岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2009年10月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

マニフェスト予算

 16日に,2010年度予算の概算要求がまとまった。
 この予算の課題は民主党のマニフェストを実現していくことである。この作業は国家戦略室が司令塔となって進めるのかと思っていたが,国家戦略室が舞台になることはほとんどなかった。官僚まかせにせず,政治家同士で議論していたのは良いことだが,司令塔不在のため予算編成が混乱しているように見えてしまったのはどうだっただろうか。結局,マニフェストと予算の関係を示す資料は,財務省から発表された。

 マニフェストでは,初年度の新規施策の歳出項目は4.6兆円であるが,概算要求には4.4兆円が計上された(ガソリン税の暫定税率廃止2.5兆円は概算要求の歳出には含まれない)。
 マニフェストでは,施策の財源を確保することになっている。
 まず,2009年度補正予算から2.9兆円を削減したので,補正予算で計上されていた埋蔵金の活用を温存して,2010年度予算での埋蔵金活用分に充てることが予想される。
 歳出削減は,概算要求段階では1.3兆円が削減されたことになっている。
 新規施策4.4兆円と暫定税率廃止2.5兆円の合計をまかなうには,埋蔵金活用2.9兆円,歳出削減1.3兆円の他に2.7兆円の財源が必要となる。これを一層の歳出削減,埋蔵金の活用,増税を組み合わせて,政府案編成までに工面しないといけない。

 もうひとつの課題は,鳩山首相が国債発行額を増やさないと発言した「公約」である。起点は,麻生政権での2009年度補正予算の44.1兆円となっている。概算要求の歳出総額に合わせて歳入総額を95.0兆円とし,項目をあらく仮置きすると,

 税収 40兆円
 その他収入 8.2兆円
 国債発行額 46.8兆円

となる。税収が40兆円を割ると想定されるので,これをかりに40兆円と置いてみる。その他収入は今年2月時点の見通しを置いている。2009年度補正予算見直しで埋蔵金活用分が回ってくるが,これはもともと2010年度に活用される予定のものが2009年度補正予算に前倒しで活用されたので,結局もとに戻ったと想定する。
 以上の数値には,まだ暫定税率廃止分の2.5兆円が計算に入っていない。これを実行すると,国税の減収と地方の減収を補填する歳出増で2.5兆円が必要となるので,国債発行額が49.3兆円となる。「公約」の44.1兆円に抑えるには,5.2兆円の圧縮が必要になる。税収が40兆円より落ち込むと,もっと圧縮が必要になる。こちらの方が,マニフェストの新規施策をまかなう財源を確保するよりも,きびしい課題になっている。

 歳出削減はどこまで進むか。これまで

 もともと大盤振る舞いの今年度補正予算 2.9兆円(一時的)
 当初予算でまずとりかかったもの 1.3兆円(恒久的)

を削ったので,まずは肩慣らしを終えたところといえる。マニフェストでの恒久的歳出削減は9.1兆円とされているので,残り7.8兆円の削減に向けて,そろそろ本番,という段階である。マニフェストのような歳出削減が実行できるかどうかは「【政権選択選挙】民主党マニフェストの財源」で疑問を呈したが,政権のお手並みを拝見したい。

 財源がすんなり確保できなければ,マニフェストの施策を一部断念するトリアージを考える必要が生じるかもしれない。マニフェストに盛られていない新規施策がだいぶ概算要求に入ってきたが,歳出削減が進まないうちに実現できる余地はない。概算要求の段階で金額が入らない事項要求となったものは,今年度予算での実現が難しくなっている。さらに暫定税率廃止も微妙な位置づけにある。これも年末までの課題である。

 こうして苦労して予算編成しても,国債発行額が税収を上回る。2009年度当初予算と比較して財政収支は悪化している。これからどうするのかと問われても,財政運営の中期目標をもっておらず,4年間は消費税増税しない,という答えしかもちあわせていない。こういう状況を心配して,財政の中期目標をもつべきだという提言があちこちからされているが,政権はどう対応するのだろうか。

(参考)
「マニフェスト(「三党連立政権合意書」を含む)を踏まえた平成22年度一般会計概算要求額」(財務省,2009年10月16日)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h22/h211016a.pdf

「平成21年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算」(財務省,2009年2月)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h21/sy2102a.htm

(関係する過去記事)
【政権選択選挙】民主党マニフェストの財源

マニフェスト選挙

 マニフェスト選挙で選ばれた政権はマニフェストを実行する義務を負う。選挙公約は破るためのものという従来の「常識」が捨てられ,新しいルールが定着するかどうかが,民主党政権で試されている。

