際はもう少し高く推移していると考えると,世界の傾向と同じくらい不平等度が増していることになる。平均より少し高いという相対的な位置関係は変わらなかったといえる。

 20日に厚生労働省が発表した相対的貧困率は,1997年の14.6%から2006年の15.7%に上昇している。OECD報告書では,ジニ係数と同様の期間での国際比較が可能である。第5.1図と第5.3図のバックデータから,日本の貧困率は1985年の12.0%から2003年の14.9%に2.9ポイント上昇したと計算できる。24か国の平均は1.2ポイントの上昇なので,日本の貧困率の上昇の方が大きい。順位も,1985年には8番目の高さだったのが,4番目の高さに上がった。

(注)
OECD報告書『Growing Unequal?』(英語)は,以下のURLから無料で閲覧できる。
http://browse.oecdbookshop.org/oecd/pdfs/browseit/8108051E.PDF
図表に付されたURLから,バックデータをExcelファイルでダウンロードできる。

(参考)
「相対的貧困率の公表について」(厚生労働省,2009年10月20日)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/10/h1020-3.html

「報告書”格差は拡大しているか?":大半のOECD諸国で所得格差と貧困が増大」(OECD東京センター)
http://www.oecdtokyo.org/theme/social/2008/20081021uneaqual.htm

(参考文献)
Sawyer, Malcolm (1976), “Income Distribution in OECD Countries,” OECD Economic Outlook, Occasional Studies, pp. 3-36.

橘木俊詔(1998),『日本の経済格差』,岩波新書。

(関係する過去記事)
貧困率調査の前に必要なこと

小泉政権で格差は縮小した?

貧困率調査の前に必要なこと

 長妻厚生労働相は20日,2006年の相対的貧困率が15.7%だったと発表した。

 これまではきわめて限られた統計によって所得分配の状況の国際比較がおこなわれてきたが,昨年に,経済協力開発機構(OECD)が主導した所得分配に関する国際比較研究の報告書が発表されたことで,所得分配の研究は新次元に入った。
 貧困率をどう定義するか,をめぐっては長い研究の歴史があるが,今回のOECDの調査で「相対的貧困率」指標が事実上の標準の座を固めたと見ていいだろう。OECDの研究には,わが国は国立社会保障・人口問題研究所で『国民生活基礎調査』の個票データを再集計して,データを提供していた。このタイミングで,政府から公式にこの計数が発表されるようになったのは大いに評価できる。

 わが国ではジニ係数を含む格差指標は世帯単位で計算されることが多いが,国際標準は個人単位の所得分配に関心を寄せる。まず,世帯の可処分所得合計を世帯人員数の平方根で割ったものを,その世帯の各個人の「等価可処分所得」(equivalent disposable income)とする。人数で割って1人当たりにするのではなく,平方根で割るのは,世帯の消費に規模の経済が働くことを考慮している。つまり,世帯人員が倍になったときに同じ生活水準を維持するのに,所得が2倍以下で済むということである。どのような調整方法がいいかもずいぶんと研究されたが,結局,この単純な方法でもうまく近似できていると考えられるようになり,簡便さが評価されたという実務上の理由で,この方法が定着した。
「相対的貧困率」は,等価可処分所得がその中央値の50%以下である個人が総人口に占める割合として求めたものである。貧困線を40%や60%に置くこともあるが,国際比較の上で大きくは違わない。

 貧困率調査が脚光を浴びたところで,貧困率の計算だけでなく,追加して考えてもらいたいことがある。
 OECD調査でわが国の貧困率が高かったことに不満がある人が政府のなかでもいるようで,今はなき経済財政諮問会議の4月22日の資料(http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0422/item3.pdf )で,もうひとつの大規模な世帯調査である『全国消費実態調査』で計算された貧困率は小さくなることが示されている。
 2つの調査で世帯の所得分布を比較してみると,『国民生活基礎調査』の方で低所得の世帯が多くなっている。両調査の分布が違っていることは,どちらかの(あるいは両方の)標本に偏りがあるということである。
 真の所得分布がわからないので,どちらの調査が正しいのかはすぐには決着がつかない。所得は,回答を拒否する世帯も多く,調査するのがなかなか難しい。それでも,2つの調査の回答世帯の属性の差や回答傾向の差を調べるなどして,乖離を説明していくことが必要である。
 実態を明確にさせておかないと,適切な貧困対策を講じることはできない。

(注) 消費の不平等指標の推移についても,両調査で違った結果が出ている。大竹文雄大阪大学教授と齊藤誠一橋大学教授が『全国消費実態調査』を用いた研究では,消費の不平等の進展は主として格差の大きい高齢者の人口比率が増えたことで生じて,同じ年齢階層内の不平等はそれほど拡大していないとしている。一方,私が『国民生活基礎調査』を用いた研究では,同じ年齢階層内の不平等の拡大も大きいという結果が出ている。

