岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2011年06月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

いったい,どこの国の話…

 昨日のブログ記事「国債引き受けと国債買いオペの比較」で紹介した岩田規久男・学習院大学教授の著書『経済復興』(筑摩書房刊,2011年)を読んでいて,いったいどこの国の話をしているのだろう,と思う箇所があったので,今回の記事はそこだけの簡単な感想(本全体をとりあげる書評ではありません)。

 岩田教授は日銀が国債引き受けをした場合に,民間非銀行部門の貨幣が増加すると主張するが,その影響について,貨幣が増えた主体を読者にたとえて,つぎのようにのべる。
「読者が増えた手持ち貨幣を預金する場合には,次のようなことが起こる。読者のように,増えた貨幣で預金する人が増えると,銀行は受け入れる預金が必要以上に多くなるため,預金金利を引き下げようとするであろう。預金金利が低下すると,国民の中には,預金よりも国債の方が有利と考えて,預金を下ろして,国債を購入する人が増えるだろう。国債の購入が増えると,国債の価格は上昇し,逆に,国債の金利は低下する。(中略)
 国債の金利が低下すると,これまで,国債の保有を増やしていた銀行はいままでよりも,貸し出しを増やして,貸出金利収入を得た方が有利と考えて,貸し出しを増やそうとするだろう。」(37-38頁)
 いまの普通預金の金利は大体0.02%,3年もの定期預金でも大体0.06%である。金利がマイナスになるとタンス預金に回されるので,銀行が預金金利を下げる余地はほとんどない。
 預金金利は政策金利に連動しても動く。金利がゼロでないときの通常の政策金利の変更幅は最小でも0.25%である。金融政策のスタンスを変えるときには,何度か政策金利の変更をするので,累計すると金利の変化幅はもっと大きくなる。リーマン・ショック後の各国(日本以外)での金融緩和での政策金利の下げ幅は大体3%以上。そうした金融政策の変化に比較すると,ここで考えられているのは2桁小さい金利の変化だ。
 岩田教授の説明する経路を通した政策の効果は,現状の日本では,何も期待できない,というレベルだ。

 もうひとつは,「金融緩和政策を伴わない復興支出の増加は円高をもたらす」と題された一節である(50-52頁)。
 岩田教授は,日銀の国債引き受けか,日銀の国債買いオペという金融緩和政策がとられなければ,財政支出増加が円高をもたらし,所得を増やす効果は極めて小さい,と主張する。金融政策のスタンス次第で円高になって財政支出の効果が減退することはマンデル=フレミング・モデルが示すことで,そのこと自体はマクロ経済学の共通の理解だ。
 しかし現状は,ゼロ金利のもと,自然体で量的緩和がおこなわれている。所得が増えて貨幣需要が少々拡大しても,日銀がマネタリーベースをすぐに拡大しなければいけないというわけではない。
 また,外国との金利差で為替レートが決まると考える(注)と,財政政策の効果が損なわれないためには,金利を一定に保つ金融政策をとっていればよい。現在の日本では短期債のオペという通常の手段でゼロ金利を維持できており,国債引き受けや長期国債の買い切りオペのような特殊な手段が必要というわけではない。
 現在の日銀はデフレ脱却まではゼロ金利を続けるスタンスなので,そのスタンスを維持していれば,財政政策の効果は損なわれない。財政支出と同時に日銀が利上げをすれば財政政策としての効果は損なわれる,というのは異論のない話だが,現状の日本には関係がない。

(注)
 斉藤他『マクロ経済学』(有斐閣刊,2010年)の240頁以下に,為替レートの金利平価関係として説明されている。

(関係する過去記事)
IS-LMモデルでの財政政策

『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)

