岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2011年05月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

東京電力による損害賠償の政府支援スキームの代案

 政府が13日に決定した東京電力の福島第一原発事故の損害賠償に対する政府支援スキームの代案を提案する。

以下の3つの内容からなる特別法を制定する。
(1)原発事故以降の融資・社債による東電への資金供給には政府保証をつける。
(2)被災者への賠償額が巨額になり東電が債務超過になる場合には,100%減資した上で政府が出資し,一時国有化する。
(3)賠償支払いを終えた時点で政府は株式を売却して,東電は民間会社として再出発する。これ以降の東電への資金供給には政府保証はつけない。

 代案は,経済の基本的ルールを尊重した上で,被害者への賠償が確実におこなわれること,電力が安定的に提供されることの2つの目的を達するために必要最小限に政府が介入するものである。
 第1項は,賠償中に東電が資金繰りに行き詰まると,賠償支払いと電力供給の両面に支障が生じるので,円滑に資金が得られるようにするためである。事故後の融資・社債による資金供給には賠償責任はないと考えられるので,これらに優先弁済権をもたせるとともに,政府保証をつける。
 東電の体力で賠償できるならば,それ以上の政府の介入は必要ないので,第2項は必要なくなる。賠償額が巨額になると債務超過になって,債務調整がされた場合に損害賠償がおこなえなくおそれがある。それを避けるために,債務超過になった場合には,国有化して,東電が賠償を続けられるようにする。
 国有化は被災者への賠償を確実にするための措置なので,その役割が終了した時点で東電は民間会社に戻る。この時点で東電が資産超過であれば,政府は株式の売却益をあげられる。債務超過であれば債務調整がおこなわれる。この際の債務調整は通常の整理でよい。100%減資によって,出資分が政府の損失になる。債務が非常に大きかった場合には,政府保証した債務に対して政府の負担が発生することもある。
 当然,民間企業となった以降の資金供給に対する政府保証は必要なくなる。電力市場の活性化のためには国有企業が長く居座ることはよくない。少額の賠償請求が長く残りそうなら,その部分は政府の管理する基金として切り離し,大半の賠償が終わった時点で東電は民間会社に戻る。基金は,すべての賠償を終えた時点で清算する。

 政府案と代案の主な違いは,以下のようになる。
(1)政府案では既存株主は保護されるが,代案では株主の地位に介入しない(通常の債務調整と同じである)。
(2)政府案では社債保有者は保護される。代案では賠償金支払期間の社債の償還は保証されるが,それ以降の期間は社債保有者の地位に介入しない。
(3)政府案では原発をもつ他電力会社も賠償金を負担するが,代案ではそれはない。
(4)政府案で発生するかもしれない政府の負担は,東電の利益で支払うことができない賠償分である。代案で発生するかもしれない政府の負担は,政府の出資と保証の分である。
(5)政府案では賠償金を東電の利益で返済し終わるまで政府の関与が続くが,代案では大半の賠償金を支払い終えた時点で政府の関与は終了する。つまり,東電が通常の民間会社でない時間は,代案が短い。

(参考)
「情報BOX:原発事故賠償支援の具体的な枠組み」(ロイター,2011年5月13日)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-21081120110513

(関係する過去記事)
東京電力の一時国有化

浜岡原子力発電所の運転停止を命令する方法

 菅首相が中部電力に浜岡原発の停止を要請するまでの経緯を追うことで,どうやって浜岡原発を止めれば,「誰が中部電力を所有しているか」で指摘した問題を避けられたのかを見ていこう。

 原子力安全・保安院は3月30日,福島第一原発事故を踏まえて緊急安全対策を講じることを発表した。そのために,省令等を改正して、すべての原発に安全対策の強化を求めた。規則改正は,

「実用発電用原子炉施設保安規定の審査について(内規)の改正について」
http://www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2011/230330-6.html
「「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則」及び「研究開発段階にある発電の用に供する原子炉の設置、運転に関する規則」の一部を改正する省令について」
http://www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2011/230330-7.html
「発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令の解釈についての一部改正について」
http://www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2011/230330-8.html

