岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2010年02月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

「インフレ目標」は中央銀行のコミュニケーション手段

 高橋洋一氏が参戦してきた(「日銀に軽んじられた菅財務相 でもインフレ目標悪くない」(http://www.j-cast.com/2010/02/25060919.html )かと思ったら,高橋氏の昔話から入って,おっとりした印象の記事だった。
 貨幣ファイナンスの政策,といわゆる「バーナンキの背理法」について,モデル分析を提示してくれるかな,と内心期待していたので,第一声は「モデルは?」。残念ながら,期待は空振り。

 高橋氏のいう通り,インフレーション・ターゲッティングは,「中央銀行のコミュニケーション手段」。学界の共通理解だ。コミュニケーション手段だけ入れてデフレが収まるか,と考えれば明らかだと思うが,どういう政策をとるかが大切だ。「インフレ目標」に引っ張られると,見失われやすいポイント。

 時間整合性の問題についての高橋氏の見解は,「時間整合性をあまり硬直的に考えると、先の先を読んで長い目でみた最適解を探すにつれて金縛りにあったように進めなくなるし、長い目でみた最適解は現実にはなかなかわからないから、現状よりマシになるなら試みる価値ありだ」そうだ。ちょっと意味をとりづらいが,よく使われるようになった「フォワード・ルッキング」な面をあまり重視していない,ということだろうか。
 なお,経済学者の問いの方の「はじめはちょっと無理して金融緩和せざるを得ないがそれが長い目でみて最適になるのか」であるが,そういう質問はない。流動性の罠でのデフレ・バイアスなら「あとでちょっと無理して金融緩和せざるを得ないがそれがそのときに最適になるのか」で,金利が正の領域にあるときのインフレ・バイアスなら「はじめはちょっと無理して金融緩和するがそれが長い目でみて最適になるのか」である。
 その前の素朴で本質的な質問と合わせて,問答が噛み合っていないが,それもおっとりした印象を与えることになっている。

 高橋氏は,「インフレ目標を経済学から考えると、どうしても不安だというなら、行政学から考えたらいい」とのこと。経済学者は経済学で考えるので,ここでおしまい。目標値などの具体的な制度設計には経済学が必要,と言おうと思ったら,途中でさよなら,された感じ。

(注1)
 ここで考えている問題を,「時間整合性」と呼ぶか「時間非整合性」と呼ぶかは,好みの問題。私は1文字節約するため,前者を使うことが多い。
 内容をしっかり把握することが大事で,クルーグマン教授の提言(将来に余計に金融緩和をする政策)は時間整合的でない,ということ。
 時間整合的とは,ベルマンの原理を満たす,ということ。


(関係する過去記事)
『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽

「将来のインフレにコミットできるか」についての学界の見方

 クルーグマン教授等が提言したような,将来にインフレを起こすことでデフレの状態を緩和する政策については,時間整合性の問題によって,そういう政策を人々に信じてもらえるかが,実行上の最大の課題とされてきました。これは,池尾和人教授が説明されている通りです(http://agora-web.jp/archives/938282.html )。
 時間整合性の問題を克服して,将来にインフレを起こすことを確実に約束する方法の発見にずっと取り組んでいたのは,エガートソン氏です。彼がこの問題の第一人者で,代表作がGauti Eggertson (2006), “The Deflation Bias and Committing to Being Irresponsible,” Journal of Money, Credit, and Banking, Vol. 38, No. 2, March, pp. 283-321です。彼は,ここで将来にインフレを起こすことにコミットできる方法を提案しています。
 学界の立派な査読雑誌に掲載されていますが,このことは学界として彼の提案が承認され,実行に移すべきと結論づけられたわけではありません。学界として共有しておくべきアイデアが論文にあるかどうかが,編集者が掲載を決める基準になります。
 私は,彼の方法は実行に移すのは難しいと思っています。ただし,自分の論文でこの話題に触れる場合には,先行研究でこうした試みがされている,と言及するのが,学界の流儀です。
 この論文を引用した文献でどう評価されているかが,学界の評価のひとつのバロメータになるでしょう。多数の文献で「エガートソン論文で,時間整合性の問題が解決された」と評価されていれば,池尾教授や私は少数説ということになります。政策に関係する論文で「議論がされている」という感じの言及であれば,引用者は距離を置いていると考えられます。なお,エガートソン氏ご本人の論文での評価は割り引いた方がいいでしょう。
 IDEASというデータベースで,この論文を引用している文献を調べると,20本ありました。以下にそのリストを示します。また,IDEASのページはこちら(http://ideas.repec.org/a/mcb/jmoncb/v38y2006i2p283-321.html )。

