岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2011年04月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

東京電力は原発事故に適切に対応できるか

 福島第一原発事故の対応にあたっている東京電力の行動原理について,企業統治(コーポレート・ガバナンス)の理論に沿って考えてみたい。東電の残余請求権者は有限責任であり,経営者は残余請求権者の利益に沿うときに何が起こるか。
 議論の出発点を,「原発事故で政府と東電が統合本部 首相、対応を批判」(共同通信,http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011031501000074.html )にある,3月15日の出来事にとろう。東京電力が撤退の意向を示したときに,菅首相が「撤退した時には東電は百パーセントつぶれる」と恫喝したと伝えられているが,これは「逃げなければつぶれない」ことが暗黙の前提である。かりに,「逃げればつぶれる,逃げなくてもつぶれる」となれば,社長が経営者としての役割を果たすならば,逃げる。
「逃げればつぶれる,逃げなければつぶれない」という形で,政府は東電に事態を対処させる誘因を与えたことになるが,そのような状況であったとしても,私企業の立場では被害規模の拡大に鈍感になる。つまり,企業の支払い能力は有限であり,被害の賠償額がそれを超えてしまえば,被害がそこからいくら大きくなっても,企業には関係がない。これは現状では重大事故につながるリスクを過小評価する要因になる。例えば,これが事故直後のベントの遅れに影響を与えたのか,という視点からの検証は必要ではないだろうか。政府は事故全体の影響から判断するが,東電は私企業の負担能力を超えてしまった部分の影響には考えが及ばない。これは東電の判断能力が劣っているというわけではなく,能力がある人間でも与えられた誘因のもとではそう判断するということである。後に起こった出来事から見て,ベントを急ぐべきという政府の判断は正しかったが,政治家には心地よく聞こえる「政府は東電よりも能力がある」が正しいかどうかは別の問題である。かりにそれが幻想であって,政治家がその幻想に酔ってしまうと,政府が今後の判断を誤るおそれはある(なお,これは政府と東電の能力の相対的な評価であって,能力の絶対水準にここで何か言っているわけではない)。また,現状では,工程表でリスク要因の評価が甘くなっていないのか,といった視点からの検証も必要である。
 また,今後については,不幸にも重大事故に発展してその処理が求められたときに,逃げればつぶれる,逃げなくてもつぶれる,という状態を作り出す。枝野官房長官は4月18日の記者会見で「プラントそのものを安全な状況に回復させることについての一義的な責任者は東京電力、事業者だ。政府としては、それが本当に安全のために、最善のことが行われるのかということをしっかりと管理、チェックをする」と発言したが,政府の関与がもう少し強くないと,事故対応のリスク管理上,深刻な問題につながる。

 現在,政府は損害賠償の支払いスキームを調整中である。報道によれば,その骨子は,損害賠償金を一時的に政府が立て替え,東電を存続させて長期にわたって返済させるものである。将来の返済は東電利用者の負担ということになる。これは電力会社が地域独占の地位を与えられていることで可能になるもので,賠償負担のない競争会社がいる市場であったなら不可能である。スキームは,東京電力はつぶせないとの立場である。その理由は,法的に社債権が損害賠償請求権に優先されるため,つぶれると損害賠償ができなくなる,というもののようだ。この理由が妥当するかどうかは重要な論点であるが別の機会での議論に譲ることにして,ここではスキームが事故処理に与える影響に眼を向けたい。
 事故処理が長期化した場合,スキームが決定された時点で事態が収拾していないかもしれない。そのとき「逃げなければつぶれない,逃げてもつぶれない」という状況ができあがる。社長が経営者としての役割を果たすならば,逃げる。
 賠償スキームの設計では,事故処理にどういう誘因をもつかも考える必要がある。

(参考)
「原発事故で政府と東電が統合本部 首相、対応を批判」(共同通信,2011年3月15日)
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011031501000074.html

