岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2010年03月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

「バーナンキの背理法」を信じると,こう騙される

 金融政策でインフレを起こせる,という主張で使われる「バーナンキの背理法」だが,その問題点は誰かがネットで適切に解説しているかと思っていたが,どうもそうでもないようなので,私なりに整理してみる。
 
 ここで考えられているのは,「ヘリコプター・ドロップ」という政策である。これは,(1)政府が国債発行で財源調達して,現金を家計に支給する,(2)中央銀行が貨幣を増発して,その分の国債を買う,という2つの政策を組み合わせたものである。丁寧に全部いうと長くなるから,「現金が増えて,家計に行き渡る」ことが起こっているので,ヘリコプターで貨幣をばらまくような政策だと,短く言うことにしている。
 さて,バーナンキの背理法は,「こういう政策をとってもインフレが起こらないと仮定しよう」というところから出発する。「するとお札を刷ることで財政支出が全部まかなえることになり,無税国家が生まれる。無税国家は現実にはありえない。これは矛盾だからインフレが起こる」と続く。
 じつは,最初の「こういう政策をとってもインフレが起こらないと仮定しよう」が問題だ。その裏では,「こういう政策がとられなければもちろんインフレが起こらない(デフレのまま)」というのが前提になっている[2010年4月1日追記:ここで「裏」と使ってしまったのは,不注意な表現であった。論理学の「裏」を指す意図ではなく,一般的な用語法として,「暗黙の前提」という意味であった。本文は残しておくが,追記の形で訂正しておく]。しかし,これは,現在の常識的な予想に合わない。現在の予想は,現状のデフレは2年以上続くが,やがては(何年後かは人によって違うが)デフレは解消する,というものである。
 つまり,バーナンキの背理法は,出発点で現実と違う状況を考えているので,そこから先の議論は現状の政策立案の役に立たない。そして,現実的な想定のもとで将来にどういう政策がとられるのかが明確でないと,市場関係者も国民もどういう予想を抱いていいかわからなくなるだろう。
 
 ここで話を終えてもいいが,折角だから,ヘリコプター・ドロップによらずとも,いずれはインフレになるという前提のもとで,話を先に進めてみよう。
 理解を深めるために,ヘリコプター・ドロップではなく,日銀が国債を大量に買う(供給オペをおこなう)政策を最初に考えてみよう。そして,その政策ではインフレが起こらないが,政策とは別の要因で(例えば,景気の自律的回復で3年後に)インフレが起こると想定してみよう。当初にゼロ金利だとして,国債を大量に買うと,マネタリーベースが大きく膨らむ。インフレが起こったときにはゼロ金利を解除することになるだろうから,適正なマネタリーベースの水準に戻すために,当初に大量に買った国債を市場に売却しなければならない。これは,かつて日銀がとった量的緩和政策を解除する過程に似ている。量的緩和政策時に貨幣を大幅に増やしても,それに見合う物価上昇はまったく起こらなかったわけだから,量的緩和政策と同様のことをすれば同様に物価は上がらない,と市場は予想するだろう。その結果,この政策によってインフレが起こらない,という仮定と矛盾しない帰結が得られる。
 つぎは,ヘリコプター・ドロップに移ろう。日銀が購入した国債分のお金を家計に配る点が,上の量的緩和と類似の政策との違いになる。しかし,この違いの部分は,じつは財政政策である。だから,財政政策の効果がどうなるのか,と考えるとよい。財政政策を実行してもゼロ金利が維持されるなら,クラウディング・アウト効果(金利が上がって投資が減少することで,所得への影響が低下すること)を心配する必要はない。つまり,財政政策の所得への影響が最大限に出る状況である。大規模な財政政策(例えばよくいわれるような,国民1人当たり20万円,総額25兆円の定額給付金)をやれば,財政政策としての効果はあるだろう。
 さて,この財政政策の財源はどうやって負担することになるのだろうか。インフレが生じたときにゼロ金利を解除すると,当初に日銀が購入した国債のほとんどは市場に売却しなければならなくなるだろう。財政政策の財源となった国債は日銀から市場に戻ってくるので,通常の財政政策のように,その国債をどう償還するのかが問題になる。そして,その国債の負担は財政政策が起こすインフレによって解消するなどとは,マクロ経済学の教科書には書いていない(注1)。国債を償還するなら,その財源(おそらく増税)が必要になるのである。
 バーナンキの背理法は現実とは違う仮定から出発することで,この国債償還の部分を,インフレが起こってめでたしめでたし,といって隠している。景気対策を主張するときに国債の償還をぼかす人はよく見かけるが,それの変種のレトリックである。しかし,インフレでめでたしめでたし,と思っていたら,結局は普通の財政政策と同じく財源を負担することになったというのであれば,それは騙されているということである。
 財政政策を実行するのなら,財政政策を実行すると正直にいうべきだろう。そして,そのことを自覚して,政策の是非を判断する必要がある。
 