 そこで,ボランティアを買って出る方がいればお願いですが,手分けするなどして,これらの文献でEggertsson (2006)が引用されている部分を翻訳していただけないでしょうか。どこかに集積点を作っていただくのがいいでしょう。そうすると,流動性の罠にからむ時間整合性の学界の考え方が広く共有されると思います。
 それぞれのリンク先がIDEASのページの方にありますので,そちらで論文にたどりつくのが便利です。
 この作業に私がタッチしない方が,公平な評価につながると思いますので,後はよろしくお願いします。

1. Klaus Adam & Roberto M. Billi, 2005. "Optimal monetary policy under commitment with a zero bound on nominal interest rates," Research Working Paper RWP 05-07, Federal Reserve Bank of Kansas City.
2. Nicoletta Batini & Paul Levine & Joseph Pearlman, 2007. "Monetary Rules in Emerging Economies with Financial Market Imperfections," NBER Chapters, in: International Dimensions of Monetary Policy National Bureau of Economic Research, Inc.
3. Paul Levine & Peter McAdam & Joseph Pearlman, 2007. "Quantifying and sustaining welfare gains from monetary commitment," Working Paper Series 709, European Central Bank.
4. John C. Williams, 2006. "Monetary policy in a low inflation economy with learning," Working Paper Series 2006-30, Federal Reserve Bank of San Francisco.
5. Andr???? Meier, 2009. "Panacea, Curse, or Nonevent? Unconventional Monetary Policy in the United Kingdom," IMF Working Papers 09/163, International Monetary Fund.
6. Gauti B. Eggertsson, 2006. "Was the New Deal contractionary?," Staff Reports 264, Federal Reserve Bank of New York.
7. Daniel Leigh, 2009. "Monetary Policy and the Lost Decade: Lessons from Japan," IMF Working Papers 09/232, International Monetary Fund.
8. Sanjit Dhami & Ali al-Nowaihi, 2007. "Alice Through the Looking Glass: Strategic Monetary and Fiscal Policy Interaction in a Liquidity Trap," Discussion Papers in Economics 07/15, Department of Economics, University of Leicester.
9. Lawrence J. Christiano & Roberto Motto & Massimo Rostagno, 2004. "The Great Depression and the Friedman-Schwartz Hypothesis," NBER Working Papers 10255, National Bureau of Economic Research, Inc.
10. Gauti B. Eggertsson, 2005. "Optimal monetary and fiscal policy under discretion in the New Keynesian model: a technical appendix to "Great Expectations and the End of the Depression"," Staff Reports 235, Federal Reserve Bank of New York.
11. Gauti B. Eggertsson, 2005. "Great expectations and the end of the depression," Staff Reports 234, Federal Reserve Bank of New York.
12. Sven Jari Stehn & David Vines, 2008. "Strategic Interactions between an Independent Central Bank and a Myopic Government with Government Debt," IMF Working Papers 08/164, International Monetary Fund.
13. Paul Levine & Peter McAdam & Joseph Pearlman & Richard Pierse, 2008. "Risk Management in Action. Robust monetary policy rules under structured uncertainty," Working Paper Series 870, European Central Bank.
14. Kenneth Lewis & Laurence Seidman, 2006. "Overcoming the Zero Interest-Rate Bound: A Quantitative Prescription," Working Papers 06-14, University of Delaware, Department of Economics.
15. Christopher P. Reicher, 2009. "Expectations, Monetary Policy, and Labor Markets: Lessons from the Great Depression," Kiel Working Papers 1543, Kiel Institute for the World Economy.
16. Klaus Adam & Roberto M. Billi, 2005. "Discretionary monetary policy and the zero lower bound on nominal interest rates," Research Working Paper RWP 05-08, Federal Reserve Bank of Kansas City.
17. Gauti B. Eggertsson, 2006. "Fiscal multipliers and policy coordination," Staff Reports 241, Federal Reserve Bank of New York.
18. Gauti B. Eggertsson & Benjamin Pugsley, 2007. "The Mistake of 1937: A General Equilibrium Analysis," CFS Working Paper Series 2007/06, Center for Financial Studies.
19. Paul Levine & Joseph Pearlman, 2008. "Robust monetary rules under unstructured and structured model uncertainty," Working Paper Series 899, European Central Bank.
20. Nicoletta Batini & Paul Levine & Joseph Pearlman, 2009. "Monetary and Fiscal Rules in an Emerging Small Open Economy," IMF Working Papers 09/22, International Monetary Fund.