として公表されている通り,各所に及んでいる。
 この手続きの法的根拠は,同日改正された「実用発電用原子炉施設保安規定の審査について(内規)」では,以下のように説明されている。

「原子炉設置者は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」という。)第37条第1項の規定に基づき、発電所ごとに保安規定を定め、経済産業大臣の認可を受けることが義務付けられている。
 これを受け、認可を受けようとする原子炉設置者は、実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(以下「実用炉規則」という。)第16条第1項において規定されている各項目について定め、申請書を提出することが求められている。
 申請書を受理した原子力安全・保安院は、原子炉設置者から申請された保安規定について、原子炉等規制法第37条第2項に定める認可要件である「核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上十分でないと認められない」ことを確認するための審査を行うこととしている。
 したがって、保安規定の審査における基準を明確にする観点から、保安規定の認可の審査に当たって確認すべき事項等を内規として定める。」

 原子炉等規制法第37条第1,2項は,
「1 原子炉設置者は、主務省令で定めるところにより、保安規定(原子炉の運転に関する保安教育についての規定を含む。以下この条において同じ。)を定め、原子炉の運転開始前に、主務大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。
2  主務大臣は、保安規定が核燃料物質、核燃料物質によつて汚染された物又は原子炉による災害の防止上十分でないと認めるときは、前項の認可をしてはならない。」

と定めている。
 そして,原子力安全・保安院は5月6日,各電力会社から出された保安規定を「災害の防止上十分でないとは認められないため」認可した。これは,「津波に対する原子炉施設の保全のための活動を行う体制の整備に関する保安規定変更の認可について」(http://www.meti.go.jp/press/2011/05/20110506005/20110506005.html )として公表されている。
 ここまで,浜岡原発の運転を続ける路線が敷かれている。それをひっくり返したのが,5月6日の経済産業大臣談話「緊急安全対策の実施状況の確認と浜岡原子力発電所について」(http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed110506aaaj.html)である。これは,まれにみる,そしてずさんなちゃぶ台返しだ。
 談話の重要点を抜粋すると以下の通り。

「1.東京電力福島第一原子力発電所の事故を踏まえ、3月30日、全国の原子力発電所について、緊急安全対策の実施を各電力会社に指示した。
2.各電力会社からの報告を踏まえ、確認・評価を行った結果、報告を受けた全ての原子力発電所について、緊急安全対策として直ちに講ずることとされている全交流電源喪失等対策が適切に措置されていることを確認した。
(略)
5.中部電力浜岡原子力発電所についても、中部電力が短期の緊急安全対策に全力をあげて取り組んでおられる姿に敬意を表す。しかしながら、文部科学省の地震調査研究推進本部の評価によれば、30年以内にマグニチュード8程度の想定東海地震が発生する可能性が87%と極めて切迫している。こうした浜岡原子力発電所を巡る特別な事情を考慮する必要があり、苦渋の決断として、同発電所については、想定東海地震に十分耐えられる防潮堤設置等の中長期対策を確実に実施する必要があり、この中長期対策を終えるまでの間、定期検査停止中の3号機のみならず、運転中のものも含め、全ての号機の運転を停止すべきと判断した。本日、中部電力に対して、中長期対策の確実な実施と浜岡原子力発電所全号機の運転停止を求めた。
6.なお、浜岡原子力発電所が運転停止した場合の中部電力管内の電力需給バランスに支障が生じないよう、政府としても必要な対策を講じていく。」

 1から4までは,浜岡原発も対策は適切であるとして,運転を認める路線で書かれている。それを5でひっくり返しているわけだが,ひっくり返し方が拙い。「想定東海地震に十分耐えられる防潮堤設置等の中長期対策を確実に実施する必要があ(る)」という判断が浜岡原発を止めるほど重大なものなら,なぜそれは法規に基づく判断基準に入らないのだろうか。法規に基づく規制の妥当性が損なわれることになる。