国債引き受けと国債買いオペの比較

国債引き受けと国債買いオペの比較

 山本幸三衆議院議員のブログ(http://ameblo.jp/shugiin/entry-10903419769.html )で紹介されているが,5月25日に自民党での震災後の経済戦略に関する特命委員会に出席して,復興財源について議論する機会があった。そのとき,山本代議士から,復興国債を日銀が引き受けすることは市中で消化された復興国債を日銀が購入するよりも効果がある,という話が出た。私がそのような話を聞いたのはそのときがはじめてだったが,日銀の国債引き受けの方が貨幣が増えるという趣旨のようだった。その場では時間が限られていたので,私は「貨幣の増え方は同じである」ことだけ発言した。
 後で岩田規久男・学習院大教授が,著書『経済復興』(筑摩書房刊,2011年)で,同様の主張をしているのを見た(39-42頁)。私の遭遇した事情から,山本代議士の考えが岩田教授と同じかどうかは確認できていないが,ここでは岩田教授の議論を検討するとともに,私の考え方をまとめておきたい。

 なお,ここで検討する2つの政策は,レジームが違うといっていい大きな違いがある。日銀の国債引き受けは通常,財政の都合で決定される。日銀が市場で国債を買うことは通常,金融政策として決定される。政策決定のルールが違うと,いま同じことが起こっているように見えても,経済の反応が違ってくることがある。日銀の国債引き受けが危険とされるのもこの点にある。岩田教授の著書にもこの危険の言及はある(42-43頁)が,ここで検討したい岩田教授の議論にはこの要素は織り込まれていないので,私も同様に扱うことにする。政策が実行されたときの貨幣の増え方のみに注目する。また以下の説明は,岩田教授の趣旨を歪めない形で若干の修正を加えている。
 まず,政府は財政支出をおこない,その財源の国債を日銀が引き受ける場合を考えよう。財政支出は国庫から民間非銀行部門の預金口座に振り込まれ,民間非銀行部門の収入になるとする。民間銀行は増えた預金はとりあえず準備預金で保有するものとする(ここは後であらためて吟味する)。すると,政府,日銀を加えた4者の貸借対照表は以下のように動く(これを「状態A」と呼ぶ)。(借)で資産側の動き,(貸)で負債・資本側の動き,矢印で増減を示すことにする。

(状態A・日銀が国債を引き受ける)
政府 (貸)国債↑ 正味資産↓
日銀 (借)国債↑ (貸)準備↑
民間銀行 (借)準備↑ (貸)預金↑
民間非銀行(借)預金↑ (貸)正味資産↑

 つぎに,国債は日銀が引き受けるのではなく,民間非銀行部門が購入することで消化される場合を考える。そして,日銀は民間銀行から国債を購入する(日銀の取引相手は基本的に政府と民間銀行であるから)。このときの4者の貸借対照表の動きは,

(状態B・国債は市場で消化され,日銀は市場で国債を購入する)
政府 (貸)国債↑ 正味資産↓
日銀 (借)国債↑ (貸)準備↑
民間銀行 (借)準備↑ 国債↓
民間非銀行(借)国債↑ (貸)正味資産↑

となる。
 政府・日銀の動きは,状態A(日銀の国債引き受け)と状態B(国債の市中消化と日銀の国債買いオペ)で同じである。日銀が国債を増やす分だけマネタリーベースが増えている。
 民間非銀行部門は状態Bでは国債を購入するため貨幣を減らしており,財政支出が収入になることの資産増は貨幣(銀行預金)増ではなく,国債増の形で現れている。民間部門全体では,国債保有額には変化はない。しかし,新規の国債が消化される主体と日銀が国債を購入する主体が違うため,民間銀行部門と非銀行部門の国債保有額が違ってくる。そのため,状態A(国債引き受け)ではマネーストックは増えているが,状態B(国債買いオぺ)ではマネーストックは増えていない(注1)。
 岩田教授は,
「日銀の買いオペの場合に,民間の非銀行部門の貨幣保有額が増えるかどうかは,日銀の買いオペにより日銀当座預金の増えた民間銀行が,民間の非銀行部門への貸し出しを増やすか,あるいは,民間の非銀行部門から手形のような資産の購入を増やすかどうかに依存する。
 それに対して,国債の日銀引き受けの場合には,確実に,民間の非銀行部門の保有する貨幣が増えるため,貨幣が増えることによる需要拡大効果が発揮される。
 この意味で,国債の民間引き受けと日銀の国債買いオペの組み合わせよりも,国債の日銀引き受けのほうが,需要拡大効果は確実かつ大きいといえる。」(前掲書,41-42頁)
とのべている。