(関係する過去記事)
『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽

【感想】『日本経済復活 一番かんたんな方法』

 勝間和代・宮崎哲哉・飯田泰之の3氏に鼎談による『日本経済復活 一番かんたんな方法』(光文社新書)の第3章「正しい金融政策を実行せよ」の最終(208)頁では,勝間氏が結びのことばを読者に発している。
勝間「世界中の経済学者がデフレ脱却の処方箋を書いてくれました。答えはきわめてシンプル。おカネの供給を増やせばいいのです。そのためには日本銀行という選挙で選ばれないエリートたちを動かす必要があります。それは政治の役割です。私たちがデフレの差をしっかり認識して,声を張り上げていけば必ずその声は政治を動かし,結果的に日銀のエリートたちも無視できなくなります」
 私は同意できない。このメッセージは正しくないし,有害であると思う。

(1)
 世界中の経済学者が書いてくれた,デフレ脱却の「一番かんたんな方法」が目の前にある,というのは正しくない。将来のマネーストックを増やすことを皆が確信してくれれば,インフレが起こる,というのなら正しい。しかし,「『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽」で説明したように,中央銀行が将来にそういう政策を確実にとらせるようにルールを導入する方法は簡単ではなく,専門家の意見も割れている。専門家の多数が納得した方法は見つかっていないのである。
 区別しておきたいのは,144頁からくわしく議論されている,インフレ目標をはじめとする5つのルールと,そのルールを守る具体的な手段のことである(本のなかでは区別はついていると思うが,読者のために強調しておく)。学界では,ルールが守られるという前提で,それぞれのルールがどういう効果をもつのか,どのルールが優れているか,ということは盛んに研究されている。しかし,ルールが守られるという前提で書かれている論文が多数あっても,ルールが守られることが保証されたことにはならない。
 そこが議論の核心であり,154頁からの問答に現れる。勝間氏の提案に対して,
宮崎「当局が目標値を設定し,宣言するだけで人々の「期待」がデフレからインフレに変わるなんて信じられないというのが,少なからぬ人々――非専門家はもちろん,一部の経済学者やエコノミストも含む――の本音じゃないか」
と発したのは,昔からある非常に重要な問いかけであり,専門的な議論の焦点でもある。ルールを守って,効果が出ることをどう人々に信認してもらうか,というこの問いに納得のいく形の答えが出されていないので,インフレ目標のような選択がされなかったのである。これに対して,
勝間「私の提言は,宣言したら目標達成まであらゆる政策をとるというところがポイントで,やはり実行なくしてはデフレからは脱却できません」
の答えは不十分。問題は,実効性をもつ手段とは何かなのだが,「あらゆる政策」には中途半端な説明しか与えられていない。勝間氏の説明は,「例えば①のインフレーションターゲットをもし採用するのであれば,その目標値に達するまでは,たとえば長期国債の買い切りを無限に拡大させたりとか,場合によっては新発国債を全額日銀で引き受けて政府財源の手当てをし,それを何か再分配や景気刺激策に使うとか」と続く。結局,「例えば…とか」という例示に留まり,内容を具体化していない。
