岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2010年04月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

『マクロ経済学(New Liberal Arts Selection)』

 4月15日に有斐閣から,齊藤誠・岩本康志・太田聡一・柴田章久著『マクロ経済学』が刊行されました。
 齊藤先生が執筆の中心となっているので,齊藤他『マクロ』,の略称がぴったりきます。マクロ教科書のなかの厚めの本の市場がターゲットです。基本から大学院レベルまでカバーしているのが特色です。

A5判並製カバー付,742ページ
定価4,095円(本体 3,900円)
ISBN 978-4-641-05372-4

 以下は目次です。私は,第3部の2章分を執筆しました。

第1部 マクロ経済の計測
 第1章 第1部のねらい:われわれはどのようにマクロ経済を理解するのであろうか?
 第2章 国民経済計算の考え方・使い方
 第3章 資金循環表と国際収支統計の作り方・見方
 第4章 労働統計
第2部 マクロ経済学の基本モデル
 第5章 第2部のねらい:マクロ経済モデルの基本的な考え方
 第6章 閉鎖経済の短期モデルの展開
 第7章 閉鎖経済の中期モデルの展開
 第8章 開放経済のモデルの展開
 第9章 労働市場の長期モデル
 第10章 閉鎖経済の長期モデル:資本蓄積と技術進歩
第3部 経済政策とマクロ経済学
 第11章 安定化政策
 第12章 財政の長期的課題
第4部 マクロ経済モデルのミクロ的基礎づけ
 第13章 第4部のねらい:なぜマクロ経済モデルにミクロ的基礎が必要なのか?
 第14章 金融市場と貨幣市場:将来の経済が繁栄される“場”
 第15章 消費と投資
 第16章 マクロ経済と労働市場
 第17章 新しいケインジアンのマクロ経済モデル
 第18章 経済成長
数学付録

(Amazonへのリンク↓)
マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)

「リフレ政策」に対する私見(とりあえずのまとめ)

 Twitterで,デフレ脱却のために望ましいと私が考える政策とは何か,という旨の質問を受けた。
 もともと,かんたんな方法はない,という考えなので,よく取り沙汰される手段の問題点をこれまでブログで取り上げてきた。しかし,このままでは私の考え方の全体が見えないので,この記事で,とりあえずのまとめをしておきたい。

 経済を良くする政策は2種類に分類できる。景気後退の痛みを和らげる安定化政策と,体質を強くする構造政策(成長戦略)。どちらも必要である。
 あとは,個別の政策手段の是非であるが,今回の記事の趣旨から安定化政策にしぼる。しかし,構造政策も,流動性の罠脱却の時期を早めるという,重要な意味をもつ。
 私の考え方をまとめると,金融政策の一層の緩和策では,ゼロ金利の解除条件の明確化,とくに量的緩和解除条件よりも緩和が継続する形での条件の導入が考えられる。財政政策は,財政状況を考えると,大規模なもの,無駄な支出がともなうものには反対,為替介入は実行が難しいと評価している。しかし,いずれも最終的には政治判断である。

 個別政策についての考え方は,読者の考え方と対照させるのに便利なように,飯田泰之先生(駒澤大学)の整理にしたがう。また,主要なアイデアはここに盛り込まれているという前提にしておく。まず,飯田先生の整理は以下の通り。

【モデレートなリフレ政策】0金利の解除条件を明確にし,その遵守のための法的措置を講じる
【標準的なリフレ政策】コミットメントに裏付けをあたえるために量的緩和・為替介入を併用する
【強力なリフレ政策】貨幣発行益を直接家計・企業部門に注入したり(いわゆるヘリマネ的な財政拡大),為替レートを大幅な円安水準で時限的な固定相場制を設定したりする