 通常の経済学では,岩田教授のようには考えない。
 ゼロ金利のときには,預金と国債は完全に代替的な資産になるので,民間部門は資産をどちらでもっても同じことになると考えるのが,日本は「流動性の罠」にあるという見解である。この見解をもとに,状態Aと状態Bの経済への影響は同じだ,ということもできる。しかし,今回はこの話は封印しておいてもよい。
 ゼロ金利でない場合には,預金と国債は別の資産になる。岩田教授の論が正しければ,状態Aと状態Bは違うから,政府が国債を発行しているときに金融緩和するならば,国債の買いオペという,世界中でおこなわれている通常の手段より,政府から引き受けた方が効果が大きいという話になる。普遍的な状況で考えられているので,これは日銀だけが該当するのではない。世界中の中央銀行は今まで(今でも)何をやっていたのだ,ということになる。
 しかし,通常の経済学の考え方からいくと,2つの政策はゼロ金利であってもなくても同じ帰結にいたる。
 状態Aと状態Bは,政策の効果を考える作業の途中段階の仮想的なものでしかない。むしろ経済学はここから始まる。人々の行動がいま観察されているものと同じだということが一般の議論では前提にされやすいのだが,政策の変化によって人々が行動を変えることまでも織り込んで政策の帰結を考えるのが,経済学の醍醐味だ。
 つまり,状態Aなり状態Bから,民間非銀行部門と民間銀行部門は自らが望ましい形に資産を組み替えるし,民間非銀行部門は正味資産増に応じて支出を変化させるだろう。岩田教授が状態Bで民間銀行の貸出の変化に言及しているのはその一部だが,全部ではない。2つの政策を正しく比較するためには,もう少し考慮に入れておかなければいけない部分がある。
 状態Bで政策が実行されたときには国債が市場で取引されているので,状態Bは民間銀行部門と民間非銀行部門が資産構成を調節した結果ということになる(そうでなければ,政府が勝手に個人の預金を国債に変えたり,日銀が勝手に民間銀行の準備預金を国債に変えたりする政策が実行されていることになるが,これはあり得ない)。状態Aでは,そのような民間の資産構成の調整行動がまだ考慮されていない。それを考慮したときに状態Aからどう変化するかを考える際には,状態Bが役に立つ。状態Bが意味するのは民間非銀行部門が正味資産増を国債でもちたいし,民間銀行部門は国債を減らしたいということだ。したがって市場取引が起これば,状態Aからは民間非銀行部門は国債を買い,民間銀行部門は国債を売る。[2011年6月20日追記:上の2文で民間銀行部門を民間非銀行部門と誤記していたのを訂正しました]この取引で,2者の貸借対照表は,

民間銀行 (借)国債↓ (貸)預金↓
民間非銀行(借)国債↑ 預金↓

と変化する。状態Aにこれを付け加えると,状態Bと同じ形になる。つまり,日銀が国債を引き受けた場合で民間の国債保有の選択を考慮すれば,日銀が買いオペをする場合と同じことになる。
 その先には民間銀行の貸出がどう影響を受けるのかを考える作業が必要となるが,2つの政策はすでに同じ状態になっているので同じ道をたどるだろう(注2)。