「枝野長官会見(2完)天下り自粛「公務の中立性で疑義生じる」(18日午後4時すぎ)」(産経ニュース,2011年4月18日)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110418/plc11041819410024-n1.htm

BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com(2011年4月25日)
http://d.hatena.ne.jp/bewaad/20110425

2011年度第1次補正予算の問題点

 東日本大震災対策4兆円を盛り込んだ2011年度第1次補正予算は22日に閣議決定され,28日に国会に提出される。対策の内容は,がれき処理をはじめとした当面に必要な経費であり,本格的な復旧・復興の経費は今後に回される。
 今回の補正予算には,既存経費の削減による財源確保が不十分,基礎年金国庫負担の停止は適切ではない,という2つの重大な問題がある。

 復興対策の財源としては,まずは既存経費の削減で確保を図るべきであるが,今回の補正予算はその努力が不十分である。例えば公共事業費は,事業計画を後ろ倒ししていけば,当面の復興経費を捻出できる。いま執行するべき緊急性が被災地のがれきを処理することよりも高い事業はそうはないだろう。ここへの踏み込みは進められていない。
 公共事業費は近年大幅に削減されており,すでに地方への打撃がないとはいえない現状ではぎりぎりの判断だ。しかし,政治家が「がれきを撤去するために,皆さんの周辺の公共事業を少しだけ待ってください」と言って,国民に理解を求める余地はまだあるだろう。東北地方太平洋沖地震が発生したのが個所づけ(総額が決まった予算を事業ごとに割り振っていく作業)の最中であったので,いったん個所づけを止めなければいけない。役所の手続きから見れば荒業が必要だが,政治主導ができる政権ならできたはずである。
 国会公務員人件費の削減も取り沙汰されていたが,盛り込まれなかった。もともと民主党のマニフェストは,国家公務員人件費の2割削減をうたっていたのだが。

 予備費8100億円を使用する他は既存経費を削減して国債を発行しないこととしているが,これはまやかしである。経費削減の大部分を占めるのは,基礎年金国庫負担のための年金特別会計への繰入の2.5兆円減額である。年金特別会計の方では,国庫負担が入らないことになり,その分,積立金が減少する。
 そこから生じる重大な問題は2つ。
 第1は,国債が発行されなくても,公的年金積立金が減るため政府全体では資産が減少している。つまり,純債務が増加しており,財政赤字が発生している。国債を発行しないことを強調することでこの事実が隠されてしまう。
 第2は,復興経費を公的年金で負担することになるが,このままでは将来の世代がどこかの時点でそのつけを払わされることになるだろう。復興財源を誰が負担するのか,を議論することなく,国債を発行しないという名目だけで将来の世代が負担することを決めてしまうのは正当な政策決定だろうか。
 日本学術会議経済学委員会が4月5日にまとめた「東日本大震災に対応する第三次緊急提言のための審議資料」では,経済政策立案のための5つの軸のひとつに「誰が負担するのか」をあげている。そして,復興財源について,
「世代間の公平性を確保しなければならないが、先述した若い世代のボランティア活動に対する返礼、さらに若い世代が災害後の日本経済・日本社会の復興の主体となるはずであることから、高齢世代が若年世代の活動を少しでも支援する方向性をもった貢献方法に重きを置くべきであろう。」
とのべている。

 年金特別会計への繰入減額については,もっと良い対応が2つ考えられる。
 第1は,デフレ下で先延ばしされているマクロ経済スライドを実施して,制度本来の水準以上にある年金給付を抑制することで財源を確保することである。現在の受給者の年金の多くが若い世代からの所得移転で支えられている現状を鑑みると,誰が負担するのかの視点では,少なくとも補正予算よりは合理性をもつ。
 このような改革がすぐにまとまらない場合には,第2の策として,国庫負担は当初予算通りにして補正予算では国債を発行する方がよい。そのことによって2.5兆円の国債が追加で発行されても,年金積立金が2.5兆円回復するので,そこで国債を保有すれば,政府以外の国債消化には変化はない。今回の補正予算が国債の消化に影響を与えなければ,基礎年金国庫負担を当初予算通りにする方法も,同じように国債の消化に影響を与えないはずだ。
 震災復興の全体では国債を発行することは確実で,第1弾の今回の補正予算で国債を発行しないことに強くこだわる必要はなく,逆にそのことで政策を歪めることの方が問題だ。

