「日銀の国債引き受け禁止は財政規律である」で紹介した安倍総裁の発言は,建設国債の日銀引き受けではなく,買いオペを意味することだという説明があったので,日銀引き受けの騒動はひとまず収拾したようだ。
騒動の背景を理解するために,なぜ,財政法第5条の運用で借換債の日銀引き受けが許容されて,建設国債の日銀引き受けが許容されないのか,を見ておこう。
まず,借換債についての基本的な事項から。
新規に発行される国債は,新規財源債(建設国債,赤字国債),復興債,財投債,借換債に分かれる。新規財源債の分が,一般会計の国債発行額(公債金収入)に当たる。
2012年度には総額174兆円の国債が発行されるが,「国債発行計画」によると,その区分は,
建設国債 6兆円
赤字国債 38兆円
復興債 3兆円
財投債 15兆円
借換債 112兆円
となる。これの消化方式が
市中発行分 155兆円
個人向け販売分 3兆円
日銀乗換 17兆円
に分かれる(四捨五入のため,内訳の合計は総額と一致しない)。最後の「日銀乗換」が日銀による借換債の引き受けに当たる。
日本では国債は60年で償還するルールとなっているが,実際に発行される国債の満期はそれよりも短い。そこで,例えば10年国債を600億円発行したとすると,10年後には100億円残高が減るようにして,500億円は新しく発行される10年国債で借り換える(「借換債による公債償還の仕組み」http://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/hakou12.pdf を参照)。後者に相当する金額が借換債の発行という扱いになる。
建設国債や借換債の区別は国の会計上に存在するだけの概念であって,市場ではそうした区別のない「国債」が売られているだけである。このため,建設国債だけを選んで市場で買うことはできない。国債市場の知識のある記者が,安倍総裁の当初の発言「建設国債を買ってもらう」を聞いて,買いオペでなく,引き受けと解釈するのは無理からぬことである。
さて,財政法第5条の趣旨は,政府が日銀を安易な財源調達手段として利用することを禁じることにある。そこで禁じられるのは,政府が発行する国債を日銀に強制的に保有させて,日銀のバランスシートを拡大したままにしてしまう姿である(注)。
借換債を国債引き受けすることが例外として許容されているのは,この禁じたい姿に当たらないと解釈されているからである。つまり,日銀の保有する国債が満期で償還されると,日銀の保有する国債は減ってしまう。その部分を国債引き受けで増やしても,日銀の保有する国債が増額するわけではない,という理屈である。
しかし,引き受ける国債が建設国債であると,そうはならない。公共事業の財源として新規に発行される国債だから,これを引き受けることで日銀の保有する国債が増加することになる。
建設国債を全部引き受けても6兆円(2012年度の発行額)でしかない,というのは建設国債の引き受けを正当化する理由にはならない。どういう姿をしているかの問題であり,規模の問題ではない。安易な財源調達に頼ると,放漫財政に歯止めがかからなくなることが,多くの国の失敗から学んだ教訓である。それゆえに,「国債で財源調達するなら市場の信認を得るべし」という財政規律として,最初から禁止をするのである。
(注)
国債の信認が失われても,政府が国債発行で支出をまかなおうとすると,日銀引き受けがおこなわれ,日銀も国債を保有し続けざるを得なくなる。「ハイパーインフレーションの理論」では,「財政赤字がなおも続くと」ハイパーインフレーションが起こることを示している。
(練習問題)
市場で国債が消化されなくなり,国債の消化先が日銀引き受けしかなくなったときに,借換債の日銀引き受けは許容する現行ルールが維持されると,財政はどのような帰結になるのだろうか。
(これでハイパーインフレーションの事態になれば,財政規律に大穴が空いていることになる。60年償還ルールによる元本償還が歳出に含まれることを踏まえて考えてみると,財政法第5条の運用に関する理解が深まるだろう。)
(参考)
「平成24年度国債発行予定額」(財務省,2011年12月24日)
http://www.mof.go.jp/jgbs/issuance_plan/yoteigaku24.pdf
「借換債による公債償還の仕組み」
http://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/hakou12.pdf
(関係する過去記事)
「ハイパーインフレーションの理論」