 学界で確立された見解を一般向けに紹介するときなら,これでもいいだろう。
 しかし,学界で割れている議論ならば,学界での議論に耐えられるような,きちんとしたモデル分析に裏打ちされた提言でなければ,説得力がない。この政策をルール化すれば確かにインフレが起こります,この政策は時間整合性の問題をこう乗り切ります,というもっと具体的な説明を聞きたかった。
 勝間氏の回答の第2の問題点は,「再分配や景気刺激策に使う」,別の個所では「定額給付金」(142頁)と書かれているように,財政政策と関係づけられていることである。ルールを守らせるのが難しいことが論点だが,勝間氏の提言では,財政政策がルールを守らないといけなくなる。「目標を達成するまで,日銀が財源の手当てをする」ことを裏返すと,「目標を達成した後は,日銀に財源の手当てを頼まない」ということである。日銀による財源手当てに味をしめた政府(政治家)が目標達成後も何か理由をつけて,国債の引き受けを日銀に迫る可能性は十分に心配しないといけない。
 中央銀行の将来の行動を縛ることが難しいという批判のなかで,財政と連動させるというアイデアが出てきたが,問題の所在を中央銀行から政府に移しただけで,政府にルールを守らせる方がもっと大変ではないか,という批判に会うことになった。透明性を高めてルールを守らせるという点では,組織の目的が狭い中央銀行の方が簡単だと考えるのが自然だ。

 結局,方法は「かんたん」のひと言で済まされない。論証が圧倒的に足りないので,私には宮崎氏の問いに答えたようには,まったく見えない。

(2)
 しかし,この本では,ルールを守れるか,という懐疑論は論破されたことになったので,なぜ日本経済が良くなる,そんなかんたんな方法を日本銀行は受け入れないのか,という方向に話が進む。そして176頁から,その原因として,日銀の体質が議論されている。
 確かに自分たちの自由度を確保しておきたい,失敗しても責任を問われないようにしておきたい,という行動原理が日銀に働いていないわけではない。しかし,デフレの解決策を追求する学界の動向をきちんと追って,勝間氏のような提言には慎重な考えになっている人たちもいる。さらに,日銀は努力をしてきた(勝間氏の基準からは不満足だということだろうが)。
 ゼロ金利・量的緩和時代には,日本銀行は,将来も金融緩和を続ける約束を市場に信認してもらうような,「時間軸政策」を展開した。これも時間整合性の問題に悩まされている。デフレ脱却に劇的な効果をもったわけではないが,まったく効果がないわけでもない。ブレーン役の飯田氏は時間軸政策にも触れていて,「最近ですと元日銀政策審議委員の植田和男先生が,『1%を超えるまでゼロ金利を継続すると宣言してはどうか』と言われています。僕は,1%は厳しい,せめてもう少しインフレになるまで…」(156頁)と発言しているが,これなどは日銀のとるべき選択肢として,傾聴に値する意見である(数値については,私の個人的意見は植田先生に近いが)。ただし,こうした政策の実行から期待できる効果は,かつての時間軸政策の効果に少しの上乗せであって,勝間氏のねらっているような効果は残念ながらもたないだろう(飯田氏の説明と勝間氏の主張との間には,埋められないほどの差があるようにも感じるのだが,この本の発言だけではわからないことも多いので,判断保留)。