 岩田教授の議論は,2つの政策の効果を比較するときに途中段階の比較になっており,その際に片方だけでしか考慮されていない要素がある。そこで違いが出たことをもって政策効果に違いがあるとするのは不適切である。考慮する要素は両者で同じにして比較すべきである。片方で国債市場での取引が考慮されているのであれば,もう一方でもそれを考慮に入れて,両者を比較すべきである。そうすれば,国債を日銀が直接引き受けた場合と国債を市中で消化して日銀が同時に買いオペする場合の貨幣(マネタリーベース,マネーストック,各主体の保有額)の増え方は,同じになる。

(注1) 現在の日本では銀行が大量の国債を買っている。国債を民間非銀行部門ではなく民間銀行部門が買えば,状態Aと同じになる。

(注2) 読者が一から考えるときには,行動変化を順番に考えていって,何が起こるのかを突き止めるのは混乱のもとになるのでお勧めしない。実際の経済学的な分析では,民間部門の行動変化のすべてを同時決定で考えることが多い。行動変化を逐次的に説明するのは,便宜上の理由からである。

(関係する過去記事)
財政法第5条(日銀の国債引き受け)について

「バーナンキの背理法」のなかで政府は何をしているのか

「バーナンキの背理法」の原典は,バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長がプリンストン大学教授時代の2001年の論文のつぎの一節に現れたものだ。
「貨幣は他の政府債務と異なり,利子を払わず,満期日もこない。金融当局は好きなだけ貨幣を発行できる。したがって,もし価格水準が本当に貨幣の発行量に依存しないならば,金融当局は自らの発行した貨幣を使って無限の財や資産を獲得できることになる。これは均衡においては明らかに不可能である。それゆえ,貨幣の発行はたとえ名目利子率がゼロ以下になりえないとしても,結局は価格水準を上昇させる」(三木谷良一,アダム・S・ポーゼン編『日本の金融危機』東洋経済新報社,2001年,167-168頁)
 当時は,金利がゼロまで低下してしまえば金融緩和の余地は何もないという認識が強かったが,非伝統的金融政策の有効性を学界に認めさせていったバーナンキ氏の功績は高く評価される。しかし,この文章は若干の不備がある。文中で中央銀行が財を購入することは通常は法律で禁じられている。この部分は,政府が国債を発行して減税をして,発行分だけの国債を日銀が購入する「ヘリコプター・ドロップ」政策に変更すれば合法的手段になり,バーナンキ氏自身のより詳細な議論は,その政策を扱っている。FRB理事時代の2003年の講演「Some Thoughts on Monetary Policy in Japan」(http://www.federalreserve.gov/boarddocs/speeches/2003/20030531/default.htm )は,日銀のバランスシートの劣化を招かないボンド・コンバージョン,コミットメントを確実にするための物価水準目標と組み合わせた,くわしい政策提言になっている。