 一例をとろう。前原国土交通相は就任後ただちに,マニフェストに書いているからといって八ツ場ダム中止を明言した。前原大臣の発言は唐突であり,よく議論してから決めるべきだという批判があるが,マニフェスト選挙のあり方から見れば,選挙で民主党のマニフェストが選ばれたことで,政治的な決着はついている。
 そういうと,国民はマニフェストに白紙委任したわけではない,国会軽視だ,と反発する国会議員がいる。しかし,国会議員に白紙委任するのは,国民の権利をもっと損ねる。国民による政策の選択権を高まるために,マニフェストで国会議員を縛るのだ。そのために,次回の政策選択選挙では,政権党はどれだけマニフェストを実現させたかで評価を下されなければならない。
 国会で与党が過半数を占めている以上,マニフェストに書かれていると何でも実現するのか,と不安あるいは不満に思う人がいる。しかし,ほぼそうなる。問題は,マニフェストのでき方だ。マニフェストがいいかげんなものだったり,国民の関知しないところで決まったりすると,不安や不満が生じる。与野党のマニフェストができあがるまでの過程に,国民が十分な関心をもって議論が積み重ねられることが,今回の選挙でも必要だった。
 民主党のマニフェストは,実務面での詰めが十分でない。現在の政治風土では野党の政策について野党と役所が突っ込んだ議論ができないことがそうさせたのだが,今後に改善が必要な課題である。マニフェストを実現させるしか道がない政権党が,政権獲得後に官僚と未知との遭遇をするのは,いいことではない。

 おかしなマニフェストで政権につくと,進むも地獄,退くも地獄となる。マニフェストに沿って,おかしな政策を実行すれば,つぎの政策選択選挙で敗北する。マニフェストに沿わなければ,それを理由につぎの政権選択選挙で敗北する。
 十分に叩かれ,練り上げられたマニフェストで競い合ってもらい,それをもとに国民は政権党を縛る。このルールを確立するための道のりが始まったところである。

 民主党のマニフェストの出来は如何。これが,まもなくまとまる来年度予算の概算要求を評価する視点となる。

小西秀男氏の中原賞受賞,とエルデシュ数

 10月11日は,小西秀男ボストン・カレッジ教授が日本経済学会・中原賞を受賞したお祝いの会に出席しました。小西先生は,大学と大学院での私の3年後輩にあたり,共著論文を書いたことがあります。

 話は変わりますが,数学者の世界に「エルデシュ数」というのがあります。これは,ハンガリー出身の数学者ポール・エルデシュが生涯に多数の共著論文を書いたことから,共著論文を介して多数の数学者がつながっていることを示すお遊びのようなものです。エルデシュ自身を0,エルデシュと共著論文のある者を1,その者と共著論文のある者を2,という風に番号をつけていきます。異分野の学者の共著論文があると,数学以外の研究者にも広がりますが,小西先生と共著論文を書いた経済学者がエルデシュとの共著論文をもつことから,小西先生はエルデシュ数2という,非常に若い番号をもっています。このため,私のエルデシュ数は3になり,日本人経済学者としては意外に早くエルデシュにつながっています。

 論文をたどっていくと,以下のようになります。

Paul Erdös, Peter Fishburn, and Zoltan Füred (1991), “Midpoints of Diagonals of Convex $n$-Gons,” SIAM Journal of Discrete Mathematics, Vol. 4, No. 3, August, pp. 329-341.
http://dx.doi.org/10.1137/0404030

Hideo Konishi and Peter Fishburn (1996), “Quasi-linear Utility in a Discrete Choice Model,” Economics Letters, Vol. 51, No. 2, May, pp. 197-200
http://dx.doi.org/10.1016/0165-1765(95)00794-6

Yasushi Iwamoto and Hideo Konishi (1991), “Distributional Considerations of Producers' Profit in a Commodity Tax Design Problem,” Economics Letters, Vol. 35, No. 4, April, pp. 423-428.
http://dx.doi.org/10.1016/0165-1765(91)90013-B

