玄田有史・東京大学教授による日本経済学会・石川賞講演が10月8日の秋季大会(九州産業大学)で開催されました。今年度の同賞選考委員長であった私が司会を務めました。司会挨拶の準備原稿を以下に掲載します(本番では少し修正しましたが)。


 日本経済学会・石川賞は,実証面や政策面を中心に,特に日本の経済・社会問題の解決に貢献する優れた経済学研究を行った日本経済学会会員で,その前年に50歳未満である者に授与されます。
 この賞は,惜しくも51歳の若さで1998年6月に逝去されました故石川経夫東京大学経済学部教授の名前を戴いています。石川先生がお亡くなりになった際に故人の業績を経済学界に生かす事業を進めるため、故人の関係者や教え子を中心に基金を募り、「石川経夫基金」が設けられました。そして,故石川先生が長年にわたってその発展に努力した日本経済学会は,この基金からの寄付を受け,故人と関係の深い分野での経済学研究上の貢献に対して賞を与えることとし,石川賞が創設されました。

 2012年度の「日本経済学会・石川賞」は、『仕事のなかの曖昧な不安』、『ジョブ・クリエイション』等の著書と論文に結実した労働経済の実証研究を評価して,東京大学の玄田有史先生に授与することが決定されました。
 玄田先生は、若年労働者の非正規就業や失業問題の研究と雇用の創出・喪失の研究の分野を中心として、現代の労働市場の構造問題を明らかにすることに顕著な業績をあげられました。なかでも、1990年代後半にわが国に生じた失業率の上昇によって若年労働者の就業機会が損なわれてきたことを明らかにした研究は、学界のみならず社会と政策現場にも多大な影響を与えたということができます。失業率が上昇した当時の通念では中高年者の失業問題が重視され、若年者の失業は若者の能力や意欲の問題と見なされていましたが、玄田先生は緻密な実証分析を積み重ねることでこの通念を覆して、中高年の雇用維持の代償として若年採用が抑制される「置換効果」や、不況期に卒業した世代の雇用や賃金が持続的に悪化する「世代効果」を通して、わが国の雇用システムが若年労働者の就業機会を奪ってきたことを明らかにしました。
 この若年労働市場の分析の研究が結実した著書『仕事のなかの曖昧な不安』は、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞を受賞しています。また,雇用の創出・喪失を分析した研究では、玄田先生は,1998年にJournal of the Japanese and International Economies誌に掲載された論文を始め、多数の論文を発表しておられます。これらの成果が結実した著書『ジョブ・クリエイション』はエコノミスト賞、労働関係図書優秀賞を受賞しています。

 ご存知の方も多いかと思いますが,玄田先生は石川経夫先生に学部・大学院と指導を受けた愛弟子であります。玄田先生が石川先生から強く影響を受けておられることは,例えば最近刊行された玄田先生の論文集『人間に格はない』から読み取ることができます。この本は,副題が「石川経夫と2000年代の労働市場」と題され,また「人間に格はない」という,経済学の論文集としてはやや異質な書名は,石川先生の言葉でもあります。石川先生が目指された、緻密な理論的背景と実証分析によって日本の経済・社会の問題を解明し,解決を探求する姿勢は、玄田先生の研究のなかに受け継がれているように見えます。今回,奇しくも玄田先生が恩師の名を冠した賞を受賞する場面に選考委員長として私が居合わすことができ,大変にうれしく思います。
 会場の参加者を代表しまして,玄田先生と石川先生のご家族の皆様にお祝いの言葉を申し上げたいと思います。
 おめでとうございます。