 日本のネット議論で流布されている「バーナンキの背理法」は他人が加工を加えたもので,まともな議論の対象とならない変種がある。
 例えば,「反デフレ政策FAQ中のFAQ」(http://www31.atwiki.jp/anti_deflation/#Q20 )では,
「日銀がお金を刷り、それを国民に配ります」
と書かれている。バーナンキ氏が修正していった方向とはわざわざ逆を選んで,違法な手段を説明している。
 池田信夫氏のブログ記事「『無税国家』というナンセンス」(http://agora-web.jp/archives/1115248.html )で引用されている岩田規久男・学習院大教授の著書『「不安」を「希望」に変える経済学』(PHP研究所,2010年)の記述は,
「日銀がいくら国債を買っても、物価は上がらず、デフレが続くとしよう。すると、日銀はインフレを心配せずに、市場に存在する国債をすべて買い切ってしまうことができる。[・・・]それでも、デフレが終わらないならば、政府は税金を廃止して、財政資金をすべて国債発行でまかない、その国債を日銀がお札を刷って買い上げればよいことになる。無税国家の誕生であり、これほど国民にとって喜ばしいことはない。」(97頁)
となっている。こちらは,日銀は国債を買い続けるので,違法ではない。
 しかし,この論法は「狭義の量的緩和が物価に影響を与えない」という議論を反証したことになっていない。このなかで政府が何をしているか,に注目しよう。証明に現れる政策は2段階に分かれる。最初の段階は市場にある国債を日銀が購入している。ここでは政府側は何もしておらず,日銀だけが動いている。日銀が国債を買いつくすと,第2段階として政府は新しく国債を発行して,そこで得た財源で給付金を配る。つまり,財政政策を発動する。証明のなかで,物価に影響を与えることが証明されているのは,この第2段階の方だ。
 第1段階が狭義の量的緩和で,第2段階がヘリコプター・ドロップ政策になる。ここで注目したいのは,最初からヘリコプター・ドロップ政策の発動を考えているバーナンキ氏本人の議論との違いだ。
 もともとの目的は「狭義の量的緩和が物価に影響を与えない」という主張に反論することだったはずだ。この立場では,第1段階では何も起こらず,第2段階で物価に影響が生じる。上の証明は第1段階には何も触れず,第2段階は同じ見解になる。したがって,この証明についての反応は「だからどうした?」となる。
 物価が動くことを証明する巧拙を吟味すると,第1段階は不要であることがマイナス点だ。つまり,いきなり第2段階の政策をとれば,そこで証明の目的が完了する。何のために,第1段階の政策が必要なのか,意味不明である。

 市場の国債を買いつくしたときに狭義の量的緩和を終わるように考えられているが,じつは政府の協力を得て狭義の量的緩和を続けることが可能である。日銀が買うための国債を政府があらたに発行し,そこで得た資金を銀行に預金するとしよう。銀行の貸借対照表では,日銀が増やした準備預金の分だけ政府からの預金が増える。こうして,日銀が作り出した新しいマネタリーベースは政府と銀行のやりとりで増えるだけで,実体経済に影響することはない。起こっていることは,政府・日銀・銀行の帳簿の電子記録が書き換えられているだけだ。
 一方で,政府が最初から減税してもいいわけだから,いきなり第2段階に入ることも可能だ。
 ということは,第1段階を終えて第2段階に移るか,第1段階を永久に続けるか,第1段階を経由せずに第2段階にいきなり入るか,のどれになるかは政府の判断次第だということになる。
 したがって,政策論としては,なぜ政府は第1段階を経由して第2段階に移ることを選んでいるのかが問題になる。第1段階で,政府は,日銀が無効な政策を延々と続けることをただ傍観している。そして,日銀が国債を買いつくした後で,やおら財政政策を発動し,それが物価を動かすことになる。こういう政策の議論をしているのは,そもそも国民が一刻も早いデフレ脱却を待ち望んでいるときである。それなのになぜ,政府は日銀が国債を買い始めたときに財政政策を発動させて,第1段階の無益な時間を省略することを選ばないのだろうか。
 第1段階が無益な時間でないこと,つまり狭義の量的緩和が物価に影響をもつのであれば,それを示して,証明を終わればいい。しかし,その証明はなく,第2段階でのヘリコプター・ドロップ政策が有効と書いている。つまり,この論法は,第1段階が有効であることを証明できていないことを吐露している。

(関係する過去記事)
『バーナンキの背理法』を信じると,こう騙される

日本経済新聞・経済教室「『日本型デフレ』は防げるか」

『バーナンキの背理法』は役に立たない

ヘリコプター・ドロップ政策

ヘリコプター・ドロップ政策

 日本のデフレ脱却策としてヘリコプター・ドロップ政策を提唱したものとして有名なのは,バーナンキ米連邦準備制度理事会議長の2003年の講演「Some Thoughts on Monetary Policy in Japan」(http://www.federalreserve.gov/boarddocs/speeches/2003/20030531/default.htm )である。彼の提案は,政府が国債発行で減税をし,日銀がその国債を保有する。同時に日銀は物価水準目標をもち,デフレ脱却後はそれに沿って物価をコントロールする。

