岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2010年01月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

国の借金973兆円

 最近報道された,この数字は,財務省が1月25日に国会に提出した「財政法第28条等による予算参考書類」に示されたものである。昨年のブログ記事で政府債務対GDP比の長期推移を紹介したが,その分子に相当するものなので,このデータを加えて,グラフを更新してみた。2008年度までは実績値,2009,2010年度は見込みになる。GDPの実績値も2008年度確報値に更新した。
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 2010年度の名目GDPは,1月22日に閣議決定された「経済見通しと経済財政運営の基本的態度」によると,475.2兆円。対GDP比は205%になる。第二次大戦期のピークは1944年度の199%なので,それを超える。

(参考)
「財政法第28条等による予算参考書類」は,下記のページにリンクがある。
http://www.bb.mof.go.jp/hdocs/bxss010bh22.html

「平成22年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度」(2010年1月22日閣議決定)
http://www5.cao.go.jp/keizai1/2010/0122mitoshi.pdf

(関係する過去記事)
景気との戦争

「官僚制」官邸主導

 首相がどうやって指導力や調整能力を発揮するかは,かねてから重要な課題とされていた(財政赤字問題でも総合調整機能が重要であることは「なぜ財政赤字が発生するのか」を参照)。
 小泉首相が強力な指導力を発揮して以降,「官邸主導」に対する注目度がさらに高まった。経済政策の形成では,経済財政諮問会議を舞台に竹中経済財政担当相が各省大臣と対立しながら議論を重ね,最後に小泉首相が首相指示を出すというスタイルを確立した。ただし,これは小泉・竹中両氏の個人的能力にだいぶ依存しており,後続政権はいかに官邸主導体制をつくるかに腐心した,いや苦悩したといっていいだろう。
「官僚制」とは,個人の卓越した能力やカリスマによらずに非人格的・没個性的に動く組織体制である。この記事のタイトルに,官邸主導にその反語のような「官僚制」をあえてかぶせたのは,稀有の個人的能力に頼るのではなく(もちろん誰にも勤まるというわけではないが),システムとして機能する首相の指導体制をどうつくるかが課題であることを強調したいがためである。

 鳩山政権は政策の中身だけでなく,政策決定プロセスでも小泉路線を否定した。その結果生じたのは,意思決定がなかなかできないごたごたである。国民の利害や意見が複雑にからむ政策では,大詰めまで大臣間で議論が闘わされること自体は悪いことではない。問題は,そのなかに鳩山首相も入ってしまったことである。普天間,暫定税率等では,メディアが閣僚の意見を整理したときには,首相の発言が他の国務大臣のそれと同列で並んでしまった。これでは議論はまとまらない。
 首相が指導力を発揮するためには,まず政務三役が議論を闘わせている間は首相はその渦中には入らず,最後の段階で一段上から裁定を下すべきである。官邸主導にいろいろなパターンが考えられるにしても,これはほぼ不可欠な要素だといえる。実際は,首相と国務大臣は同格,一段と高いところから与党幹事長が裁定を下すことになった。
 鳩山政権で官邸入りした政治家も当然に官邸主導を目指したはずだが,こういう基本もきちんとわきまえていなかったことになる。優秀なスタッフを集めればうまくいく,ぐらいに簡単に考えているようだと,国家戦略局構想も失敗するだろう。

(注)
 藤井財務相辞任にともなう人事で,副総理が国家戦略相でなく,財務相になってしまったため,国家戦略局構想はますます混迷してしまった。

(関係する過去記事)
なぜ財政赤字が発生するのか

政策と政局

 2010年度予算政府案を政策の観点から総括するのは難しい。民主党の行動原理は政策よりも政局にあるので,負担は後回しにして,現金支給に重点を置いた参院選対策ととらえるのが,一番正確だろう。政策を貫く理念がないので,個別政策の評価の積み重ねで全体を評価しようとすると,どうも的を射ていない気分になる。

 政策は最終的に政治過程で決まるので,経済政策の議論でもある程度は政治に踏み込むことが必要になる。しかし,経済学者が発言する際には,政治を経済学的に考えるという枠をはめておきたい。「人間はインセンティブに反応する」という経済学の原理を使って,政治過程における政治家や政党の行動を分析することは可能であり,こうしたアプローチは政治学でも一定の地位を得ている。また,政治学の中心概念となる「権力」の配分についても,不完備契約の理論を用いて,経済学者が分析できる余地が生じてきた。
 政治についての経済学的な見方の大きな柱は,利益誘導政治の弊害をいかにして抑えるかである。利益を受ける特定の集団の意向で政治が左右されることは,一般的に好ましくない。しかし,財政がしていることは,多くの人に薄く負担してもらうことで,特定の集団に利益を及ぼすものであって,ほぼすべての政策が利益誘導の素地をもっているともいえる。まず,利益誘導政治の弊害を明らかにするために,政策の是非を経済学的に明らかにしていくことが必要である。つぎに,利益誘導政治を抑えるために,利益集団と政治家のインセンティブをどう設計するか,という視点から政治制度を考える作業がある。

 一方,政局を経済学的に考えることは,はるかに難しい。まず,アクターの数が多くなりすぎて,分析できるモデルになかなか納まらない。政局では政治家個人の信条・性格が重要になるが,経済分析はこうした人的要因を除去して法則を見つけようとするので,方向性が反対である。政局にかかわる情報は研究者が公にならないものが多く,研究者がリアルタイムで分析することを困難にしている。経済学が使えないなかで下手に手を出せば,経済学者ではなく,素人政治評論家になってしまう。そうした理由で,政治学者の間で評価が定まったこと以上には,政局と政治家個人への言及は慎むようにしている。
 日本の政治がもう少し政局よりも政策重視になってくれれば,経済学的な分析もやりやすくなる。これは研究者の勝手な都合であるが,その方が政策はよくなり,一般国民の利益になるだろう。昨年の政権交代前のねじれ国会は残念ながら政局で動いてしまったが,政権交代は本来,政策選択の手段としてもっと気楽にやればいいものである(たかが政権交代)。
 日本の政治を政策重視に転換する簡単な道は見つからない。政策で判断する有権者と政治家が,少しずつ増えていってもらうことが必要だ。個別の政策をきちんと議論していく作業は,的を射てないようでいて,じつは的を射ているように思える。
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