(注1) まず,財政政策が実行される不況のときは,そもそも物価が上がりにくい。しかし,多少は物価が上がると考えてもいいだろう。
 かりに物価が上がったら,国債の実質価値はそれによって目減りすることは事実である。しかし,同時に名目金利が上昇して利払費が増える分だけ国債が増発されると,それが相殺される。実質金利が変化しないと,インフレ率の上昇分だけ名目金利が上昇する。このため,もしすべての国債が短期債だとすると,インフレによる国債の実質価値の目減りを利払費の上昇による国債の増発がすべて相殺してしまうだろう。実際には長期債の金利は動かないので,その分の利払費の上昇がない個所だけが,インフレによって国債が償還された分になる。
 
(注2) 「政策がとられなくてもやがてインフレになる」状況と,「政策をとらなければデフレが永続する」状況では,政策の議論がまったく異なると考えていいので,区別することが非常に重要である。文献を読む場合にも,どちらの状況を議論しているのかに注意する必要がある。

東京大学公共政策大学院 医療政策教育・研究ユニット

 ご紹介が遅れましたが,東京大学公共政策大学院に医療政策教育・研究ユニットが,今年1月に設置されました。私が運営委員会委員長を仰せつかり,設立準備と運営に携わっています。遅ればせながら,3月26日にユニットのホームページ(http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/HPU/index.html )を開設しました。
 以下は,ホームページに掲載されているユニットの紹介です。
 
 ユニットの目的は,今後の医療の重要課題に関する政策の選択肢を研究し,その研究結果を教育するとともに,広く社会に発信することです。
 ユニットには特任教授3名と公共政策大学院の関係教員が参加します。特任教授には,医療政策に関する深い知見と見識をもつシャーナリストの埴岡健一氏(特定非営利活動法人日本医療政策機構理事),医療政策に関して創造的な研究を行っている研究者である井伊雅子氏(一橋大学国際・公共政策大学院教授),医療政策の現場で実際の政策形成に携わってきた実務家である辻哲夫氏(東大高齢社会総合研究機構教授,元厚生労働省事務次官)の3名が就任しました。
 
 ユニットでは,以下のような教育・研究活動をおこないます。
(1) 公共政策大学院における医療政策関連講義科目及び事例研究の支援
 公共政策大学院の「医療政策」,「事例研究(医療政策)」等,医療政策に関連する授業の充実に貢献します。
(2) 社会に開かれた研究会とフォーラムの実施
 医療関連団体に開かれた定期的な研究会の実施,毎月または隔月のペースで実施する予定です。年に1~2回,より広い範囲を対象とした公開フォーラムを実施する予定です。
 
 
(参考)
東京大学公共政策大学院 医療政策教育・研究ユニット

ハイパーインフレーションの理論

 ハイパーインフレーションの原因は巨額の財政赤字にあると考えられている。数%のインフレ率の変動は,需給の関係で生じると考えていいが,年率3ケタや天文学的数字のインフレを同じ理由で説明するのは無理だ。ハイパーインフレが発生したときには,経済が混乱する種々の出来事が起こっているので,その原因は突き止めにくい。財政赤字原因説が支持を得たのは,Sargent (1982)の貢献によるところが大きい。彼は,欧州の有名なハイパーインフレが「終わった」原因が財政収支の改善にあったことを突き止めたのである。
 国債の信用力が失われて市場が国債を買わなくなり,中央銀行が引き受けるようになると,ハイパーインフレの道を歩み始める。ハイパーインフレという異常な状況がいとも簡単に生じることは,数式を使った方が理解が早まると思うので,以下のような簡単なモデルで説明する。モデルの後に,ハイパーインフレがどういう状況なのかを,文章でまとめる。