「財政法第5条(日銀の国債引き受け)について」
「日銀の国債引き受け禁止は財政規律である」
騒動の背景を理解するために,なぜ,財政法第5条の運用で借換債の日銀引き受けが許容されて,建設国債の日銀引き受けが許容されないのか,を見ておこう。
まず,借換債についての基本的な事項から。
新規に発行される国債は,新規財源債(建設国債,赤字国債),復興債,財投債,借換債に分かれる。新規財源債の分が,一般会計の国債発行額(公債金収入)に当たる。
2012年度には総額174兆円の国債が発行されるが,「国債発行計画」によると,その区分は,
建設国債 6兆円
赤字国債 38兆円
復興債 3兆円
財投債 15兆円
借換債 112兆円
となる。これの消化方式が
市中発行分 155兆円
個人向け販売分 3兆円
日銀乗換 17兆円
に分かれる(四捨五入のため,内訳の合計は総額と一致しない)。最後の「日銀乗換」が日銀による借換債の引き受けに当たる。
日本では国債は60年で償還するルールとなっているが,実際に発行される国債の満期はそれよりも短い。そこで,例えば10年国債を600億円発行したとすると,10年後には100億円残高が減るようにして,500億円は新しく発行される10年国債で借り換える(「借換債による公債償還の仕組み」http://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/hakou12.pdf を参照)。後者に相当する金額が借換債の発行という扱いになる。
建設国債や借換債の区別は国の会計上に存在するだけの概念であって,市場ではそうした区別のない「国債」が売られているだけである。このため,建設国債だけを選んで市場で買うことはできない。国債市場の知識のある記者が,安倍総裁の当初の発言「建設国債を買ってもらう」を聞いて,買いオペでなく,引き受けと解釈するのは無理からぬことである。
さて,財政法第5条の趣旨は,政府が日銀を安易な財源調達手段として利用することを禁じることにある。そこで禁じられるのは,政府が発行する国債を日銀に強制的に保有させて,日銀のバランスシートを拡大したままにしてしまう姿である(注)。
借換債を国債引き受けすることが例外として許容されているのは,この禁じたい姿に当たらないと解釈されているからである。つまり,日銀の保有する国債が満期で償還されると,日銀の保有する国債は減ってしまう。その部分を国債引き受けで増やしても,日銀の保有する国債が増額するわけではない,という理屈である。
しかし,引き受ける国債が建設国債であると,そうはならない。公共事業の財源として新規に発行される国債だから,これを引き受けることで日銀の保有する国債が増加することになる。
建設国債を全部引き受けても6兆円(2012年度の発行額)でしかない,というのは建設国債の引き受けを正当化する理由にはならない。どういう姿をしているかの問題であり,規模の問題ではない。安易な財源調達に頼ると,放漫財政に歯止めがかからなくなることが,多くの国の失敗から学んだ教訓である。それゆえに,「国債で財源調達するなら市場の信認を得るべし」という財政規律として,最初から禁止をするのである。
(注)
国債の信認が失われても,政府が国債発行で支出をまかなおうとすると,日銀引き受けがおこなわれ,日銀も国債を保有し続けざるを得なくなる。「ハイパーインフレーションの理論」では,「財政赤字がなおも続くと」ハイパーインフレーションが起こることを示している。
(練習問題)
市場で国債が消化されなくなり,国債の消化先が日銀引き受けしかなくなったときに,借換債の日銀引き受けは許容する現行ルールが維持されると,財政はどのような帰結になるのだろうか。
(これでハイパーインフレーションの事態になれば,財政規律に大穴が空いていることになる。60年償還ルールによる元本償還が歳出に含まれることを踏まえて考えてみると,財政法第5条の運用に関する理解が深まるだろう。)
(参考)
「平成24年度国債発行予定額」(財務省,2011年12月24日)
http://www.mof.go.jp/jgbs/issuance_plan/yoteigaku24.pdf
「借換債による公債償還の仕組み」
http://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/hakou12.pdf
(関係する過去記事)
「ハイパーインフレーションの理論」
「財政法第5条(日銀の国債引き受け)について」
「日銀の国債引き受け禁止は財政規律である」