(参考)
[2009年10月22日追記]「相対的貧困率の公表について」(厚生労働省,2009年10月20日)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/10/h1020-3.html

「報告書”格差は拡大しているか?":大半のOECD諸国で所得格差と貧困が増大」(OECD東京センター)
http://www.oecdtokyo.org/theme/social/2008/20081021uneaqual.html

「(別紙)所得格差の現状について」(経済財政諮問会議有識者議員資料・2009年4月22日)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0422/item3.pdf

(参考文献)
岩本康志(2000),「ライフサイクルから見た不平等度」,国立社会保障・人口問題研究所編『家族・世帯の変容と生活保障機能』,東京大学出版会, 75-94頁

岩本康志(2006),「書評 大竹文雄著『日本の不平等』」,『季刊社会保障研究』,第42巻第1号,6月,98-101頁
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18053315.pdf

大竹文雄・斉藤誠(1996),「人口高齢化と消費の不平等度」,『日本経済研究』,第33号,11月,11-37頁

歳出を92兆円まで削ることは可能か

 来年度予算について,このことのコメントを求められたが,これは答えようがない。
 概算要求から一層の歳出削減は大変だということはいえるが,それが可能か,不可能かは外部の経済学者が判断できる話ではない。歳出削減は政治判断である。誰かが必要と思うものも政治判断で削ると決めるならば,歳出はどこまでも削減可能である。政治家が実行しようと発言していることを,できないとコメントすることは政治家の能力を否定することになるが,経済分析でそんなことは判断できない。できるとコメントすることは政治家の能力を信用することになるが,やはり経済分析でそんなことは断定できない。
 過去の経験則から政局の帰趨を予測するような手法も,民主党はじめての予算編成には使いようがない。
 どうしてこういう質問が経済学者に来るのか,不思議である。

 選挙前に民主党マニフェストを議論した「【政権選択選挙】民主党マニフェストの財源」では,「民主党が,しがらみのない立場から無駄を削るというのは結構な話だが,無駄を削るだけでは10兆円の財源は出てこない。予算の優先順位を変えるために必要な事業も削る,という戦略的な取り組みが必要になるだろう」と書いた。霞が関官僚が私腹を肥やし,誰からも歓迎されない歳出が10兆円も予算のなかに転がっているような幻想はよもや持ってはいないだろうと思いつつも,老婆心からの指摘である。この指摘は,現段階で立証されていると思う。マニフェストに具体名が明示されている八ツ場ダムがそういう歳出なら,前原国土交通相臣は現地視察で歓迎されただろうし,そういう無駄な歳出を削って概算要求を作成しているなら大臣同士が衝突するはずがない。
 マニフェストが見込む歳出削減が肩慣らしの段階で,無駄だけ削るという幻想は崩れ去ったので,政権は現実を見据えて仕事をすべきだ。

(関係する過去記事)
【政権選択選挙】民主党マニフェストの財源

マニフェスト予算

2007年度の国民医療費は1年間に予測した通り,34.1兆円だった

 遅れた話題になるが,9月2日に,2007年度の国民医療費が34兆1360億円になったと発表された。約1年前の記事「2006年度の国民医療費はやっぱり33.1兆円だった」で,これを34兆1484億円になると予測していたので,誤差率は0.036%だった。これに先立つ7月17日に2008年度の概算医療費等が発表されており,そもそも国民医療費総額を報道する価値がないことは,やはり1年前の記事「2006年度の国民医療費は33.1兆円(か)」で指摘した通りである。しかし,報道の姿勢に進歩がなく,結局,私が1年前にブログに書いた数字をニュースとして報道している。
 いいたいことは1年前の記事と変わらないので,再掲しておく。

「医療費総額にはニュースとしての価値はほとんどない。他の統計でほぼ予想がつくからだ。この統計の価値は,制度別,財源別,傷病別,年齢階層別など,専門的な分析のための詳細な情報が得られることである。そのために時間をかけているといっていい。
 国民医療費は伝統ある統計なので,今年の公表の際も報道されると思われるが,見出しをどうつけるかでセンスが問われる。「医療費総額が33.1兆円」という見出しなら,2007年度に国民医療費が増加することが明白なときに2006年度の医療費が横ばいだったことを強調する見当はずれのものだ。もし33.1兆円から大きく違っていたら,それはニュースとして見出しになる。「国民医療費」の統計としての価値を反映した記事を誰が書けるのかに注目。報道しないというのもひとつの見識だ。」

 この記事で説明されているのと同じ手法で来年に発表される2008年度の国民医療費を予測してみると,34兆7779億円となる。

(関係する過去記事)
2006年度の国民医療費は33.1兆円(か)

2006年度の国民医療費はやっぱり33.1兆円だった
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