(3)
 さて,提言の実現のために,勝間氏は危険な方向に話を進める。世論が声をあげて,政治を動かし,日銀を動かす,というのである。
 私は,勝間氏が目指していることを実現するには,時間整合性の問題を克服できる道を見つけて,学界を説得する方が早道だし,正しい道だと思う(勝間氏ではなく,勝間氏のブレーンの仕事になるだろうが)。各国の中央銀行は学界の動向を追っており,経済学者を招待した研究会議も多数おこなわれている。その他の交流も合わせて,経済学者は中央銀行の政策形成に影響を与えており,日本銀行も例外ではない。
 勝間氏の目指す道は,そうした営みを破壊して,学界の議論に十分に耐えられない意見を通してしまうことになる。
 勝間氏が,デフレが問題である,国民がデフレの問題点を自覚しよう,と言うのには同感だ。日銀が何の努力もしないとしたら,それも問題だ。だが,できることと,できないことは見極めよう。この記事の冒頭に戻るが,かんたんな方法がある,それをこうした方法で実現しよう,ということには賛成できない。衆愚金融政策のすすめ,に陥ってはいないだろうか。

「インフレ目標」をめぐるネット議論の陥穽

 ネット上では,「インフレ目標」は「熱い」話題になる傾向があって,うかつに近寄りがたい。また,専門家が議論していることから大きく外れた議論がまかり通っていることも気になる。きちんと議論している人もいるのだが,玉石混交の状態だ。どのように情報を取捨選択するのかが大事である。
 専門的な議論を一般の人にもわかりやすく伝えようとする際には,難しいところをやさしくしようといろいろ工夫するのだが,場合によっては「伝言ゲーム」のようになって,難しいが正しい部分が抜け落ちて,わかりやすいが間違った話が伝わってしまうことがある。インフレ目標についてはとくに,「伝言ゲーム」で間違いが伝わりやすい性格をもっている。
 この記事では,なぜ「伝言ゲーム」の落とし穴に落ちやすいのかを一般の方にもできるだけ伝えたい。ただ,こちらが「伝言ゲーム」の呪いにかかるのを避けるために,ここでは専門的な議論の原典を出す。原典と皆さんの理解のギャップを,ここだけで完全に埋めることは無理だと思うので,その責任は負えない。できれば読者には,原典の意図がきちんと伝わっているかをよりどころに,情報の良し悪しを自分で選別していただきたい。

(1) 「なぜインフレ目標が必要なのか」
 その理論的根拠は,キッドランド教授とプレスコット教授が1977年に発表した「時間整合性」(time consistency)の議論にある。
 この議論が一般の人にはすぐには伝わりにくい。それも無理はない。両教授が数学的に定式化するまでは,学界でもきちんと認知されていなかった問題であり,だからこそノーベル経済学賞を受賞する業績となったのである。
 時間整合性の議論は経済現象のさまざまな場面に現れるが,金融政策については,随時,最良の政策をとっていく「裁量的政策」が,時間を通して見た場合に望ましくないことになっている,という現象として現れる。「日々最善をつくすことが,全体として最善になっていない」という理屈をいきなり持ち出されると,予備知識のない人は面食らうだろう。時間整合性を噛み砕いて説明することは,今回の記事の主旨ではないので,先を急ぐ。
 時間整合性の議論が裏付けたのは,「その時その時で最良な政策を追求するよりは,ルール化した政策をとる(その時だけを見れば最良ではない)方が望ましい」という考え方である。ルールはそれが守られているかどうか外から確認ができるように簡明なものが望ましい。そうしたルールとして考えられてきたものの代表が,「インフレーション・ターゲッティング・ルール」である。この考え方が定着するには何人かの学者の研究がかかわっているが,代表格にはスベンソン教授があげられる。また,他のルールも考えられている。

