10月22日に成城大学で開催された日本財政学会のシンポジウム「社会保障と財政-今後の方向性-」でパネリストを務めました。用意した原稿の後半(社会保障改革の具体策に関する部分)を以下に掲載します。シンポジウムの後半で各分野の話題についてのパネリストとの議論で話した内容に相当します。前半(税制改革に関する部分)は,「日本財政学会・シンポジウム『社会保障と財政-今後の方向性-』」に掲載しています。
「一体改革成案」での社会保障改革の具体策では,長期的視野から財政の持続可能性を高め,制度への信頼を高めることに貢献するものを見ることができない。直近の問題に対処することと給付の充実を目指したものが中心となっている。本来目指すべき道は,必要な施策にしぼり,給付の削減にも取り組んで,消費税1%分の財政支出拡大は回避することであろう。各分野での主要な問題点と課題を以下に指摘していきたい。
「子ども・子育て」では7000億円の公費増によるサービスの充実案が提示されているが,それほどの財政支出増は本当に必要となるのだろうか。保育サービス等で現状の供給能力で満たされない需要が存在することは事実であるが,潜在的なサービス需要を過大評価しており,非現実的な計画となってはいないだろうか。
「医療・介護」では,現役世代が高齢者の費用の多くを賄っている医療・介護保険の構造への理解を得ることが何よりも重要であるが,このことは改革では無視されている。2008年に高齢者医療制度が改革された当初の混乱は落ち着いてきたが,後期高齢者医療制度への支援金や前期高齢者の財政調整にともなう納付金が増加することで被用者保険の側からは改革以前と同じような不満が起こっている。根本的な問題が何も解決していないし,今回の改革では解決を目指そうともしていない。
日本経済は長らくデフレの状況にあるが,医療・介護サービスは公定価格であるため,デフレの影響は部分的にしか及ばず,価格が高止まりしている。2012年の診療報酬・介護報酬改訂では,最近のデフレを反映した改訂がされるべきである。
「年金」では,民主党マニフェストを反映した「新しい年金制度の創設」は実現に取り組む必要はない。「一体改革成案」では財政面の試算はされていないが,実行に移すと大幅な給付増になって,年金財政を危うくものである。子ども手当や高速道路無料化のように,民主党のマニフェストが一時的・部分的に実現したとしても,最後は従来の路線に戻すことが最近されてきている。これは該当する民主党マニフェストが思慮に欠いたものであったからであり,年金改革についても同様な作業がされるべきである。
また,財政の持続可能性を考えると,将来世代の負担を緩和するために,すでに支給されている年金額の削減にも踏み込むことが必要である。デフレの反映という点で医療・介護と共通するが,デフレで停止しているマクロ経済スライドの実施が望まれる。
以上の分野は辛口の評価になったが,「貧困・格差対策」の内容は評価したい。生活保護制度周辺のセーフティネットの整備を図ることは適切な対応である。この分野には政権交代の意義があったといえる。多くの専門家が必要と考える施策が長らく実行されなかったことがいま動いているのは,自民党と民主党のイデオロギーの違いが反映している。
生活・就労支援は実施主体を一本化し,体系的な整備を目指すのが望ましい。生活保護では,医療扶助は医療保険に移動させる,低年金・無年金者をなくし高齢者は年金で支えるようにして,本来の対象者に向けた制度となるような改革が必要である。
(参考)
「社会保障・税一体改革成案」(政府・与党社会保障改革検討本部決定,2011年6月30日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/kentohonbu/pdf/230630kettei.pdf
(関係する過去記事)
「日本財政学会・シンポジウム『社会保障と財政-今後の方向性-』」
「一体改革成案」での社会保障改革の具体策では,長期的視野から財政の持続可能性を高め,制度への信頼を高めることに貢献するものを見ることができない。直近の問題に対処することと給付の充実を目指したものが中心となっている。本来目指すべき道は,必要な施策にしぼり,給付の削減にも取り組んで,消費税1%分の財政支出拡大は回避することであろう。各分野での主要な問題点と課題を以下に指摘していきたい。
「子ども・子育て」では7000億円の公費増によるサービスの充実案が提示されているが,それほどの財政支出増は本当に必要となるのだろうか。保育サービス等で現状の供給能力で満たされない需要が存在することは事実であるが,潜在的なサービス需要を過大評価しており,非現実的な計画となってはいないだろうか。
「医療・介護」では,現役世代が高齢者の費用の多くを賄っている医療・介護保険の構造への理解を得ることが何よりも重要であるが,このことは改革では無視されている。2008年に高齢者医療制度が改革された当初の混乱は落ち着いてきたが,後期高齢者医療制度への支援金や前期高齢者の財政調整にともなう納付金が増加することで被用者保険の側からは改革以前と同じような不満が起こっている。根本的な問題が何も解決していないし,今回の改革では解決を目指そうともしていない。
日本経済は長らくデフレの状況にあるが,医療・介護サービスは公定価格であるため,デフレの影響は部分的にしか及ばず,価格が高止まりしている。2012年の診療報酬・介護報酬改訂では,最近のデフレを反映した改訂がされるべきである。
「年金」では,民主党マニフェストを反映した「新しい年金制度の創設」は実現に取り組む必要はない。「一体改革成案」では財政面の試算はされていないが,実行に移すと大幅な給付増になって,年金財政を危うくものである。子ども手当や高速道路無料化のように,民主党のマニフェストが一時的・部分的に実現したとしても,最後は従来の路線に戻すことが最近されてきている。これは該当する民主党マニフェストが思慮に欠いたものであったからであり,年金改革についても同様な作業がされるべきである。
また,財政の持続可能性を考えると,将来世代の負担を緩和するために,すでに支給されている年金額の削減にも踏み込むことが必要である。デフレの反映という点で医療・介護と共通するが,デフレで停止しているマクロ経済スライドの実施が望まれる。
以上の分野は辛口の評価になったが,「貧困・格差対策」の内容は評価したい。生活保護制度周辺のセーフティネットの整備を図ることは適切な対応である。この分野には政権交代の意義があったといえる。多くの専門家が必要と考える施策が長らく実行されなかったことがいま動いているのは,自民党と民主党のイデオロギーの違いが反映している。
生活・就労支援は実施主体を一本化し,体系的な整備を目指すのが望ましい。生活保護では,医療扶助は医療保険に移動させる,低年金・無年金者をなくし高齢者は年金で支えるようにして,本来の対象者に向けた制度となるような改革が必要である。
(参考)
「社会保障・税一体改革成案」(政府・与党社会保障改革検討本部決定,2011年6月30日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/kentohonbu/pdf/230630kettei.pdf
(関係する過去記事)
「日本財政学会・シンポジウム『社会保障と財政-今後の方向性-』」