 意見が分かれ,誰も正解をもたない原発事故リスクの評価を政治が判断することは間違いではない。しかし,政治判断を法規に基づく規制のなかにきちんと落とし込むように官僚を指揮するのが,政治家の仕事である。
 運転停止を命じるとすれば,経産相談話にあった趣旨を最初から緊急安全対策が満たすべき要件に加えればよかった。大地震に見舞われる確率が高い地域では津波に対するさらに厳重な対応を求めるよう,法規に則って,基準をつくる。具体的には,防潮堤設置である。そうすると,浜岡原発が現在できる対策は「防災上十分ではない」ことになって,保安規定は認可されない。すると,原子炉等規制法第37条第1項に違反する。そして,第33条第2項

「2 主務大臣は、原子炉設置者が次の各号のいずれかに該当するときは、第23条第1項の許可を取り消し、又は1年以内の期間を定めて原子炉の運転の停止を命ずることができる。
(略)
四  第37条第1項若しくは第4項の規定に違反し、又は同条第3項の規定による命令に違反したとき。」

に基づいて,対策がなされるまでの期間の運転停止を命じる方針とし,まずは1年間の運転停止の命令を出せばよい。
 このように進めていれば,浜岡原発運転停止の是非は,原発事故リスクの評価とエネルギー政策の観点からの議論ができたはずである。私も,この記事も「誰が中部電力を所有しているか」も書く必要がなかった。

(参考)
「福島第一・第二原子力発電所事故を踏まえた他の発電所の緊急安全対策の実施について」(原子力安全・保安院,2011年3月30日)
http://www.meti.go.jp/press/20110330004/20110330004.html


(関係する過去記事)
誰が中部電力を所有しているか

誰が中部電力を所有しているか

 政府と民間企業の間には一線が引かれる。政府は何らかの政策目的がもって民間企業の活動に介入することがあるが,そこには一定のルールがある。菅首相が中部電力へ浜岡原発の停止を要請したことは,そのルールを逸脱している。

 国は安全基準に則って危険だと判断すれば,浜岡原発の停止を命令することができる(注1)。停止命令が出ていないときに運転するか停止するかは,中部電力の判断である。その判断をできる者が,中部電力の所有者である。かりにまったくの第三者の私が浜岡原発の停止を要請しても,相手にしてもらえないだろう。しかし,過半数の株主が停止を要請すれば,社長はそれにしたがうだろう。組織はさまざまな関係者の「契約の束」としてとらえられる。組織はこの契約に基づき活動するが,組織のすべての活動が契約で記述されているわけではなく,契約は不完備な状況にある。不完備な契約で定められていないことを決定できる者が組織の所有者である,というのが契約理論の考え方である(Grossman and Hart, 1986)。これが,株主は会社の所有者であり,私は中部電力の所有者でない,ことの意味である。
 中部電力社長は「首相の要請は重い」と言って,菅首相の要請を受諾した。これにより,中部電力の所有者は誰なのか,という問題が生じた。浜岡原発の停止によって中部電力の業績悪化が予想されるが,株主がそれを選択したことになるのか。株主が会社の所有者であるはずだが,そのことが揺らいでいる。法令に基づく命令であれば,それは会社を構成する「契約の束」のひとつであって,株主の所有者としての地位は揺らがない。したがって,首相の行動は,私有財産の侵害につながる。
 政府が所有する企業(公的企業)と民間企業の線引きは,わが国ではこれまでしっかり意識されてきた。民間の企業活動への政府の介入は,法令に基づいた上で裁量を減らすように腐心してきた。政府の裁量による介入が企業活動を決めてしまっては,政府が実質的な企業の所有者になってしまうからだ。また,法律によって公的企業は設置され,法律によらずに(ましては首相の独断で)民間企業の株を買収して企業を所有するようなことはしてこなかった。これらは,私有財産制の基盤を揺るがし,自由主義経済の基本ルールを脅かすことになるからだ。

 浜岡原発の停止が命令によらずに要請の形をとったことをどれだけ懸念するかは,その人が経済のルールにどれだけ敏感かにかかわっている。浜岡原発の停止の是非についてはだいぶ議論されているが,この問題にメディアと国民の反応が鈍感であるように見えるのが気になる。