「伝言ゲーム」が起こる危険があるのは,日常生活での「目標」の使い方が,たとえ話や理解の助けに使われそうだからである。何かの目的を達成したいときに「目標を掲げる」ということが有効である,というのは日常の生活の知恵として受け入れられている。これを適用すると,日本銀行がデフレを解消するには,まずはデフレではない物価上昇率の実現を目標に掲げましょう,という話になってしまう。そして,目標をたてない・達成できないのは,やる気がない,意志が弱い,ということにされてしまう。「インフレ目標」の根拠となる時間整合性は,それとは全然違う。一度,常識に基づく例え話を呑み込んでしまうと,時間整合性の議論は空理空論や詭弁のように聞こえてしまうことになる。

(2)「マネーストックを増やせばインフレは起こるか」
 経済が流動性の罠にあるとき,「現在」のマネーストックを増やすだけではインフレは起きない,「将来」のマネーストックが増えると皆が信じるとインフレが起きる。これが共通の理解。
 「流動性の罠」とは,自然利子率が一時的に負になっていて,本来は金利を大きく下げたいが,名目金利はゼロより小さくなれないので,金利を限界(ゼロ)まで下げても,金融は不本意にも引き締められた状態にあることである。そのため,所得の減少とデフレが生じる。自然利子率については,ウッドフォード教授やガリ教授の教科書にあたってほしい。
 流動性の罠への処方箋としてインフレを起こすことを提唱したクルーグマン教授の有名な論文のモデルでもこれが成立する。より明確にこのことを示しているのは,エガートソン氏とウッドフォード教授の論文である。
 マネーストックとマネタリーベースと「お札」が比例的に動くと考えて,お札を刷れば(流動性の罠を抜ける,ないし弊害を緩和する)効果があるか,という問いに置き換えよう。すると,現在にお札をするだけでは効果ない,将来にお札が増えることを皆が信じると効果がある,ということになる。
 ここで,「現在」と「将来」を落としてしまうと,議論はたちまちおかしなことになる。つまり,同じ人間が「お札を刷っても効果がない」と,「お札を刷ると効果がある」ことを同時にいっているように見えるので,「あいつ,何言っているのだ」という批判されて,「負け」である。しかし,それは審判の誤審である。また,「現在にマネーストックを増やせばインフレが起きる」という間違った結論が導かれる危険もある。
 流動性の罠については,現在と将来の貨幣をきちんと区別していない議論には,非常に注意する必要がある。いや,相手にしない方がいい。

 つぎに,将来のマネーストックの増え方は,その時の経済状況に対して過剰に金融緩和されているぐらい増えていないといけない。これもクルーグマン教授の論文以来,知られていることである。ここで,(1)の時間整合性の議論がからみあう。つまり,将来に金融緩和をすることを皆が信じればいいが,実際にその将来になってみれば,その金融緩和は過剰なので,裁量的な政策をとるならばやめた方がいい。そういうことを皆が見透かすと,将来に金融緩和することを信じてもらえなくなり,インフレが起こらない。
 焦点は,中央銀行に確実に将来に金融緩和させるという,たがをはめこむことができるかどうかである。そして,インフレ目標がその役目を果たすことができるか,どうかである。クルーグマン教授の論文が発表されたときから,ここが専門的な議論の焦点でもあった。
 そういう約束をさせることが難しいと考える学者は,問題点をいろいろと指摘してきた。そして,約束をさせることに楽観的な学者は,いろいろな提案をしてきたのだった。
 学界を離れると,時間整合性の議論にまったく無頓着な議論をする人がいる。そもそも時間整合性の議論を知らなければ,そうなる。すると,将来にお札を刷るように約束すればインフレになるじゃないか,で頭が固まってしまって,学界がおバカの集団に見えてくるようになる。