 バーナンキ氏の講演ではモデルは提示されず,数字も入っていない。バーナンキ氏が提案した政策のモデル分析は,ボール教授によっておこなわれている(Ball, 2008)。ボール教授の分析の概略は以下のようになっている。
 モデルはIS曲線とフィリップス曲線をもつ,オールド・ケインジアン・モデルである。シミュレーションの出発点は2003年である。そのときの自然利子率は-2%であって,経済は流動性の罠に陥っている。自然利子率は毎年0.4ポイント上昇し,10年後には2%になり,それ以降は2%で一定である。金融政策はテーラー・ルールにしたがうが,テーラー・ルールが負の金利を示唆するときには,ゼロ金利とする。
 ヘリコプター・ドロップ政策をとらないで,ゼロ金利を継続してデフレ脱却を目指す場合の経済は,以下のように動く。経済は流動性の罠にあるため,最初から11年間はゼロ金利である。最初の4年間は政策金利がゼロでも自然利子率を上回るので,金融政策は不本意に引き締められている。そのため,当初のインフレ率は-1.5%になり,最初の10年間はデフレになる。GDPギャップは最初の9年間は負であり,累計で潜在GDPの54%に及ぶ。ゼロ金利解除までは量的緩和がされているため,ゼロ金利と量的緩和を解除するために日銀は国債を売却し,市場に流通する国債残高がそこで上昇する。この国債売りオペはGDPの8%の規模になる。
 これを基準ケースとした後,ボール教授は以下のようなヘリコプター・ドロップ政策を考える。
・最初の4年間に,流動性の罠で生じるGDPギャップを埋めるだけの減税を実施する。減税は1年のラグをもって経済に影響を与えるので,自然利子率が負である期間のGDPギャップを埋めようとしている。初年度はGDPの6.6%の規模で,その後は漸減するが累計で9.4%の規模になる。
・減税と同額の貨幣の発行がおこなわれる。
・2年後から5年後までのGDPギャップはゼロになり,それ以降は減税政策がラグをもって効果が出るため,GDPギャップは正になる。期間累積のGDPギャップは-5%である。
・3年目にインフレ率はゼロになる。
・ゼロ金利にある期間は基準ケースより2年短くなり,9年間になる。10年目にゼロ金利と量的緩和を解除する時点で,日銀は国債を売却する。規模の具体的記述はないが,図から判断すると基準ケースよりも規模は大きい。
・GDPギャップが改善する増収とインフレ税による増収は財政出動の費用を上回り,長期の公債残高は基準ケースを下回る。
・減税の財源を貨幣発行ではなく,公債発行としても実体経済への影響は同じである。