 ある国が財政赤字を出し続けて,市場の信用を失い,財政赤字(国債の純増)Dをすべて貨幣の増刷(通貨発行益,ΔM)でまかなうようになったとする。Mはマネタリーベース,Δは時間で微分することを表す。つまり,

   ΔM=D

となる。名目GDPをYとする。対GDP比で書くと,

   ΔM/Y=D/Y

となる。分数の微分の公式から

   Δ(M/Y)=ΔM/Y-(ΔY/Y)M/Y

が成立するが,これを用いると,

   Δ(M/Y)=D/Y-(ΔY/Y)M/Y

となる。マネタリーベースの対GDP比をm,財政赤字の対GDP比をdと書くことにする。
 市場の信用をなくすくらいなので,この国の財政赤字は将来も持続するものとする。つまり,dはずっと一定の値をとるものと考えよう(ここは大事な想定)。
 名目GDP成長率はインフレ率と実質成長率の和だが,非常に高率のインフレ率を考えたいので,年率数%の実質成長率は,ここでは無視しても差し支えない。つまり,インフレ率をπとして,

   ΔY/Y=π

が近似的に成立するものとする。すると,

   Δm=d-πm

が導かれる。政府の実質債務(かつマネタリーベースの実質残高)の増加は,財政赤字からインフレ税(πm)を引いた額になる。
 インフレ税とは,現金を保有していると,インフレによってその実質価値が目減りする形で,政府の債務を減らすことに貢献していることを意味している。インフレ率が高くなると,現金の保有者はできるだけ早く貨幣を手放そうとする。つまり,貨幣の流通速度が上昇する。たとえば,貨幣需要関数が,

イメージ 1

で表わされるとすると,

イメージ 2

となる。ここでα>1である。
 このときの,Δmとmの関係を示したのが,下の図である(α=2の場合の双曲線を示している。使用した作図ソフトの制約から,Δmをdm/dtと書いているが,ご容赦を願いたい)。
イメージ 3

 貨幣の実質残高mの動きには,3つの可能性がある。
(1)まず,ΔmがゼロとなるA点。これはmが変化しないことを意味するので,mがA点にいれば,その後もずっとそこにとどまる。つまり,経済ではインフレ率がずっと一定で続くことになる(mが一定だからπも一定)。
 かりに財政赤字がGDPの5%(1年間の名目GDPが500兆円なら25兆円)だとd=0.05。マネタリーベースがGDPの10%(1年間の名目GDPが500兆円なら50兆円)だとm=0.1。A点では,π=d/mなので,インフレ率は年率50%となる。
(2)最初にA点より右側に経済があったとしよう。すると,Δmが正だから,mは増加する。図ではより右側のmに動く。そこでもΔmは正だからさらに右に動く。つまり,mがずっと上昇を続ける。これは,インフレ率が貨幣の成長率より低いことを示している。
 貨幣成長率は,

   ΔM/M=(ΔM/Y)・(Y/M)=d/m

と書くことができる。dが一定でmが大きくなるということは,貨幣成長率は小さくなる。それよりも名目GDP成長率が小さくなっているから,インフレ率がどんどん小さくなる。つまり,デフレがどんどん激しくなっていく。
 このような解は,「ハイパーデフレーション」と呼ばれるが,われわれの経済で生じることはないと考えられている。貨幣は消費者の資産でもあるが,資産をもつ動機は将来に消費するためである。貨幣の実質残高がどんどん増加して,莫大な資産をため込むよりは使ってしまった方がよいとどこかで考える。そのため,デフレで貨幣残高が蓄積していく状態は消費者の行動とは矛盾する。こういう現象が現れないように,物価が調整されると考えられる。
(3)最初にA点より左側に経済があったとしよう。すると,Δmが負だから,mは減少する。図ではより左側のmに動く。そこでもΔmは負だから,mは減少し,さらに左に動く。つまり,mがずっと減少を続ける。これは,インフレ率が貨幣の成長率より高いことを示している。上の数値例だと,A点のインフレ率が50%だから,それよりも大きなインフレ率になる。
 貨幣成長率はd/mだから,dが一定でmが小さくなるということは,貨幣成長率はどんどん大きくなっていく[2010年4月1日追記:「mが大きく」と誤記していたので,訂正する]。インフレ率はそれよりも大きく,時間とともにどんどん大きくなっていく。この解が,「ハイパーインフレーション」と呼ばれる。