(3)「インフレ目標は有効か」
 もう一度,時間整合性に戻る。本当に最適な政策から裁量的政策が離れることは,裁量政策のバイアスと呼ばれるが,金融政策の場面では,3種類のバイアスが知られている。
 第1は,「インフレバイアス」。裁量政策のもとでインフレ率が望ましい水準よりも高くなってしまうことである。
 第2は,「安定化バイアス」。以上2つのバイアスは,ウッドフォード教授やガリ教授の教科書で整理された議論にあたった方が,効果的に理解できるだろう。
 第3は,「デフレバイアス」である。これは,上でのべたように,将来の金融緩和の約束が守られないことが見透かされて,最適な政策よりデフレになってしまうことである。
 最初の2つのバイアスは,現在の裁量政策が引き起こす問題であり,インフレ目標を導入することでバイアスに対処することは有効だと考える学者が多い。しかし,第3は,(2)でのべたように,将来の裁量政策であり,それも流動性の罠を抜けたときの裁量政策となると,1年後のような近い話ではなくなる。このため,約束を守る質が,全然違う。高いインフレを抑える話と,デフレからインフレにする話では,論理的構造がまったく違う。両者を一緒にすると,議論は混乱する。
 なお,それぞれのバイアスでのインフレ目標の有効性については,悲観論,楽観論双方の立場の学者がいて,学界でも論争があるところなので,ここで,読者に結論を押しつけるつもりはない。
 ただし,「インフレ目標は有効か」,「インフレ目標は導入すべきか」という問いが,混乱を生じさせやすいものだということは,理解してもらいたい。「どういう目的のために」が前に入らないと,答えが変わってしまうのである。それが,流動性の罠に陥ったときの事後的なことか,流動性の罠に陥ることをできるだけ避ける事前のことか,流動性の罠が問題とならない時期のことか。どれが論じられているのかを区別しておかないと混乱する。

 以上が,複雑だが大事なところが抜け落ちると,間違った結論にたどりついて,専門的な論点がおバカのように見えてしまう落とし穴の代表例である。
 情報を取捨選択する際の参考にしてほしい。

(参考文献)
Gauti Eggertson (2006), “The Deflation Bias and Committing to Being Irresponsible,” Journal of Money, Credit, and Banking, Vol. 38, No. 2, March, pp. 283-321.

Eggertsson, Gauti B., and Michael Woodford (2003), “The Zero Bound on Interest Rates and Optimal Monetary Policy,” Brookings Papers on Economic Activity, No. 1, pp. 139-211.

Jordi Gali (2008), Monetary Policy, Inflation, and the Business Cycle: An Introduction to the New Keynesian Framework, Princeton University Press.

Paul R. Krugman (1998), “It’s Baaack: Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap,” Brookings Paper on Economic Activity, No. 2, pp. 137-187.

Finn E. Kydland, and Edward C. Prescott (1977), "Rules Rather than Discretion: The Inconsistency of Optimal Plans," Journal of Political Economy, Vol. 85, No. 3. June, pp. 473-492.

Lars E. O. Svensson (1997), “Inflation Forecast Targeting: Implementing and Monitoring Inflation Targets,” European Economic Review, Vol. 41, No. 6, June, pp. 1111-1146

Michael Woodford (2003), Interest and Prices: Foundations of a Theory of Monetary Policy, Princeton, Princeton University Press.

Kindle DXを使ってみる

 iPadの発表に触発されて電子書籍の議論が盛んになっているが,学者の商売道具である学術論文は,すでに電子出版ベースで動いている。
 研究者でない方に向けて,少しご紹介する。
 学術雑誌の出版社は,学術論文にdoiと呼ばれる恒久的IDをつけて,Webからアクセスできるようにしている(日本以外では,と付け加えないといけないのが悲しいのだが)。たとえば,私の最近の論文(齊藤誠先生・小原美紀先生との共著)は,「10.1016/j.jjie.2009.12.009」というdoiがつけられている(と,ちゃっかり自己宣伝)。URL名「http://dx.doi.org/10.1016/j.jjie.2009.12.009 」を使えば,論文のページにたどりつく。大学の図書館が雑誌を購読している場合は,大学内のPCからここにアクセスして,論文をPDFファイルでダウンロードできる。
 学者は大量の論文を使うので,ソフトウェアの力を借りて論文を管理すると便利である。論文を管理するソフト(私が使用しているのは「EndNote」)は,書誌情報と論文ファイルを取り込んで,個人用のデータベースにしてくれる。また,オンライン検索エンジンとのインターフェイスが規格化されているので,ソフトから著者名や論文名をもとに文献を検索することもできる。
 音楽でいえば,出版社のサイトがiTunes Storeで,文献管理ソフトがiTunesに相当する。ただし,サイトとソフトは複数あって相互に利用可能である。つまり,iTunesでもSonicStageでも,iTunes Storeとmoraの両方が利用できるような関係になっている。
 論文をダウンロードするまでの操作はiTunesよりややこしいが,昔は図書館から雑誌を借り出してコピーをとっていたのだから,私はありがたがって使っている(そういう苦労を知らない若い世代は違う感じ方をするかもしれないが)。