 ボール教授の分析から,以下のような含意が得られる。
 数値は2003年当時の日本を念頭に置いているが,マクロ経済学でなじみの深いモデルに立脚しているので,ボール教授の分析は流動性の罠のいろいろな状況に適用できるものである。
 通常の財政政策(公債発行による財政支出拡大)とヘリコプター・ドロップ政策の効果は同じである。両者で違うところは,日銀が短期債を購入して貨幣を増やすか否か,である。これはゼロ金利のときに完全代替になる資産を取引しているだけなので,実体経済への影響がない。つまり,「流動性の罠」での狭義の量的緩和に効果がない,という帰結と同じことを意味している。
 したがって,ヘリコプター・ドロップ政策の効果は,財政政策の効果として生じている。そのため,例えばリカードの等価命題が働くとするならば,公債発行による減税は無効であって,ゼロ金利の期間だけ公債を貨幣に変えても,やはり無効である。財政政策には効果がないと考えている人は,当然にヘリコプター・ドロップ政策にも効果がないと考えなければいけない。財政政策の効果が小さいと考えている人は,ヘリコプター・ドロップ政策ではGDPギャップが十分に埋まらないと考えることになるだろう。
 短期債ではなく長期債を購入すれば効果があるかというと,「通貨発行益」で説明した通り,長期金利が将来の短期金利の期待値で決められている場合には,長期債でも同じことになる。また,バーナンキ氏が講演で紹介したボンド・コンバージョン(注1)が採用されたときは,短期債を購入したのと同じことになる。したがって,ボール教授が短期債を購入する設定としたのは,決して制約的なものではなくて,むしろ最も現実的な政策の設定である。
 ボール教授のシミュレーションでは税増収とインフレ税によって財政支出額以上の財源が生じているが,これは通常考えられているよりも非常に大きな政策効果が出て,税収が増えると考えていることによる。乗数(財政支出額に対する所得の増加額の比)を計算すると,支出の累計がGDPの9.4%で,GDPギャップの改善の累計は39%であるから,約4となる(累計値の比なので,くわしい名称は累積乗数である)。租税負担率(税収のGDPに対する比)を25%と設定しているので,GDPギャップの改善による増収は財政支出に匹敵する規模になる。
 モデルでは,財政支出の増加は1年のラグをもって1.25倍のGDPの増加につながるとされている。1.25という乗数はさほど大きくないように見えるが,これはインパクト乗数(最初に現れる効果)であって,それ以降,前年の60%の効果を永続的にもたらす。したがって,それらを累積すると,最初の効果の2.5倍(1/(1-0.6))となって,45度線モデル的な意味(実質金利一定)での累積乗数は3.1となる。これに財政政策の所得への効果がデフレを緩和することで生じる金融緩和(ゼロ金利のもとで実質金利が低下する)の効果が上乗せされて,上記のような高い累積乗数になる。
 現在の学界の知見から見ると非常識なほどの大きな政策効果を考えているが,政策効果が小さくなると,多くの財源を将来の増税で賄わなければいけなくなる。通常妥当と考えられている減税乗数として例えば1をとり,税収の所得弾性値として1をとれば,45度線モデル的な乗数効果では,所得増による増収は支出額の4分の1である(注2)。ボール教授のシミュレーションに即していえば,ヘリコプター・ドロップ政策のために発行した国債は,ゼロ金利期間中は日銀が保有していても,ゼロ金利を解除するところで市中に大部分が売却されて,やがて税で償還されなければいけない。これは,「『バーナンキ』の背理法を信じると,こう騙される」で説明したことと同じ趣旨のことである(注3)。

「バーナンキの背理法」には,バーナンキ氏の議論を発展させたボール教授の分析を土台にした考察が必要となるだろう。「バーナンキの背理法」は,流動性の罠で中央銀行がインフレを起こすことはできないという主張の反証として用いられる。しかし,上記の議論が示すように,狭義の量的緩和は物価に影響しない,通常の財政政策は所得に影響を与えれば物価に影響を与える,通常の財政政策に量的緩和を組み合わせるか否かで効果は変わらない。
 つまり,流動性の罠のもとでは,
  金融政策単独ではインフレは起きない
  財政政策単独でインフレは起きる
  財政政策と金融政策を併用した場合,財政政策単独と効果は同じである
となる。インフレが起こることの本質は,財政政策にある。ただし,政策の本質はインフレよりも,GDPギャップの改善にある。
「バーナンキの背理法」を,
  金融政策単独ではインフレは起きない
  財政政策と金融政策を併用すれば,インフレは起きる
  だから,金融政策でインフレは起こせる
と使う人は,本質を踏み外している。

(注1)
 ボンド・コンバージョンについては,himaginary氏のブログ「日銀の債務超過懸念へのバーナンキからの“回答”」(http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100531/Some_Thoughts_on_Monetary_Policy_in_Japan3 )に解説がある。