 モデルは以上であるが,その意味するところは以下の通り。
 政府が資金調達を貨幣発行に頼るようになり,その後も財政赤字を維持し続けると,ハイパーインフレが生じる可能性が高い。
 ハイパーインフレが生じてしまう理由は,通常とは違う政策ルールがとられているからである。通常の政策ルールでは,通貨発行益は中央銀行の金融政策の判断で変動する。財政赤字は,それとは別に財政当局の判断で決められる。国債が市場で消化されていれば,通貨発行益と財政赤字が別々に決められていても問題はない。上のモデルの状況はこれとは違う。中央銀行は国債を引き受けざるを得ないので,通貨発行益は財政赤字に等しくなければいけない。つまり,中央銀行には金融政策の裁量の余地がなく,物価は財政側の事情によって決定されている。
 この状態では,中央銀行にハイパーインフレを何とかしろと迫るのは,無理な相談である。もし貨幣の成長を抑えると,政府は財政赤字の資金調達ができなくなり,財政破綻するからだ。中央銀行は,「財政破綻」か「ハイパーインフレ」かの2つの選択肢が与えられたもとで,ハイパーインフレをやむなく選択している。マイルドインフレにする選択肢は存在しない。物価に責任をもつのは,中央銀行ではなく,政府である。
 ハイパーインフレを終息させるには,政府が借り入れをしなくてもいいように財政収支を大幅に改善し,デノミか新しい通貨の発行でもう一度,通貨の信頼を取り戻すことが必要になる。

(注)
 大学院レベルのマクロ経済学の教科書でのハイパーインフレの説明は,Romer (2006, pp.538-547), Obstfeld and Rogoff (1996, pp. 515-530)にくわしい。伝統的にはCagan (1956)の貨幣需要関数を用いることが多く,最終的には高いインフレ率で安定する解が得られる。ここではGutierrez and Vazquez (2004)の貨幣需要関数を少し変更したものを使っており,従来の教科書的説明とは少し違ったものになっている。

(参考文献)
Philip Cagan (1956), “The Monetary Dynamics of Hyperinflation,” in Milton Friedman ed., Studies in the Quantity Theory, Chicago: University of Chicago Press, pp. 25-117.

Maria-Jose Gutierrez and Jesus Vazquez (2004), “Explosive Hyperinflation, Inflation-Tax Laffer Curve, and Modeling the Use of Money,” Journal of Institutional and Theoretical Economics, Vol. 106, No. 2, June, pp. 311-326.

David Romer (2006), Advanced Macroeconomics, 3rd Edition, New York: McGraw-Hill/Irwin.

Maurice Obstfeld and Kenneth Rogoff (1996), Foundations of International Macroeocnomics, Cambridge MA, MIT Press.

Sargent, Thomas J. (1982), “The Ends of Four Big Inflations, in Robert Hall ed., Inflation, Causes and Effects, Chicago: University of Chicago Press, pp. 41-98.

提言:「地域主権」の実現に向けた地方財政抜本改革

 赤井伸郎先生(大阪大学)・佐藤主光(もとひろ)先生(一橋大学)・土居丈朗先生(慶応大学)と一緒にまとめた「提言:「地域主権」の実現に向けた地方財政抜本改革」(http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/3841/teigen20100312.pdf )を公表しました。

 提言では,地方財政の望ましい姿を,7つのポイントにまとめています。
ポイント1:国と地方の役割分担の明確化
ポイント2:基礎的サービスは財源保障し「交付金化」
ポイント3:交付金は一括かつ包括的
ポイント4:交付税は財政調整に特化
ポイント5:交付税は地方固有の財源
ポイント6:地方の法人課税依存度の引き下げ
ポイント7:地方消費税の分離・独立化