(参考)
「平成23年度補正予算」(財務省,2011年4月22日)
http://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2011/hosei230422.htm

「東日本大震災に対応する第三次緊急提言のための審議資料」(日本学術会議経済学委員会,2011年4月5日)
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/1bu/pdf/09economics.pdf

「『マクロ経済スライド』発動の遅れ」(ニッセイ基礎研究所)
http://www.nli-research.co.jp/report/pension_strategy/2010/Vol166/str1004b.pdf

国債整理基金特別会計への定率繰入

 1996年に日本経済新聞の「やさしい経済学」で「隠れ借金」(https://iwmtyss.com/Docs/1999/KakureShakkin.html )というシリーズを執筆した。
 Twitterで黒木玄・東北大学助教が4月24日に,この拙稿を引用し,

【経済】1996年に岩本康志さん曰く「定率繰り入れの停止は,ストックの隠れ借金には積み上がらない」 http://bit.ly/ejVshq はい、国債整理基金特別会計への定率繰り入れの停止に御墨付が出てますよぉ(笑)。
http://twitter.com/#!/genkuroki/status/62065130468409344

とツイートされ,高橋洋一・嘉悦大学教授は25日に,

当時の担当者は私で話を聞いてくれたのにRT @genkuroki: 【経済】1996年に岩本康志さん曰く「定率繰入の停止は,ストックの隠れ借金には積み上がらない」 http://bit.ly/ejVshq はい、国債整理基金特別会計への定率繰入の停止に御墨付が出てますよぉ(笑)
http://twitter.com/#!/YoichiTakahashi/status/62372981711712256

とツイートされている。いずれにも間違いが含まれている。
 まず,国債整理基金特別会計への定率繰入停止に私が賛成しているというのは誤りである。
 1995年まで続けられた隠れ借金の評価を翌年にまとめたのが拙稿であるが,その最終節にあるように,私の評価は,

「会計の透明性を失われたこともさることながら,隠れ借金の最大の問題は,財政運営の目標を混乱させたことにある」

と否定的である。このような手法をとるべきではない,という私の考えは当時も今も変わっていない。黒木助教が引用した個所は,単に事実関係をのべているだけである。引用された文章の周辺は,隠れ借金の現れ方が複雑で,当時の議論で錯綜していたものを整理することを目的としている。
 つぎに高橋教授の書き振りは,私が高橋氏の説明を受けて拙稿を書いたかのようであるが,これは事実ではない。高橋教授と私の出会いは,氏が大蔵省理財局在職中の1998年1月のことであり,1996年の拙稿が高橋教授の説明の影響を受けるわけがない。