 この分類にしたがい,政策手段に対する私の意見と簡単な説明を以下にまとめた。また,細かい根拠に触れたブログ記事を括弧内の番号で示した。

【モデレートなリフレ政策】
・「ゼロ金利の解除条件を明確にする」賛成。とくに,かつての量的緩政策和時の「CPI成長率が0%以上」よりも緩和が継続する形での条件を出すべき。ただし,効果はイールド・カーブをもう少し寝かせる効果があるだけで,デフレからインフレに劇的に変化するわけではない。(1,2,3,4)
・「遵守のための法的措置」具体的内容次第なので保留。(14)
・「ターゲットを1~3%に」現時点で必要なし。現在はターゲットから外れているので,ターゲットの変更がインフレ期待に織り込まれる効果は期待できない。現在のターゲット(0~2%)に入ったところで,CPIの上方バイアス等のターゲットを決定する要因をあらためて見直す。(4,13,14,22)
【標準的なリフレ政策】
「コミットメントに裏付けをあたえるために」そのような目的を果たす効果は期待できない。(1,2,3)
「量的緩和」単純にマネタリーベースを増やすことだけの目的では,必要なし。物価への効果はない。(1,7,15)
「信用緩和」現時点で必要なし。民間企業への直接の資金供給は,まずは政策金融機関の仕事である。なお,中央銀行がバランスシートにリスクを負うことは財政政策であるとの認識が必要。(7,11,12,17,18)
「長期国債買い切り」現時点で必要なし。イールド・カーブを寝かせる効果があれば検討の余地があるが,時間軸効果が働いていてイールド・カーブが十分に寝ていれば,追加的な効果が期待できない。なお,ポートフォリオ・リバランス効果は国債管理政策でも(つまり財務省でも)実行可能である。(3,9,10)
「為替介入」政治判断次第。なお,ゼロ金利のもとでは不胎化介入と非不胎化介入に効果の違いはない。財務省の仕事である。(7,10,19,20)
【強力なリフレ政策】
「いわゆるヘリマネ的な財政拡大」ゼロ金利のもとでは公債発行の財政拡大と同じ。必要なし。下記の「財政政策」として実行の可否を判断すべき。(9,10,21,24,25)
「財政政策」大規模なものには反対だが,政治判断次第。なお,政府側の仕事である。(6,23)
「財政法第5条ただし書による日銀の国債引き受け」反対。第5条は放漫財政に陥ることを防ぐための安全装置であり,それを外す正当な理由はない。(5,8,23,26)
「為替レートを大幅な円安水準で時限的な固定相場制を設定したりする」政治判断次第だが,現状での実行可能性は低い。中国の人民元をめぐり米中がさや当てする中,失業率が約5%の日本の景気回復のために,失業率が約10%の米国,ユーロ圏などに迷惑をかけることを了承してもらう理屈と交渉力が必要になるが,その目算は立つのか。なお,財務省の仕事である。(10,19,20)

 以上のメニューに賛同しない理由の多くが,単純な量的緩和が物価を引き上げる効果がない,としたことに由来している。これは,Krugman (1998)以来の「流動性の罠」で金融政策の基本的な前提を受けてのことである。
 もうひとつは,日銀の国債引き受け,とそれに関連してヘリマネが,政策の選択肢として安易に議論されることには強い危惧を覚える。
 いずれも,別に新しい話ではなく,従来から存在する議論である。
 私の賛同しない政策がメニューから除外されていれば,状況判断と政治判断によって可否を議論するということなので,落ち着いた政策論争ができるだろう。また,残った手段を見ると,日銀よりも政府側の役割が重いことになる。しかし,そうした議論を邪魔しているように感じるのは,「バーナンキの背理法」が取り沙汰されることで,ヘリコプター・ドロップ政策に余計な関心が寄せられてしまうことである。

(参考文献)
Paul R. Krugman (1998), “It’s Baaack: Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap,” Brookings Paper on Economic Activity, No. 2, pp. 137-187.

(関係する過去記事)
(1)「インフレ目標」をめぐるネット議論の陥穽

(2)【感想】『日本経済復活 一番かんたんな方法』

(3)「将来のインフレにコミットできるか」についての学界の見方

(4)飯田泰之氏の「リフレ政策」について(あるいは感想への感想への感想)

(5)ハイパーインフレーションの理論

(6)「バーナンキの背理法」を信じると,こう騙される

(x)追加があるかも。

[2010年5月28日追記]
(7)量的緩和から非伝統的金融政策へ

[2010年5月31日追記]
(8)財政法第5条(日銀の国債引き受け)について

(9)通貨発行益

[2010年6月1日追記]
(10)自己資本制約による将来の金融緩和へのコミットメント

[2010年7月4日追記]
(11)金融政策と財政政策の間(その1)

(12)金融政策と財政政策の間(その2)

[2010年8月10日追記]
(13)望ましいインフレ率

[2010年8月17日追記]
(14)物価安定目標の法制化がもたらす「物価安定目標の不安定化」

(15)「市場機能論」は成立するか?

[2010年8月31日追記]
(16)中央銀行の力

[2010年10月23日追記]
(17)日本型信用緩和の副作用

(18)日本型信用緩和の効果についての技術的説明

「2011年6月21日追記]
(19)非不胎化介入(その1)

(20)非不胎化介入(その2)

(21)「バーナンキの背理法」は役に立たない

(22)貨幣数量説と流動性の罠

(23)復興国債の日銀引き受けはそもそも財源か?

(24)ヘリコプター・ドロップ政策

(25)「バーナンキの背理法」のなかで政府は何をしているのか

(26)国債引き受けと国債買いオペの比較

『日経・経済教室セレクションⅡ』

 拙稿「財政支出拡大か減税か」が収録された,日本経済新聞社編『日経・経済教室セレクションⅡ』が日本経済新聞出版社より刊行されました。
 拙稿は,『日本経済新聞』2009年2月2日付朝刊の経済教室欄に寄稿したものです。

(Amaozon.co.jpへのリンク↓)
日経・経済教室セレクション 2
月別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 累計:

岩本康志の著作等
  • ライブドアブログ