 提言の冒頭をご紹介します。ご関心をもっていただけましたら,本文をお読みください。

 地域の多様性と主体性を尊重するよう歳出自主権と歳入自主権を有した「地方政府の確立」をすることに異論はない。しかし、現行の地方分権改革は、地方の税収比率の引き上げ、交付税総額の確保など、地方の財源の「量的」充実に偏ってきた。国の過剰な関与、それと裏腹な地方の甘え・財政責任の欠如、国と地方の間で曖昧なままの責任の所在、その結果としての歯止めの利かない財政の膨張というわが国の地方財政問題の本質的な課題も見逃されている。「地域主権」の狙いは、単なる国と地方における「量的」の問題ではなく、自らの責任と権限で財政運営を行う地方の主体性と自立の「質的」向上にある。
 われわれ 4 名は、「三位一体改革」が議論されていた2004 年に,上記のような考え方に基づき,望ましい地方財政改革のあり方を提言した。しかし,残念ながら現実の改革はわれわれが本質と考える問題に正面から取り組むことはなく,迷走を続けているように見える。新政権が具体的な改革に取り組もうとする現在,われわれは,今なおその価値を失っていない2004 年提言の骨格はそのままに,現在の議論に即した形で,あらためて提言をまとめることにした。具体的には、分権型社会に適うよう財政移転が本来あるべき役割(社会的に重要な公共サービスのナショナル・ミニマムの確保や地域間格差の是正など)を充当するための制度の構築を掲げる。

(参考)
提言:「地域主権」の実現に向けた地方財政抜本改革」
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/3841/teigen20100312.pdf

飯田泰之氏の「リフレ政策」について(あるいは感想への感想への感想)

 池田信夫氏が私のブログ記事(「【感想】『日本経済復活 一番かんたんな方法』」)を引用して飯田泰之氏に質問(「飯田泰之氏への質問」http://agora-web.jp/archives/937467.html )したため,飯田氏と私の間に論争があるようにも思われるかもしれないが,それは大きなものではない。
 私は,勝間氏のまとめの発言に違和感を覚えたので,勝間氏の勧め(この本を読んだ感想をブログに書こう,Twitterでつぶやこう)にしたがい,その感想を書いたのだが,勝間氏と飯田氏の考え方はおそらく違うだろうと思っていて,そのことは私の記事にも書いている。学界を説得するのは「勝間氏のブレーン」の仕事と書いたのも,おそらくそこに飯田氏は含まれないだろうという予測だった。飯田氏のリプライ(「『日本経済復活―一番簡単な方法』反響へのリプライ」http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20100228 )や,それに先立つブログ記事(「『日本経済復活――一番簡単な方法』本日発売!」http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20100217 )には,勝間氏との距離感が暗黙に示されていると思う。

 飯田氏が,私との考え方の違いを整理した個所は次の通り。
「これは想像なのでどんどん批判頂きたいのですが,岩本先生は経済学の枠組みの中で『守られ,信頼されるルール』が示されていないことをもって,金融政策への提案は未完成な主張であると指摘されます.これはこれで全くその通り.一方,僕は『守られ,信頼されるルール』を作るためには狭義の経済学だけではなく,あらゆる方法を動員して行くべきだと考えます.」
 そのような考え方の違いだということは了解しました。コミットメントの問題は経済分析ではあやふやなところもあるので,他の分野の助けを借りて,実のある議論が出てくるなら,それに越したことはない。すると,深刻に意見を闘わせるところはないようなので,私の方からは,経済学の範囲内では,飯田氏が支持するリフレ政策がどう機能しているのかを,私なりに整理しておきたい。