 ついでというわけではないが,震災復興財源として国債整理基金の定率繰入停止(ないし余剰金の取り崩し)が利用できるか,を簡単に論じておこう。
 定率繰入停止がストックとしての隠れ借金にならないというのは,粗債務が変化しないという意味である。一方,定率繰入停止分を支出すると,国債整理基金の資産が減少し,純債務は増加する。つまり,財政赤字が発生する。当然,財政赤字は財源ではない。ならば,そのことが明確にわかるように国債発行するのが,現行会計制度でのもとで透明性を高めるやり方だ。
 現在の公債償還ルールでは償還資金を国債整理基金に積み立てていくので,国は国債を発行し,国債を保有する形になる。こういう両建てが馬鹿馬鹿しいという意見には一理ある。しかし,この資産が財政支出に回せる財源と見なすのは不適当だ。「『霞が関埋蔵金』の使い方」でのべたように,国債を買入消却することで,資産と負債の両方を減らすのが望ましい。
 定率繰入停止は,現行の公債償還ルールを放棄することになる。放棄するならば,それに変わる財政規律ルールと政府会計の改革が必要である。それが同時になされなければ,単に財政規律の放棄になる。これは財政運営の作成と予算制度改革のなかで考えていくべき課題であり,上記の拙稿はそのひとつの提言である。
 復興財源を考える場に予算制度改革を持ち出しては混乱するだけである。その場では現在の公債償還ルールを所与して枠組みをまとめればよい。公債償還ルールを改革するなら,適当な別の場で進めるべきだろう。

(参考)
隠れ借金
https://iwmtyss.com/Docs/1999/KakureShakkin.html

(関係する過去記事)
『霞が関埋蔵金』の使い方

復興国債の日銀引き受けはそもそも財源か?

 復興国債の日銀引き受けが最近取り沙汰されていたが,ゼロ金利で貨幣量が増えている現在の環境のもとで国債の日銀引き受けから財源を得ようとすると,かりに国債と通貨の信認が揺らがないとしても,制御できないインフレが生じるだろう(注1)。これに対する「インフレが過熱するなら金融を引き締めればいい」という反論は,財源を得るということはそれが不可能であるという事実に気づいていない。貨幣を増やしたままにしないと財源にならないのだが,貨幣を増やしたままで金融引き締めはできないからである。別の角度から言えば,インフレを制御しようとすれば,国債の日銀引き受けは財源にならない。
 以上のことは,目新しい話ではなく,ゼロ金利解除のときに何が起こるかについて10年ほど前の金融政策の論争過程で明らかになっていることから導かれるものである。また,池尾和人・慶応大学教授が「既視感が漂うデフレ脱却論議」(http://agora-web.jp/archives/938282.html )で,ヘリコプター・ドロップ政策について論じていることと共通の背景をもつ(注2)。私の「貨幣数量説と流動性の罠」とも趣旨が共通しているが,以下では財源の視点から論じ直してみたい。

 日銀が国債を引き受けることが財源になるというのは,おおむね以下のような考え方による。中央銀行は資産に国債,負債側に貨幣(日銀券と準備預金)をもつので,国債を引き受けると,その分貨幣が増加する。日銀が国債を引き受けることは,政府が貨幣を増加させるのと同じことになる(日銀が市場で国債を購入しても同様な効果があるが,今回の記事では日銀引き受けだけに関心をしぼる)。国債はやがて税を財源にして償還しなければならず,償還までの間に利子を払わなければいけない。一方,貨幣は償還する必要はなく,利子を払う必要もない。となれば,国債ではなく貨幣を発行することで,財源が生じそうである(注3)。
 以上の議論では貨幣が民間で保有され続けることが必要になるので,それが何を意味するのかを貨幣需要関数を使って考えよう。典型的な貨幣需要関数は

M/P=L(i,Y)

であり,Mは名目貨幣,Pは物価水準,iは名目金利,Yは実質所得である。PかYが増えて名目所得が上昇すれば,(名目金利がさほど変化しなければ)名目貨幣Mへの需要が増える。マイルドインフレが継続しているとき,インフレに合わせて増加する貨幣は償還されることはなく,政府の財源とみなすことができる。
 ところが,「貨幣数量説と流動性の罠」で紹介した通り,1995年に政策金利が0.5%となる前の日本ではマネタリーベース(M)と名目GDP(PY)に安定した関係が見られるが,1995年以降は,この関係から大きく外れてMだけが増えている。今後デフレから脱却して金利が上がった場合に,貨幣の需要と供給が均衡する経済の姿がどのようになるのかは,この事実を踏まえて考えないといけない。若干面倒だが場合分けが必要である。まず,現在の貨幣需要がどうなっているかで,3つに分けられる。

