昨日のブログ記事「国債引き受けと国債買いオペの比較」で紹介した岩田規久男・学習院大学教授の著書『経済復興』(筑摩書房刊,2011年)を読んでいて,いったいどこの国の話をしているのだろう,と思う箇所があったので,今回の記事はそこだけの簡単な感想(本全体をとりあげる書評ではありません)。
岩田教授は日銀が国債引き受けをした場合に,民間非銀行部門の貨幣が増加すると主張するが,その影響について,貨幣が増えた主体を読者にたとえて,つぎのようにのべる。
「読者が増えた手持ち貨幣を預金する場合には,次のようなことが起こる。読者のように,増えた貨幣で預金する人が増えると,銀行は受け入れる預金が必要以上に多くなるため,預金金利を引き下げようとするであろう。預金金利が低下すると,国民の中には,預金よりも国債の方が有利と考えて,預金を下ろして,国債を購入する人が増えるだろう。国債の購入が増えると,国債の価格は上昇し,逆に,国債の金利は低下する。(中略)
国債の金利が低下すると,これまで,国債の保有を増やしていた銀行はいままでよりも,貸し出しを増やして,貸出金利収入を得た方が有利と考えて,貸し出しを増やそうとするだろう。」(37-38頁)
いまの普通預金の金利は大体0.02%,3年もの定期預金でも大体0.06%である。金利がマイナスになるとタンス預金に回されるので,銀行が預金金利を下げる余地はほとんどない。
預金金利は政策金利に連動しても動く。金利がゼロでないときの通常の政策金利の変更幅は最小でも0.25%である。金融政策のスタンスを変えるときには,何度か政策金利の変更をするので,累計すると金利の変化幅はもっと大きくなる。リーマン・ショック後の各国(日本以外)での金融緩和での政策金利の下げ幅は大体3%以上。そうした金融政策の変化に比較すると,ここで考えられているのは2桁小さい金利の変化だ。
岩田教授の説明する経路を通した政策の効果は,現状の日本では,何も期待できない,というレベルだ。
もうひとつは,「金融緩和政策を伴わない復興支出の増加は円高をもたらす」と題された一節である(50-52頁)。
岩田教授は,日銀の国債引き受けか,日銀の国債買いオペという金融緩和政策がとられなければ,財政支出増加が円高をもたらし,所得を増やす効果は極めて小さい,と主張する。金融政策のスタンス次第で円高になって財政支出の効果が減退することはマンデル=フレミング・モデルが示すことで,そのこと自体はマクロ経済学の共通の理解だ。
しかし現状は,ゼロ金利のもと,自然体で量的緩和がおこなわれている。所得が増えて貨幣需要が少々拡大しても,日銀がマネタリーベースをすぐに拡大しなければいけないというわけではない。
また,外国との金利差で為替レートが決まると考える(注)と,財政政策の効果が損なわれないためには,金利を一定に保つ金融政策をとっていればよい。現在の日本では短期債のオペという通常の手段でゼロ金利を維持できており,国債引き受けや長期国債の買い切りオペのような特殊な手段が必要というわけではない。
現在の日銀はデフレ脱却まではゼロ金利を続けるスタンスなので,そのスタンスを維持していれば,財政政策の効果は損なわれない。財政支出と同時に日銀が利上げをすれば財政政策としての効果は損なわれる,というのは異論のない話だが,現状の日本には関係がない。
(注)
斉藤他『マクロ経済学』(有斐閣刊,2010年)の240頁以下に,為替レートの金利平価関係として説明されている。
(関係する過去記事)
「IS-LMモデルでの財政政策」
「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」
「国債引き受けと国債買いオペの比較」
岩田教授は日銀が国債引き受けをした場合に,民間非銀行部門の貨幣が増加すると主張するが,その影響について,貨幣が増えた主体を読者にたとえて,つぎのようにのべる。
「読者が増えた手持ち貨幣を預金する場合には,次のようなことが起こる。読者のように,増えた貨幣で預金する人が増えると,銀行は受け入れる預金が必要以上に多くなるため,預金金利を引き下げようとするであろう。預金金利が低下すると,国民の中には,預金よりも国債の方が有利と考えて,預金を下ろして,国債を購入する人が増えるだろう。国債の購入が増えると,国債の価格は上昇し,逆に,国債の金利は低下する。(中略)
国債の金利が低下すると,これまで,国債の保有を増やしていた銀行はいままでよりも,貸し出しを増やして,貸出金利収入を得た方が有利と考えて,貸し出しを増やそうとするだろう。」(37-38頁)
いまの普通預金の金利は大体0.02%,3年もの定期預金でも大体0.06%である。金利がマイナスになるとタンス預金に回されるので,銀行が預金金利を下げる余地はほとんどない。
預金金利は政策金利に連動しても動く。金利がゼロでないときの通常の政策金利の変更幅は最小でも0.25%である。金融政策のスタンスを変えるときには,何度か政策金利の変更をするので,累計すると金利の変化幅はもっと大きくなる。リーマン・ショック後の各国(日本以外)での金融緩和での政策金利の下げ幅は大体3%以上。そうした金融政策の変化に比較すると,ここで考えられているのは2桁小さい金利の変化だ。
岩田教授の説明する経路を通した政策の効果は,現状の日本では,何も期待できない,というレベルだ。
もうひとつは,「金融緩和政策を伴わない復興支出の増加は円高をもたらす」と題された一節である(50-52頁)。
岩田教授は,日銀の国債引き受けか,日銀の国債買いオペという金融緩和政策がとられなければ,財政支出増加が円高をもたらし,所得を増やす効果は極めて小さい,と主張する。金融政策のスタンス次第で円高になって財政支出の効果が減退することはマンデル=フレミング・モデルが示すことで,そのこと自体はマクロ経済学の共通の理解だ。
しかし現状は,ゼロ金利のもと,自然体で量的緩和がおこなわれている。所得が増えて貨幣需要が少々拡大しても,日銀がマネタリーベースをすぐに拡大しなければいけないというわけではない。
また,外国との金利差で為替レートが決まると考える(注)と,財政政策の効果が損なわれないためには,金利を一定に保つ金融政策をとっていればよい。現在の日本では短期債のオペという通常の手段でゼロ金利を維持できており,国債引き受けや長期国債の買い切りオペのような特殊な手段が必要というわけではない。
現在の日銀はデフレ脱却まではゼロ金利を続けるスタンスなので,そのスタンスを維持していれば,財政政策の効果は損なわれない。財政支出と同時に日銀が利上げをすれば財政政策としての効果は損なわれる,というのは異論のない話だが,現状の日本には関係がない。
(注)
斉藤他『マクロ経済学』(有斐閣刊,2010年)の240頁以下に,為替レートの金利平価関係として説明されている。
(関係する過去記事)
「IS-LMモデルでの財政政策」
「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」
「国債引き受けと国債買いオペの比較」