「リフレ政策」という言葉は,標準的な経済学の範囲ではあまり使われないが,飯田氏が説明するリフレ政策は,「非伝統的な金融政策」として,標準的なマクロ経済学のなかで議論されているものである。金融危機後の世界経済の状況下で,その議論の重要性は一層,増している。飯田氏がリフレ政策の整理に悩まれているが,各国の経験も踏まえて,これからの数年間で学界での議論の深化と整理が進むのではないだろうか(現状では,例えばIMFのマイヤー氏の論文のような,英国を念頭に非伝統的金融政策の整理を試みた文献がある)。
 現下の日本の状況を,
(1)日銀は現在,ある種の緩やかなインフレ・ターゲット(CPI成長率0~2%)を導入している。
(2)事実上ゼロ金利である。
(3)デフレである(CPIが下落している)。
と,とらえよう。かつての「コアCPI上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで量的緩和政策を継続する」ような,将来の政策スタンスについての明確な発言(時間軸政策)は,今はされていない。しかし,「ゼロ%以下のマイナスは許容していない」(昨年12月18日の「『中長期的な物価安定の理解』の明確化」)と表明しているので,まともな中央銀行家なら,デフレの状態で利上げをすることは考えないだろうし,そうした行動を正当化する理由はもちだせないだろう,という読みができる。実際に市場関係者がどう読んでいるかは,将来の短期金利の予想が反映される長期金利を見ればよく,長期金利は非常に低い(イールド・カーブがフラットである)。つまり,かつての時間軸政策のときと同様に金融緩和が継続するものと読んでいる。
「日銀がインフレ・ターゲットを導入している」と書くと一部の読者の反発を招くかもしれない。確かに,公式のインフレ・ターゲッティング・ルールではない。ただし,インフレ・ターゲッティングでは,ルール適用の厳格さには幅があるので,導入する,しないの二者択一で議論するのは生産的ではない。私は呼び方にはこだわらないので,「緩やかなインタゲ」というのが日銀サイドの言い方だとして嫌う人がいれば,「インタゲもどき」とか「なんちゃってインタゲ」とか呼んでもいい。
 さて,現状がデフレで,日銀もデフレが継続すると予測しているので,つぎに打つ手がないのかと考えるのは,当然である。
 そして,飯田氏の目指す方向を評価するには,「日銀のなんちゃってインタゲが,かつての時間軸政策と同じような効果を出している」という現状認識から出発して,そこからどう追加的に「インタゲもどき」を強めれば,どう追加的な効果が出てくるか,を考えていくのがいいだろう(注1)。
 その際の一般論としては,つぎのようなことがいえる。現下の状況で金利の期間構造への影響はほぼ出尽くしており,これ以上,イールド・カーブを寝かせて,そこから大きな金融緩和効果を得るのは難しいだろう。すると,別の道を探すことになる。経済分析から出てくるのか,それとも他の分野から出てくるのか,どのように考えていくのかは,飯田氏の今後の研究に期待したい。

(注1)
「なんちゃってインタゲ」という言葉を使うことで起こりそうな弊害は,効果も費用も考えず,「なんちゃってはけしからん,きちんとせい」という非生産的な議論を呼んでしまうことであろう。

(注2)
 細かな論点。
 ゼロ金利解除の条件をより明確化することで追加的な効果を出す案は,効果の大きさはどれだけかという議論はあるが,私も賛成である。前回の経験から,日銀はコアCPI成長率がゼロ%以上になったら,すぐにゼロ金利を解除してしまう,という読みが成立してしまう。これが金融緩和として不十分であれば,インフレ率が1%なり2%に達するまではゼロ金利を継続することを日銀が表明するのは,選択肢として十分に考えられる。前回の時間軸政策での数字を変えるだけの表明にすれば,前回と同じことを数字が変わっただけの形で実行するだろう,と皆に読んでもらうことが期待できる。
 解除条件や目標の中心が1%か2%か,という論点については,CPIの上方バイアスのとらえ方が大事である。推計方法から生じる問題として世界的な関心を呼んでいたもので,日本では白塚重典氏の研究で0.9%の上方バイアスがあると報告された。しかし,統計作成部局は改善に取り組んできており,現状ではバイアスはもっと小さくなっているという議論もあるので,最近の状況に即した議論をしておく必要があるだろう。
 最後に,コアCPIではなく,コアコアCPIを使え,というのは,あまりにも当然のことで,賛成である。

(参考文献)
Andre Meier (2009), "Panacea, Curse, or Nonevent? Unconventional Monetary Policy in the United Kingdom," IMF Working Papers 09/163, International Monetary Fund.
http://www.imf.org/external/pubs/ft/wp/2009/wp09163.pdf

白塚重典(1998),『物価の経済分析』,東京大学出版会
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