(1)ゼロ金利を解除すると貨幣需要が1995年以前に見られた関係に戻る場合。このとき,ゼロ金利が解除された時点で最近の名目GDP水準と整合的な貨幣需要は,現在の水準よりも大幅に小さくなる。さらに,ゼロ金利の解除のタイミングで2つに場合分けされる。
(1a)ゼロ金利を早晩解除するならば,マネタリーベースを大幅に縮小させないといけない。このため,貨幣が償還されないという前提が崩れて,国債引き受けは財源とならない。
(1b)財源を得るためにマネタリーベースを縮小させなければ,名目GDPがそれと整合的水準(それは現在の名目GDPよりも非常に高い)になるまでゼロ金利を継続しなければいけない。それがいつまで続くかで,とりあえず2つの場合を考える。
(1b1)比較的短い時間で非常に高い名目GDPに到達するには,その間に猛インフレが起こらないといけない(注4)。
(1b2)マイルドインフレで非常に高い名目GDPに到達しようとすれば非常に長い時間がかかる。これはマイルドインフレが持続するので万々歳のように見えるが,この期間中はゼロ金利でなければいけないことに注意されたい。インフレターゲットを採用している中央銀行でも,物価の安定のためには政策金利を操作して経済の安定化を図っている。それでも,大きなショックがあったときには,インフレ率がターゲットの範囲を外れることがある。ゼロ金利を維持するというのは金利の操作という強力なツールを奪われたことになるので,そのもとでインフレターゲットをもつだけでターゲット内のインフレが実現できる,という考え方はご都合主義であり,とても根拠がつけられない。「インフレが加熱すれば金融を引き締めればいい」は通用しない。ゼロ金利を維持したままで,どうやって金融を引き締めればいいのか。結局は,日銀は物価の安定を図れなくなるだろう。
(2)じつは低金利が続いているうちに貨幣需要関数が変化(需要が増えている)していて,ゼロ金利が解除されたときに最近の名目GDPと整合的な貨幣需要は現在の水準とほぼ同じところにある場合。これは,マネタリーベースを縮小させることなく,マイルドインフレに着地できそうなので,日銀の国債引き受けで財源確保を考えている人たちには望ましい事態である。しかし,マイルドインフレにちょうど着地するように貨幣需要が変化していた,という考え方にはおよそ合理的な根拠はなく,やはりご都合主義である。
(3)貨幣需要がある程度変化していて,(1)と(2)の間にある場合。これは,15年以上もゼロ金利か,その近傍にあったので,金利が上がったときの貨幣需要がどこにあるのかはよくわからない,という慎重な態度である。本当にわからなければ何も言えなくなるが,まずは過去の経験(つまり1995年以前の貨幣需要関数)に沿った水準をおさえて,そこから幅をもって考える,というのが妥当な推論だろう。これが,「貨幣数量説と流動性の罠」において私が「1995年以前の貨幣の流通速度をもとにしているので,着地すべき名目GDPにはある程度の幅をもってみる必要はある」としたものである。何が起こるかは,定性的には(1)の場合の帰結があてはまる。

 場合分けが多くなったが,まともな金融政策の運営は(1a)である。他は,
(1b1)猛インフレ
(1b2)制御できないインフレ
(2)ご都合主義で,現実にはあり得ない
という帰結になる。
(1a)では,いま国債引き受けで増えた貨幣はゼロ金利政策を解除するところで国債に変わってしまうので,「貨幣が償還されないから」という財源の根拠がなくなってしまう。ゼロ金利の期間中は短期国債もほぼゼロ金利で発行できるから,「金利を払う必要がない」という財源の根拠もなくなってしまう。したがって,物価の安定が図れても,日銀引き受けが財源にはならない。「貨幣が償還されない」を貫くと,(1b)のように物価の安定化が図れない。