(注2)
財政政策のマーフィー式採点法(その2)」でのべた減税乗数をここで採用した。短期の税収弾性値は1より大きいかもしれないが,ここでは長期的帰結を考えているので,1に近いものと考えた。1より若干大きい程度であれば,ここでの議論に本質的には変わらない。
 また,後で増税する際には,増税が所得を減らし,税の減収になる効果があることを忘れてはいけない。

(注3)
復興国債の日銀引き受けはそもそも財源か?」での指摘にも通じる話である。

(参考文献)
Laurence Ball (2008), “Helicopter Drops and Japan's Liquidity Trap,” Bank of Japan Monetary and Economic Studies, Vol. 26, December, pp. 87-105.
http://www.imes.boj.or.jp/english/publication/mes/2008/me26-7.pdf

(参考)
「日銀の債務超過懸念へのバーナンキからの“回答”」(himaginaryの日記,2010年5月31日)
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100531/Some_Thoughts_on_Monetary_Policy_in_Japan3

(関係する過去記事)
財政政策のマーフィー式採点法(その2)

『バーナンキの背理法』を信じると,こう騙される

通貨発行益

日本経済新聞・経済教室「『日本型デフレ』は防げるか」

『バーナンキの背理法』は役に立たない

復興国債の日銀引き受けはそもそも財源か?

福島原発事故損害賠償支払いスキーム設計における法学者の役割

 東京電力福島第一原発事故の損害賠償支払いスキームは政府で「決定」されたように思ったら,閣議決定もされず,法案も出てこない。このまま政府が何もしないのではないかという懸念に現実味があるのか,東京電力の株価は続落している。
 政府が何もしなかった場合には,損害賠償債権がカットされ,被害者が救済されなくなる可能性がある。主な利害関係者を債権の優先順に並べると,
 一般担保付き社債保有者
 損害賠償請求権
 株主
となる。原発事故の損害賠償が巨額になることで東電が債務超過となって,債務再編がこの順番に処理されると,社債保有者が保護され、被害者の求償権がカットされることになる。
 多くの人が,このことには釈然としない思いを抱いている。原子力損害賠償法(原賠法)は原子力事業者(今回の事故では東電)に無限責任を課すという異例の措置をとっているのだが,このような形で賠償支払い能力に制約がかかっていることを何とかしたい,というのが様々なスキームの提案が腐心しているところである。
 一方で,今回の事故処理について事後的にルールを決めることによって,社債保有者と事故被害者の優先劣後関係を逆転させてしまうことに対する批判がある(注)。資本市場の予見可能性を著しく損なうというのは事実である。
 したがって,社債保有者の債権がカットされ,それが損害賠償の支払い原資となるスキームが成立するとすれば,それは事後的な対応ではなく,原賠法の成文の不備を補って,立法の趣旨に沿うものであるという理論構成が必要である。制度設計を考えることは経済学者の仕事に含まれるが,現在の成文法から立法趣旨の解釈を導くことには経済学者の出番はなく,法学者の仕事となるだろう。

(注)
河野太郎氏によれば(「一部修正 平成23年原子力事故による被害に係わる緊急措置に関する法律案」http://www.taro.org/2011/06/post-1023.php ),自民党が提出を準備している法案では国が損害賠償を立替払いするが,国の求償権が一般担保に優先するという当初の条項が,衆議院法制局との確認で盛り込まれなくなった。

(参考)
有斐閣のサイトで,震災・原発関連の『ジュリスト』掲載論文が無料で公開されている。有斐閣の英断に敬意を表したい。
http://www.yuhikaku.co.jp/static/shinsai/jurist.html

「一部修正 平成23年原子力事故による被害に係わる緊急措置に関する法律案」(河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり,2011年6月7日)
http://www.taro.org/2011/06/post-1023.php

(関係する過去記事)
東京電力の一時国有化

東京電力による損害賠償の政府支援スキームの代案
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