岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2011年09月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

「円高と産業空洞化に対処するための政策アンケート」

(自由民主党の「円高と産業空洞化に対処するためのPT」からアンケートを求められて回答したので,ブログにも回答を掲載しておきます。為替レートについてはすでに多数の専門家があちこちで発言していますので,私の回答はあっさりと,ごく常識的なことをまとめたものです。)

1.現状認識
 名目為替レートで見て戦後最高値の円高となった最大の理由は,日本でデフレが定着して,諸外国にくらべて物価上昇率が低かったからである。しかし,実体経済に影響をもつ実質実効為替レートは,リーマン・ショック以降円高に動いたが,1995年水準に比較するとかなりの円安であり,円高とは言えない。
 円高からメリットを受けるかデメリットを被るかは産業・個人によって異なる。しかし,国内生産物を高く売れ,外国の生産物を安く買えるから,総計では円高はメリットをもたらすと考えられる。
 直近の円高は,欧米の経済の先行き不安によって,日本が相対比較で健全とみなされているからだと考えられる。相対的に健全であるから円高になるという因果関係なので,たとえ急速な円高が短期的に下振れ要因であったとしても,円高によって日本経済が欧米経済よりも相対的に悪くなるわけではない。ただしゼロ金利政策の継続を含む適切な安定化政策がなされることが前提であり,相対的に健全であっても,日本経済には震災の影響,潜在成長率の低下,政府の累積債務等,種々の深刻な課題が山積していることを忘れてはならない。

2.有効な対応策
 決して円高ではない実質実効為替レートのもとで日本の輸出産業が外国市場で競争できないとすれば,問題は為替レートではなく,わが国の産業の競争力が低下していることにある。それに対する適切な処方箋は成長戦略である。以下のような施策に取り組むべきである。
 国内での企業活動の活力を引き出すために,自由な競争市場の育成につとめる。
 上と同じ目的のために,法人税の減税をおこなう。
 FTA交渉を進め,輸出相手国の関税を引き下げるよう努力する。同時に輸入関税の引き下げにより,わが国の消費者の実質購買力を高める。

3.無効な対応策
 単に日本の物価が上がるだけでは,実質実効為替レートに変化がなく名目為替レートが円安になるだけなので,輸出産業の競争環境の改善にはつながらない。かりに円安で100円のものがドル建てで1割安くなっても,国内物価が1割上がって110円になってしまえば,結局ドル建ての価格は安くならないからである。
 為替介入で水準の大幅な調整は無理である。実質実効為替レートで大きく円高ではない現行の水準を過度の円高とは市場は見てくれず,介入が市場の予想に影響を与える余地はほぼ無い。

社会保障給付費の整理に関する検討会

 14日(水)は,厚生労働省の「社会保障給付費の整理に関する検討会」の第1回会合に出席しました。委員の互選により,座長を務めることになりました。
 6月にまとまった「社会保障・税一体改革成案」(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/kentohonbu/pdf/230630kettei.pdf )には「社会保障給付に要する公費負担の費用は、消費税収(国・地方)を主要な財源として確保する」と書かれていますが,この社会保障給付の範囲はどこまでなのか,という(そもそも最初に確認しておくべきような)議論が成案をまとめる過程でありました。従来から,国立社会保障・人口問題研究所が国際労働機関(ILO)の基準に基づき作成している「社会保障給付費」の概念に基づき将来の費用が推計されてきたのですが,総務省は
「国の事業及び国庫補助負担事業を中心とした『社会保障給付費』という狭い概念で議論するのではなく、『地方単独事業』を含めた社会保障サービスの全体像を国民に提示して、その財源問題を議論すべきである」(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/kentohonbu/kettei2/siryou2.pdf
と主張しました。その結果,成案では,
「社会保障給付にかかる現行の費用推計については、そのベースとなる統計が基本的に地方単独事業を含んでおらず、今後、その全体状況の把握を進め、地方単独事業を含めた社会保障給付の全体像及び費用推計を総合的に整理する」
ことが宿題になりました。この宿題をこなすのが「社会保障給付費の整理に関する検討会」の使命です。

 社会保障給付費の範囲には地方単独事業や地方の一般財源による事業を含めないと規定されているわけではなく,データがとれないために範囲内と考えられるものも含まれていない,というのが現状の姿です。統計作成の観点からは,データが把握できる体制が整えばこうしたものは社会保障給付費に計上されるべきです。同時に,これまで社会保障給付費の範囲であるか否かが検討されていなかった地方の事業については,その判断をする作業が必要となるでしょう。
 検討会は「社会保障給付費の集計範囲等について,学術的・統計実務的な観点から検討を行う」こととされています。消費税の国と地方の配分につながる話ですが,国と地方の財政的利害に左右されずに検討を進めるという使命が与えられています。
 座長が検討会の議論に予断を与えるような発言はできませんので,ここでは以上の周知の事実を伝えるにとどめます。

 「『中期プログラム』の二部門アプローチ」でのべたように,政策を研究する立場での私の考えは,一体改革成案での「消費税収の社会保障財源化」には反対です。しかし,政府のなかに設けられた検討会は一体改革成案の是非をあらためて論じる場ではなく,それを土台にした議論をする場です。ここの折り合いのつけ方ですが,社会保障給付の概念整理と給付の財源とはまったく別の議論として切り分けることができ,そうすることは検討会にとっても私個人にとっても望ましいことだと考えています。

(参考)
「社会保障・税一体改革成案」(政府・与党社会保障改革検討本部決定,2011年6月30日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/kentohonbu/pdf/230630kettei.pdf

「社会保障に係る費用の将来推計について」(社会保障改革に関する集中検討会議,2011年6月2日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/syutyukento/dai10/siryou1-1.pdf

「地方単独事業について」(総務大臣提出資料,成案決定会合,2011年6月13日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/kentohonbu/kettei2/siryou2.pdf

(関係する過去記事)
『中期プログラム』の二部門アプローチ

二部門アプローチのもう一つの部門

ジェロントロジー研究成果報告会および共同研究協定調印式

 ブログで紹介することを失念して時機を逸した話題になって恐縮ですが,9月2日(金)に福井県県民ホールで開催された「ジェロントロジー研究成果報告会および共同研究協定調印式」に出席しました。
 福井県と東京大学高齢社会総合研究機構とのジェロントロジー(老年学)共同研究は福井県をフィールドに健康長寿の要因を解明しようとするプロジェクトであり,2年前に2年間の協定が結ばれました。私はこのなかで,国民健康保険・介護保険のレセプトデータを用いた研究を進めています。
 今回の報告会では,「福井県民の健康度,医療・介護サービス消費の実態」と題した研究成果を鈴木亘教授(学習院大学)と共同で報告するとともに,パネル・ディスカッション「福井型の高齢者医療・介護モデルについて」にパネリストとして参加しました。
 台風が接近中だったにもかかわらず,ありがたいことに会場はほぼ満席となりました。報告会の後には,西川一誠福井県知事にご来場いただき,福井県と東大の共同研究協定を更新する調印式がおこなわれました。新しい協定によって,共同研究は2014年度末まで進められる予定です。
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