(参考)
小西秀男氏のホームページ
http://www2.bc.edu/~konishih/

The Erdös Number Project
http://www.oakland.edu/enp/

日本経済学会2009年度秋季大会

 10月11日は,専修大学で開催された日本経済学会2009年度秋季大会で,宮崎毅先生(明海大学)の報告の討論者を努めました。
 宮崎先生の報告は,「課税所得の弾力性」(elasticity of taxable income)を推計したものです。課税所得の弾力性とは,税率を上げたときに,どれだけ課税対象の所得が減少するかを示す尺度です。
 このような研究の重要な政策への応用に,望ましい最高所得税率の決定があります。最適所得税理論におけるDiamond (1998),Saez (2001)の研究では,いくつかの条件のもとで,望ましい最高税率は,

1/(1+パレート指数×課税所得の弾力性)

と表されます。
 濱秋・岩本(2008)は,『国民生活基礎調査』の個票データを使って,パレート指数を2.5と推定しました。わが国の個票データによる課税所得の弾力性の推定は,宮崎先生の報告がはじめてとなり,0.18が妥当な推計値だとしています。すると,望ましい最高税率は69%となります。課税所得の弾力性については,もう少し研究を蓄積して確からしい範囲を固める作業が必要ですので,この数値をそのまま強く主張することには慎重であるべきです。ただし,Saez, Slemrod and Giertz (2009)が多数の国の実証研究を展望して,妥当な弾力性の範囲を0.12から0.4としていますので,0.18はその範囲内にあります。このことから,望ましい最高税率は現行の50%を超える可能性はかなり高いといえそうです。

(参考)
「研究進む「最適」所得税制」(岩本康志)
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~iwamoto/Docs/2007/KenkyuSusumuSaitekiShotokuZeisei.html

(参考文献)
Diamond, Peter A. (1998), “Optimal Income Taxation: An Example with a U-Shaped Pattern of Optimal Marginal Tax Rates,” American Economic Review, Vol. 88, No. 1, March, pp. 83-95.

岩本康志・濱秋純哉 (2008),「租税・社会保障制度による再分配の構造の評価」,『季刊社会保障研究』,第44巻第3号,12月,266-277頁。

Saez, Emmanuel (2001), “Using Elasticities to Derive Optimal Income Tax Rates,” Review of Economic Studies, Vol. 68, No. 1, January, pp. 205-229.

Saez, Emmanuel, Joel B. Slemrod and Seth H. Giertz (2009), “The Elasticity of Taxable Income with Respect to Marginal Tax Rates: A Critical Review,” NBER Working Paper No. 15012.[2009日10月12日:誤記を修正しました]
http://www.nber.org/papers/w15012

(関係する過去記事)
租税・社会保障制度による再分配の構造の評価

[2009年10月12日追記]
財政政策のマーフィー式採点法(その3,公的資金の限界費用)

『現代経済学の潮流2009』

 ご紹介が遅れましたが,拙稿「行動経済学は政策をどう変えるのか」が収録された,池田新介・市村英彦・伊藤秀史編『現代経済学の潮流2009』が東洋経済新報社より刊行されました。

「はしがき」では,拙稿が以下のように紹介されています。
「第2章「行動経済学は政策をどう変えるのか」は,岩本康志(東京大学)による石川賞受賞講演に基づいている。合理的な個人を前提とする伝統的な厚生経済学では,顕示選好理論と最大幸福原理に基づいて社会の状態を個人の選択データから規範的に判断することができると想定されてきたが,個人が効用最大化とは違う行動をとるとすれば,どのような基準で経済状態を評価すればよいのだろうか。Journal of Public Economicsの特別号などでもさかんに議論されている行動経済学の視点が政策に与える影響を,岩本氏はまず嗜癖と喫煙規制を例にとって検討する。そして,行動経済学で着目されている行動の誤りはただちに温情主義的政策を正当化するわけではなく,その前に超えるべき5つのハードルがあることを指摘している。それらは,(1)行動の誤りは証明されるのか,(2)正しい厚生判断の基準は特定できるのか,(3)政策を処方できるのか,(4)個人の非合理的な選択が社会に与える影響は明確か,(5)政策で厚生改善できるのか,である。この点を理解した上で行動経済学を政策に適用していく議論は,政策を大きく進化させる可能性を秘めている。また,後発医薬品の使用促進や臓器移植の意思表示方法などの実例を挙げながら,行動経済学者の提案する柔軟な温情主義(soft paternalism)が,伝統的な経済学における温情主義的政策の議論を進化させることに期待を寄せる。この章は行動経済学の知見を政策に結びつける努力に関して現在ある文献の,格好の入門となろう。」

(関係する過去記事)
『行動経済学は政策をどう変えるのか』

日本経済学会・石川賞講演

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