 経済学のなかでは,マイルドインフレでの通貨発行益と通常の税とをどう組み合わせて財源調達するかという議論(注5)はあるが,制御できないインフレは経済の混乱が大きくて,比較の対象にならない。
 以上,復興国債の日銀引き受けは,流動性の罠にある現在の日本の状態では,財源にはならない。したがって,復興財源は通常の手段,つまり現在か将来の税でまかなうことになる。震災は稀なショックであるから,ある程度長期に分散した税で財源調達するのは,「課税平準化」[2011年6月5日追記:「平準化」を「標準化」と誤記していました]と呼ばれる合理的な考え方である。つまり,国債を発行して時間をかけて償還していくことになる。ただし,今後に高齢化が進行することを考えると,償還期間は最長でも20年間程度だろう。償還期間は復興予算の規模との兼ね合いで決まるべきものである。増税はいますぐである必要はなく,現状の混乱期を避けて2年程度後からでもいいだろう。
 復興計画の作成では,復興のために何をするかを考えることが先である。復興構想会議にはそれが期待されていたはずである。それが最初から増税が注目を集めてしまうのは,会議の不手際である。軌道修正が必要だ。

(注1)
 今回の記事では,日銀引き受けが国債や通貨の信認を損なうことはないと考えている人の意見の問題点を扱うので,信認が損なわれないとの前提で議論するが,これは戦略的仮定であって,私の意見ではない。[2011年6月21日追記:「信認」の誤記を修正。]
財政法第5条(日銀の国債引き受け)について」でのべた通り,私は,国債の日銀引き受けに反対である。日銀引き受けの禁止は,財政規律を保つための防ぐ安全装置であり,それを外すメリットはない。
(注2)
厳密なモデル分析の基礎を与えるものとしては,Ball (2008)がある。
(注3)
 貨幣が償還されない前提で,貨幣の増加が財源とみなせる議論は「通貨発行益」の標準的な議論である。このことは,「通貨発行益」で説明した。
(注4)
 ただし,これは「ハイパーインフレーションの理論」で示した,ハイパーインフレーションとは違った現象である。そこでは,国債は市中で消化できずにすべて中央銀行が消化せざるを得ず,貨幣の増加が中央銀行にとっては外生的な財政赤字で決定されている。今回の記事では,貨幣の量は財政赤字とは関係をもたない。
(注5)
 例えば,2006年にノーベル経済学賞を受賞したフェルプス教授の研究(Phelps, 1973)。

(参考文献)
Laurence Ball (2008), “Helicopter Drops and Japan’s Liquidity Trap,” Monetary and Economic Studies, December, Vol. 26, pp. 87-105.
http://www.imes.boj.or.jp/research/papers/english/me26-7.pdf

Edmund S. Phelps (1973), “Inflation in the Theory of Public Finance,” Swedish Journal of Economics, Vol. 75, No. 1, March, pp. 67-82.
http://www.jstor.org/stable/3439275

(参考)
「既視感が漂うデフレ脱却論議」(池尾和人)
http://agora-web.jp/archives/938282.html

(関係する過去記事)
ハイパーインフレーションの理論
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32519668.html

財政法第5条(日銀の国債引き受け)について

通貨発行益

貨幣数量説と流動性の罠

何がいま被災者を苦しめているのか

 4月12日の菅直人首相の記者会見には愕然とした。
 東北地方太平洋沖地震から1か月。指導者が国民にメッセージを発する重要な機会だ。会見は,首相と政府が何をしたのか,についての菅首相の説明から始まった。
「大震災発生直後に、私はまず人命の救済を考え、自衛隊に出動を命じました。」
 そして,救助・救急に当たった自衛隊,警察、消防、海上保安庁,被災者支援に当たった自治体,企業,NPO,国民,外国への感謝の念がのべられる。しかし,その続きが
「いよいよ復旧に入らなければなりません。そして復興に向かわなければなりません。」
には耳を疑った。
 災害が起こったときに政府はたくさんのことを短時間にやらなければいけない。そのために「防災基本計画」から始まるマニュアル群が存在する。防災基本計画では,災害予防,災害応急対策,災害復旧・復興の順に流れ,現在は災害応急対策の時期だ。その活動は,

