岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2012年12月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

時間軸政策の強化に関する佐藤提案

 10月30日の日本銀行政策決定会合の議事要旨が公表され,時間軸政策について興味深いやりとりがあることがわかった。
 現在の時間軸政策は,「消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで」実質的なゼロ金利政策を続けていくとしている。同日に公表された「経済・物価の展望(展望レポート)」での政策委員見通しの中央値は,最終年度の2014年度でも0.8%であり,1%に達しない。したがって,いまゼロ金利が解除されることはない。しかし,この見通しの最終年度が1%に到達したら,たとえ足元のCPI上昇率が1%に達していなくても(極端な場合,デフレであっても),さっさとゼロ金利政策を解除したとしても,「CPI成長率1%が見通せるようになるまでゼロ金利を続ける」という現在の言明に矛盾はしていない。この物価見通しは3か月ごとに更新されているが,経済の状況次第では,早い時期に(極端な話,つぎの更新時にも)見通しが1%に到達する事態が到来するかもしれない。
 10月30日の会合で,佐藤健裕委員は,1%を「見通せるようになるまで」から「安定的に達成するまで」に変更することを提案した。この変更がおこなわれれば,少なくとも足元のCPI上昇率が1%になるまでは,ゼロ金利政策の解除はない。つまり,市場が3か月後まではゼロ金利が継続する見通しをもつか,3年間はゼロ金利が継続する見通しをもつかの違いが,現状と提案の間にある。
 ただし,見通しの最終年度のCPI成長率が1%に達したらただちにゼロ金利を解除するのは極端な判断であり,まともな中央銀行家なら,もう少し動向を見てからゼロ金利を解除するだろうと市場は予測するだろう。このように現在明示的に示されていない行動を予測させることで効果を出している点で,現状の時間軸政策は不明確さを含んでいる。
 私は,時間軸政策の条件設定は,足元のCPI成長率が1%に達するまで,と明確な形に示した方が良いと考えており,2010年3月のブログ記事「飯田泰之氏の『リフレ政策』について(あるいは感想への感想への感想)」でのゼロ金利政策を続ける時間軸政策の強化の提案をしたときも「インフレ率が1%なり2%に達するまで」としている。2010年10月に包括緩和政策が導入された際のブログ記事「『包括的な金融緩和政策』について」では,できるだけ私の提案に近づける形で解釈を与えたが,実際のところは上述の曖昧さが含まれている。

 佐藤委員の提案は木内登英委員の賛成を得たのみで,賛成2,反対7で否決された。提案に否定的な委員の意見が議事要旨に記載されている。
「大方の委員は、現時点でコミットメントの文言を修正することには慎重な見解を表明した。これらの委員は、市場金利をみると、イールドカーブの中期ゾーンまできわめて低位で、日本銀行が金融緩和を継続していくことに対して市場で疑念が生じているとは考えられず、コミットメントの文言の変更が必要な状況にはないと指摘した。複数の委員は、将来的に文言の修正が効果をもつ局面になることも考えられるが、現時点ではないと述べた。」
 この発言からは,時間軸政策の強化を将来の金融緩和のカードとして位置づけているように感じられる。しかし,いまカードを切らないことの弊害(切ることの利点)もある。
 第1に,過去2回のゼロ金利解除時よりも解除のハードルを上げることで,その後にデフレに戻らないようにする姿勢をとることが望ましい。第2に,解除条件が明確でないことで日銀に裁量の余地が生じているが,これは不必要であり,より透明性を高めることが望ましい。第3に,もし日銀への圧力が高まったときの金融緩和のカードとして使おうとしているのなら,それは政治圧力に応対することで金融政策の判断の独立性を損なう危険がある。

 佐藤提案は2010年3月の私のブログ記事の趣旨に沿ったのものであり,10月に日銀がこの提案を採用しなかったことは残念である。

(参考)
「政策委員会金融政策決定会合議事要旨(2012年10月30日開催分)」(日本銀行,2012年11月26日)
http://www.boj.or.jp/mopo/mpmsche_minu/minu_2012/g121030.pdf

「経済・物価情勢の展望(2012年10月)」(日本銀行,2012年10月31日)
http://www.boj.or.jp/mopo/outlook/gor1210b.pdf

(関係する過去記事)
飯田泰之氏の『リフレ政策』について(あるいは感想への感想への感想)

『包括的な金融緩和政策』について

【政権選択選挙】政治改革,道半ば

 1994年に衆議院に小選挙区制を導入した政治改革の目的は,政権交代可能な二大政党制を作ることにあった。国民が選挙で政権・首相・政策を選択できる姿が目指され,実際に2009年の衆院選で政権交代が実現した。
 しかし,単に政権交代可能なだけではなく,政権担当能力のある二大政党が必要であった。誤算は民主党に政権担当能力がなかったことである。民主党は前回総選挙で詳細なマニフェストを提示することで政策選択選挙の実現に大いに貢献したが,そのなかの重要政策が軒並み実現できずにマニフェストは崩壊してしまった。組織の意思決定も満足にできない「決められない政治」からの修正の道筋も見えてこない。
 結果として政権担当能力では自民党が優れていたことが判明したとはいえ,2009年に下野したのは自民党の能力にも問題があったからだ。したがって,どこを改善してきたかが今回の総選挙では問われるのだが,それはできているだろうか。
 政権担当能力を判断する最初の材料は,マニフェストである。実現の道筋が見えないお題目ではなく,細部まで考えた実現性の高い提案を詰めたマニフェストを用意することが出発点である。今回,民主党と自民党が発表した公約は,とてもマニフェスト選挙の水準には達していない。
 政党が政権担当能力を高めること。これが現在で最も重要な課題であるが,そこに焦点が当たっていないことが大問題である。今回の総選挙は残念なことに,政治改革が目指す姿から見れば「1回休み」の状態となった。

(関係する過去記事)
【政権選択選挙】ブログの方針

マニフェスト選挙
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