 さて,ダウンロードした論文をどう読むのか。私は紙に印刷して読んでいた。PCの作業ですでに相当眼が疲れているので,さらにディスプレイを凝視して論文を読むのは無理だ。しかし,読み終わった論文は捨ててしまうことになる。保管は,PC内にPDFファイルがあることで,すでにできているからだ。若干地球にやさしくない仕事のやり方を気にして,電子書籍リーダーの導入を検討していたが,Kindle 2やSony Readerの画面では小さすぎる,
 結局,iPadの発表を待って比較した結果,Kindle DXを買った。理由は,上に書いたことからわかるように,Kindle DXが反射型表示の電子ペーパーなので活字を読みやすいこと。タッチ操作できない,ページめくりが遅い,白くない,などの欠点は承知だが,液晶ディスプレイのバックライトからの光を浴びて長時間活字を読む気にはならない(iPad支持者の眼はすでにバックライトに対応するように進化しているのかもしれないが)。
 Kindle DXをPCにUSB接続すると,EndNoteから論文のPDFファイルをKindle DXに書き出すことができる(OSのファイル操作でも可能)。これで,紙に印刷すると大部になる文献や資料も,Kindle DXで手軽に持ち運んで読むことができる。
イメージ 1

(上の写真は,Kindle DXに論文を表示させたところ)

 まだKindle DXの使用歴は浅いが,その使用感について。
 Kindle DXでPDFを読むのは,決して万全ではない。まだまだ進歩してほしい。
 9.7インチの画面では,全画面表示では活字が小さくなって,読めなくなるものが多い。画面の幅とページの幅を合わせる仕様なので,横長画面(下の写真参照)にすると活字が大きくなるが,PDF1ページを3画面で表示することになる。もう少し小さく表示してくれれば,1ページを2画面表示するようになって,操作のステップがひとつ減るので,もっと使いやすくなる。画面が大きくなるといいのだが,別の解決策としては,iPadやKindle DXで読むことを見越して,最初から小さなページでPDFファイルを作ってもらうことも考えられる。
イメージ 2

 ページめくりが遅いので,順に読んでいく読み方以外は使いにくい。論文を読むときは,前に戻って確かめたり,飛ばし読みしたりということがあるので,そういうときは使いにくい。このため,すべての論文をKindle DXで読むというわけにはいかない。
 それでも,論文を読む手段が増えて,役立つ場面も多そうで,適切な使い分けを見つけるのが,今の課題。ここにiPadが入る余地はないので,デバイスとしてiPadとKindleのどちらが有利かという話題にはあまり関心がない。電子ペーパーに劇的な進歩が欲しい,というのが現在の私の希望である。

(注1) 私のところでは論文をすべて電子化して保管しているかのような印象を与えるかもしれないが,過去の蓄積があるので,紙ベースで保管されている論文の方が多い。進行中の仕事の書類も紙ベースで置いているので,研究室は紙で溢れかえっている。
(注2) このままだと本の読み方はひどくおかしいことになるが,どうしたものか。
 組版→PDF→印刷→製本→裁断→スキャン→PDF→Kindle
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