(注)
 反対解釈だと,安全基準に則って危険だと判断できなければ命令できなくなる。その場合は,東北地方太平洋沖地震の経験を踏まえて安全基準を厳しくするとの口実を立てて,命令につなげることができる。

(参考)
「不完備契約の基礎づけ」(Econo斬り!!)
http://blog.livedoor.jp/yagena/archives/50026629.html

(参考文献)
Sanford J. Grossman and Oliver D. Hart (1986) "The Costs and Benefits of Ownership: A Theory of Vertical and Lateral Integration" Journal of Political Economy, Vol. 94, No. 4, August, pp. 691-719

小佐古参与辞任と政府の反応

 内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘・東大教授(放射線安全学)が4月29日の記者会見で辞任の理由について説明した資料がNHK「かぶん」ブログ(http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/200/80519.html )に掲載されている。そのなかにある政府の対応に対する批判の2つと,管首相と枝野官房長官の反応を以下にまとめる。

(1)
小佐古教授「放射線業務従事者の緊急時被ばくの「限度」ですが、この件は既に放射線審議会で国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告の国内法令取り入れの議論が、数年間にわたり行われ、審議終了事項として本年1月末に「放射線審議会基本部会中間報告書」として取りまとめられ、500mSvあるいは1Svとすることが勧告されています。法の手順としては、この件につき見解を求められれば、そう答えるべきであるが、立地指針等にしか現れない40-50年前の考え方に基づく、250mSvの数値使用が妥当かとの経済産業大臣、文部科学大臣等の諮問に対する放射線審議会の答申として、「それで妥当」としている。ところが、福島現地での厳しい状況を反映して、今になり500mSvを限度へとの、再引き上げの議論も始まっている状況である。まさに「モグラたたき」的、場当たり的な政策決定のプロセスで官邸と行政機関がとっているように見える。」

管首相「政府は参与の意見も含め、議論の結果に基づく原子力安全委員会の助言で対応している。場当たり的とは考えていない」(4月30日の国会答弁,http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110430-OYT1T00888.htm )

 いえ,政府と原子力安全委員会と合わせて場当たり的と小佐古教授に批判されているわけだが。

(2)
小佐古教授「福島県の小学校等の校庭利用の線量基準が年間20mSvの被曝を基礎として導出、誘導され、毎時3.8μSvと決定され、文部科学省から通達が出されている。これらの学校では、通常の授業を行おうとしているわけで、その状態は、通常の放射線防護基準に近いもの(年間1mSv,特殊な例でも年間5mSv)で運用すべきで、警戒期ではあるにしても、緊急時(2,3日あるいはせいぜい1,2週間くらい)に運用すべき数値をこの時期に使用するのは、全くの間違いであります。」

枝野官房長官「文部科学省は1から20ミリシーベルトを暫定的な目安として、今後できる限り児童生徒等が受ける線量を減らしていくことが適切であるという考え方にたっているのであって、20ミリシーベルトまでの被爆〔原文ママ〕を許容しているものではないので、そこは小佐古先生がおっしゃっていること自体が認識というか誤解に基づいている。」(4月30日の記者会見,http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110430/plc11043013400008-n2.htm

 小佐古教授は緊急時の基準ではなく通常時の基準を使うべきと主張しているので,枝野長官が小佐古教授の批判を誤解しているのだが。
 緊急時か通常期かの判断には専門家ではない私は立ち入らないが,政府が,小佐古教授の考えを参与辞任前も後もよく聞いていないことはわかった。

(参考)
「官房参与が辞任・記者会見資料を全文掲載します」(NHK「かぶん」ブログ,2011年4月29日)
http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/200/80519.html

「場当たり的」批判、官房長官は「誤解」強調」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110430-OYT1T00888.htm

枝野長官会見(1)小佐古参与辞任理由「誤解か何かがあるのかな」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110430/plc11043013400008-n2.htm
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