発災直後の情報の収集・連絡及び通信の確保
活動体制の確立
救助・救急,医療及び消火活動
緊急輸送のための交通の確保・緊急輸送活動
避難収容活動
食料・飲料水及び生活必需品等の調達,供給活動
保健衛生,防疫,遺体の処理等に関する活動
社会秩序の維持,物価の安定等に関する活動
施設,設備等の応急復旧活動
被災者等への的確な情報伝達活動
二次災害の防止活動
自発的支援の受入れ

が列挙されている。避難所へ必要物資を届ける,衛生状態を保つ,仮設住宅を早期に用意する等,今やるべき仕事ははっきりしている。しかし,これだけの規模の災害でそれらを迅速にこなすのは難事である。ロジスティックス(兵站)が最大の課題だ。こうしたときの組織は指揮系統を明確にして,規律をもって機敏に行動しなければいけない。平時を想定した法令・前例がボトルネックになればそれを突破していくのが,政治が本来すべき仕事だ。
 最も重大な災害への応急対策を取り仕切る緊急災害対策本部が今回はじめて設置されたが,その本部長である菅首相は原発に没頭し,すでに報道されている通り官邸が機能不全に陥り,供給活動をはじめとした被災者の生活支援に十分に手が回らず,被災者を苦しめている。
 菅首相が問題の根源であることは,記者との質疑応答のなかでも確認できる。「一体、何のためにその地位にしがみ付いていらっしゃるのか」との厳しい質問に対して,首相は
「先ほど来、申し上げていますように、震災が発生して、即座に自衛隊の出動をお願いし、多くの方を救済いただきました。また原子力事故に対しても、大変な事故でありますから、それに対してしっかりとした態勢を組んで、全力を挙げて取り組んできているところでありまして」
と返答している。演説を補足する機会を与えられながらも,現在やるべきことで滞っている被災者の生活支援が出てこない。「救助・救急」と言わず「人命の救済」と言っているから,防災の基本も頭に入っていない。

 Twitterで,ある方から「復興よりも財政が大事と考えている政治家、著名人、マスコミが被災者を窮地に追い込んでいると思います」という意見をいただいたが,現状では的外れである。(「復興よりも財政が大事」という捉え方自体が的外れだが,それはとりあえず措くとして)復興財源を議論することで,いま被災者を苦しめることは不可能である。復旧・復興の財源調達はつぎの段階ですべきことであって,被災者への応急の支援から速やかにバトンを受け取れるように,いま議論しているのである。がれきを撤去しなければ被災地再建は始められず,このような大震災では一朝一夕には片付かない。だから今月にまとめる予定の補正予算に本格的復興の経費を計上したとしても,執行は無理である。そのため当面すべきことの経費を計上するように準備されているのであり,国債発行をしないために復興予算を抑え込んでいるわけではない。
 復興に手を尽くすのは当然の前提であるが,被害規模の把握もできておらず,再建の構想もまとまってない現状は復興予算全体の規模を固める段階にはない。これは,もう少し時間をかけてもまだ間に合う。ただし,いつ頃までにそれをまとめるのか,応急対策がどう進行していくか,のスケジュールを示すことは重要だ。先が見通せることは,被災者が当面の苦しい生活を耐えることの大きな助けになるからだ。

(参考)
内閣総理大臣記者会見(2011年4月12日)
http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201104/12kaiken.html

防災基本計画(2008年2月,中央防災会議)
http://www.bousai.go.jp/keikaku/090218_basic_plan.pdf
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